◆27「それは、なんというか……尊い! 尊いです!」
ロキの私室の掃除を終え、シーツや衣類を抱えて廊下を歩いていると、城の侍女の一人であるレッサーデーモンのパルセアと出くわした。
「お手伝いしますわ、エリス様」
「え? えーとぉ……」
俺がまごついている間に、パルセアは俺の手から洗濯物の山を丸ごとぶん取ってしまう。
その笑顔とよどみない言動によって、俺はこれが偶然ではなく待ち構えられていた出会いであることを悟る。
「困ります。私の仕事なのに」
「いえいえ。元々は私たちがやるべきお仕事なのです。エリス様には魔王様のお相手をしていただけるだけで大助かりでございますから」
パルセアはさも当然のことのように洗濯物を抱えてズンズンと歩いていく。
俺は置いていかれないようにするために小走りで後を追うしかなかった。
「そのぅ。パルセアさん? 私たち、同じ侍女になったわけですから──」
「まあ、とんでもない! 同じだなんて、恐れ多いことです」
「……それは、私が翼を持ったデーモン族、だからですか?」
「それももちろんですが、こういうことは始めから、きっちりしておくべきだと思いますので」
「どういうことでしょう? すみません、私、魔族社会の常識に疎いところがありまして……」
実際は疎いどころの話ではなく、まったく何も知らないに等しい。
突然現れたどこの馬の骨とも分からない女に、寄ってたかって恭しくすることに、どのような事情があるのだろうか。
仮にこれを人間の王宮の人間関係に当てはめて考えると全く訳の分からない状況である。
「そうですわね。エリス様はまず、それらを学ばれなくては。私で分かることでしたら、何でもお訊ねください」
パルセアは両手に抱えた洗濯物をブンと振って振り返り、後ろ歩きをしながら微笑んだ。
うーむ。
いま一番知りたいのは、さっきも訊いた「なぜ同じ侍女という身分の俺に対し、そんなに気を遣うのか」ということなのだが。
それはどうも、はぐらかされている印象がある。
わざとなのか天然なのかは分からないが、そこに今一度踏み込んで訊ねるのはためらわれる空気があった。
そこで俺は「そうですね……」と逡巡を挟んでから、もう一つの懸念事項を解決することに決めた。
「では、恥を忍んでお訊ねしますが、あのぅ……、魔王様のお名前を──」
「お呼びしたのですか!?」
超速反応で食って迫られた。
間に洗濯物がなければ額をぶつけあっていたかもしれない。
そんな勢いで逆にパルセアが質問をぶつけてきた。
「いっ、いえぇ……、そんな──」
「では、名を呼べと魔王様から迫られた。そうなのですね?」
「え、えぇーっと……」
「あ、失礼しました。私としたことが、つい興奮を」
パルセアが一歩下がって俺の返答を待ち構える。
どうしたものか。
最悪の場合、死刑すら十分にありえる不敬罪なのではと恐れていたものの、パルセアのこの浮付いた反応は、どうもそんな予想を裏切る雰囲気があった。
そのせいで、つい俺のガードも甘くなる。
「仮に、ですよ? 仮に魔王様のお名前をお呼びしたらどうなるのでしょう?」
「一大事でございます」
う、やはりそうか。
「ちょ、ちょっと話題を変えませんか?」
「ご随意に」
「魔王様の角が生え揃うのは、大体いつ頃になるご予定でしょうか?」
ロキが成人し、魔王としての強権を確立してくれさえすれば、俺の不敬も不問となるだろう。
俺はいつまでこの秘密を守り耐えなければならないのか、その目安を知ろうとして訊いたのだ。
だが、またしてもパルセアは俺の質問に真っ直ぐ回答を寄こすことなく、一人で「ハワワハワワ」と慌てふためきだした。
「そうなのですね!? そういう〈お約束〉で? それは、なんというか……尊い! 尊いです!」
「尊い?」
「あっあっあっ、あのっ。これっ、これ、お願いします!」
「えっ? あ、ちょっと──」
パルセアは自分一人で勝手に納得した妄想で感極まったかと思うと、両手に抱えた洗濯物を丸ごと俺に押し付けてきた。
そして俺が呼び止める間もなく、彼方へと走り去ってしまう。
どうみても他の誰かに言い触らしに行く感じだが、【敏捷5】の俺に彼女を追う手立てはない。
あんなでもパルセアは【敏捷22】もある手練れである。
これは……不味いか?
いや、俺は「仮に」としか言っていないし、いくらでも言い訳は立つはずだ。
大丈夫。……だよな。
不安だけが増し、胸にわだかまる中、俺は当初の予定どおり、洗濯物の山を抱えて洗い場を目指すのだった。




