第15話 エンハンス
放たれた大量の水が怪物の頭部へと集約される。
これは【圧縮】のメモリーの効果を利用し、水を圧縮させ溺死させるのが目的だった。
「やった……!成功した!」
「やるじゃねえか!」
もがき苦しむ怪物を離れた場所で見つめる。
極太な両腕を使い水塊を取り払おうとするが、水なので掴むことも、取り払うこともできなかった。
次第に動きが鈍くなり、その場に倒れこみ、最後には動かなくなった。
いくら怪物でもさすがに窒息にあらがうことができないようでゼロと同じく倒すことができた。
トーマはデバイスでランキングを確認するが、得点が入っていないことに気が付く。
「怪物を倒したのに得点が入っていない……!?」
「こいつ、本当に怪物なのか?」
「うーん……。でも人間じゃなさそうですよ?」
「それはそうだが……」
妙な静けさを漂わせるこの世界に声が耳に入る。
『残り時間五分です』
あらかた救助も完了しており、トーマの耳には怪物の声や民間人の悲鳴などは聞こえなかった。
そうなると打つ手がなく終了時間まで何もすることがなくなってしまったのである。
「よし、自分はモエちゃんを回収しにいくよ。場所を教えてくれるかい?」
トーマはデバイスでモエの位置情報を送ると、マサルはその方向へと向かって走っていった。
残されたトーマは怪物の亡骸に目を向ける。
【圧縮】のメモリーと水のメモリーを外し、元のアバターへと戻る。
「くっそ……。怪物を倒せなければゼロに追いつけないなんて……。それに、このでかいやつが得点無いなんて……」
何とも言えない感情になり、瓦礫を怪物に向けて投げ当てる。
時速一六〇キロメートルはでていると思われ、瓦礫は怪物の肉にめり込んでいった。
すると怪物はむくりと立ち上がった。
「よ゙お゙ぐも゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙っ゙!!」
「う、うわっ!?なんか生きてる!?ああ!?」
突然起き上がった怪物に驚き、手に持っていたメモリーを全て落としてしまう。
瓦礫の下までもぐりこんでしまい、簡単に取れない位置に落ちてしまう。
なんとかして瓦礫を引きはがそうとした瞬間、トーマは吹き飛ばされ、崩壊したビルに叩きつけられる。
「が……は……!?」
怪物はトーマの頭を掴み持ち上げる。
叩きつけられたことにより、全身が痺れ、自由に動かせなかった。
怪物の頭上まで持ち上げられると、大きな口が開かれ、無数の歯が目の前に広がる。
抵抗しようと殴るが、怪物自体の硬度に全く歯が立たず、逆にさらに強い力で頭部を握り締められた。
「あ゙ぁ゙……っ!?」
握りつぶされないよう必死に抵抗するが、力の差は歴然。
痛みで気を失いかけた瞬間――。
(このミッションの重要な時までとっておけ)
ふとその言葉を思い出し、残る力を振り絞ってホルダーの中から【エンハンス】を取り出す。
それを右手にセットする。
『セット、エンハンス』
トーマの右腕と右足の鎧にワンポイントの金色のラインが施され、右半身だけの腰マントが装着させられた。
そしてなにより全身に力があふれるような感覚となり握り締めていた怪物の手を振り払った。
着地し、アバターの変化を確認した。
「す、すげぇ……!このメモリーを早く使わせてくれたらよかったのに!」
足に力を籠め、怪物に向かって跳ぶ。
ドロップキックの要領で怪物の腹部を蹴りこむと、そのまま突き抜けていった。
岩槍で串刺しにされても生きていたことを思い出し、トーマは空中で追撃の態勢を取り、着地した瞬間、怪物の頭部を蹴り飛ばした。
首がなくなっても生きている怪物の生命力に驚くが、トーマは右足に力のすべてを込める。
その力は太陽のように輝き、熱が感じられた。
「ぶっっっっっとべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
トーマは跳び上がり、地面にたたきつけるように回し蹴りを怪物に向けて放った。
その威力は街の一角が吹き飛ぶ威力であり、砂埃が立ち込めた。
『残り時間一分です』
街の静けさの中、アナウンスが鳴り響き、トーマと怪物がいたところの砂埃が晴れる。
そこには怪物の姿はなく、仰向けに倒れているトーマだけいた。
「はぁっ……はぁっ……!」
意を切らしながら、怪物の姿を探すがどこにもいなかった。
ウサギの聴力を使っても音を捉えることができず、困惑する。
『ミッションコンプリート』
突然デバイスから音声が聞こえ、トーマはビクリと震えた。
それはミッションが終わったことを告げるものだった。
瞬きした瞬間、ミッション前の会場へ転送されており、安堵する。
「はあぁぁぁぁ……生き残れたあぁぁぁぁ……!」
「トーマ君、よく生き残れたな!あの怪物はどうなったんだ?」
「……終わったらここにいたんで、何とも言えないです」
「トーマ君!ありがとぉぉぉ!助けてもらえなかったら、あたし死んでたんだよね……?ほんっとにありがとう!」
トーマに助けられたモエは精一杯の感謝を込めて両手を握り、ぶんぶんと握手した。
モエはアイドルということもあり何も躊躇いなく握手するが、トーマは女性に手を握られたことで、体中の血液が沸騰しそうなほど熱くなった。
(毛皮のおかげで赤くなってるのがバレずに済んだ……!)
(って思っているんだろうな。恥ずかしがってカワイイじゃん!)
(若いっていいもんだな)
残念ながらトーマの想いにモエは愚か、マサルにまでバレてしまっていたのだった。
そんなやり取りをしていると、ゲームマスターが現れ、オーディエンスの映ったモニターがトーマたちを囲んだ。