◆11「こりゃあ一大事じゃないかい?」
俺は暗闇の中に身をひそめ、目を閉じ、耳を澄ます。
目を開けたところで、どうせ何も見えない真っ暗闇だ。
息を整え集中すると、その何も見えないはずの暗闇のあちこちに蠢く何者かの息遣いが聞こえてきた。
いや、実際に音が聞こえているわけではないだろう。
俺は気配を感じているのだ。
その気配をじっと観察していると、彼らの動きを分析の材料にして、複雑に入り組んだ洞窟の構造も見えてくる。
──今!
気配が途絶えたルートが出来上がるのを待ち、俺は一息にそれをたどる。
肌感覚を頼りに曲がりくねった道を抜け、身をかがめ、高所に跳び上がり、跳び下りをしつつ、奥へ、奥へ。
うんざりするほど長い道のり。
これをパーティーを組んで律儀に踏破しようとしたのなら、相当骨が折れたはずである。
神経をすり減らしながら──こんなことなら【精神】の値も上げておくんだったと後悔しながら──ひたすら奥へ進んでいくと、俺はようやく洞窟の最深部に到着した。
何故ここが最深部だと分かるかというと、如何にもそれっぽい巨大な祭壇があったからである。
さすがにここが終着点であってくれ、という俺の願望でもあった。
しかし……、これはどういう目的で作られた祭壇なんだ?
てっきり、洞窟を抜けた先が魔王城に続く道に繋がっているのだと思っていたのだが……。
俺は洞窟内に広がる巨大な空間に鎮座する石造りの階段を見上げる。
天辺は見えないが、何かがあるとしたら、間違いなくあの階段を上った先だろう。
周囲には何やら禍々しい色のかがり火が焚かれ、容易に近付きがたい雰囲気を出していた。
俺は覚悟を決め、祭壇の天辺を目指して動き出す。
魔族の気配を探りながら、物陰から物陰へと跳び移っていく。
祭壇の裏手に回り、階段のない壁面をよじ登り最上部へ。
あと一息。よいしょと身体を持ち上げさえすればゴールというところで、その目指す先から話し声が聞こえてきた。
「何度も言うが、誰も通っとりゃせんよ。来る方も、帰る方もな」
「絶対見過ごしてないって言えるのか? 奴はすばしっこい。とんでもなくなあ」
問い詰めている方の声には聞き覚えがあった。
なんと、あのイノシシ男である。
こちらが見つからないように苦労して、あちこち遠回りしている間に、あいつは真っ直ぐ一直線に先回りしてきたということらしい。
「仮にここまで潜り込んだとしてもじゃ。ここから先へは進めまい? ニンゲンとは総じて魔力が低い種族じゃ」
「ああ、そういえば」
「俺ッチよりもショボかった」
「雑魚だった」
「カスだった」
「ブルルルルルルゥ……」
祭壇の最上段はずいぶんと賑やかだった。
イノシシ男以外にも沢山の取り巻きが付き従っているらしい。
しかし、黙って聞いていれば酷い言われようである。
魔力なんてなくても今の【敏捷】と【技量】をもってすれば、お前らの方がよっぽど雑魚なんだからなっ。
「でもさ、ヘニメメ。その薄い魔力のせいであの子を見失っちまったんだよ? こりゃあ一大事じゃないかい?」
「うーむ。とにかく出口を固めて、ここから逃がさないようにするのじゃ。そのうえでシラミ潰しに──」
「ご老体。そうは言うが敵は手練れであるぞ」
「そうだそうだ。でっかい大岩をかち割ったんだぞー」
「デカイだけじゃねえ。馬鹿みたいに硬い岩が真っ二つだ」
「しかも素早い」
「技量も並外れたものであった」
「す、すごく醜かった」
「怖いよー」
「分かった分かった。うるさい。ちっと黙っとれ。なら、ワシがちょっと行ってシグルス様を呼んで来る。それまでお前たちは皆で洞窟の出口を守っておれ。固まってな。相手がどれほど強かろうが多勢に無勢じゃ」
「ちょっと待て。それなら俺も行く。奴はもう、とっくにここを抜けて、ここにはいないかもしれん。追い掛けねーと。ブルルルルッ」
「息巻くな。そんなはずは──」
「いや、旦那の言うとおりかも。そもそもここを抜けるすべもないのに、無策でこの洞窟に潜り込むわけがないと思わないかい? 何か、アタイたちの知らない方法があるのかも」
「むむ」
「だな。奴は得体が知れねー。急ごうぜ」
「なら俺も行くか。出世のチャンスだ」
「僕も。わー、魔王城なんて久しぶりだなー」
「アタイも行くよ。シグルス様にお目見えが叶うなんざ、そうそうあるこっちゃないしねぇ」
「おぬしら……。遊びに行くんじゃないんだぞ」
魔族たちはどのように分かれるかで散々揉めていたが、やがて騒ぎが落ち着くと、ご老体と呼ばれた魔族の男が何かゴニョゴニョとつぶやくのが聞こえてきた。
それから祭壇の上部でまばゆい閃光が起こる。
沢山あった魔族の気配が一瞬で半分ほどに消え失せる。
「カッコイー」
「知らないのか? あの呪文みたいなやつ、別に唱えなくてもいいんだ」
「えっ、そうなの?」
「はは。俺も知ってる。ただのカッコつけだよ。シグルス様たち強い魔族が無言で出入りするの何度も見てるし」
「へー、そうなんだー」
居残りの魔族たちはダラダラと雑談を交わしながら祭壇を下りていった。
先ほど命令されたとおり、洞窟の出口を固めるためだろう。
「おーい。君ぃ。一人でいたら危ないよー」
「あー?」
「すごく怖いニンゲンがいるかもしれないんだ。一緒に集まって出口の方を守れってー」
「おー。そうかー」
そんなこんなで魔族が揃って引き払ったのは実に都合がよかった。
俺は付近が無人(無魔族?)になったのを見計らい祭壇の最上部におっとり姿を現す。
祭壇の上には巨大な鏡がすえられていた。
鏡──。いや、石板か?
平らな面の周囲にほどこされた装飾のせいで鏡のように見えるが、肝心の鏡面自体は磨きがまったく足りておらず、何も映し出されてはいなかった。
材質はなんとなく、〈生まれ直しの石板〉に近いものを感じる。
俺は用心深く鏡面に触れてみるが、特に何かが起こりそうな気配はない。
(……やはり、そういうことだろうな)
先ほど盗み聞いた魔族たちの会話から、これはここと魔王城とを繋ぐ転送路のようなものだろうと俺は推測する。
そしてこれを動かす原理は、おそらく【魔力】だ。
俺は周囲を見渡し、近くに打ち捨てられていた一本の松明の近くに座った。
〈生まれ直しの石板〉を取り出し、振り直すステータスについて考える。
先ほどこの転送路を起動させた男の【魔力】がいかほどであったのか、〈見極めの小筒〉で調べておければよかったのだが……。
〈勇者:エリオット〉*
【体力7,精神5,筋力5,技量5,敏捷5,知性13,魔力66,魅力1】
……よし。
まあ、これで足りないということはないだろう。
俺はもう一度座る位置を調整し直し、石板に浮かんだ〈生まれ直し〉の文字を押した。
「──っ!」
頭の中に閃光がきらめいたと思った瞬間、顔面に火であぶられたような熱が襲う。
ような、というか実際あぶられたのだが。
前のめりに倒れ、松明の炎の中に頭から突っ込んだ。
俺はとっさに身体を起こし、前髪を手で払う。
髪が焦げる嫌な臭いはしているが、大した火傷ではないだろう。
俺は石板を拾って立ち上がると転送路の前に急ぐ。
やると決めた以上、ここでためらう理由はなかった。
片手を伸ばし石板のような鏡に触れる。
やったことはさっきと全く同じなのだが、鏡に触れた瞬間、今度は辺り一帯が光に包まれた──。




