表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/58

◆54「ですが、今は承知しています。ロキ様」

「エリス? 大丈夫なのか? 返事をしてくれ。言葉は話せるか?」


 ロキが俺と目線の高さを同じにしてひざまずき、不安げに俺の顔をのぞく。

 俺は両手を床に突き、うな垂れたまま動けないでいる。


 そんな俺たちのすぐ脇に青白い魔法の光が立った。

 魔法陣の上に現れたのはホロウ。

 身体が半分透けて見えるところをみると、どうやら実体としてそこにいるわけではないらしい。


「魔王様。これは一体。何が起きたのです?」


 ホロウの幻影が周囲を見渡し驚いた声で言う。


「くせ者だ。どうにか仕留めることができたが……、それ以上のことは上手く言えん。分からぬのだ。お前もこっちにきて何が起きたのか知恵を貸せ」


 ロキの話を聞きながら、ホロウはなお周囲の観察を続けていた。

 一度俺の上を通り過ぎた視線が反転して二度見し、その目が大きく見開かれる。


「たしかに。並々ならぬ事が起きたようですが……、詮索(せんさく)は後になさいませ。当面の危機が去ったのであれば、魔王様こそ、急いでこちらにお戻りください」

「何事だ?」


「王城のすぐそばに巨大な魔力源が出現してございます。折しもニンゲンどもが集結し、反攻の兆しを見せている矢先。これが噂に聞く奴らの召喚術であるとすれば、迎え撃たねば。恐るべき相手です。魔王様のお力なくしては我々の勝利は危うい。それほどの脅威かと」

「くぅ、次から次に……。エリス、立てるか? いや、立てずとも連れていくしかないな。そなたをここに置いては行けぬ」


 ロキが俺の腰に手を回し、持ち抱えようとするのを、俺は自らの足で立ち上がって制止した。


 〈生まれ直しの石板〉は二つに割れ、消えてしまった。

 もはや人間のエリオットに戻る手立ては存在しない。

 俺はこの先ずっと、魔族のエリスとして生きていくしかなくなってしまった。


 魔族と人間の抗争。

 その事態を収拾できるだけの力を持っていたはずのイシダももういない。

 俺だ。俺がどうにかしなければ──。


「魔王様……。ロキ様。どうか、進駐(しんちゅう)した兵をお引きください。人間と戦う必要はないと、和平の道もあるのだとお教えしたはずですよ」


 俺がエリスの声音(こわね)でそう言うと、ロキの顔色がみるみる変わる。

 苛立(いらだ)ちと不安に駆られていた表情が(やわ)らぎ、幼い子供の頃のロキを彷彿(ほうふつ)とさせる泣き笑いの顔に取って変わった。


「おお、エリス……。エリス……。エリス、エリス、エリス!」


 ロキは以前のように俺の腹のあたりに顔を埋めようとするが、大きく育った彼の肉体がそれを(はば)む。

 代わりに、ロキは俺の身体を高々と担ぎ上げ、逆になった身長差の帳尻を合わせた。


「えっ、ちょっ、タンマ。いや、あの、待ってください。話を聞いて」

「エリス。思い出したのだな? 全部。余と交わした約束のことも?」


「あれは、魔王様の名をお呼びすることの意味をよく知らなかっただけなのですが……」


 俺は首を下向きに曲げ、ロキと目を合わせながらそこで一旦言葉を区切る。

 ロキの笑顔が少し(くも)るのを見て、俺は静かにその先を続けた。


「……ですが、今は承知しています。ロキ様」

「で、では」


「はい、ご一緒いたします。次代の魔王を(はら)めとおっしゃるなら、ご寵愛(たまわ)る覚悟です」

「おお。これは、夢ではないのだな。ホロウ。聞いたか? 見たか? あのエリスが帰ってきたぞ!」


「──ですが」


 喜び浮かれるロキに対し、俺はきつい調子を込めて言う。


不遜(ふそん)ながら一つ、いえ、二つ。条件がございます」

「条件? なんだ。申してみよ」


「一つは、先ほども申し上げたとおり、人間の領土に派遣している兵を引き上げることです。人間とは戦わず、和平を。共に繁栄する道をお探しください」

「分かった。そなたの言うとおりにしよう」

「魔王様!」


 ロキの二つ返事に対し、慌てたのはホロウだ。

 ロキは魔法陣の上の幻影に(てのひら)を向けてそれをなだめる。


「よい。少しやってみて分かった。あの()れ者たちを統治するなど面倒で敵わんとな」

「し、しかし……」


 ホロウは渋っていたが、ロキは取り合わぬ構えである。

 担ぎ上げていた俺を下ろして立たせ、自分の伴侶となる最愛の人と向かい合う。


「もう一つは何だ? 二つ望みがあると言っていただろう?」

「はい。どうか、シグルス様をお救いください」


 ロキの表情が露骨に曇るのが分かった。


「シグルス様は私を助け、人間の勇者と対抗するために残り僅かな魔力を使い果たしたのです。本当はいつでも逃げることができたのに、縛めを解かずにここに残り続けたのは、魔王様への忠義あってこそでございます」

「そんなことは分かっておる!」


 ロキの激昂(げっこう)に、俺は驚き身を引く。


「だったらなんで……」

「忠義と愛は別物であろう……」


 俺たちは互いに押し黙った。

 俺は悲しげに吐かれたロキの言葉の意味を考える。


 忠義と愛は別物。

 それは言わずもがな、シグルスによる魔王に対する忠義と、エリスに対する恋情(れんじょう)は別々に同居し得るということだ。


 だが俺は、同じ言葉によって、自分自身のロキに対する心情を揶揄(やゆ)されたようにも感じていた。

 ロキや、彼が統べる魔族のために子を為すと誓った忠義とは別に、本当の愛は、ロキではなく、シグルスに向いているのではないかと……、そう疑われているのだ。

 自らが(とつ)ぐ条件として別の男の助命を願い出るということは、そのように勘繰られても仕方がないように思える……。


 ロキの真意は分からない。

 ただ、ロキが吐露(とろ)した言葉によって、三人の間で絡み合う微妙な関係性を、俺自身がはっきりと意識したのは確かであった。


 たった今、魔族の女として生きていくことを決意したばかりの俺に訪れた人生の大一番。

 今後の自分の人生や、シグルスの命、それに魔族と人間の命運は、俺の態度一つに(ゆだ)ねられていると言っても過言ではなかった。


 だが、この誤解、どう取り(つくろ)う?

 いや、そもそもそれは本当に誤解なのか?

 女であることに不慣れな俺は、ロキとシグルス──二人の男に向ける心情の正体を見定められずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ