第91話 淡い恋心
トーマによって新人類の支配が解かれつつある地上の世界。
地底世界へは何故かアビストラの獣人だけが出入りを許されており、人間は勿論、地上で生まれた獣人達ですら侵入を許されなかった。
その中でトーマだけ特別に出入りを許され、アビストラに訪問していた。
目的は治療である。
地上で処置することもできなくは無いが、物資の移動等を考えるとアビストラで行う方が効率が良いと判断され、現在に至る。
トーマ自身も目紛しく変わっていく状況を整理したいという事もあり、束の間の休息を取っているという訳である。
「ほんと……長閑だな……。今までのが嘘みたいだ」
「……これからどんどん忙しくなってくる。お前にはしっかりと働いてもらわないといけないからな。そのために今は休んでもらう」
実はふくとヴォルフとの対決の際、細かい傷だけでなく、右脚の骨が折れていたのだ。
ウサギは自身の怪我を他者に見せないという習性があり、トーマも痩せ我慢をしていたわけだが、五人が結束を決めた後、電池が切れたように倒れたのだ。
めえによって脚の治療は既に終えており、心身の疲労を解消するためにここにいる。
めえは非常に仕事のできる人物であるとトーマは感じる。
なぜならトーマの治療の合間にたくさんの怪我人がやってくる。
どうやら学校のようなものがあるようで、その生徒が頻繁に運ばれてくる。
手際よく治療をし、魔法の必要な者、そうでない者を瞬時に判別して治療して帰す。
少しの時間が空きそうであれば、何か魔法陣のようなものを描き、説明書のようなものを書いているようで書いては綴じて、書いては綴じて。
それを繰り返し行っていた。
夜になるとその作業の合間にキツネの女王とオオカミの神の相手もしているようでいつ寝ているのか心配になる程だった。
そして今は爽やかなハーブの香りのするお香を立てている。
「めえ……様?」
「様は要らない。私は別に王族ではないからな」
「……めえさんはいつ休むんですか?」
「私は合間を見て休んでいるから問題はない。お前が見ているよりもずっと休んでいるのだよ」
トーマはめえの両手を掴んで振り向かせる。
トーマはだんだんと脈が速くなり、顔が熱くなっていく。
唾を飲み込もうとするが、緊張で中々喉を通らず苦しくなっていた。
「め、めえさんは働きすぎ……ですよ!そ、その……お、俺でよかったら……」
「……ふふ」
中々言葉が紡ぎ出せないトーマに対し、めえは嬉しそうな表情を浮かべてトーマを見る。
大人の魅力を放つめえに、トーマは恋に落ちていたのである。
モジモジとしているトーマにめえは両手で顔を向け、頬に軽くキスをする。
トーマは瞬間湯沸器のように全身が熱くなり、しどろもどろになっているところにめえはトーマの額に軽く頭突きをお見舞いした。
「悪いな、少年。私のことを好いてくれるのは嬉しいのだが、番がいるのでな。トーマにはもっとお似合いのメスが見つかるはずだ」
めえはそう言って病室を後にした。
ポツンとベッドの上に取り残されたトーマはフラれてしまったショックでしょんぼりとしていた。
「フラれちゃったね」
「なわあぁぁぁぁっ!?」
突然背後から声を掛けられたトーマはベッドから転げ落ちる。
クスクスと笑う声の主はレプレだった。
再びベッドの上に座り、そっぽ向く。
「めえ様は色んな人にモテるんだよねぇ。冷静で仕事も出来て、おっぱいも大っきいし、何だかんだ優しいからね。でも、もう結婚しているから盗ろうとしちゃダメだよ?番のサムさんはクマ族でとっても強ーいんだから!」
「と、盗らないよ!……フラれたのはショックだけど、良いさ。先ずはみんなの為に新人類達を何とかしないとね」
「それでこそ月兎っ!」
レプレに背中を思いっきり叩かれ、再びベッドから転げ落ちるトーマ。
小柄であっても獣人だ。
力は成人男性以上は普通にあるのだから。
「今度、王城に遊びにおいでよ!あたし達がまた稽古つけてあげるからさ!今度はキチンと本気でね♪」
そう言ってレプレは窓から飛び降りるとそのまま飛竜に乗って飛んでいってしまう。
「てて……。あの時でも本気じゃなかったのか……。ホント、この世界の住人は地上の獣人よりも桁違いに強いんだな……」
トーマはベッドに横たわり、窓から見える太陽の光に眩しさを覚えつつ、程よく心地よい風を受け、眠りについたのである。
§
ここは地上世界で一番高い山。
頂上には鉄とコンクリートで作られた堅牢な建物が建っており、二人の人影が建物へと入る。
中は分厚いガラスのような透明な壁に囲まれており、廊下から室内の実験の様子が丸わかりだった。
暴れ回り、実験を拒否する人間に対し、電撃を与える銃弾や鞭などを使い、動けなくなったところに薬剤注射や怪しい煙を放つマスクを無理やり装着させていた。
実験を受けた人間は等しく醜く腐った姿をとっていき、すぐさま胸から碧い石を抜き取り、残った肉体は落とし穴のように地下へと堕としていった。
二人は奥に進むと、大きなハンドルのついた金庫のような扉が現れる。
一人が指をパチンと鳴らすとハンドルは一人でに回り、扉がゆっくりと開かれる。
扉の奥には大きな会議室があり、二人は足を進めていく。
既に先客がおり、二人と同じく金色の髪と金色の瞳の男だった。