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◆3「優しく触ってくださいね」

「あー失礼。どうかお気を悪くせず。普通に感心したのです。〈13〉なんて数字、国の大臣や学者と呼ばれている人々の中にもいなかったものですから」


 イシダは道具でのぞくのをやめ、両手を小さく振って謝罪する。


「13?」

「はい。【知性】の値のことです」


「知性? 頭の良さってことか?」

「使ってみますか?」


 俺はイシダから受け取った物を手にのせて観察する。


 やはり指輪か……?

 いや、指を通すのにちょうど良さそうな穴だが、よく見れば、指輪と呼ぶには妙に細長い、小さな筒である。

 鈍く光る銀色の筒の側面には、文字のような、図像のような、小さな彫り込みが無数に刻まれていた。


 しばらく眺めたのち、俺は先ほどイシダがしていたのをマネて、右目に当ててその向こうをのぞいてみた。

 向こう側。つまりは対面するイシダの顔をだ。


〈転生勇者:イシダ〉

【体力6,精神18,筋力4,技量5,敏捷6,知性24,魔力14,魅力16】


「な、なんだこりゃ!?」


 俺は筒をのぞいたまま、うわずった声を上げた。

 イシダの顔の前には沢山の文字が浮かんでいるのだ。

 紙や木札もないのに、文字だけがフワフワと宙に浮かんで……。

 なんだこれは? 幻覚か?


 俺は筒を当てた目とその逆の目を交互に開け閉めして確かめる。

 文字は筒を通して見る場合に限りそこに姿を現すようだ。

 おそるおそる手を伸ばし、そこに浮いている文字に触れようとしてみるが、(つつ)いても()でても払っても何も感触がない。


「これは……、見た相手の能力を数に置き換えて示す道具か?」

「さすが【知性13】ですね。未知のものに対する飲み込みが早い」


「馬鹿にするなよ。そういうお前は〈24〉じゃないか」

「〈24〉? おやおや、昨晩までは確かに〈23〉だったはずですが。そうですか。それは朗報」


 イシダは糸目を垂れ下げ機嫌良くしている。

 対して俺の心情は微妙だった。

 驚くべき技術には違いないが、相手の力量なら向かい合って剣を構えれば(おの)ずと知れるというもの。

 頭の良さだって話していれば大体分かる。

 あえて魔法の道具に頼らずとも良い気がする。


 俺の沈黙に気付いたイシダが「ああそうだ」と明るく手を打った。


「ご自身のステータスも見たいですよね?」

「ス、ステ? ああ、能力値(ステータス)か」


 イシダは今度は枕の下に手を入れ、一枚の石板を取り出した。

 ちょっとゴツめの(ろう)書板のようなサイズの代物だが、差し当たって何も書かれてはいない。

 イシダはその平らな無地面を俺に向けて差し出す。


「触れてください」

「触れるって、どこを?」


「どこでも。まあ、平面を指で撫でるように。……優しく、触ってくださいね」

「なんで、ちょっとやらしい感じで言うんだよ」


 念押しされるまでもなく、これに触れるならソッと優しくするものだろう。

 ちょっとやそっとでは割れそうもないが、代えの利かない貴重な魔法の品を誤った扱い方をしてうっかり壊したとあっては一大事である。


 この……材質は何だろう。

 黒曜石か何か……?


 俺は不思議な光沢を蓄えた真っ平な面をそっと撫でる。

 俺の指が触れた場所からは波紋が広がり、それが収まると、先ほどイシダの顔の上に浮かんでいたのと同じように、能力値(ステータス)を表す文字群が表示された。


〈勇者:エリオット〉

【体力21,精神9,筋力18,技量16,敏捷13,知性13,魔力9,魅力8】


「ぉおぅ……」


 確かにイシダが言っていたように【知性】は〈13〉だ。

 それに、自分の値を知った上で比べると相手の力量がよく見通せるな。


「やー。ちゃんと使えましたねー。良かった良かった」


 イシダが石板をのぞき込み、朗らかに言う。


「と言うと? ちゃんと使えない可能性もあったのか?」

「ええ。普通は私以外には使えない〈設定〉らしいんです」


「〈設定〉……ねえ」

「ですから貴方を私のパーティー、つまり仲間という扱いにしてみました。これで──」


「ちょっと待て。さっきも言ったが俺は一人で行くんだ。お前は連れていかないぞ」

「存じております。私は同行いたしませんが、これらの道具はどうぞ、その旅にお持ちください」


「ん、くれるのか?」

「仕様上、お譲りはできませんが、お貸しすることにします」


「そ、そうか。俺はてっきり……」


 俺はもう一度筒状の指輪でイシダの顔をのぞいてみる。

 こんな貧弱な男を連れての旅路など、足手まといになるのは目に見えている。


「しかし、【筋力4】て……、見た目を裏切らねえなあ」

「ははは。お恥ずかしい。ですが、この世界における成人男性の平均値が大体〈5〉だということですから、そこまで虚弱というわけでは……」


「そうなのか」

「はい。こんな私でも【体力】と【敏捷】が人並み以上なのは、三年間バスケをやっていたお陰ですかねぇ。厳しくご指導いただいた顧問の先生に感謝をしなければ。あっはっは」


「〈バスケ〉? 宮廷の儀礼用の剣舞か何かか?」

「あーいえ。そこはお聞き流しください。私の元いた世界の話でございます」


「…………」


 相変わらず柔和な笑みを絶やさないイシダ。

 転生勇者のイシダは別の世界から召喚されたというだけあって、こちらの世界の人々が知らない言葉をたびたび口にするという。

 こことは異なる別の世界。

 確かに興味がないこともないが、今はこっちのことが優先だ。

 俺は自分の能力値を映した黒い石板に視線を戻す。


 一般人の平均が〈5〉。

 イシダが苦手なりに三年間励んだ〈バスケ〉なる修練の成果が〈6〉で上々。

 ということは、俺は自分が思っているよりもかなり優秀ということにならないだろうか?

 【体力】が高い以外あまり特色のない地味なステータスだと思ったが、俺はどの能力をとっても人並み以上の、バランスが取れた万能型の天才だったのだ。

 さすが多くのライバルを蹴落とし〈勇者〉の称号を勝ち得るだけのことはある。

 俺は内心で自画自賛する。


「うーん。そうだなー。もらえるものは何でもありがたく、と言いたいところだが……。そっちの石板は遠慮しておこう」

「え?」


「さすがにちょっと嵩張(かさば)るよ。旅の荷物は減らしたいし、比較の基準になる自分の能力はもう憶えたからな」

「何をおっしゃいます。これは自分のステータスを参照するだけのものじゃないですよ?」


「そうなのか?」

「おそらく私が持つ道具の中で、これが一番魔王討伐に役立つはずです。これは〈生まれ直しの石板〉。使用者のステータスを自在に振り直せるチートアイテムなんですよ」

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