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◆42「見せしめとすれば騒ぎも収まるであろう」

 そのとき俺は、女たちの列を遠巻きにする群衆の中にいた。

 娘や恋人を取り返そうとする男たちに混じっているので、俺もその中の一人にしか見えないだろう。

 だが、城門から出て来た見覚えのある人影を見て、俺は思わず身を縮めてしまう。


 現れたのは、特徴的な鉤鼻(かぎばな)の老宰相(さいしょう)、ホロウだった。

 人間でも感じ取れるようなただならぬ気配──魔力に怯んだのであろうか、騒めき立っていた群衆の声が自然と収まっていく。


「これで全部か?」


 ホロウが隊長格らしきホースマンの一人に向かって短く問う。


「いえ、それが……。未婚の女に絞っても、あまりに数が多く、これでも町の北東部に住む四分の一ほどになります」

「愚か者。それなら先にそうと報告しろ。一度に集めてしまわねば漏れが出るであろうが」


 彼らは一体、若い未婚の女ばかりを集めて何をするつもりなのか。

 俺の胸中に暗い陰が射す。

 いったん支配を受け入れてしまえば、それから後、どんな理不尽を要求されることがあっても人間たちには容易に抵抗するすべがなくなるのだ。

 やはり、魔族に人間に対する平和的な統治を期待するのが愚かだったか……?


「仕方がない。約束の刻限じゃ。ひとまずここにいる者たちで済ませるしかあるまい」


 ホロウが振り返る。

 そのときになって俺は理解した。

 開いた城門から漏れ出し、人々を畏怖(いふ)させた強大な魔力について。


 てっきり俺は、それがホロウが放つ魔力なのだろうと思ったのだが、そうではなかった。

 鈍感な人間でもはっきり感知できるほどの魔力を秘めた存在は、いまだ城門の後ろに控えていたのである。


 重い金属が石畳を叩く音が広場に行き渡り、皆が息を飲んでその者を迎えた。

 漆黒に塗られた金属地は、暗黒騎士シグルスの全身鎧に似ていた。

 だが、輪郭を金でふちどられた意匠(いしょう)、あるいは胸元に光る色とりどりの宝飾は、質実剛健を旨としたシグルスの鎧にはなかったものである。

 兜もかぶってはおらず、敢然(かんぜん)(さら)された素顔は男の俺でも見惚(みほ)れるほどに均整が取れている。

 サラサラと風になびく銀色の髪の間からは、二本の巻き角が雄々(おお)しくそそり立っていた。


 俺は震える指から〈見極めの小筒〉を抜き取り、人垣の間から息を詰めてその男の姿をのぞく。


「──っ!」


〈魔王:ロキ〉

【体力36,精神13,筋力37,技量48,敏捷52,知性13,魔力89,魅力60】


 本当はそうして確かめる前から俺には分かっていた。

 美しい銀色の髪、妖しく光る紫色の瞳、それに、整った顔だちの面影には、はっきりと思い当たる節があった。


 だがその予感は、実際に有無を言わさぬ事実としてその名を目にしたときの衝撃をいささかも和らげるものではなかった。

 あの愛らしい──、背丈などは俺の胸にも届かなかった小さく幼いロキが、今こうして目の前に、立派に成人した姿で存在していることが(にわ)かには信じられない。


 十五年──。

 痛切な喪失感が胸をうがち、俺はまともに立っていられなくなる。


「お、おいおい。大丈夫か、兄ちゃん」

「無理もねえや。俺も気分が悪ぃ。なんなんだあの男。あれが、魔王か……?」


 倒れそうになる俺の身体を、周りにいた男たちが支えてくれた。

 心配そうに「横になるか?」と訊ねる男に対し、俺は礼を言って肩を借り、どうにか体勢を持ち直す。


「見届けないと。ここで何が行われるのかを」

「お、おう。そうだな。あんたは恋人か? 俺は娘があの中にいるはずなんだ」


 広場にいる全員が神妙な顔付きで、若き魔王の一挙手一投足に見入っていた。

 娘や恋人のために抗議や嘆願をすることも忘れて。


 誰もがそこに目を向けずにはいられない、強い魅力を宿したカリスマ。

 それが今の魔王──ロキの姿なのである。


「品定めか? 女たち全員じゃなく、気に入った者だけを召し抱えるつもりで」

「じゃ、じゃあ助かるのか? 魔王様に見初(みそ)められなければ。なあ?」

「分からんぞ。それ以外の女は部下に払い下げるってこともあり得る。そんなことになったら、俺ぁ……」


 不安に駆られた男たちが口々にささやき合う。

 周囲の男たちの見立てと同じく、俺の目にも、ロキの行動は女たちの品定めをしているようにしか見えなかった。

 列に並んだ女たちの前を通り過ぎながら、時折立ち止まってはその顔をつぶさに眺める仕草。

 見目麗(みめうるわ)しい若い娘を召し上げて、ハーレムでも作るつもりだろうか。


 くそっ。

 あのロキが。

 無垢(むく)で愛らしかったロキが……!

 俺はお前をそんなふうに育てた覚えはないぞ。


 あー、いや。

 実際、俺がロキの教育係を務めたのは、ほんのひと月程度でしかなく、それで育てたなどと(おご)るのはおこがましい。

 そうだ。あのまま、大人になるまで俺がそばに付いてやれていれば、こんな下品で非人道的な真似などさせなかったのに……!



 今のところロキの審美眼にかなう娘はいないようで、品定めの行脚(あんぎゃ)は粛々と進み、列の半ばへと差し掛かっていた。

 長過ぎる列は、何度か折り返して往復しており、その折り返したへりの部分──つまりは、俺が紛れている群衆の側にロキと側近たちが近付いてくると、その品定めの様子がよりはっきり見えるようになる。


 魔王が自分の前を通過していき、その眼光をやり過ごした娘たちは、さぞや安堵していることだろうと想像していたのだが、近くで見ると何やら様子がおかしい。

 娘たちは行き過ぎる魔王の横顔をうっとりと見つめ、そればかりか、自分が選ばれなかったことを残念がっているようにも見えた。


 ふと、列の中から一人の娘が進み出る。

 比較的身なりが良く、裕福な商人の娘か、貴族の令嬢ではないかという風情(ふぜい)である。


「恐れながら。魔王様。どうか、わたくしをお選びください」


 新たな支配者におもねるために、父親に言われて名乗り出たという可能性はある。

 だが、その娘の(うる)みを()びた瞳や真っ赤に染めた(ほほ)を見れば、誰だってそれを計算や演技によるものだとは思わないだろう。

 少女は完全に心を奪われ、心酔しきった顔をしていた。


 それに対し、ロキは足を止め、困惑した顔でホロウを振り返る。


「自ら身を(ささ)ぐ決意。魔王様に()かれる何かがあるのかも知れませんな」

「確かに、面影がある……と、言えなくもない、という気がしないでもない……が……」


 ロキは娘のあごに指を添えて持ち上げ、しげしげと吟味(ぎんみ)する。

 化粧や身なりのお陰もあるが、まずはなかなかの美人と言ってよいだろう。

 ただ、容姿や心意気だけでは判断に足りなかったとみえ、ロキはあまり気乗りしない表情のまま、今度は娘の首筋に顔を近づけ、匂いを嗅ぐようにする。

 そうされている間も娘の方は、この世の至福ここにあり、といった恍惚(こうこつ)の表情を浮かべ、なされるがままとしていた。


「違うな……。これではない」


 ポツリとつぶやき、ぞんざいに娘を元の列へと追いやる。

 娘はうなだれ引き下がったが、それと入れ替わるように、今度は近くにいた他の娘たちが一斉に名乗りを上げた。


「私も。私のこともお確かめください」

「どうぞお嗅ぎになってください。魔王様」

何卒(なにとぞ)おそばに。この私を」


 ロキに魅了された恐れ知らずの娘たちは、周囲の兵士や他の娘らを押しのけて、我先にとロキの元へと詰め寄せる。


「ホロウ。この者たちを黙らせよ」


 偉丈夫に育ったロキは、人間の娘数人から多少押されたところでビクともしないが、如何にも迷惑そうな顔である。


「口で言って聞くものでもありますまい。荒事となりますが、よろしいですかな?」

「よい。こ奴らのことは(あらた)めた。もはや用済みだ」


 ホロウの目配せに、そばにいたホースマンがうなずく。

 ホースマンは、ロキに群がる娘たちの一人の首筋目掛け、幅広の曲刀を振りかぶった。


「四、五人ほどでよい。見せしめとすれば騒ぎも収まるであろう」

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