第21話 それぞれの戦況
「そろそろ行かないと……だね」
「うん……マサルさんのためにも必ず優勝し――っで!?」
立ち上がろうとしたトーマの頭に樹脂製の箱が落下する。
それはいつものメモリーが入っている箱であり、恐る恐る開けると三つのメモリーが入っていた。
一つは【短刀】であり、マサルが持っていたものであった。
残り二つは【風】、【火】のメモリーだった。
【火】のメモリーはエキシビジョンマッチで使ったものと同じデザインであり、安心する。
逆に【風】のメモリーは一度も見たことがなかったため、疑ってしまった。
「……【屍】って書いていないから安心していいんだろうけど……。それよりも、早く市街地に行かなきゃ!」
メモリーをホルダーに入れ、マサルの居た場所に手を合わせる。
そして、トーマとモエは市街地へと入っていくのであった。
§
「チクショウ……!倒してもキリがねえ……!」
ハヤトは迫りくるゾンビから逃げるように後退する。
ハヤトの持っていたメモリーは【剣】であり、各個撃破には向く武器ではあるのだが集団で襲い掛かられると厳しいものであった。
それは他の武器にも同じことが言えるのだが、ハヤトは既にワザを三度放っている。
そのため、メモリーから剣を呼び出すことができず、逃げるしかないといったところだった。
そんな中、単独首位を走るゼロと自分を追い越したトーマの情報を聴き、苛立っていた。
しかし、戦いをするには力が残されておらず、逃げの一手であった。
ハヤトはゾンビが追ってこないことを確認し、半分倒壊しているビルの屋上へ到着する。
「ゼロの奴がいやがんのはあのエリアか……。俺は今、街の中心のビルだから、すこし休ん――」
ハヤトはそれ以上何も言わずにビルから飛び降り、隣の高いビルへ乗り移り、それを繰り返し、街の外に出る。
息を切らしながらビルを見つめるとソレは見えなかった。
「なんなんだよ、チクショウッ!……これ以上、恥さらしになってたまるかっ!」
イライラを力の糧にし、再び剣を出現させ、郊外のゾンビを駆逐するのであった。
§
ゼロは現在ランキングトップを走っているのだが、特に気にもせず、淡々とゾンビたちを葬っていた。
黒狼のアバターの肉体の強さは非常に高く、躊躇をしない彼の戦闘スタイルと肉体が合致しており、連戦に次ぐ連戦でも疲弊をすることがなかった。
ゼロが最初に手に入れたメモリーは【大鎌】であり、一度出しただけで二度と使っていなかった。
不慣れな武器を使用するくらいなら持ち前の爪や牙のほうが圧倒的な攻撃力を誇るからだ。
それに加えて前回のミッションで手に入れた【土】のメモリーが使用できたことで範囲攻撃が可能であり、囲まれたとしても対応できるため、次々と得点を加算していくのだった。
(ふん、この程度のミッションなら首位をとれるだろうな。それにしても、トーマとかいう奴の得点の伸び方……。もう一人のゾンビプレイヤーを殺せば首位は確実なものだろうな)
ゼロは嗅覚を使い、もう一人のゾンビ化したプレイヤー:ミホのニオイを探す。
それはすぐに反応し、ニィと口角をあげ、凶悪な顔をする。
「『大地よ、割れろ』」
地面を殴りつけ、岩盤ごと大地をひっくり返す。
大量の土砂や岩に押しつぶされるも、ゾンビは身動きできないだけで倒すことができなかったようだった。
『市街地の景観を損なったとして五〇〇ポイント没収いたします』
「勝手にしろ」
ひっくり返した岩盤の上を走り、ミホゾンビの所へ一気に距離を詰めた。
走りながら左手にメモリーをセットし、大鎌を出現させる。
ミホゾンビの姿が見えた瞬間、彼女の首が宙を舞っていた。
認識するよりも早くすれ違い、ゼロの大鎌による攻撃によって瞬殺させられたのである。
『ゼロ様がゾンビ化したプレイヤーを倒しました。二〇〇〇ポイントが付与されます』
「差し引き六匹分のゾンビか。このぐらい差を開けていれば誰も追いつけないだろう」
ゼロは【大鎌】のメモリーを外し、ホルダーへ収納すると、樹脂製の箱がゴトリと目の前に落ちる。
それを開けると【重力】と【水】と書かれたメモリーが一本ずつ入っていた。
ミホが持っていたと思われる武具のメモリーは入っていなかったが、ゼロは気にも留めずメモリーを取り出し、箱をそのあたりに投げ捨てた。
「俺の目的の邪魔は誰にもさせない」
左手に【重力】のメモリーをセットし、構えをとる。
手始めに孤立しているゾンビに向かって走り、追い抜き際に腕に掛かる重力を大きくし、顔面を激しく殴りつけた。
重力加速度を増した拳は風船が破裂するようにはじけ飛び、緑の液体となってゾンビは消滅した。
その威力を見て、不敵な笑みを浮かべ、ゾンビの大群にそれを向ける。
ゾンビは急に動きを止め、唸るが気にせず走り迫ったのだった。
§
ゲームマスターの部屋の扉が開かれ、男がゲームマスターに迫った。
「おい、なぜ食欲しかないはずの劣化種がおびえているんだ?」
「さあ?それはボクにもわからないね。それだけゼロが脅威だってことなんじゃない?」
「……あとゾンビ化するメモリーは何なんだ!?オーディエンスは愚かサポーターの奴らも知らないってどういうことだ!」
男が捲し立てていると、耳を塞ぐようなジェスチャーをしながら立ち上がる。
そして腰に手を当てて男と相対する。
「あれは高濃度のメモリーだよ。新人類になるためのね」
「……!お前……まさか……!!?」
「おっと、他言無用だよ?」
男の首には不可視の刃が向けられていた。
見えないはずの刃に気が付いたのはゲームマスターからわずかに漏れ出た気配だった。
男はその気配を察知した事で首を切断されずに済んだのだ。
「……っ。これまで続いていたこの番組を汚すつもりか……!」
「刺激だよ。愚かな国民は刺激が欲しいんだ。今までゾンビパニックで死者は出なかったでしょ?いくら人気コンテンツでも刺激が足りなければ視聴率は落ちる。要はテコ入れだよ」
「……健全でなければ、速攻で貴様を飛ばしてやるからな……!」
激しく音を立てて扉を閉められ、ゲームマスターは一人呟く。
「我々の実験についてこれない者たちは、あのゾンビと同じなのだよ」
再び椅子に座り、モニターに映るゼロやトーマたちを見て不敵な笑みを浮かべるのだった。
そして、手に持っていたスイッチを押し、腕を組んで静観するのだった。