黒の交わり
「魔王……」
「人の死を司る。何ならお前の生きたくないという願いを叶えてやろうか?」
ついと口端が釣り上がる。その眼は、どれほどの死を目の当たりにしてきたのだろう。愉しそうなその瞳に後悔なんて色はなかった。もっと純粋な欲望が彼女の眼を彩っていた。
「俺は、死ぬのも嫌だ」
「では何がしたい? 何故生と死の二択をせぬのだ。さっさと生の道を歩めばいい」
ここではまだ、命はその輝きを得ていない。いわば仮初めの世界なのだ。生と死の狭間の世界。俺はそこにいるらしい。
「……死が、怖いから」
「まだ生まれてもおらぬのに死を恐れるか?」
生まれる? いや、違う。俺はあそこに、死にいくのだ。
「一週間で死ぬ運命でも、死を恐れてはいけないのか? 俺は両親に一度も抱かれることもなく、ただ痛く苦しい世界に生まれ落ちて一週間で死ぬ。俺はそのためだけに生まれるのか!? 幸福も不幸も知らず、ただ生まれて死ぬという短い人生を送るだけで何をしろっていうんだ!」
こんな人生なんかまっぴらだ。生きたくない。彼女は人間の死を司るのだと言っていた。だったらこんな命なんか、さっさと刈り取ってしまえばよかったのに。生まれる運命なんか、いらなかったのに――。
「俺が生きていく価値なんかどこにもないんだ。そんな資格はない。俺みたいなヤツを生かすんだから、神様ってのも相当いかれてる」
乾いた音が響いた。頬に鋭い痛みが少しずつ広がっていった。
何をされたか一瞬わからなくて。頬を押さえて、彼女を見た。
彼女は息を弾ませ、怒りに満ちた表情でこちらを睨み付けていた。思わず手が出てしまったのだろう。そのことにも驚きつつ。
「――わたしのことは、何といわれようと構わない。もとよりいわれ放題だったからな。こんな仕事だ、仕方ない。ただ、我が半身を蔑むような物言いは断じて許さぬ。あやつとわたしは二人で一人。あやつへの戯れ言は、わたしへの冒涜だ!」
吐き捨てるようにそう言い捨てると、その冷たい眼差しで俺を指差した。
「何故人は生き、そして死ぬのか。その死が怖いと思うのか。お前にはその問の答はわからんだろう。
一週間で死ぬというのは、確かに非情な仕打ちかもしれぬ。しかし、悲しいのはお前だけではない。お前の母や父は、お前の誕生にどれぐらい希望を寄せたと思う? どれほどの苦労を重ねてきたと思う? 死の苦しみは人によって違う。苦しいのはお前だけではない。お前に関わったもの、全員が味わうのだ。
お前だけが苦しいだの、怖いだの思っているのならそれはただの甘えだ」