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◆2「あなた……、意外と小賢しいですね」

 占い師のテントを出たあと、俺は城下町の外れにある、とある館を訪ねた。


 あらかじめ城で教えてもらっていた場所に着くと、聞いたとおりの外観の屋敷がすぐに目に入る。

 だが、館と聞いて想像していた割に、その大きさは意外と慎ましやかだった。


 コン コン ……コンコンコン


 俺は最近建てられたと思しき真新しく立派な造りの扉を叩く。

 すると、しばらくして長身の男が顔を覗かせた。


 長身の……まあ、確かに背は高い。

 手足の長さは厄介だが、偉丈夫と呼ぶにはちょっと生っちょろ過ぎるな、と俺はいつもの癖で相手の実力を値踏みしてしまう。


 それでこちらの姿が見えているのかと不安になるくらいに、薄く細められた目に向かって俺は言った。


「この館のあるじに会いたい。〈勇者〉が来たと伝えてくれ」


 俺が首から下げたメダルを懐から出して掲げると、糸目の男は腰を折り曲げて顔を寄せ、興味深そうに眺めながら言った。


「ほほう。あなたが……。この家の(あるじ)は私ですが、ご用件は?」

「む。これはすまない。するとつまり、あなたが二年前()()()()()()()()()()という……」


 俺は途中で男から視線を外し、改めて館の正面を見上げる。


「はい。一応あなたの先代ということになりますね。初めまして。〈転生勇者〉のイシダです」

「あ、ああ、どうも。初めまして……」


 差し出された手を、俺はおそるおそる握り返す。

 ふしくれ立った俺の手とはまるで違う、貴婦人のように柔らかい手の感触に、俺は諸々の合点がいった。


(なるほどこれならば……)


 召喚してみたは良いものの、魔王討伐の任は勤まらないとして見限られたという逸話もうなずけるというものだ。


「失礼。ただ単にご挨拶に来られたということはないですよね。どうぞ中へ」


 長身糸目の男──イシダが身体を横に開いて俺を扉の内側へと招く。


 中に入ると俺は、まず部屋の壁いっぱいに並んだ書棚と蔵書の数に圧倒された。


「凄いな。研究に励んでいるとは聞いていたが……。これ、全部読んだのか?」

「まさか。とりあえず目ぼしい書物を集めてもらっただけで。これからですよ」


 階段を上がり二階の一室に通されると、そこはいわゆる客間ではなく、イシダが普段使いしている寝所のようだった。

 ベッドなどの日用家具の他に、ここにも沢山の本が置かれていた。

 加えて棚や机には、本以外にも細々とした道具が所狭しと並んでいる。


 ……いや。

 並んでいる、と言うのでは遠慮が過ぎるな。

 ありていに言えば、何に使うのかも分からないヘンテコな雑貨で散らかり放題の部屋であった。

 あるいは寝所と呼ぶよりも、物置部屋にベッドも置いてある、という表現の方がしっくりくるだろうか。


「すみません。椅子を置いてある部屋がここしかなかったもので」


 イシダはテーブル脇にある椅子を俺に勧め、自身はベッドの上に腰掛ける。

 申し訳なさそうな顔をしているということは、一応本人にも片付いていないという自覚はあるのか。


 相手のことも考えず突然押し掛けたのは俺の非礼だ。

 丁寧な言葉遣いをする人柄からは想像しがたいズボラぶりについては触れないでやることにする。


「それで──」

「ああ、単刀直入に言おう。あんたの助けを借りに来た」


 椅子の上に腰を下ろすと、俺はすぐに前のめりとなってイシダに迫った。


「まあ……、そうでしょうね」

「役目を果たせと。国王からは、そう言えば話は通るはずだと聞いている」


「もちろん。やぶさかではありません。そういうお約束ですしね……。それで、私にどんな助力をお求めですか?」

「うん。〈転生勇者〉は魔王討伐のための不思議な武具を持参して現れたと聞いた。それを譲り受けたい」


「なるほど。人の口に戸は建てられないとは、よく言ったものですね」

「あるんだな?」


 俺は勢い込んで椅子から腰を浮かせる。


「まあまあ。落ち着いて。きっと貴方が想像するようなものではないと思いますよ」

「どういうことだ?」


「まず、武具ではありません。あるのは道具の(たぐ)いです」

「ふ、ふむ。で、どんな?」


 イシダはあごを指でつまみ、思案顔で俺を見つめる。

 しばらく黙り、俺がそわそわと気を揉み始めた頃合いで、こう切り出した。


「先に貴方のことをお聞かせ願いましょう。魔王討伐とおっしゃいますが、プランはありますか? どのような規模でパーティーを編成し、何カ月、あるいは何年がかりで魔族領を踏破する予定であるとか……」


 イシダは話しながら、その途中で体をねじってベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばす。


計画(プラン)か。それはここでどんな武具を得られるか次第だと考えていたんだがなあ」

「では、どんな武具があれば良いと?」


 無造作に置かれた雑貨の中からイシダがつまみ出したのは、指輪大の銀色の物体だった。

 俺は、さてはあれがそうかと鋭くにらむ。


「もし自由に選べるものなら、俺は身隠しできる魔法のローブのようなものをもらえると良いなと考えていた。おっと、笑わないでくれよ。酒場で出回っている噂話は、そういう夢見がちなものばかりなんだ」

「笑いませんよ。実際、私にも原理がまるで分からない魔法のような品々ばかりですからね」


「すると魔法の品が複数あるという話も本当か」

「はい。ですが、身隠しのローブですか。ふむ……」


「意外か? そうだ。さっきお前、パーティー編成がどうとか聞いてたよな?」

「ええ」


「実は俺一人で単独潜入することを考えている。頼れる仲間がいるに越したことはないが、大人数でぞろぞろ旅してたんじゃ、道中に出くわす魔族全部と相手することになるだろ?」

「つまり、最初から隠密での潜入──魔王の、まさに〈暗殺〉を試みることが貴方のプランというわけですか」


「そうだ。考えてもみろよ。何百年にも渡って大量の兵士が投入され、それでも魔族の領土を削れてないんだ。どんだけ精鋭の仲間を集めたところで、馬鹿正直に真正面から乗り込んでどうにかなるもんでもないだろ?」

「なるほど……」


 いつの間にか、イシダは手の上で転がしていた物体をつまみ上げて片目にあてがい、その空洞からジロリとこちらをのぞき込んでいた。


「あなた……、意外と小賢しいですねぇ……」


 口元にたっぷりと笑みを浮かべ、糸目をさらに細くするイシダ。

 彼が手にしているのは噂の魔法道具の一つに違いない。

 俺は自分の全てを見透かされたように感じ、ゾクリと身を震わせた。

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