一滴の黒
死は怖い。
だが生も同じぐらい、怖い。
*
「――奴か? わたしの城で暴れ回っている厄介者というのは」
「お待ちください!」
「貴女様の立ち入りは禁じられているはずです!」
「下がれ下っぱが。ここは我が半身の統括地。よってわたしの城だ」
少女の声が聞こえたかと思えば、派手な爆発音と共に真っ白な部屋の扉が粉砕されていた。つい驚いて呆然としていると、漆黒の少女が顔をのぞかせる。
「なに、怪しいモノではない。どちらかといえばお前の味方だ」
少女は真っ黒なコートに身を包み、その幼げな顔立ちにそぐわない口調で話し掛けてきた。
「生きたくないなどとほざいたのはお前だろう? 何故生を拒む」
どかっと瓦礫の山に座り込み腕を組む。少女の威圧は生半可なそれではない。幾つもの戦場を越え、数多の屍をものともしない。純粋な殺気を放っていた。
見た目にだまされてはいけないらしい。身構えると、少女はふっと笑みを浮かべた。
「死も恐れるのか? ではお前は何がしたい。ここで幼子のように嫌だ嫌だと駄々をこねているのか?」
「……生きるより、ましなら」
空気が止まった。少女はしばらくこちらを眺めていると、まるで面白い玩具を見つけたといわんばかりに声を上げて笑いだした。
「『生きるよりましなら』? これから生きなくてはいけない定めを持つ者がなにをいう。ここに来たということは、寿命まではその生を全うせねばならぬ義務があるのだぞ? ならばその責を放り出して死を選べと言えば、それも拒む。こんな滑稽な奴がいままでにいたか?」
少女は外に顔を向ける。嫌そうに出てきたやつらは、いいえと首を横に振る。
「だからわたしたちも困ってるんです」
「一人こちらに閉じこもって出てこないし……」
「そうであろう。お前らはただ生を司る我が半身の眷属にしか過ぎぬ。力も持たぬ愚か者よ。しかしこいつはさらなる愚か者ときた。生も怖い、死も怖い。こんな輩は初めてだ」
言っていることがわからない。この少女は一体、何者なんだ? 随分な物言いをするかぎりかなり位の高い人に違いないのだが、この容姿にはあまりにも似合わない。
「死を恐れるか、まだ名さえ持たぬ人間の分際で」
少女の眼が、一瞬で鋭いそれに入れ替わる。いまにも人を殺せそうな、凍てつくような眼差し。少女特有の可愛らしさなんて欠けらも持ち合わせていない。研ぎ澄まされた刃のような危うさが突き刺さる。
「わたしに名は存在しない。わたしは肉体というものを持たぬのでな。そもそも必要ないのだ。
強いて言うなれば……。そうだな、お前ら人間はわたしのことを魔王と呼ぶ」