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◆40「それだとゲームバランスが崩れると思ったんじゃないですか?」

 尖塔の浴室で俺が〈無限の袋〉に吸い込まれたとき、〈生まれ直しの石板〉は多くの水袋とともに床に置かれたままになっていたはずである。

 〈無限の袋〉がイシダの手元に戻って来ているのであれば、当然〈生まれ直しの石板〉も同じように戻って来ていると思ったのだが。


 俺は一瞬、あの遠い魔族の地に置き去りにしてしまったのではという寒い予感に襲われたが、イシダはハタと手を打ち、「そういうことでしたら」と言って部屋の捜索を提案したのだった。


 朝晩寝起きする主人に一切気付かせることなく、十五年もの間、〈無限の袋〉を埋もれさせていた部屋である。

 〈生まれ直しの石板〉も、あると思って探せば見つかるかもしれない。

 イシダのその(げん)は、自分のずぼらさに相応の自信を置いたものであった。


 かくして、およそ三十分あまりの格闘の末に〈生まれの直しの石板〉は発掘される。

 なんのことはない。俺が先ほど椅子代わりにして座っていた本の柱の中にサンドされて埋まっていたのである。


 俺は改めて、自分が得難き幸運によって救助されたことを実感し身震いした。

 もしかしたらイシダは一生、戻ってきた袋の存在に気付くことなく、俺は袋の内側に永遠に閉じ込められることになっていたかもしれない。

 そんな可能性も十分あり得たのである。


「頼むから。少しは片付けとかしようぜ」

「なははは」


 イシダは申し訳程度に笑い声を作って頭をなでる。

 まったく(こた)えていない様子に腹が立ち、俺はさらに嫌味を付け加える。


「掃除もぉ、十五年間一度もしてなかったってことだろぅ? 病気になるぜ。(ほこり)だって──」


 と言って机の表面に人差し指をつけてなぞる俺であったが、指の腹にはさほども埃が付いてこなかった。


「あ、あれ?」

「それは空気を清浄に保つ〈清めの香炉(こうろ)〉のおかげですねえ。おそらく文明レベルも低いであろう、見知らぬ異世界で病気にでもなったら、それだけで詰みですから。過去の自分には、よい道具を選んでくれたと感謝しなければなりません」


 しれっと語るイシダに違和感を覚えて俺は訊ねる。


「過去の自分って。ひょっとして何か思い出したのか? 魔法道具を持って召喚されてきたことには、憶えがないって言ってたような……」

「はい、そうですよ。今のは何も憶えていない、私なりの想像……、推測、推理です。でもこの推理、割と当たってると思うんですよねえ」


 俺は石板を手に持ったまま腕組みをして聞く構えを取った。


「たぶん私はこの世界に呼ばれる直前、上位の存在──この世界の神様みたいな人と〈交渉〉をしたんじゃないかと思うんですよ。この世界を救ってくれ、みたいなことを言われて、そのための条件……、いや、前払いのご褒美かな? それを幾つかの選択肢の中から選ばせてもらったんじゃないかと」

「神とは大きく出たな。その話、大っぴらには言わない方がいいぜ。狂人扱いされかねん」


「ご助言痛み入ります」

「でも、()に落ちないな。神の願いがこの世界を救うことだってんなら、選ばせるなんてケチ臭いこと言わず、使えそうな道具は全部、ありったけ持たせて送り出せばいいんじゃないか?」


「そうですねえ。多分それだとゲームバランスが崩れると思ったんじゃないですか?」

「ゲーム……バランス?」


「私がその交渉の経緯を何も憶えていないのも、おそらくそのためでしょう。公平を期すために。そういう意味では、神というより、ゲームマスターと言ったほうがいいかもしれませんね」

「いや、余計分かんねーよ。悪戯(いたずら)好きの邪神って言ってくれたほうがまだ……」


 イシダと俺とでは根本的に頭の出来が違う。

 諦め混じりに俺がそう言うと、イシダは「ではそのイメージで」とニッコリうなずいた。


「思うに、本当は魔王を一刀両断できるような凄い剣とか、攻撃魔法を跳ね返す盾みたいな武器が並んでたんだと思うんですよ。でも私が選んだのは、直接戦闘に役立つ物ではなく、ちょっと地味……というか、より現実路線の生活雑貨ばかりだった……」

「憶えてないくせに、なんでそんなことが分かるんだよ」


「エリオットさんが旅立ったあと、時間がありましたから。改めて私も考えてみたのです。手元にあるこれらって、世界を救うことを望まれて召喚された勇者が持っている道具にしては、全然実戦向きじゃないなって」

「それは始めに気付こうぜ」


「あはは。お恥ずかしい。私も動転していたんでしょうね。いきなり異世界とやらで目覚めて、偉そうな人たちから魔王を討伐してくれなんて凄まれたので、私も身を護ることに必死で」

「んん。まあ、そこは同情しなくもないよ」


「さっきの前提で考えてみると、私自身が選んだ魔法道具なのだとしたら実に納得がいくんですよ。神様に勝手に持たされた物じゃなく、異世界に行くことを渋々了承した私が、そこで少しでも安全でマシな暮らしを送れるようにと苦心して選んだ──、これらは私のサバイバルグッズなのです」


 なるほどな、と俺は思う。

 確かに安全な飲み水が確保できる〈無限の水差し〉などはそんな感じだ。


「それに多分、選べる道具や武器は〈ポイント制〉だったと思うんですよねえ。じゃないとこんなに沢山持ってる理由が説明付かないでしょ? いや、というよりも美しくない。本来は強力な武器にプラスして、何か小道具を付ける──そんな感じで想定されていたラインナップを私が小物から選んでいったせいで、こんな雑然とした構成になっているのではないかと想像します。ただ、このゲームのゲームマスター……いや、悪戯好きの邪神でしたっけ? 彼だか彼女だかは、きっとポイントの値付けに失敗してますよねえ。だって、この〈無限の袋〉にしたところでオマケと呼ぶには実に……」


 イシダはこれまでになく饒舌(じょうぜつ)で、酒でも入ったかのように夢中でしゃべり続けていた。

 俺は途中から付いていけなくなり、適当に相槌(あいづち)を返しながら〈生まれ直しの石板〉をいじり始めていた。

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