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◆23「〈おねショタ〉って、そういうことか──!?」

「ふぁああぁ……」


 伸びをする背中が心地よい。


「良くお眠りでございましたね。エリス様」

「おわぁっ! ……すみません。つい……」


 つい熟睡してしまった。

 あまりにフカフカな寝心地のせいだ。

 あるいは横になる者を眠りへと(いざな)う魔法でも掛かっていたのかもしれない。


 寝起きのベッドの脇にメディラが控えているとは思わなかった。

 ついつい油断した。

 気配を消していたのか?

 メディラの〈隠密係数〉はどれくらいだ?


 「これで足りますかどうか……」と何故か心配顔で出された朝食をありがたく頂いたのち、俺は昨夜のように身綺麗にしてもらう。

 いや、昨夜以上に入念にだ。

 今朝はメディラ以外に三人もの侍女が顔を見せ、鏡面台の前に座る俺を取り囲んだ。


「お手数をおかけしてすみません」

「そんなっ。光栄なことでございますよ」


 恐縮して礼を言う俺に対し、侍女の一人であるレッサーデーモン(角は生えているが、背中が隠れた服を着ているのでおそらくそうなのだろう)がそう言って(ほほ)を染める。


 実際、彼女らにとってそれは随分楽しい仕事であるようで、どの色のチークがいいとか、口紅はどうするのかといったことで盛り上がり、キャッキャウフフと楽しそうにやっていた。

 ただ座ってジッとしているだけというのは性に合わなかったが、やってもらっている手前、それに、彼女らの楽しみを奪うのも心苦しいので俺は何も言わずに耐え続ける。


 何度か「お好みはございますか?」と(たず)ねられる場面もあったが、俺はそもそも女の化粧というものが分からない。

 また、どんなに俺好みに着飾ったとしても、俺がその身体を抱けるわけではないのだ。

 鏡の前の美女は俺にとって絵画に描かれた美味そうな食事に等しい。


 そうしていよいよ。魔王との対面のときが訪れる。

 どこに出しても恥ずかしくありませんと侍女たちが保証する衣装とメイクの俺。

 魔王の私室とされる部屋の大扉の前で、俺は緊張をほぐすため、隣に立つメディラに話し掛ける。


「今さらですけど。良かったのですか?」

「なにがでごいましょう?」


「まだそのぅ、選抜試験すら受けていないのに、魔王……様と直接お会いするなんて」

「ああ、そのことでしたか。申し訳ございません。ご説明がまだでしたね。エリス様の場合、それは免除されております」


「免除? 合格したということですか?」

「そうなりますね」


「それは、えっと……。ズルなのでは?」

「ズルといいますと?」


「ええっと、上品な言い方でなんと言えばいいのか分かりませんが、他にも侍女になりたい者がいて、はるばる遠くから旅して来た子たちも多いのでしょう?」


 たとえば俺が〈勇者〉の選抜試験の際に、何日もかけて田舎から出てきた末に「実は内々の談義で〈勇者〉は決まってしまいました」などと言われたら、間違いなく怒り出したはずである。


「それはそうですが、わざわざ選抜の手順など踏まなくてもエリス様が合格しないなんてことはあり得ません」


「それは俺──っ、私が、純血のデーモンだということに関係しているのでしょうか」

「それもありますが、門前払いされるのは基本的に、後見人がちゃんとしていない場合に限られますからね」


 後見人……。そうだったのか。

 俺の場合はあの暗黒騎士シグルスが……。

 あの男が「よきに計らえ」と言った時点でこうなることは確定していたというわけか。

 逆に言うと、俺がシグルスと出会うことなく、何の策も持たずに城門をくぐろうとしていたら門前払いされて詰んでいたのかもしれない。


「それにですね。実のところ、問題はここから先なのです」

「え、ええ。それは分かります。なんとなく。雰囲気で」


「今のエリス様は言ってみれば、挑戦権の1番目を引き当てただけの状態でございます」

「挑戦権……ですか」


「はい。お気を付けください。今回の面接、必要なのは魔力の大きさでも、侍女としての器量でも、ご容姿でもございません。魔王様にお気に召していただけるかどうかに掛かっているのです」


 俺がそこで唇をきつく結ぶのを見てメディラが俺の手を両手で握る。


「頑張ってください。第一印象が大事ですよ」

「う、うん、ありがとう。頑張る。……頑張るわ」


 このとき俺がいささか心を浮付かせていたのは、自分がここに至った運命の劇的さに感じ入っていたからであった。

 こうして侍女候補の娘に扮して潜入が叶ったこともさることながら、自分が選んで〈生まれ直した〉今のステータスの見事なハマり具合に運命めいたものを感じていた。


(気に入られるかどうかだって? そんなもの。【魅力99】(超絶美少女)の俺になびかない男などいるはずがないじゃないか!)


 完璧な筋立てだ。

 新たな英雄譚の誕生だ。


 俺はフンスと胸を張り、無駄にデカい扉の前に立つ。


「魔王様。新しい侍女候補のお目通りを願います」


 ホロウが扉をわずかに開け、部屋の奥に向かって声を掛ける。

 しばらくの静寂のあと、返事があった。


「世話焼き女などいらん。我は唯一にして、立ち並ぶ者なき魔王であるぞ!」


 あれ? 想像していたよりもずっと声が高いな。

 尊大な口上のわりに重々しさの欠片もない。

 まるで、か弱き乙女が無理繰り張って(かな)でたようなソプラノボイスである。


「お約束でございます。せめてひと目なりとも会って品定めください」


 返事はない。

 渋々了承したということであろうか。

 ホロウからの目配せを受けて俺は一人で部屋の奥へと進む。


 おそらくこの辺りから声がしたはずだが、と思いながら大きな寝台の裏をのぞいてみる。


 ……いない。

 ここではなかったか?


 俺はその場で首を左右に振って魔王の居場所を確かめる。

 毛布や衣服、汚れた皿や草紙絵などが無造作に床に転がされているのを見て、散らかった部屋だなーと頭の中で感想をつぶやく。


 そのときふと視線を感じた。

 すぐそば──いや、真下からだ。


 ツと視線を下げると、下から見上げるそれとバッチリ目が合った。


 サラサラの銀髪に、深い紫色をしたクリクリの瞳。

 小さなアゴの先を懸命に上に向け──そのようにしなければ俺と目を合わせられないのだ──自分の目の前にいるのが何者か見定めようとしている。


 俺の方は理解するのに時間は必要なかった。

 一瞬で合点がいった。

 落雷のように俺を打ち、記憶を蘇らせたのは、城下の街で俺の袖を引いた、あの占い師の婆さんの顔である。

 頭の中で何かがガチリと噛み合う音がして、そして心の中で叫ぶ。


(〈おねショタ〉って、そういうことか──!?)


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