◆41「塩と香辛料を忘れないでくださいねー」
〈勇者:エリオット〉
【素性:人間・村人,性別:男,ステータス反映:あり】
【体力21,精神9,筋力18,技量16,敏捷30,知性13,魔力9,魅力8】
偵察がてら町中に繰り出すに際し、俺はようやく、念願の人間の男の姿に戻っていた。
ステータスは基本的に旅に出る前と同じ。
旅に出てから成長した分の〈17〉ポイントは、荒事に巻き込まれる可能性を考慮し、全部【敏捷】に割り振った。
使い終わった〈生まれ直しの石板〉を返すと、イシダは早速それを操作し、十五年ぶりに見る自分のステータスに大層満足した様子を見せていた。
どれどれとのぞき見たイシダのステータスはこうだ。
〈転生勇者:イシダ〉
【体力6,精神18,筋力4,技量5,敏捷6,知性74,魔力14,魅力16】
肉体面は相変わらずの貧弱ぶりだったが、【知性】だけは突出して伸びていた。
「どうやったらこんなに、しかも【知性】だけが成長するんだ?」
「ずっと本を読むだけの生活をしておりましたので」
「十五年間?」
「十五年間」
十五年間、文字だけを追う生活がどのようなものであるのか。
俺などは想像するだけで発狂しそうになるが、そのやり取りでようやく俺は十五年という歳月を実感する。
俺にとってはほんの一瞬──昼寝をしていたような時間でも、世界の方は一日一日を着実に積み重ね、十五年という月日を経験しているのである。
その割に、イシダの顔は最初に会ったときのように若々しいままに見えるが。
別の世界から来た〈転生勇者〉というものは、もしや不老の種族なのだろうか……。
「塩と香辛料を忘れないでくださいねー」
イシダが扉の内側から手を振って俺を見送る。
俺は持てるだけの食料を買って帰るように金を持たされていた。
館の前に魔族が現れるようになってから外出を控えるようになったイシダの代わり。
ていのいい使い走りである。
館の前にいた三匹のリザードマンたちはすでに姿を消していた。
町の様子は、館の窓からのぞいたのと同様に、至って平和であった。
俺などはたまに魔族とすれ違うたび、身を強張らせ、懐に忍ばせた短剣をいつでも抜けるように身構えるのだが、相手のほうはそんな俺にまるで注意を払おうとしない。
露店で硬貨を支払い、果物を買い求めている魔族などを見かけるにつれ、だんだん警戒するのも馬鹿らしく思えてくる。
「怖くはないのか?」
今しがた魔族に果物を売った女店主に訊ねると、彼女はケロリとした顔で言った。
「そりゃ顔はおっかないけど。話は通じるからねえ。それにもらっちまえば金は全部一緒さ」
なるほど。
イシダが、このまま魔族に統治されるのもあり、だと話していたのも分かる。
俺が打倒魔族と息巻いていたのが十五年前のこと。
もはや〈勇者〉が必要とされる時代ではないのかもしれない。
思えば魔王城で一緒に過ごした魔族は皆、常識的で、気のいい奴らばかりだった。
荒くれ者のパガスたちでさえ、俺は彼らが作る空気が嫌いではなかった。
だからこそ、魔王暗殺という暴力的手段に訴えずとも、共存という和平の道があるのではないかと考えたのだ。
残念ながら、俺などがしゃしゃり出る幕はなかったようだが。
物事とは、最初から落ち着くべきところに落ち着くものなのだろう──。
そんなふうに俺が自分の中で魔族に対する脅威論を取り下げ、もはや偵察ではなく、ただの物見遊山の気分で王城前の広場に足を踏み入れたときのことだ。
俺は、門前の広場がこれまでにない物々しい雰囲気に包まれていることに気付く。
王城へと続く門の前には大勢の人々が列を作って並ばされていた。
それも見たところ、十五から二十歳程度に見える若い女性ばかり。
皆一様に不安げな顔で、何人かは手を組んで祈りを捧げている者たちもいる。
その列の外には、女たちの家族だろうか──多くの男たちが武装した魔族に向かって悲痛な嘆願を繰り返していた。
「あんたら言葉は分かるんだろ? 心はどうだ? 心はないのか!?」
「お願いだ! 娘は明日結婚式を挙げるんだ。せめてそれが終わるまでは──」
「俺も中に入れてくれ! 彼女とは死ぬときまで一緒だと誓い合った仲なんだ!」
武器を持った魔族に対し、無謀にも丸腰で迫る男たち。
だが、仮に武装していたとしても敵う相手ではないだろう。
ざっと〈見極めの小筒〉で確かめた限り、この人攫いに関与している魔族のほとんどは魔王城の中にいるレベルの猛者たちだった。
俺でもタイマンで勝てるかどうかは怪しいところ。
ましてや相手は百人は下らない組織された軍団である。
「やめてくれ。暴力は駄目だと命令されてるんだ」
「静かにして下がれ。血を流させないでくれ」
「心配するな。全部ここで用が済む。中に入る必要はないぞ」
魔族兵たちの態度は冷静だったが、だからと言って脅される立場の人間が冷静でいられるわけでもない。
娘や恋人が連れ去られようとしているのに、平然と見送ることができる者などいないだろう。
広場は一触即発の雰囲気。
ギリギリで均衡が保たれている、そんな張り詰めた空気の中、締め切られていた城門が重い音を立ててゆっくりと開かれた。




