◆5「やっぱり男の子ですね。エリオットさんは」
記念すべき最初の──そして、ひょっとすると最後になるかもしれない──〈生まれ直し〉である。
俺は石板に映るステータスの割り振りを入念に模索していた。
「とりあえず最初は、【知性】の数値はいじらない方がよいと思います」
「それって何か特別なのか?」
「はい。おそらく。というか、普通に怖くないですか? 自分の記憶や思考に直接影響を及ぼしそうで」
「ま、まあな。言われてみれば」
「失礼ですけど、エリオットさんは書物などを読み勉学に励んだという感じではないですよね」
「まあな」
「それでも〈13〉。ということは、この石板が扱う【知性】とは、単純な知識の総量ではなく、地頭の良さのことを指すのではないかと思われます。突然頭が良くなったり悪くなったりした自分を、果たしてそれでも同じ自分だと言い張れるのか。正直言って私は自信がありません」
「分かった分かった。【知性】は増減させないようにすればいいんだろ?」
俺の計画は、できるだけ敵に見つかることなく魔族領の深部まで到達し、さらに可能であれば魔王城にまで潜入して寝込みの魔王を襲うことだ。
魔族相手とはいえ、我ながら小ずるい作戦だと思うが、俺は別に名誉を重んじる騎士などではない。
最小の労力で最大の効果を得るにはこの方法が一番だろう。
透明になったり、気配を消したりする道具が借りられればそれが一番よかったが、あいにくとイシダが持つ魔道具の中にそういう実戦向きな物はないらしい。
その代わりに使えそうなのが、この〈生まれ直しの石板〉だった。
隠密に特化したステータスにするにはどうしたらよいだろうと相談すると、イシダはそれなら【技量】と【敏捷】と【知性】の3つだと自信ありげに答えた。
何故かと問えば、石板の〈ガイダンス〉にそう載っていたから、だとか。
うーむ。
【知性】に手を付けずに隠密能力を盛るとすると、こうか……?
〈勇者:エリオット〉*
【体力7,精神5,筋力5,技量34,敏捷40,知性13,魔力1,魅力1】
「…………」
「よろしいのではないでしょうか」
どうせ他人事だと思ってイシダは気安く言う。
なるべく大胆に変えないと違いが認識できないのではという理由で、【魅力】を極端に低い〈1〉にすることを勧めたのもイシダだった。
ただまあ、何かを上げるには別の何かを諦める必要があるのは確かだ。
突出させたいのであれば特に。
長旅になることを考えると【体力7】というのはやや不安だが、常人の平均が5という話を信じて切り詰める。
「魔族領への潜入任務ですから【魔力1】というのも案外相性が良いかもしれませんよ?」
「どうしてだ?」
「いえ根拠はなく、これはただの勘ですが。いわゆる〈ゲーム脳〉というやつです」
「?」
イシダの口からまた奇妙な単語が出た。
いわゆるも何も、俺は〈ゲーム脳〉が何かも分からない。
そこで俺は、ふと思いついて聞いてみる。
「なあ、イシダは〈オネショタ〉って何か分かるか?」
「なんです? 藪から棒に」
「いや、さっき占い師の婆さんにだなあ……」
俺はここに来る道中であった出来事をかいつまんで説明した。
「なるほど。占った本人は分からないのに出てきた単語ですか。なかなか興味深い。それは案外信用に足る占いかもしれませんね」
「それで? 〈オネショタ〉って? お前は知ってるのか?」
「まあ、はい。しかし……、エリオットさんはショタというには、いささか……」
イシダは目を細めて……、いや、細いのは元からだが、より細く長くして俺の顔をまじまじと観察する。
「なんだよ。もったいぶるなよ」
「そうですねぇ。なかなか一口には説明しづらいのですが……」
それからイシダは俺に〈オネショタ〉の何たるかを懇切丁寧にレクチャーしたのだった──。
*
「──どうです? 仮に魔王が色っぽいお姉さんだったとしても、誘惑を断ち切り、その柔肌に刃を突き立てることができますか?」
イシダが執拗に語る煽情的なシチュエーションの数々に、俺は自然と、まだ見ぬ魔王の姿を思い描いてしまう。
頭に巻き角を生やした浅黒い肌の女性が、妖艶な笑みを浮かべ、豊満な胸を俺に寄せてくる──そんなイメージを頭から追い出すために、俺は激して言葉を荒げる。
「ば、馬鹿言え。相手は魔族だぞ。当然、できるに決まってる。そのために俺は勇者になったんだからなあ!」
こちらを煽るだけ煽っておいて、それに対するイシダの返しは淡泊だった。
「まあ、魔王が女性だと決まったわけでもありませんしね。道中にサキュバスの類いに出くわすとか、それとも魔王討伐をなし遂げたあとで貴族のお姉さんから求愛を受けるとか……」
「や! 俺はそんな。そんな邪な思いで旅立つわけじゃないぞ!」
「では、どのような動機で?」
「え?」
「参考までにお聞きしたいのです。命を落とすかもしれない危険を冒してまで、何故魔王を倒しに行こうとするのか。復讐ですか? それとも守りたい人のために戦う、とか」
「いや、俺は別に。俺の両親はどっちも病死だし、兄弟も、妻や将来を誓い合った相手もいない」
「私と同じ、天涯孤独というわけですか。するとやはり分かりませんね。富や名誉のためでもなく、何がそんなに貴方を危険へと駆り立てるのか……」
「何が、か……」
急に真面目モードに入ったイシダに合わせ、俺も腕を組み、真剣に考えてみた。
「そうだな……。正直に言えば富や名誉がまったく要らないってわけじゃないけど、やっぱり一番の理由は、まだ誰もそれをやったことがないってことかな」
「ほう」
「何百年か、下手したら何千年か。いつ、どうやって始まったのかすら誰も知らない、ずっと昔から続いている魔族との戦いを終わらせる。それを成し遂げるのが自分なんだって考えたら、すげぇワクワクするだろ?」
世界に横たわり、皆がそこにあると知っている悲劇。
どうにかしたいと願いながらも、どうにもできなかった人類共通の障害を──他の誰でもなく──俺が取り除くことができたなら、それはどんなにか胸のすくことだろうと思うのだ。
他人から認められたい、感謝されたい、というのとは少し違う。
きっと一番の褒賞は、自分の内側から湧き出るものにある。
「なるほど。やっぱり男の子ですね。エリオットさんは」
「子供じゃないぞ。立派な大人の、〈勇者〉の考えってもんだろーが」
「えぇえぇ。分かってます。ロマン、いや、求道者の精神をお持ちというべきでしたか。私に欠けていたのは、そういった動機の部分だったのかもしれませんね。エリオットさんのお話は大変参考になりました」