◆13「魔族がこれほどの力を持つ者たちだったとは」
そんなこんなで、俺は魔族領の奥深くまで侵入を果たしたわけだが……。
魔王城の周辺は、魔族が住む地域として考えていた俺のイメージよりもずいぶんと自然豊かで、のどかな景観が広がっていた。
まあ考えてみれば当然のことで、干からびた台地や枯れた草木では魔族たちの生活が立ち行くはずがない。
俺は前方を行くパガス一行の食事風景を眺めながらそんなことを考える。
手ぶらだった彼らの食事は当然現地調達でその日暮らし。
だが、野生動物が数多く生息するこの森は、狩猟対象に事欠かないようだった。
スタッ
俺は少し塩の効きすぎた干し肉をかじりつつ、高木から地面に降り立つ。
彼らの歩調に合わせていては何日かかるか分かったものではない。
また、彼らと同行していたはずの蛇女や、ヘニメメと呼ばれていた〈ご老体〉らしき姿が見当たらないことも気掛かりだった。
彼女らに洞窟で遭遇した謎の侵入者について報告されてしまうと魔王城の警戒レベルが引き上がり、行動しにくくなる可能性がある。
できれば先回りして魔王城にたどり着くほうがいいだろう。
*
俺が本気の隠密モードで森の中を直進すると、半日もかからず魔王城直下の村にたどり着くことができた。
獣や鳥以外、誰とも出会うこともなく、ほどんど何の苦労もなく、順調に。
問題はそこから先だった。
さてどこから魔王城の中へと忍び込もうかと、物陰に身を隠し魔王城に目を凝らしたとき、門の前に歩哨として立つ馬頭の魔族の存在に気付く。
俺は指にはめていた〈見極めの小筒〉を外し、筒の先をその魔族へと向けた。
〈ホースマン:ダン〉
【体力21,精神8,筋力22,技量24,敏捷33,知性10,魔力15,魅力5】
厄介なステータスだ。
歩哨レベルでこれなのかと俺は舌を巻く。
総じて能力値が高く、なんだか俺の元のステータスの上位互換を見ているようで落ち込んでしまう。
だが今の場合、より厄介なのは総合力ではなく、【技量】【敏捷】【知性】の3つからなる、いわゆる〈隠密係数〉であった。
この旅の途中で目を通した〈生まれ直しの石板〉の説明書によると、隠密行動が成功する確率は、この三つを相手の数値と比べ、勝っている度合によって高くなるということだった。
上回りさえすればよいわけではない。
必ず成功させようと思うなら、相当大きな差がなければ。
あの馬男とのタイマン勝負であれば一応まだ俺の方が上だが、その差は心許ない。
少なくとも、あの洞窟や、それより手前の地でうろついていた三下の魔族相手のように圧倒できる数値の差ではなかった。
それに、城内に忍び込んで魔王を暗殺しようとするなら、あの馬男一人をかわすだけでは足りない。
慎重に行かねば。
俺は城やその麓の村から十分な距離をとって迂回する。
それから用心に用心を重ねて丘の上に上り、かなり離れた場所から城内をのぞく。
中の偵察には王国の城下町で仕入れた〈遠見の筒〉が役に立った。
それ自体は魔法の道具ではないが、〈見極めの小筒〉と組み合わせて使うと、遠くからでも敵のステータスをのぞき見ることができるのだ。
そして、そこでようやく俺は、どうやら自分が酷い思い違いをしていたことに気付くのだった。
〈近衛隊長:シュラード〉
【体力36,精神12,筋力20,技量42,敏捷37,知性15,魔力29,魅力19】
〈将軍:ライオネル〉
【体力44,精神15,筋力48,技量25,敏捷29,知性8,魔力20,魅力10】
〈宰相:ホロウ〉
【体力14,精神30,筋力9,技量26,敏捷15,知性28,魔力49,魅力12】
これらは特に突出した例である。
何かしら40超えの能力値を持つ、これら幹部連中もさることながら、一人たりとも雑魚と見なせる者がいない。
最初に見た馬男が、魔王城では本当に最低レベルだと言ってよかった。
平均値が総じて高い。
層の厚さが脅威であった。
さらにいえばこれらは、あくまで城の外側から偵察しただけに過ぎない。
より高い能力値を秘めた敵が他にもっと潜んでいる可能性だってある。
仮に首尾よく中に忍び込んだとしても、その先も上手く身を隠して魔王のもとまでたどり着けるイメージがまるで湧かなかった。
そして、ひとたび見つかればとても太刀打ちできないだろう。
どのように割り振ろうとも、俺には素のステータスが根本的に足りていない。
俺は魔王城を目前にしながら、自分の圧倒的な実力不足を痛感したのである。
──これ以上無理だと思ったら、途中で引き返して来てもいいんですからね。
別れぎわ、柄にもなくそんな情の厚い言葉をかけてきたイシダの顔が思い出される。
そうすべきなのか?
当初の計画が破綻したのだから、一旦引き返して作戦を立て直すべきなのか?
……だが、今から……、ここから引き返すのか?
人間の領内に取って返すには、再び転送路を起動し、あの洞窟を抜ける必要がある。
すでに十分警戒され出口を塞がれているあの洞窟を抜けねばならない……。
俺は自分の置かれた状況が正しく把握されるにつれ、怖気づく自分に気付き始めていた。
ここまでの俺はまさに怖い者知らずだった。
知らなかったからだ。
魔族がこれほどの力を持つ者たちだったとは。
自分の能力値が一般人の平均を幾らか上回っている程度で浮かれていた。
俺が戦いを挑もうとしていたのは、こんな化け物たちだったのだ──。
「どうしたの? こんなところで」
背後で女の声がして、俺はギクリと身を強張らせた。
「んん? あなたこそ。水浴みに来てたのではなくて?」
「えへへぇ、バレたかー。てことは、ティラナも参加するんだね」
どうやら自分が見つかったわけではないことが分かると、俺はそろりと身体の向きを返して、こっそり物陰から二人の魔族の女をのぞき見た。
〈レッサーデーモン:ティラナ〉
【体力6,精神7,筋力5,技量8,敏捷5,知性6,魔力15,魅力13】
〈ワーキャット:ウルシュラ〉
【体力9,精神4,筋力7,技量4,敏捷7,知性5,魔力10,魅力12】
〈見極めの小筒〉の輪の中に映る二人のステータスを見て、俺は幾らか落ち着きを取り戻す。
魔王城の麓の村とはいえ、ただの村娘ならばこの程度なのだ。
魔族すべてが手練れというわけではないという当たり前の事実を思い出す。
「選抜の基準は容姿ではない、って聞いてもやっぱりねえ」
「まあ、常識として? 身綺麗にはしておくべきよね」
魔族の村娘たちは、人間の村でも見るような布地を縫い合わせた質素な服を着ていた。
どちらも今摘んできたばかりのような鮮やかな色の花を頭に挿して飾っている。
「魔王様お付きの侍女の募集だなんて、滅多にないチャンスだもの。駄目で元々。挑戦しない手はないわ」
「ねえ、どうする? 身の回りのお世話をするうちに魔王様から見初められちゃったりしたら?」
「採用されたわけでもないのに気が早いわよ。何人候補がいると思ってるの?」
「ねー。最近凄いよねー。遠くの村からやってくる女の子たち。多すぎぃ」
「そうそう。その中から一人選ばれるかどうかっていう競争率なんだから、あんまり期待しないの。あとで落ち込むだけなんだから」
「えー? でも、期待はしちゃうでしょ」
二人は選抜試験の対策談義に花を咲かせつつ、村を目指して丘を下っていった。




