第九十二話 左近衛権中将
「千秋の、お前は近衛卿に伝手があるのであろう。そちらに挨拶に行け」
「はえ?」
義元が将軍様とやらに謁見する、俺は鬼の居ぬ間に京都観光旅行と胸躍らせていたのだが突然仕事が降ってわいた。まぁ冷静に考えれば酒運ばせる為だけに正月から熱田に寄って俺を拉致してきたりはしないよな…
なんでも将軍様の母親は近衛家の出、そして嫁さんまで近衛家の者だという。なんか近衛さんガッツリ将軍様囲い込みすぎじゃね?
そういうわけで将軍様にご挨拶してその後ろ盾にも一言挨拶いれておこうというハナシらしい。
俺は以前伊勢神宮の遷宮の時に近衛前久というおじゃる丸から酒を強請られた事があった。それ以降も次節の挨拶とかいう名目で強請る文が届いたりするので正月の挨拶とかいって適当に贈ってはいたが…あの強請られたのを伝手があるというのだろうか…?
…そして何よりどうして義元がそんな事を知っているのか…?
俺の困惑した顔に満足したのか義元は大きく笑ってのたまう。
「酒は半分は将軍に献上する故、残りは近衛卿に頼んだぞ」
そして困惑する俺に久野さんが助言をしてくれた。
「近衛卿は藤原不比等殿を祖とする北家の嫡流、千秋家は傍流である南家藤原氏の流れを組む家でございます」
…え?
俺は急いで千秋季忠の記憶を探るが、貴族の流れを組むみたいな事は聞いていたようだが、詳細までは知らないでいたようだ。
「もしかしたら近衛卿はその縁から千秋殿に親近感を抱いておられるのやもしれませぬ」
これには義元も驚いている、初耳だったようだ。
だが当の俺はイマイチよくわからなくてあまり驚きはない。そもそも藤原不比等っていつの時代の人だよ…絶対酒を強請ってるだけだぞあのおじゃる丸?
◇ ◇ ◇
義元と別れて近衛の屋敷に向かう道中、前から気になってきた事を滝川のおっさんに聞いた。
「なぁ…もしかして俺って治部大輔様に監視とかつけられてたりする?」
それに対し滝川のおっさんはあからさまにその質問をスルーした。そして少しの沈黙の後に俺と目を合わさずにそっと囁いた。
「ずっと殿には手練れの者がついております、敵意はありませんので放っておいてございます」
うっわ…こわ!
前からなんだか俺の動向が何故か筒抜けなのが気にはなっていたけどマジでいるんだそんなの…
「斬りますか?」
疋田が物騒な事を言う。おいばかやめろ!
俺は全力で首を振って拒否しておいた。
◇ ◇ ◇
京の都は復興作業中という様子だった。
なんでも将軍の住まいである二条御所?とかいうのも現在進行形で建築中らしい。
俺の中での京都のイメージは中学の修学旅行だ。清水寺に金閣寺に清明神社に六角堂…行く先々でおみくじを引いたのも良い想い出だ。まぁ次の日は奈良に大仏と鹿の尻を追い回しに行ったのだが…だがたった一日で生涯の記憶に強く残っている華やかな賑わいのある街だった。
この建築中の二条御所ってトコにも来た…いや行く事になるのか?これがこの場に四百年か五百年残って、きっと俺の知っている未来に繋がるのだ。そう思うとなんだかこれから生まれる子供を望むようなあたたかい気持になった。
「将軍家と三好一門は長い事戦を繰り返しておりましたからな」
事情通っぽい事を滝川のおっさんが語ってくれた。でも誰だ三好って…唐突に新キャラを出すなよ。まぁ将軍様ってのが京にいて戦後復興中って事は三好一門ってのは無事倒したんだろうな。
「それで三好一門ってのは根切りにでもなったのか?」
俺は知ったかぶりをして聞いてみた。
「え!?」
滝川のおっさんからなんだか驚いたとの反応が返ってきた。そして俺を見て一瞬「あ、コイツマジでなんもわかってないな」みたいな表情をしたのを見逃さなかった。おっさんもそれに気付いたのか「しまった」という風に目を逸らした。コイツ…ゆるさねぇからな…
滝川のおっさんが気まずげに話す。
「現在はその…和睦をし、三好慶長殿は足利将軍家の下、御相伴衆に任じられております」
あー…滅ぼすとかじゃなくて和睦なのか…
「三好一門は今でも大きな権勢を誇っております。ですが左近衛権中将殿は大局を見据え三好一門と和睦をし、京にお戻りになった後は一門を厚遇致しております。そして征夷大将軍として各地の戦の調停をしたり諸大名と交流をし近年は徐々に将軍家の権勢と支持を取り戻しつつあるようです」
えーなんか凄い人だな歴史の偉人っぽい。教科書に名前も載ってない立派な奴っているんだなー。まぁ俺が忘れてるだけかもしれないが。
そんな事を考えているとなにやら難しい顔をして滝川のおっさんがむさい髭面を近付けて来た。
「お耳を」
なんか言い難い事を話すようだ、正直男の耳打ち、特に髭面とか出来るだけ近付けたくはない。だが耳より情報というなら聞かないわけにもいかない、俺は空気が読める男なのだ。
「実は三好一門の家長である長慶殿が昨年亡くなったとの噂が草の間でまことしやかに流れております。実は長慶殿の跡を継ぐ者がここ数年相次いで亡くなっており、慶長殿の死を隠して一門で現在後継問題で争っておるのでは…と考えられます」
……なんだか凄いヤバイ話じゃないかそれ?
「もしかしたら治部大輔様もそのような噂を聞きつけて近年評判の高い左近衛権中将殿をお助けするつもりで上京なされたのかもしれません」
駿河から京なんて遠いし隠居してんだから日和見するべきだと思うが相変わらずアグレッシブなおっさんだな…とはいってもまだ義元も四十代、令和の感覚からすれば働き盛り、義元も戦国大名らしく天下布武とか統一とかを狙っているのだろうか?でももう家督は息子に譲ったとか言ってたしなぁ…わからん。
「元々『足利家が潰えた時には吉良家が継ぎ、吉良家が途絶えれば今川家が継ぐ』といわれておりますれば治部大輔様が将軍家をお助けされるのも当然の事かと」
なんだか聞き捨てならない言葉だな。
「今の将軍様…左近衛権中将様って男の子か弟はいるのか?」
「男子はいらっしゃいませんが弟君が二人いると聞いております」
ふーむ、今の将軍ってまだ若いみたいだし跡継ぎは問題なさそうだな。
「それじゃあいくら「次は吉良そして今川」とかいわれても治部大輔様が天下とるのは難しいな!」
はっはっはと俺は笑ったが俺についてきた三人は全く笑っていない、それどころか俺の発言を聞いて完全に固まってしまっている。あれ?俺なんかやっちゃったか?そして再起動した三人が俺を詰める。詰め寄るのではなく詰められる。
(そのようなお気持ちがあろうはずがありませぬでしょう!)
(殿ォ…そんな大それた事を白昼口に出すモンじゃないぞ?)
(全く笑えませぬ…冗談が過ぎますぞ)
あれ?戦国大名って天下統一とか天下布武とか恋姫夢想とかみんな狙ってるもんなんじゃないの?
え、もしかしてこれってもしかしてゲーム脳か?
(え、あぁごめん)
三人からのただならぬ圧になんだか俺もつい小声になって謝った。




