◆1「おぬしの未来は……」
俺の名はエリオット。
十五歳男。
縁戚・配偶者なし。
名乗りとしてはこれで十分だろう。
実際、三カ月前に俺が勇者選抜試験のために王城の門をくぐったとき、係の兵士に伝えた情報もこれと大差がなかった。
それだけで壮大な英雄叙事詩の一篇でも書けそうな熾烈な選抜試験を見事勝ち残った俺は、その三カ月後に晴れて国王より『勇者』の称号を賜っていた。
ゆえに王に敬意を表し、大仰に名乗り直すとすればこうなるだろう。
我は勇者エリオット──魔王を打倒する者なり。
だがしかし、誤解してもらっては困るのだが、俺が魔王討伐に旅立つのは、なにも名声や、それに付随する富などのためではない。
俺の目的はあくまで魔王討伐そのもの。
大昔から続く、魔族との因縁の戦いに終止符を打ち、平和な世界を築くことにある。
苦労して勇者の称号を得たのもそのためだ。
魔王城へ至る道は遠く険しい。
装備を整え旅立つにも、まずは元手がいるというわけである。
盛大な叙勲式から三日後。
宿屋で待つ俺に対し、遣いの者がようやく持参した物はしかし、袋にぎっしり詰まった金貨ではなく、勇者の身分を示すメダルと、手形(受領証)を発行するための印鑑がその全てであった。
現金支給ではなく、必要な物資は王の名を用いた〈掛け〉で購えということらしい。
払い出し用の紙束と一緒に渡された紙片には、経費で落ちる物品の細目が記載されていた。
一人と馬一頭で運べる量に限る、という注釈付きで。
これはなかなか世知辛い。
……いや。
いやいや、俺は何も贅沢がしたくて勇者になったわけではないのだ。
必要な物が揃えられればそれで良いではないかと気を取り直し、俺はかねてより予定していた、とある場所へと足を向けた。
その、ちょっとした道中で、俺は強引な客引きに遭う。
きっと勇者となった俺の羽振りの良さを見込んでのことだろう。
武具の売り込みなら後にしてくれと断ったところだが、俺の袖を引いたのは占い師の老婆であった。
まあ、一時の気の迷いというやつだ。
骨と皮ばかりの、しなびた腕を振り払うことに滅入った俺は、誘われるがまま、路地裏にある粗末なテントの天幕をくぐる。
なに、仮に吹っ掛けられたとしても支払いは王様だ。
俺の懐が痛むわけではない。
天幕の隙間から差す僅かな明かりのもと。
俺と占い師は小さなテーブルを挟んで座り、その上に置かれた水晶玉に向かって互いに手をかざす。
どんなありがたいことを言ってくれるのかと、いくらかは期待して待つと、瞑目していた老婆がクワと目を見開いた。
「ふぬぅ……、おぬしの未来は……」
老婆のそのあとの言葉は、口の中で干物か何かをしゃぶるようにモゴモゴとするだけでよく聞き取れない。
「俺の未来は、何だって?」
「おぬしの未来は……ふぅぬ……」
ためるなあ。
まあしかし、それくらいもったいぶってくれた方が雰囲気は出るか。
俺はその場の空気に合わせて、神妙に固唾を飲んでみせる。
「おぬしの未来は……オネショタじゃ」
「…………」
また聞き返さねばならないだろうか。
だが、俺の耳は老婆が口にした短い音節をはっきり聞き取ってしまっていた。
「オネショタ……って、なんだよ?」
「知らん」
膝の上に置いていた左手が滑り落ち、ガクリと崩れ落ちる俺。
「知らねーってことはないだろ。婆さんが自分で言ったんだぜ?」
「知らんものは知らん。ただ浮かぶのじゃ。その言葉が」
「はぁ? なんだよそれ。インチキでぼったくるにしても、もっと尤もらしいことを言ってくれよ。気前よくぅ。必ずや魔王を打ち倒すであろう、とかなんとか」
「なんじゃ、おぬし。魔王を討伐にゆくのか?」
「っ! ……それも知らずに俺に声かけたのか?」
「どうりで精悍な顔つき。立派な胸板をしておる……」
脱力する俺に向かい老婆が手の平を上にして差し出す。
「なんだよ?」
「お代をいただこう」
「くぅっ……!」
時間を無駄にした。
これ以上何か言いそうにもない老婆に愛想を尽かし、俺は先ほどもらったばかりの印鑑で受領証を書いてやった。
〈情報提供。その他サービス一式〉、受領っと。
「値段の交渉は王様相手にやってくれ」という俺に対し、老婆は紙切れを繁々見つめ「世知辛いのぅ」とぼやいていた。
無論、王様は交渉などしない。
この受領証で王国が支払う金銭は最初から決められているのである。
どんな上質な物を売ろうが、剣ならいくら、盾ならいくら、と。
その意味では、寝言のような占い一つで手形一枚をせしめた老婆は、むしろラッキーと言えるのではないだろうか。
俺の方は、商談成立の瞬間まで、支払い方法を店の店主に悟られないことが肝要である。
よろしくお願いします。
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魔王城到着あたり(13話頃)から、おそらく予想外の、ナックルカーブのような軌道変化をするはずなので、お暇なかたは是非そのあたりまでは見守っていただければなーと。
こんなタイトル、こんな始まりかたですが、意外と女性向けな作品のような気がしてます。