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◆34「たった10年の辛抱でございますよ」

 深夜の騒動からおよそ半月。

 俺は、〈尖塔〉の最上階に設けられた(エリス)専用の部屋からほとんど出ることもない、軟禁状態での暮らしを()いられていた。

 部屋を出るのは階下にある簡易的な浴室やトイレを使う場合のみ。

 それとて、縦に細長い尖塔の中だけで事が済んでしまう。


 尖塔の最下部にある唯一の出入口には、なんとあのシグルスが常時待機していて、塔の出入りを見張っていた。

 魔族随一の実力者に衛兵まがいの仕事をさせるとは、このエリスとは実に罪作りな女である。


 年頃の女を閉じ込めている気まずさからか、俺の部屋には身を着飾る豪華な衣服や宝飾品、あるいは暇つぶしのための書物などの品々がたくさん運び込まれていた。

 もはや下働きの侍女という体裁さえない。

 着飾って美しくしていてくれればそれで良いと、そういうことらしい。

 最初みすぼらしかった尖塔の内装も日ごとにアップグレードされていき、まるでここにもう一つの王の間か、あるいは女神を(たてまつ)る神殿でも作ろうかという勢いである。


 日に三度運ばれる食事も豪勢なもので、高所からの眺望もうるわしい。

 多少手狭であることを除けば、生きるうえでは何一つ不自由のない暮らし。


 だが俺は、なにもこんな暮らしを手に入れるためにここまでやって来たわけではなかった。

 このままではここで一生飼い殺し……、次の魔王を産むための(はら)み腹にされてしまう。


「メディラさんからもホロウ様に頼んでいただけませんか?」

「よろしいですが、私ごときが口を出しても決定は(くつがえ)らないと思いますよ」


 願い出た俺に対し、メディラは遥々塔の最上階まで運んできた料理をテーブルに並べながら申し訳なさそうに言う。

 おそらく俺へのお(そな)えのために調理されたそれらの料理はまだ白い湯気を立ち上らせている。


 俺の部屋への配膳係は主にメディラが担当していた。

 他の侍女もときどき追加や入れ替わりで現れるが、パルセアだけはあれ以来姿を見ていない。

 あまり酷い罰は与えないで欲しいと頼んではみたものの、俺の陳情が聞き入れられたかどうかは疑わしいところだ。


 表面上の(うやうや)しい態度とは異なり、俺の発言権は極めて低いと言わざるを得ない。

 なにしろロキと会わせて欲しいという願いも聞き入れられず、あの日以来一度も顔を合わせていないのである。


 いま俺がメディラに口添えを頼んでいたのもまさにその件だった。

 尖塔から出られないのは仕方がないとしても、せめてロキをここに通わせて、自分に彼に教育係を務めさせてくれないか、という。


 俺はメディラの閉じられた目が扉の方を向いていることに気付く。

 扉の隙間から黒い甲冑(かっちゅう)の一部を見切れさせているのはシグルスである。

 誰かがこの尖塔内に入り、(エリス)と接触する場合は、男女を問わず必ずこうしてシグルスが立ち会うことになっていた。


「シグルス様?」


 俺は何か言いたげなメディラの様子を察して、外にいるシグルスに話を向けた。

 シグルスはその位置から動かず、外を向いたままの姿勢で答える。


「すまない。そなたから頼まれ、私ももう一度ホロウと相談してみたのだが結論は変わらなかった」

「そう……、ですか……」


「魔王様はまだお若い。精神的に未成熟なのだ。対してエリス。そなたの魔力はあまりにまぶしい。二人を長い時間一緒にいさせるのは危険だというのはホロウの弁だが、私もそれには反論できなかった」

「それは私が魔王様を魅了し、操り人形のようにしてしまうことを恐れて、ということでしょうか?」


「うん? いや、そんなことは誰も思っておらぬが、意図せずとも、そなたからあふれる魔力が魔王様のお心の成長に好ましくない影響を及ぼすということだ。実は私も、あの夜の前から見かねていた。魔王様があまりにそなたに甘え、頼りきりとなる様子を。王たる者、他の誰も頼ることなく一人で立たねばならぬ。そのお姿に臣下は付き従うのだ」

「……おっしゃることは、分かります……」


 たしかに。俺の目から見ても、最近はロキの甘え癖が過ぎるように感じていた。

 だから言い返せない。

 普通の人間の子供なら、いっときそのような時期があってもおかしくないとは思うのだが、事は魔族の王の問題だ。

 それに【魅力99】という度を越した力が、子供の精神にどのような悪影響を及ぼすかは予断を許さない。


「許してくれ。今しばらくの辛抱だ。魔王様に立派な角が生え揃うまで。そなたの不思議な魔力に抗い得るだけのお力が備わればそのときは……」


 そのときは、もはや魔王と侍女の関係ではなく、俺はロキの正式な妻として迎えられることになるのだろう。

 きちんと魔族としての分別も付き、もう俺の言葉など届かなくなっているかもしれない。


「それは、いつ頃のことになるのでしょう? 魔王様の角が生え揃うのは」


 シグルスは直接それに答えず、すでに食卓の準備を整え、退出しようとしていたメディラに向かって「どうだろうか?」と振った。


「それは……、同じデーモン族のエリス様のほうがお分かりになるのでは?」

「えっ。いや、私は。私はほら、私自身のことしか知らないから。男の子……だ、男性の、魔王様の場合は違うかもしれないと思って」


「ああ、そうでしたね。失礼いたしました。ですが、おそらくそう変わらないと思いますよ。個人差もあるでしょうが、きっともう10年もしないうちに」

「じゅ、10年……?」


「はい。たった10年の辛抱でございますよ。ご病気や戦死でなければ、軽く千年は生きるとされている純血のデーモン族にとっては、ほんの(わず)か。お昼寝で微睡(まどろ)むような時間でございます」

「そ、そうね。ごめんなさい。変なことを訊いて……」


 メディラが辞儀をして扉を閉めるまでの間、俺は眩暈(めまい)のする頭をどうにか支え、懸命に微笑を取り(つくろ)う必要があった。

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