第87話 契約不履行
ゼロが崩れ去った後、その場には砂の山と碧く輝く石【エリクシル】が落ちていた。
「これは……ゼロのエリクシル……。俺は新人類を倒せたんだ……!……ゼロ、俺の作る国でしっかりと働いてもらうからな……!」
エリクシルを拾い上げ、上体を起こすと目の前にゲームマスター:エアが立っており、思わず飛び退く。
「ゲーム……マスター!」
「トーマ君……キミは遂にやらかしてくれたね……!さあ、その石を返して貰おうか?」
「ヤダね……!これは俺が自分の手で捕まえた希望なんだ……!これ以上……この国のみんなを……世界のみんなを悲しませるような世界にはさせないっ!」
「……そうか。なら、残念だけどキミには消えてもらおう。【爆ぜろ】」
「!?」
トーマは持っていたエリクシルを投げ捨て、エアの背後を取る。
エリクシルは突如爆破し、半径五メートルが吹き飛ぶ。
エアの攻撃はトーマを直接狙わず、エリクシルに絞っていた事に疑問を持つ。
それよりも新人類の攻撃の速さに驚いていた。
トーマの移動速度より僅かに遅いのだが、油断が一切できない状況だった。
「ゼロとは全然違う……!キツネの女王様が言っていたのはこういう事か……!」
「キツネの……女王……?そうか……!フィアを撤退させた忌まわしき地底の神か……!キミはソレとどう関わりがあるのかい?」
「……死刑にされかけたくらい」
そう。
トーマはどれだけ思い返しても白狐の恐いふくの姿しか思い出せず、そんな返答をしてしまう。
エアはソレを聴き一瞬目をまん丸にしたが、次の瞬間、沸騰したように笑い始めた。
「アハハハハハッ!ヒィッ!……ング!ンナハハハハハハッ!」
「な、何がおかしい!?」
「こ、殺されかけたのかい……!?同族に!?やっぱ、獣人達は野蛮だねぇ!」
トーマは拳を握り締め、言い返そうと思ったが、やめた。
「……ふぅ。キミも思い知ったんだろう?なんで、ソレでも獣人になったんだい?キミも同じように成り下がりたかったのかい?」
「違う。心がある感情があるからこそ、国や国民を守るためにそのヒトは勤めを果たしただけだとおもう。でもお前たちは違う。私利私欲のため不幸なニンゲンを作って、みんなを楽しませていない」
「【シャドウズ・オブ・ロンギング】は喜んでくれる人は多かったと思うんだけど?」
「喜ばなきゃ、お前たちは番組を観た奴等を実験にかけただろ!参加者は全員実験道具にするだけじゃなく……。それに……」
「それに?」
トーマは一瞬躊躇ったが、賭けに出る事にした。
突然言葉に詰まったトーマを不審がるが、相手は高校生。
多少、言葉の引き出しに不自由なのは仕方のない事だと余裕を見せる。
「お前、一つ忘れていることがあるんじゃないか?」
「忘れていること?」
「ゼロを倒したら、【願いを一つなんでも叶える】って事を」
トーマはの賭けは【願いを一つなんでも叶える】という事を突きつけるという事。
エアは両手を挙げて首を横に振って否定する表情をする。
「それは無理だよ?キミはボクに反旗を翻したじゃない?そんなヤツの願いなんて叶えてあげないよ」
「言ったな……!それは契約違反だ!お前の一存で反故するなら、それ相応の代償を払ってもらう!」
「獣人のクセに生意気だね……!その代償も払う必要だってないさ。契約書はないだろう?」
「……マホウの契約が残ってるはずだ!【なんでも願いを叶える】には制約として任務の遂行完了した時の労力のリターンを与える。俺は【ゼロを倒す】というお前からの任務依頼に対して遂行は完了した!という事は完了後の破棄ならば相応のものを支払う必要がある。わかるか?」
「ないない。ボクらは新人類だよ?魔法に対して制約をつけなくとも発動できる技術を持っているからこそ新人類であって、破ったからといって反動が来るわけはないんだよ?」
トーマは口角を上げ、エアを睨みつける。
相変わらずエアはトーマを見下すように顎を上げており、相当な自信を持っていると感じた。
賭けの本番はここから。
トーマは勝つために大きな一手にでた。
「なら、試すか……!契約違反として……【お前の中に眠っているエリクシルを壊せ!】」
しかし、何も起きない。
笑いを堪えるエアに対し、やはりダメかと思うトーマ。
エアは両手を広げトーマに近づく。
親指と人差し指を立て、手で鉄砲のマネをしてトーマに向ける。
「残念……!キミは本当に新人類になれたかもしれないのに残念だ。成り立ては倒せてもボクらを倒すなんて不可能なんだよ?じゃ……さよなら……っ!?」
トーマを倒そうと魔力を込めた瞬間、エアはその場で嘔吐した。
内臓が傷ついているのか殆ど血反吐であるが、その中に黒く鈍く光る欠片が大量に混ざっていた。
「な……!?ゴボっ!?」
止まる事を知らない嘔吐にエアは両手で口を塞ごうとするが、止まらない。
漸く止まり、血液は勝手に蒸発し、痕を残さない。
そこに残ったのは真っ黒なガラス片のような結晶だった。
エアは自身に何が起きたか理解できず、黒い結晶をかき集める。
トーマはエアの目の前に立っており、見下ろすと、段々とエアの表情が引き攣ってくる。
「い……一体……このボクに、何をしたんだ……!?」
「何もしてないさ。さっきも言ったろ?お前は契約違反だって。強い魔法には必ず何かしらの制約があるんだよ。アニメやゲームでは当然のことだろ?だからゲームマスターの【エリクシルを破壊する】っていう罰が降ったんだ」
「ありえない……!ありえない!全ての生き物を超越する新人類なんだ!神に一番近い存在なんだ!」
「じゃからお前は負けたのじゃ」
不意に背後から声をかけられ、トーマが振り向くと大きな狼に乗ったふくがいた。
隣にはオクト、めえ、レプレ、レン、リコなど多数の獣人たちが立っていたのだった。