◆58「これはなかなか良い感じに混ぜっ返りましたねー」
「さあさあ、私の方はきっちりご回答しましたよ。次はエリスさんの番です」
「お、俺?」
釈然としない。
これでは結局、満足するのはイシダだけではないか。
「これが〈トゥルーエンド〉なのか、メリーバッドな〈アナザーエンド〉なのかをはっきり教えていただきたい」
「ちょっ、近い近い。そんながっつかれても分かんねーよ。分かる言葉で話してくれ」
「質問は変わってません。先ほどのままです。これはエリスさんの犠牲の上に成り立ったほろ苦い結末なのか。それともエリスさん自身も満足のいく幸せな結末なのかという話ですよ」
「え、ええっ。それはっ……、その……」
「大きな声で、はっきり聞こえるように言ってください」
「? ……俺自身もまだ良く分かってない。そういう答えじゃ駄目か?」
ふっとイシダの圧が消え、彼の表情が落胆したように沈む。
糸目はそのままなのに、そのことが分かってしまうのは不思議だ。
「ただ……、これだけは言える。これが幸せな結末じゃないなんてことはねーよ。少なくとも」
「ほう」
「自己犠牲とかじゃない。この決断をそんなふうに言われるのは心外だ。俺やロキに対する侮辱に感じる。だから、やめてくれ」
口に出して言うことで自分の中でモヤモヤと揺蕩っていたものが段々と形を為していくように思えた。
そのことに勢いを得て、自分自身その答えを知りたくて、俺はさらに言葉を紡ぎ出す。
「確かに、あのときはそうするしかないって思った。けど、状況が、俺に覚悟を決めさせたんだ。別に悪い意味で言ってるんじゃない。そうするしかないってのは、俺にとって、言い訳で、免罪符のようなもので、照れ……隠しみたいなものだったんじゃないかって、今ならそう思う」
「ふむ……」
「不満か? お前の意味不明な説明よりよっぽどマシだったと思うけどな」
「……もう一声、いただけますか?」
なんだよそれは。
店先での値切りみたいに……。
俺は半ばヤケになり、最後までまとっていた布切れの一枚を取り払う。
「ちゃんと好きだよっ。ロキのことが。そりゃ、肉体的に、そういうのはまだ抵抗あるけど。どうせもう男には戻れないんだ。だったらちゃんと、女として愛されたいって、思ってもいいだろっ?」
言い終わったときには、俺の顔は湯気が出ているのではないかと思うほど熱く上気していた。
居た堪れなくなり、俺は一刻も早くイシダから反応を引き出そうとしてにらみつける。
「なるほどなるほど。実に興味深い……」
「なんだよ、その反応。人が恥を忍んで答えたってのに」
「あー失礼。でもそれに対して然るべき反応を返すのは私の役どころではありません」
「……?」
「ねえ。だ、そうですよ、魔王氏?」
(んんっ──!?)
イシダがバルコニーの片隅に声を掛けるのを見て俺も同じほうを向く。
誰もいなかったはずの暗がりから最初に姿を見せたのはシグルスだった。
〈シュレプネル〉の影をなびかせる鎧を見て俺は、そこにまだ俺の知らない別の能力が秘められていたことを察した。
「このたくらみに加担した罪をお許しください。エリス様。ですが私も、魔王様にはどうしても、エリス様に二心のないことを知っていただきたく」
「え、えぇ。はい……」
殊勝に頭を下げるシグルス。
俺は謝罪を受けるため、自然と腰を浮かしてシグルスの方に向き直った。
だが、問題のロキの姿が見えない。
二人の口ぶりからして、ここは盗み聞きの種明かしとともにロキが姿を見せるべき場面ではないのか?
俺が驚くに驚けず微妙な間を作っていると、それを察したシグルスがロキに登場を促した。
「ほら、魔王様。いつまでも隠れてないで、お顔を見せてあげてください」
身体を後ろによじって振り向くシグルス。
だがその兜の向きがいやに下方を向いているのが気になった。
ピョコリ
いかにもそんな擬音を付けるに似合いの仕草でロキが顔を出す。
シグルスの鎧の、だいぶ下、腰のあたりからだ。
角や翼こそしっかり生え揃っているものの、その顔、その体つきはあの頃のまま。
俺が初めて魔王城で出会った幼いロキがそこにいた。
シグルスの鎧の後ろに身体半分を隠し、非情に申し訳なさそうに、心細そうに、泣きそうな顔になって俺のことを見つめている。
それを見て俺は今度こそ溜めていた驚きの感情を爆発させた。
(ぐ、ぐぅ……カワ……。可愛すぎるっ──!)
間違い。
(なんで!? どうして子供の姿に?)だった。
「すまぬ、エリス。そなたを信じていなかったわけではないのだが、その男にそそのかされて、断り切れなかったのだ」
俺はパクパクと口を開け閉めして言葉を詰まらせる。
俺としてはそれどころではなかったが、小さなロキはどうやらイシダとの会話を盗み聞きしたことを謝っているようだ。
い、一応、怒ってみせたりした方がよいのか?
叱ってあげたほうが……、だなんて、なんなんだこの感情は。
「立派な王にあるまじき卑劣な行いであったことは認めよう」
ロキは意を決してシグルスという砦の陰から身をさらし、俺に向かい打って出る。
「だが、誉れを汚すだけの価値はあった。そなたの口から余のことを好いているとはっきり聞けたのだからな。無論、愛すとも。望まれずとも。いや、そなたがそれを望むのなら、その幾千倍も、余は永遠にそなたを愛し、幸せにすると誓おう」
歩み寄り、言葉を口にしながら徐々に気持ちを昂らせ、今や挑むような目で俺の目をしっかりと見つめていた。
その顔は精一杯上を向き、俺のことを見上げている。
言っていることは大人の男がする愛の告白のようなのに、その声音や姿かたちは年端もいかない子供のものだというアンバランスさ。
だが、弱さをさらけ出すその幼い容姿のお陰で気付けたこともある。
この半年、ともに暮らしながらも、どこか距離が感じられたロキの態度。
魔王としての立場がそうさせるのかと思っていたが……。
今のロキの表情を見て、その根底には彼の不安が隠されていたことを俺は知る。
妻になると言った俺の言葉を本当のところは信じ切れていなかったのだ。
あ……、あれ?
「ちょっと待って……ください」
俺は両膝を揃えて床に突き、ロキと目線を合わせる。
「全部聞いてたってことは私が……、お、俺が、本当は男だって話も──」
「もちろん承知しておる。ずっと前にシグルスから訊いた。だがそれの何が問題だ?」
「何がっ、て……」
そう言えばロキは俺が男の姿のときにも構わず口づけをしてきたのだった。
待ちきれずに、それくらい盛って、俺のことを求めて……。
「全部嘘だったんだぞ? 始めから。本当は俺は、人間の勇者で、魔王を、お前を倒すために──」
「よいのだ。そんなこと。大事なのは、今のエリスが余のことを選んでくれたことだ」
「ロキ……」
「つまらぬ打算や妥協ではなく、そなた自身の感情に従った結果であることが、余には──」
俺は静かに両手をロキの背中に回し、ひっしと抱いた。
もはや過去に過ぎ去り、叶わないと思っていた懐かしい抱擁。
その熱を少しも漏らすまいとして俺は小さな体を抱きすくめる。
ロキも短い腕を懸命に伸ばし、俺の背中にペタリと手の平を付けた。
「ぅ、……ぁ、ちょっ、そこ弱っ──」
ロキの小さな手が偶然俺の翼の付け根あたりを触り、揉むようにされたせいで、俺はあらぬ声を上げてしまう。
「口づけを、してもよいか?」
耳元でささやくロキの声にハッとなり、俺は身を起こしてロキの顔を見返した。
「飛竜の上では叱られてしまったからな。今度はちゃんと了解を得ようかと」
「い、いや、そうじゃなくて。……その身体でか? というか、ごめん。こんなタイミングで訊くのもなんだけど、なんで子供なんだ?」
俺がそう言うと、ロキはようやくそのときになって思い出したように、自分の両手足を眺め返して言った。
「あ、ああ、これか。これもあの男の入れ知恵だ。きっと初めて出会ったときの、この身体のほうがエリスも喜ぶだろうと言うのでな。我が王族に伝わる秘術で化けてみた。どうだ? これがエリスの〈性癖〉とやらなのであろう?」
むふふん、と得意げな笑みを浮かべるショタ魔王。
俺はわなわなと肩を震わせ頭を持ち上げる。
「イ……シダぁ……! お前ロキになんてことをぉ!」
「あー、いや、善かれと思ってです。もしかしたらエリスさんの〈好感度〉が上がりきってない可能性も考えてのことですよ。原体験は強烈なほど心に残るって聞きますし、エリスさんが渋るようならトドメの一撃にって思ったんですけど、どうやら余計な小細工でしたね。あははは」
「くぅっ。全部お前の手の平の上ってわけか」
「いやいや全然。それは買いかぶりです。私も専門外ですから探り探りで。……あ、そうそう。もしまだ機が熟していないようなら、これを使ってまた話を混ぜっ返そうってプランもあったんですよ?」
イシダが片手に持って振る平たい物体を見て俺は目をみはった。
思わずロキの身体を脇に押しやって手を伸ばす。
「そ、それ。〈生まれ直しの石板〉か? ちょっと見せてくれ」
「あ、駄目ですよ。貴女に貸すとまた割っちゃうじゃないですか」
「そうだ。それ。あのとき割れたはずじゃ?」
「割れてましたよ。他の魔法道具と一緒に私のベッドの上に返却されてたんです。ただ、あまりにも見事に真っ二つだったので物は試しと私が魔法で──」
「直したのか? それを使えばまた俺は元に……」
「待て。その話は聞いてないぞ。余にそれをよこせ。今度こそバラバラに砕いてくれるわ」
「おっとー。これは思わぬ火種でしたかね? パスです。シグルス氏」
「──は!? なぜ、これを私に?」
「なぜって、私たち同じ負け組の〈攻略対象キャラ〉じゃないですか。ここは〈シーズン2〉開幕のために協力すべきですよ。ほら、逃げて逃げて」
「またお前はわけ分かんないことを」
「…………」
「おい。何を考えるシグルス? 早くそれをこちらに寄こすのだ」
ロキはシグルスの足下に駆け寄り、ピョンピョンと跳ねて高い位置にある石板を奪おうとする。
「い、いえ、魔王様。これは、壊してしまうには惜しい貴重な品かもしれないと」
「さすがシグルス氏。お目が高い。そのアイテムの無限の可能性に気が付かれましたか」
「いいからっ。えいっ。早く寄こせ。それを使えばエリスがまた男の姿に戻ってしまうのだろう?」
「いや、シグルス。俺だ。俺に投げてくれ」
「エリス!? やはり、余とまぐわうのがそれほど嫌で──」
「あ、いや、そういうわけでは……。ただ、せめて初体験は男の身体で済ませておきたいというか……」
「なるほど。では、こういうのはどうでしょう? 魔王様も生まれ直して美少女になってみるというのは? そもそもロキというお名前。私が知る北欧神話では──」
「…………」
「あっ! おいシグルス。黙ってどこに行く?」
「ち、違います。とりあえずホロウにでも見せて意見を聞いてみようと」
「ああ確かに。彼も〈攻略対象〉になりそうな惜しい立ち位置ではありますよねぇ。渋い髭を生やしたダンディな老紳士に生まれ直してもらえばワンチャン──」
「お前は黙れ。これ以上変なこと言って混乱させるな」
「ははは。これはなかなか良い感じに混ぜっ返りましたねえ」
無責任に笑いながらイシダが俺と並走を始める。
俺は言いたいことを一言二言飲み込んで、前を行くシグルスの背中を追った。
ロキは小さな翼を忙しく動かして飛び、シグルスの先回りをしようとしている。
人や魔族で溢れかえるパーティー会場をかき分けながら走る(あるいはその上を飛ぶ)四人。
何かの余興が始まったとでも思ったのだろうか。
周囲の者たちは、そんな俺たちを見て、宴はこれからだとばかりに歓声を上げるのだった。
(おわり)
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