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◆39「軍を率いている将軍がよほど優秀なのでしょう」

「ええっ! だ、だから、落ち着いて聞いてくださいとお願いしたでしょう?」


 俺が色めきたって部屋の外へ向かおうとするのを、イシダは腰にしがみついて止めようとする。

 だが、か弱き乙女の身体とはいえ、イシダごときの細腕では俺を止められない。

 (エリス)の【筋力】は〈5〉で、イシダのは確か、平均以下の〈4〉だったはず。

 十五年間、イシダが全く成長していないとすればの話だが。


「落ち着いてるさ。ちょっと確認しに行くだけだ」


 俺はイシダの身体を引きずりながら、部屋を出て館の外を目指す。


 本当にあれから十五年もの歳月が流れたのか。

 どうすればそれを確かめられるのか。

 調べるあてはなかったが、魔族が人間の領土に侵攻し、しかも既にこの王都が陥落している、という話については館の外に出るまでもなくすぐに裏が取れた。

 二階の窓から見える城下町の景観に魔族の姿があったのだ。

 武器を携えたトカゲ男(リザードマン)の兵士らしき者が三人。この館を見上げている。


「あまり顔を出さないでくださいよ? さっきのエリオットさんの話からすると、見つかったら厄介(やっかい)なことになりかねません」


 イシダは俺の頭上から長い腕を回し、俺の角を隠すようにした。

 イシダの意図を理解した俺はそのまま背後から抱かれるに任せ、外の観察を続ける。


 見ていると、リザードマンの一人が槍をこちら向きに構え、何もない場所に突き出した。

 何もない──はずであったが、リザードマンが突いた槍は、見えない壁にぶち当たったかのように弾かれ、リザードマンの身体もろとも後ろに飛ばされる。

 一人がそれを助け起こしている間に、もう一人は素手でペタペタと見えない壁をなでるようにして探っていた。


「害意のある者は中に入れないことになっているのです」


 俺はこの館を結界で護っているという魔法の護符のことを思い出した。


「この館、狙われてるのか?」

「おそらく捕らわれた城の人間が話してしまったのでしょう。一昨日の朝から何匹かで代わる代わる現れるようになって。ただまあ、今のところはあのように、突破されることはなさそうですが」


 俺は指から〈見極めの小筒〉を抜いて、それをリザードマンの一人に向けた。


〈リザードマン:ゲッコ〉

【体力12,精神4,筋力9,技量8,敏捷8,知性6,魔力8,魅力3】


 締まりのない顔付きどおり、大した脅威ではないな。

 せいぜいあの関門洞窟よりも手前にいた魔族たちと同レベルだ。

 だが、魔王城にいた兵士や幹部クラスが力づくで、あるいは、魔法の類いを使って本気を出せば、イシダの結界とてどうなるかは分からない。


 リザードマンのゲッコは、今度は後ろを向いて、尻尾を見えない壁に向けて振る。

 意外にも尻尾が何にも当たらず地面を叩いたのを見ると、ゲッコは恐る恐る後ろ歩きを始めた。

 最初その試みは成功するかに見えたが、もう10歩程度で玄関口にたどりつくという距離で何かにぶち当たり、ゲッコは前のめりにつんのめって倒れてしまった。


 そのすぐあと。ゲッコの真横を、不思議そうな顔をして通り過ぎていく中年の男を見て、俺は驚いて指を差す。


「あれは!? 魔族に襲われたりはしないのか?」


 よく見ればその男だけではなかった。

 すぐそこに魔族の兵士たちがいるというのに、街に住む人々は、のほほんと往来を歩き回っているのである。

 そこに魔族の姿がなければ何事もない平和な日常そのもの。

 とても一週間前に陥落したという城下町の姿ではない。


「軍を率いている将軍がよほど優秀なのでしょう。略奪や民間人への暴力は固く禁じられているということですよ。末端まで統率が取れている。虐殺ではなく、ちゃんと統治しようとしてるのかもしれませんね」


 優秀な将軍と聞いて真っ先に浮かんだのはシグルスの顔だった(いや、素顔は知らないので思い浮かべたのは彼の黒い兜であるが)。

 将軍といえば魔王軍にはもう一人心当たりの顔があったが、失礼ながらあの血気盛んなライオネルと統制の取れた軍というのは上手く結びつかない。


「私は事と次第によってはこのまま魔族の占領を受け入れるのも良いのではと思うのですが、聞くところによると、近くの街で王都を奪還するための人間側の軍隊が結集しつつあるということです」


 奪還か。その兵力があれば、人間側は当然そうするだろうが……。

 ここが戦場になるとすれば今の平和な町の様子もどうなるかは分からない。


 俺は居ても立ってもいられない気持ちとなる。

 外に出てもっと情報を知りたいが……、だが、このままでは駄目だ。

 この(エリス)の姿のままでは。


「なあ、ここの結界って魔力は遮断するのか?」

「はて? 確かめたことがありませんので」


「ええい。と、とにかく〈生まれ直し〉だ。今の俺の【魔力】は魔族たちにとって目立ち過ぎるんだ」

「え、なんです? その手は」


 自分に向かって差し出される俺の手をイシダは不思議そうにして見つめる。


「石板だよ。〈生まれ直しの石板〉。もう一度貸してくれ」

「おや? 私はてっきりエリオットさんがお持ちなのかと思っておりましたが」

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