第13話:レイナの迷い
数週間後――エデンの特別プロジェクト区画。
大型水循環装置の再起動テストにて、レイナは中心技師として任されていた。
その横には、現場監督としてカイの姿があった。
「見事だ。ここの配線はかなり複雑だったはずだろ」
カイがモニター越しにレイナを見る。
「……まあ、得意分野ですから」
レイナは努めて冷静に返すが、カイの言葉に頬がわずかに熱くなる。
彼の目には、打算も疑念もなかった。
ただ、真っ直ぐな尊敬と、本気の信頼が込められていた。
その後も、カイは要所ごとでレイナの意見を優先し、
他のメンバーにも「彼女の判断は信用していい」と明言していた。
都市の中で、彼女の存在は確実に根を張り始めていた。
ある晩、外縁区の仮設農園で。
レイナは一人、夜風に当たりながら自分の掌を見つめていた。
カイと一緒に作業した記憶が、脳裏に鮮やかに残っている。
「……こんなの、任務じゃない。こんな感情、知らなかった」
エデンの人々は、彼女を仲間として迎え入れてくれる。
カイは、何も聞かず、何も疑わず、信じて預けてくれる。
だからこそ、胸が苦しかった。
(私はずっと嘘を塗り重ねてる。私は……何を壊そうとしてるの?)
その時、後ろから足音が近づいた。
「ここにいたのか。探したよ」
カイの声だった。
「……どうしたの?」
「明日、クラリッサの提案で都市の防衛計画を見直す。
その中心に、お前の技術が必要なんだ。任せていいか?」
一拍の沈黙。
レイナは、耐えきれずに問う。
「……どうしてそこまで、私を信じるの?」
カイはしばし考え、それからこう言った。
「信じてるわけじゃない。でも――信じようとしてる。
それに疑うより、信じて裏切られた方が、俺は納得できるから」
その言葉に、レイナの心が限界まで軋んだ。
(やめて……それ以上、優しくしないで。私は――)
「……ありがとう」
そう口にしたのは、任務の演技でも、欺きの言葉でもなかった。
レイナは、確かにいま
自分の意思で、カイに礼を言っていた。
夜。
エデン郊外のる無人の整備区画。
レイナが足音を殺して歩いていると、背後から静かな声が届いた。
「最近……ずいぶん馴染んでいるな、レイナ」
振り返ると、そこにはエランがいた。
片手には通信端末。冷たい視線が彼女を捉えていた。
「任務のことを忘れたとは言わせない。……カイに心を許すなど、計画にはなかったはずだ」
レイナはわずかに肩を揺らしながらも、表情は崩さず返す。
「忘れてない。ただ――あの人のやってることは、本当に正しいのよ。少なくとも、私たちが今まで従ってきた現実よりは」
「感情で判断するな」
エランの声が低く鋭くなる。
「俺たちは生かされているだけの存在だ。選べる立場にはない。君もわかっているだろ? レイモンドに逆らうということが何を意味するか」
レイナは歯を噛みしめた。
「……わかってる。でも、もう壊すことに意味があるとは思えないの。
カイの都市は、誰かの犠牲じゃなくて、誰かの意志で作られてる。
それを奪って、何になるの?」
沈黙。
エランは数秒の間、視線を逸らし、それから硬い声で言った。
「任務はすでに第二段階に入っている。君が動かないなら――俺が直接やる」
「待って……!」
レイナが一歩踏み出す。だがエランは警告するように手を上げた。
「もう一度だけ言う。君は、命令でここに来た。
共犯者であり、装置の一部だ。
その役割を忘れるな。でなければ次に動く時、俺は君も対象に含める」
その言葉は、情の欠片もない執行者としての宣告だった。
そしてエランは、何も言わずにその場を立ち去る。
残されたレイナは、拳を握りしめ、言葉を失っていた。
彼の言葉は正しい――だが、その正しさがいま、誰よりも憎かった。




