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24/58

◆24「──いっ! ってぇーな、このガキ!」

 俺が天啓に打たれたまま呆然と立ち尽くす間、幼き魔王もこちらを見上げたままで、ただ立ち尽くしていた。


 幼き魔王──。

 彼がそうであることは間違いないだろう。


 この流れで、よもや魔王の息子だとか、男妾(だんしょう)だとか、そんなオチではあるまい。

 先ほどホロウの呼び掛けに返してきた幼い声しかり。

 こうして目の前で対峙したときの俺の直感しかりだ。


 だがこれでは、必要とされるのは侍女というよりも乳母(うば)ではないか。

 と、これまで聞き及んでいた募集要項に文句を言いたい気分ではあった。


 どのくらいの時間が流れたであろうか。

 長らく不動であった魔王が大きな目をパチクリと(しばた)かせた。

 その動きのせいで俺は却ってそこに人形めいた美しさを認めてしまう。

 そこにあるのが意識を宿した一人の人間であることも忘れ、思わず手が前に伸びる。


 身体が勝手に……、そう、自分の意思とは関係なく、身体が勝手に動いていた。

 ちょうど手近にあった丸い頭の後ろに両手を添えて、胸に抱き寄せる。

 いや、胸に、というほど頭の位置は高くはなく、魔王の顔は俺のみぞおちの辺りに埋もれた。

 胸は乳の下側が魔王の頭の上に乗るくらいである。


 大事に大事に、逃げていかないように、他人に取られたりしないように。

 自分のものにしたいという衝動に魅入られたような優しくも差し迫った抱擁(ほうよう)


 自分がしでかした破廉恥(ハレンチ)極まる行いをはっきり自覚したのは、小さき魔王が短い両手を精一杯伸ばして俺の背中に回し、ぎゅっと抱き締め返してきたときだった。


 なんと可愛くいじらしい……。

 ああ、いや。

 いやいや。いやいやいや。


(俺は一体何をやっているのだ? 相手は人間の敵。悪しき魔族の王なんだぞ?)


 動揺を静める間もなく、次の事件が起こった。

 俺の腰の上あたりにぺたりと張り付いていた魔王の手がツツと下がり、俺の臀部(でんぶ)を力いっぱいにつねったのである。


「──いっ! ってぇーな、このガキ!」


 ペシリ


 反射的に俺は目の前の、丁度いい高さにあった頭をはたいていた。

 魔王ショタガキは「あう」と威厳の欠片もない小さな悲鳴を上げて頭を押さえる。


(ああしまっ──)


 それを見た瞬間、俺の心にほろ苦い罪悪感がにじんだ。


「無礼者! 魔王様に対し、なんなる狼藉(ろうぜき)


 背後から飛んで来たホロウの一喝(いっかつ)で、事は二人だけの問題ではなかったことを思い出す俺。

 だが、淑女らしからぬ粗野な物言いを取り繕うゆとりはなかった。


「だって、こいつ──、俺の尻を」

「尻ぐらいどうだというのだ。魔王様に揉んでいただけるのなら光栄であろう」


「はっ、……はあっ!? いやぁ、けどっ、今のは揉むっていうか──」


 ホロウの袖口がグバと開かれ、そこから長い触手の束が伸びてくる。

 一本一本が(エリス)の手首ほどの太さを持つ触手だ。

 それが左右の腕に巻きついて、たちまち俺の身体を羽交い絞めとした。

 始めこそ両脚を踏ん張って耐えていた俺だったが、人並み程度の力しかない今の俺では抵抗など敵うはずもない。

 その踏ん張った両脚も触手に絡め取られると、あっという間に扉のそばまで引き戻されてしまう。


「言い訳は聞かぬ。試験は失格。加えて魔王様に手を上げた罪。如何にシグルスの後ろ盾があるとはいえ極刑は免れぬと知れ」


(ぐぅ、しまった……!)


 そもそも今の俺はこの魔王城で最弱に等しいひ弱な存在である。

 何を置いてもまずはこの面接を成功させ、信用を勝ち取るべきだったのだ。

 ちょっと尻をつねられた程度でうろたえて、魔王に手を出すなどもってのほか。

 以前の俺ならそれくらいの打算を働かせて、多少のことなら平気で我慢できたはずだろうに。


 人間性とは、とっさのときにこそ試されるという。

 これが【精神5】(こらえ性なし)【知力6】(人並のバカ)ということか……。


「んっ」


 不意に襲われた衝撃に思わず声が出る。

 痛くはない。

 両手足を締め付ける触手の圧とは別に、下腹部に何かがポフリと当たる感覚があった。


 ほとんど天井を見上げるようにしていた自分の視界を頑張って水平に戻すと、そこにはあの幼い魔王の丸いサラサラの銀髪が揺れていた。

 引きずられて行こうとする俺の身体にしがみ付き、それを引き留めようとしているのだ。


「魔王様。お離れください。この者は──」

「余はまだこの者と目通りしておる。連れていくな」


 魔王と宰相というよりも、まるきり孫と祖父のような二人である。

 そして後者の方であるとすれば、孫のワガママを祖父が拒めるはずもなかった。


「置いていけ。扉も閉めて、しばし二人きりにせよ」

「ははっ……」


 触手の(いまし)めがシュルリと解かれ、俺は再び二本の足で立たされる。

 重い音を響かせ閉め切られる扉。

 どうやって開け閉めされているのか知らないが、女子供のか細い腕では容易に開けられそうもない大きな扉である。

 これで俺は、その扉の内側に閉じ込められてしまったことになる。

 人類の仇敵(きゅうてき)であるはずの魔王と、二人きりで。

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