◆7「途中で引き返して来てもいいんですからね」
いったんイシダの館を後にした俺は、街で大量の革袋を買い求めたのち、イシダの元へ舞い戻っていた。
それからイシダの目の前で〈無限の水差し〉を借り、革袋の中に水を詰める作業に取りかかるのだった。
満杯にした革袋は、その都度〈無限の袋〉の中に移していく。
水差しからあふれだす無限の水と違って、この方法で持ち運べる水の量は有限だが、これだけ用意すれば旅のあいだ中、飲み水で苦労することはないだろう。
「おそらく私が同じ立場でも同じことをすると思いますが、なんというか、ちゃっかりしてますねぇ」
心なしかイシダの声音は出会った当初よりもトゲトゲしい。
これも【魅力1】が及ぼす弊害だろうか。
とはいえ、イシダの反応は全然マシなレベルで、商店を回ったときの店側の応対はそれはそれは酷いものだった。
俺の顔を見た途端、店のオヤジの目は猜疑の色で濁り、俺が何か盗みでも働かないかと一時たりとも目を離そうとしない。
王からもらった印鑑のことも信用しようとせず、掛け払いの証書を持って官吏のいる詰所まで同行を迫られる有り様だった。
身なりや顔かたちが変わったわけでもないのに、おかしなものである。
変わっていないと言えば、腕や脚に付いた筋肉も同じである。
【筋力5】というのは、元の【筋力18】に比べると大幅に減ったはずであるが、腕回りや脚回りに変化はなく、俺の身体は戦士として見劣りしない肉体を保っている。
ただ、実際の力はと言えば、これも不思議なもので確かに落ちているのを実感できる。
以前なら難なく振り回せていたはずの幅広の両手剣などは、持ち上げるだけで精一杯であった。
我ながら嘆かわしい。
果たしてこの状態からもう一度鍛え直したら、どのように筋肉が付いていくのだろうか。
イシダが言うには、能力値に見合った外観に変えるには、もう一段階上の〈素性〉というパラメーターまで遡って変更を加える必要があるということだった。
だが、それはそのように望めばという話である。
これから魔族しかいない土地に潜入しようというのに外見など気にしてもしょうがない。
まあ、〈生まれ直しの石板〉の細かな使用方法については、魔王城までの長い道中にいくらでもガイダンスを読んで調べる機会があるだろう──。
「もう発ってしまわれるのですか?」
今晩のうちに街を出ると言った俺に対し、イシダは名残惜しむ素振りをみせた。
「ああ。ちょっと事情があってな」
「……お貸しした道具類のことですが──」
「分かってる。自慢したり、噂になるような使い方をしたりとかはしないよ」
「いいえ。そういうことではなく。必ず、お返しくださいね」
「?」
「いずれにせよ手元に戻るとしてもです。叶うことなら貴方の手から直接返していただきたい」
どこかつかみどころのない、飄々としたイメージのイシダからは思いもよらない湿っぽい空気に俺は少々面食らう。
「あ、ああ。石板の使い勝手がどうだったか、レビューを聞かせるって約束だしな」
照れ隠し半分の俺の言葉にイシダは苦笑いして言った。
「そうしてください。魔王というのが、どれほどの力を持つ化け物なのか誰も知りません。これ以上進むのは無理だと思ったら、途中で引き返して来てもいいんですからね」