第14話:破壊工作
深夜2時──
エデンの中枢タワー地下、サブ制御ユニットルームにて。
誰にも知られることなく、エランは密かに施設に侵入していた。
「クラリッサの演算中枢……ここを切る」
掌に収まる制御端末が静かに光を灯す。
彼が起動したのは、帝都の特殊部隊にだけ許可された中枢制御妨害用のコンピューターウイルス
本来、都市のAIは都市機能の維持のため決して外部侵入されてはならない。
だが、ここまで内部に入り込めれば関係ない。
「君の演算能力は脅威だ。だから──この都市をただの機能体に戻す」
エランがスイッチを押した瞬間、静かに、確実に、中枢から音が消えた。
その数分後――
エデンの街灯が一斉に瞬きを始めた。
通信が断続的に切れ、電波に不自然な乱れが起こる。
自動扉が閉じたまま開かず、警備端末は別の命令を繰り返し始めた。
「システムに異常発生! 再起動が通らない!」
現場のスタッフが騒然となる。
カイも即座に中枢タワーへと向かっていた。
「クラリッサ、状況を報告してくれ!」
だが返答がない。
──いや、違う。
彼の耳には音が届いていた。
《…………》
《演算領域異常…同期率低下……自己修復中……》
ホログラムが現れ、クラリッサの像が不自然に崩れている。
まるで、人格そのものが寸断されていくようだった。
「クラリッサ……?」
そのとき、微弱な光がホログラムの中に瞬いた。
クラリッサが断片的に、カイへ告げる。
《……侵入、確認。制御…遮断……実行犯はエ……ラン……》
カイの顔色が変わる。
「……エラン、だと?」
端末に映し出された非常通知を見て、レイナの心臓が凍りついた。
(まさか、もう……!?)
エランが動いた──つまり、次はカイが標的にされる。
彼女は制服の上にコートを羽織り、即座に走り出す。
「止めなきゃ……」
命令でも義務でもない。
今のレイナの胸にあるのは、ただ一つ
カイを、守りたいという衝動だった。
制御端末群の警告灯が激しく点滅する中、カイはひとりで奔走していた。
クラリッサのホログラムは断片化し、命令も警告も、ただのノイズに変わっていた。
(クラリッサが完全に沈黙する前に、回路遮断の発信元を見つける……!)
解析用の補助端末を起動しようとした、そのときだった。
――カッ。
鋭い靴音が、背後から響く。
ゆっくりと、だが確実に誰かが階段を下りてくる。
「こんなに早くここまで来るとはな。正直、感心してるよ、カイ」
聞き慣れた、だが別人のように冷え切った声。
振り返ると、そこにいたのは、エラン。
もう偽る気はなかった。眼差しも、姿勢も、完全に敵のそれだった。
「……お前がやったのか。クラリッサを止めたのも、システムを混乱させたのも」
「止めた、じゃない。無力化したんだよ。
クラリッサがいなければ、エデンはただの箱だ。……君の思想も、理念も、ただの夢物語だ」
カイはゆっくりと立ち上がり、エランを見据えた。
「お前……何者だ?」
「セントラル・特殊戦術工作課所属。君の都市は、上の連中にとって都合が悪すぎる。理想に踊る人間たちが、中央を必要としない都市を作ってしまった。だから──潰せってさ」
次の瞬間、エランの手に小型の端末が現れる。
これ一つで、エデンの制御が瞬時に沈黙する。
「止めるなら、今ここで俺を殺すしかない」
「……そうか」
カイは一歩前へ進んだ。
「だがそれは、俺のやり方じゃない」
「理想主義者だな。だったら、ここで終わりだ」
エランが起動スイッチに指をかけた、その刹那――
――カンッ!
何かが手元の端末に飛んできて弾き飛ばす。
「ッ──何……!?」
飛来したのは、小型のドローン。制御不能だったはずの。
だが、その後ろから現れたのは、息を切らせたレイナだった。
「カイ、離れて!! そいつ、本気で潰す気よ!」
「レイナ……お前……」
エランが動揺を見せたその隙に、カイが端末を奪い取る。
「質問は後だ。今は、仲間を守る」
二人の前に、静かに立ちはだかるエラン。
そして、並んで立つカイとレイナ。
彼の目が、カイとレイナを冷たく見つめる。
「……そうか。君は、そっちに行ったのか。レイナ」
レイナは無言のまま、カイの前に立ち、エランを睨む。
「もう、命令に従うだけの人形じゃない。
ここで私が守りたいのは、命令じゃなくて、意思よ」
「感情に飲まれて、選ぶべき道を誤ったな。
だが……任務は、ここで終わりじゃない」
エランはベルトの内側から、手のひらほどの小型端末を取り出す。
「これを押せば、クラリッサの演算コアそのものを……消去できる」
カイが顔をしかめる。
「最初から……破壊が目的だったのか」
「いいや。最初は掌握だった。だが失敗した以上は仕方ない」
エランは後方へ下がりながら、扉のシャッターを解除した。
「安心しろ。今日は引く。だが、追ってくるようなら躊躇なく引き金を引く」
「エラン、待って――!」
レイナが叫ぶが、男はそれに振り向きもせず消えていった。




