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30/58

◆30「やはり人間とは侮れんな」

 俺が即興でひねり出し、シグルスに語って聞かせた法螺話(ストーリー)はこうである。


 頼る身寄りもなく、人間の領土をただ一人放浪していたエリスは、ある日親切で勇敢な勇者一行と出会う。

 彼らは魔族であるエリスの正体を見破ったが、こちらの事情を説明して慈悲をすがると、彼らはエリスを魔族の土地まで送り届けると約束したのだった。

 見返りとしてエリスは、死に別れた親から伝え聞いた魔王城へ続く転送路のことを教え、勇者一行の旅を手伝うこととなった。

 そのお陰で首尾よく魔王城の近くまで潜入を果たした勇者一行であったが、魔王城からあふれ出る強大な魔力を感知すると、自分たちではとても敵わない相手だと悟り、エリスを置いて人間領に逃げ帰っていったというわけである。


 (エリス)は敵対する人間を魔王城付近まで招き入れた背信行為を知られることを恐れ、また、親身となり自分によくしてくれた勇者一行を売り渡すことも気が咎めたので、その事実を黙っていたのだと伝えた。


 細部をぼやかし、偶然と偶然を継ぎはぎして作られた、ありもしない勇者一行と(エリス)の旅路の話を、シグルスは信じた。

 丸ごと全部。

 おそらく一片の疑いもなく。

 拍子抜けするほどあっさりと。

 それどころか、「万死に値するほどの裏切りです」と頭を低くして謝罪する俺に対し、「決してそなたが罪に問われることがないようにするから安心するように」と約束したのだった。


「むしろ敵の戦力や内情について、よく伝えてくれたと礼を述べねばならん」


 架空の勇者一行の陣容は、〈大岩をも砕く怪力の戦士〉と〈隠密行動に長けた斥候〉、それに〈見せかけの魔力を自在に増減できる魔法使い〉の三人パーティーということになっていた。

 言うまでもなく、本当のところは、〈生まれ直しの石板〉でステータスを変化させた、俺一人による自作自演(マッチポンプ)である。

 礼を言われる筋合いなどまったくなく、俺の説明に対しシグルスが疑いもなくうなずくたび、俺の負い目や後ろめたさはふくらむばかりであった。


「もはや彼らに敵意はありません。すでに遠くに逃げ延びているはずですから、どうか彼らのことはお見逃しくださいませんか?」


 存在しない者をいくら探したとて見つかるはずがない。

 勇者一行の捜索を速やかに諦めさせることは、俺がシグルスに対してできる、せめてもの償いと言ってよいだろう。


「そなたとの約束を果たしたところをみるに、その者たちはきっと芯の通った誠実な者たちであったのだろう。良い出会いをしたな」

「では──」


「うむ。あい分かった。そなたを人間の住まう地から無事送り届けてくれたという意味では、我らにとっての恩人でもある。人間の地に帰ったというなら、無駄に血を流すこともあるまい」

「ぁあ……、ありがとうございます」


 なんて話の分かる奴なんだ。

 魔族と人間の和平。到底叶えられぬ茨の道かと覚悟していたが、魔族が皆、シグルスのような話せる奴らなら、意外と現実味がある計画ではないかと自信が湧いてくる。


「しかし、差し当たっての脅威は去ったとはいえ、魔王城を目前にして撤退を決断できる冷静さ。やはり人間とは侮れんな」

「え?」


「大きな魔力を持つ幹部クラスの魔族しか通れぬはずの転送路を易々と越えてきたこともよもやの事態であった。魔王様とホロウには守備体勢を全面的に見直し、特に領内の索敵を強化するよう進言するとしよう」

「え、ええ。そうですね。よろしく、お願いします」


 (エリス)のせいで魔王城への抜け道の存在が人間に知られることになったのだから、シグルスのその考えを俺に否定できるはずもない。

 だが本当は、あの抜け道や転送路の使い方を知っている人間は俺以外にいないのだ。

 もしかすると、俺の不用意な行動が人間の脅威を過度に(あお)り、戦争を引き起こす結果になりはしないだろうか。


 一抹の不安を抱きつつ、俺は魔王への報告のために立ち去るシグルスの後ろ姿を見送るのだった。

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