◆35「よ、よし……、やるか」
やはり【魅力99】は、やり過ぎだったのだ。
俺が出会った中で最も強力な魔族であるシグルスの能力値ですら〈60〉を超えたものはなかった。
そんな世界にあって〈99〉という能力が如何に桁外れで常識を損なうものであるのか。
その点について俺は少々……、いや、かなり考えが足りなかったようだ。
こうなってしまったからには残念ながら計画は失敗である。
このままロキとの接触が禁じられてしまえば彼を平和的な魔王に育てることは叶わない。
人間と戦うのではなく、共存の道を探るべきだという考えを浸透させるには、彼がまだ魔族社会の常識に染まり切っていない幼少期を逃すわけにはいかないのだが、このデーモン娘の身でそれを為す機会は失われてしまった。
ロキに会えない以上、いつまでもここに留まる理由はない。
ある日の昼下がり、昼食の食器が下げられたのを見計らい、俺は椅子を抱えて窓のそばまで運んだ。
その上に乗り、窓の下をのぞく。
眩暈がするほど高く切り立った壁面。
当然、今の俺、エリスの力ではここから逃げ出せるはずもない。
もう少し背中の翼が育ってくれれば羽ばたいていけたかもしれないが、だとしても、誰にも見つからずにここを脱出するというのは無理だろう。
だが俺には、そんな不可能を可能に変えるチートアイテムがあった。
俺は椅子から下りて、枕の下に隠してあった〈生まれ直しの石板〉と〈無限の袋〉を取り出した。
まずは〈無限の袋〉の中を漁って出てきた装備品一式に着替えていく。
俺が旅に出る際に身に着けていた衣服はあの日、泉に落ちたときのままの状態──つまり、びしょ濡れの状態──で保存されていたので、夜通し乾かすのに数日を費やす必要があった。
愛用の頑丈な短剣は失くしてしまったが、ひとまずイシダが露店で買った小洒落た短剣で代用すればよいだろう。
あらためて着替えてみると、エリスの小柄な身体ではあちこちの布が余ってブカブカだった。
だが女のドレスを着たまま男に戻った場合の悲惨さに比べたら、これでも随分マシなはずである。
俺はテーブルの上に置いていた〈生まれ直しの石板〉に触れ、昨晩のうちに検討を終えてあった新たなステータスに振り直す。
〈デーモンクイーン:エリス〉*
【素性:人間・村人,性別:男,ステータス反映:あり】
【体力7,精神5,筋力5,技量22,敏捷99,知性8,魔力1,魅力1】
〈逃走特化〉モードとも呼ぶべき尖ったステータス。
できればもっと【技量】と【知性】にも振りたかったが、使えるポイントには限りがあるので仕方がない。
半端な割り振り方をすれば塔の下にいるシグルスに太刀打ちできない。
彼を完璧に圧倒し、出し抜くのなら、【敏捷99】させるくらいの思い切りが必要だ。
最後に忘れ物はないかと見回すと、ベッドの上に脱ぎ捨ててあるドレスが目に留まった。
ちょっと迷ったが服だけを残していくのも不自然な気がしたので、一応それも〈無限の袋〉に入れて持ち帰ることにする。
(よ、よし……、やるか)
俺は心の中で自分を勇気づけテーブルの上の〈生まれ直しの石板〉に指を伸ばした。
立ったままのこの状態で気を失えば、俺は自ずと倒れて身体に衝撃が伝わるはずである。




