第64話 奥の手
「勝負あったな」
「なんじゃ、もうお終いかの?」
ヴォルフとふくはほとんど決着した闘いをつまらなさそうに見る。
もちろんカレンが勝つのは間違い無いと踏んでおり、その中でも善戦してくれれば、という思いだった。
結果は剣撃を一撃受けただけで戦闘不能。
それを見たふくは少し考える。
「ぼるふよ。今のわしらで新人類は倒せると思うかの?」
「……アイツと新人類は比べ物にならないだろうな。現に俺の脚を持って行った奴らだし」
ヴォルフの後ろ脚は本人の言う通り義足となっている。
獣人であれば大体の傷は回復できる。
ましてやヴォルフは神だ。
多少欠損したところで再生は可能なのだが、回復の兆しは無い。
それは新人類から受けた傷は呪いに近いものであり、本来であればふくの命を刈り取る為のものだった。
それを阻止するために代わりに脚を失った。
それからと言うものの、ふくはその事件以降ヴォルフの傍を離れなくなったのは、また別のお話。
新人類の侵攻は地底世界と地上世界の境目【ディバイドエリア】で結界を張ることで防いでいるが、それもまだ完全では無い。
その結果が目の前にいるトーマである。
幾度となく侵攻してくる新人類の軍団は【洗脳】を施した失敗作、即ち獣人や怪物を大量に連れてやって来る。
侵攻の度、軍を全壊させるのだが、いつも引き分けに終わっていた。
ふくの中でトーマが囮で再び侵攻をするのではないかと警戒していた。
しかし、その時は来ず、杞憂に終わる。
「もう良いであろう。彼奴は明日、地上にでも帰してやるのじゃ」
「待って。まだ終わってなさそうだぞ」
「……辛抱強い子じゃ」
ふくの瞳にはボロボロになりながらも立ち上がるトーマの姿が映し出されたのであった。
§
トーマは全身の痛みに耐えながら立ち上がる。
肩で息をするが、それすら痛みで嫌になる。
カレンはボロボロになっても立ち向かってこようとするトーマを心配してしまう。
しかし、相手はニンゲンである為手加減は許されない。
剣を構え、力を込める。
剣の帯が十本に増え、先程とは別物であると思わせる。
「キミ……もう止めな?アタシには絶対勝てないんだよ?最強の剣士だよ?」
「……るせぇ。まだ……終わって……ない……っ!」
トーマは碧いメモリーを挿す。
眩い光がコロシアムを包み込み、カレンは思わずバックステップで距離を取る。
魔力を見ることができるこの世界の獣人たちはトーマの変化に目を見開く。
銀髪のウサギ獣人【月兎】が姿を現した瞬間、カレンの前にふくとヴォルフ、ヴォルフに似たオオカミ獣人、トーマに似た白ウサギの獣人が現れる。
「がぶ、れぷれ。お前達もわかるかの?彼奴、王族変異を起こしておる。れぷれと同じ【月兎】じゃ」
「ニンゲンが神族に……!?レプレ、離れるなよ……!」
「わかってる!ガブ君も油断大敵だよ!」
「ふく、俺の上に乗って?いつでも倒せるようにしないと」
四人がトーマの変化に警戒している中、カレンが再び前に出る。
「これはアタシとあの子の戦いです!いくらヴォルフ様達でも譲れません!」
「……相手は神族だぞ?やれるのか?」
「滅多に無い対戦カードです。やらせてください!」
カレンの闘志の籠った目を見てヴォルフは鼻で笑う。
「負けることは許さん。完膚なきまで叩きのめせ」
「はい!」
ヴォルフは他の王族を連れて観客席へと戻り、カレンは剣で後ろ髪の一部を切る。
切られた髪の毛は刀身に吸い込まれるように消えていき、カレンの魔力が活性化する。
それを見たトーマは一瞬でカレンに鋭い蹴りを放った。
先ほどの蹴りと違い、生身で受ければ致命傷になり得る威力であり、ベヒーモスを倒したと言う裏付けとなる。
光の帯総出で蹴りをガードしており、それでもジリジリと足が滑り、後退させられる。
カレンの魔法【自動化】はトーマのスピードに追いつくことができており、無理やり突き飛ばすと再びトーマの動きが超高速となり、それを捌く。
トーマの攻撃は真っ直ぐであり、怪物相手なら負けることは無いのだろう。
しかし、目の前にいるのはカレンという最強の剣士だ。
意識が朦朧とする中、フェイントを入れる余裕は無い。
力とスピードのゴリ押ししか、選択肢がなかった。
そして決着の時。
トーマの身体は限界を迎え、身体ごとカレンにぶつかる。
アバターの換装が解け、地面に転がる。
カレンはトーマの顔の横に剣を突き刺し、ポツリと呟く。
「アタシの勝ち」
ほぼ自滅という形で決着が着いた為、カレンはモヤモヤした表情でトーマを見る。
「ねぇ、もう終わり?もっと戦おうよ?」
「か、勘弁して……ください……っ!」
「チェーッ」
カレンは剣を鞘に収めると、コロシアムを後にした。
トーマは全身の痛みを堪えて立ち上がった瞬間、激しい眩暈と嘔吐感に襲われ意識を失った。
「む!?めえ!彼奴の身体を診るのじゃ!様子がおかしいのじゃ!」
「は、はい……!分かりました!」
トーマはその場で全裸にされ、めえに診察される。
魔力を込めた手の平で異物が混入されていないか確認し、次は血液を採取し、血中魔力を測定する。
その結果を見ためえはふくをトーマの近くに呼ぶ。
「何があったのじゃ?」
「彼のつけていたデバイスのようなものですが、魔障石の反応がありました。そして、外付けの碧い棒のものは確実に魔障石です。彼は今、魔障石から受け取った魔力に耐えきれず多臓器不全に陥っています。……【治癒】いたしますか?」
「うむ。まだ此奴から話しは聞いておらぬし、ポチおとも話をせねばならぬ。ニンゲンを助けるのは癪かもしれぬが、わしの命令じゃ」
めえは頷くと、すぐさま治療に当たり、トーマの身体を治していく。
耳の先端がアバターのウサギのような白い毛が生えてきており、魔障石の影響かとめえは推察した。
治療が完了し、トーマの呼吸が安定する。
ふくはそれを確認した後、指をパチンと鳴らすとどこかの家に【飛ばされた】。
「すまんの」
「いえ……ふく様の生い立ちを考えれば……当然かと」
「わしはニンゲンに対しては情は無いのじゃ。此奴はもしかするとわしらの武器になるのではないのかと思うての」
「武器……ですか?」
ふくが初めて他人を武器呼ばわりする為、曖昧な返答になってしまい、めえは反省する。
「とうまと言ったの?此奴はまさかの王族変異を起こすことができたニンゲンじゃ。もちろんそれだけでは勝てぬじゃろうが、地上で魔物共を倒してくれるだけでも万万歳ではないかの?」
「そうですね……。少なくとも、新人類と対峙する前にこちらが疲弊し難くなるとは思います」
「そうであろう?そうなるようにポチおに言い聞かせておくのじゃ。そして、地上にでも帰してやるのじゃ。あどらの時といい、此奴もまた帰りを待っておる者がおるからの」
ふくはそう告げると、再び指を鳴らし、姿を消した。
残されためえは通信用の機器を使用し、言いつけ通り、ポチおを呼ぶのであった。