私は影響を受けまくる
なろうでこんな言葉をたまによく目にします。
『影響を受けるのが怖いから他のなろう作家さんのはあまり読まない』
正直、意味がよくわかってないので、何とも言えないのですが──
影響を受けるのって、悪いことなのかな?
いいことばかりしか思いつかないけどな?
そんなふうに思ってしまいます。
連載中の作品があって、その構想が、他のなろう作家さんのものを読むことで、ぶれてしまうことを怖がってるのかな?
影響されてしまうぐらいなら、影響されてしまえばいいのに。
あるいは、他の作者さんのものにインスパイアされて自分の作品を書き出したけど、流されたくないのでインスパイアされた時点で読むのを止めた?
インスパイアされたほどのものをよく途中で読むのやめれるな?
あるいは『パクリ』と言われそうで怖い?
私はバンバン影響を受けまくってるつもりです。
物真似になってもべつにいいみたいなつもりで。
すべてのものはもう書かれてしまったとか言いますよね?
何を書いてももう新しくはない。
新しいと思ったものも、過去に書かれた何れかの作品の作り直しになってしまう。
パロディーが高次元の芸術とされてもう……80年ぐらい?
何を書いても過去の何かに似ている。
それを避けようとすれば意味なしの荒唐無稽なものになるしかない。
話がやたら大きくなってしまったので戻します。
私はバンバン影響を受けまくってるつもりです。
『いいな』と思ったらすぐに真似をする。
でも物真似は物真似です。
書いてるのは自分。
同じにはなりませんし、パクリにもなりませんし、オマージュですらありません。
単なる『自分ならこう書く』に変換しているだけです。
自分の書いたものは、オリジナルのつもりでも過去の何かに似ているけど、それは自分が書いている。
影響を受けて、流されるような自分は持ってないつもり。
ガンガン影響を受ければ自分の引き出しが増え、自分が育っていく。
影響を受けるって、そういうことだと思っています。
それは固まりがちな『自分の殻を破る』ということでもあるかもしれない。