第5話 エキシビジョンマッチ
会場の熱が最高潮に達している最中、トーマはどうしようもない不安感に襲われていた。
専用のスーツ、アバターをもらい、体が明らかに頑丈になったことがわかるのだが、それよりもゼロの存在に気圧されていた。
いくらアバターとはいえ、死ぬことがあると聞かされた以上、元殺人犯サクライ・レイであるゼロから醸し出されるオーラはまるで獲物が疲れるまで追い詰め、動けなくなったところをとどめを刺す。
まるで狼のようにねっとりまとわりつく雰囲気に耐えられなかった。
しかし、それは他の参加者も同じく、ハヤトに至っては足や体を小刻みに震えあがらせ、恐怖を感じていた。
参加者たちの会場とは正反対のムードを察したゲームマスターは助け舟を出す。
「おいおいおいおい!気分がサゲサゲじゃないか!?今回のエキシビジョンマッチは死ぬことはないから安心してよ!危なくなる前にきちんと回収するからさ!ごにょごにょ……(いっぱいアピールしないとサポーターやギフトが来ないよ!)」
「うおぉぉぉぉ!!やややややってやるぜぇぇぇぇぇぇ!!!」
「が、がんばるよ~!」
「うむ!精一杯やらせてもらうぞ!ヨシッ!」
「お、おぉぉ……!?」
とりあえず命の保証がされたことで、他の参加者たちは媚びを売るように気合を入れる。
トーマもイマイチ乗れなかったが、頑張ってウサギ獣人のかわいさをアピールすることにした。
なんとか会場のボルテージを取り戻せたゲームマスターはほっと胸をなでおろし、イベントを進行することにした。
「さてさて!第一試合だよ!同じ高校生同士で戦ってもらおうかな!」
指をパチンと鳴らすと戦争が終わった後のような瓦礫しか落ちていない空間に投げ出された。
ほかの参加者は飛ばされておらず、ここにいるのはトーマとハヤトだけだった。
二人きりとなり、ハヤトはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「お前と戦えるなんて俺はラッキーだ!いつも通りぼっこぼこにしてやるよ!」
指をぽきぽきと鳴らしながら準備運動をするハヤト。
トーマはいきなりハヤトとタイマン勝負させられることになり、気分が落ち込む。
長年いじめられ続けるとどうしても抵抗することができなくなる。
抵抗すればいじめはより酷くなる。
もちろん自身に力があればやり返すことはできるかもしれないが、トーマにはそんな力はなかった。
このような大勢の人に惨めなところを見られると感じ、委縮してしまう。
俯いて、悔しい思いをして震える。
「さあさあ!始まるよ!今回はあくまでエキシビジョンマッチだよ!アバターの動かし方を学んでくれ給え!それでは、レディ……ファイッ!」
試合開始の掛け声がかかり、ハヤトは走る。
その姿を見たトーマは完全に委縮してしまい、しゃがみ込み、身を丸くする。
(な、殴られる!!)
「うぅおぉうあうわべしっ!」
突如何かに躓いたのか、ハヤトは派手に身を転がしていた。
そのまま立ち上がって向かってくるのかと思っていたのだが、ハヤトは立ち上がることに苦労していた。
すると、デバイスから突然音が聞こえてトーマは驚く。
「な、なに……?」
『もしもーし、ゲームマスターだよ!このデバイスは骨伝導で聞こえるようになっているから、君やゼロくんのように耳が上にあるアバターでも聞こえるんだよ!それはそうと、ハヤトは四苦八苦してるみたいだよ!早く攻撃しないと!』
そう言われ、意識をハヤトの方へと向ける。
千載一遇の大チャンスだ。
ゴクリと固唾を飲み込む。
「うるせぇ!アイツが俺に逆らう事なんてない!あんなクソ雑魚に俺がま――ブッ!!?」
同様にハヤトの方にもゲームマスターから小言を言われていたようだったが、その隙を見逃さずトーマのアッパーカットが膝立ちのハヤトの顔面に打ち込まれ、吹き飛ぶ。
錐揉み回転しながら吹き飛び、そのまま地面に転がる。
トーマは自身の手にした力を実感してブルっと震えた。
「やり……かえせた……!」
すると頭の上に樹脂製の箱が現れ、トーマの脳天に激突する。
このゲーム?はVRのような、でも何か違う物のようで痛みが現実のものとほとんど変わらなかった。
仕組みはよくわからないが、落ちてきた箱を拾い、開封すると二つの大容量記憶媒体……いわゆるUSBのようなものがあった。
「何だこれ?USB?誰かの黒歴史でも入ってるのか?ずいぶん嫌な手口だな」
『それは【メモリー】だよ!それを左右のデバイスに取り付け口があるからつけてみなよ!因みに箱が頭から降ったら【誰かが君に支援をした】って事だからね!きちんとお礼するんだよ!』
トーマは【メモリー】と呼ばれるものを両手のデバイスに一つずつ付ける。
『セット・ファイア!セット・コンプレッション!』
「火と……何だ?コンプラ?」
『コンプレッション:圧縮デス。モノ ヤ エレメンタル二 付与スルモノデス。トーマサマハ 右デバイス二 ファイアヲ セットシテイルノデ 同時二使ウコトデ ファイアボールヲ 使ウコトガ デキマス。使ウトキハ メモリーヲ 押シコムカ イメージ呪文ヲ 唱エテクダサイ』
突然機械音声が鳴り響き驚くが、疑問を全て解消した事でハヤトに向かって両手を天に掲げる。
勿論、メモリーを押し込む事はしない。
厨二病患者の心意気で詠唱を始める。
デバイスはイメージ呪文と言った為、特に決まりはないのだろう。
それでもイメージを崩さないように唱えていく。
「火よ、我が手に集まり、球と成せ!」
今までのイジメられていた過去を思い出し、手に力を込める。
(デバイスを手に入れた俺は……もう、イジメなんて怖くない!)
直径三メートルほどの大きさの火球が出来上がる。
トーマは肩で息をしながら、上空へと跳び上がる。
ウサギのジャンプ力は非常に高い。
火球を飛び越え、ジャンプは次第に自然落下へと変わっていく。
トーマは狙いをすませ、火球をハヤトに向けてシュートした。
「ぴぎっ……!!?!?!!?」
悲鳴のような何かが聴こえた瞬間、ハヤトが転がっていた所は爆炎と煙に包まれたのだった。
「あー!スッキリした!」
トーマは初めてハヤトに勝ってスカッとしたのだった。