第六十話 胡麻豆腐城
彼女の兵はどうも先日の護衛についた兵が何かを触れ回ったのか生温かい視線を送ってくる。
なんだかなめられたらおしまいの戦国時代においてかなり終わってるかもしれなかった。
そんな俺の微妙過ぎる立ち位置に秀さんは更に居心地が悪そうだった。情けない義父で申し訳ない。
◇ ◇ ◇
「これは…何をなさっておいでですか?」
俺は那古野城の改装工事に入っていた。
改装なのか改築なのかよくわからないが、兼ねてより地味に生産しておいたコンクリートで土台を固めて、その上に芯を入れたブロックを積み重ね、塀と屋敷を囲う計画だ。
このコンクリートブロックを使ってのプレハブ建築の真似事は余りこの時代では例がないのではないだろうか?
とはいえ強度に問題がない程度の高さにしか出来ないで計画では三階建てと屋上の予定だ。
ただこれでも余り高層建築物の無い時代だ、屋上は物見台の代わりになるかもしれない。
強度に問題が無いのなら今後もう少し高い建物を作っても良いかもしれない。
「お祐殿を守る兵に不安はないがこの城自体をしっかりさせた方が良いと思ってかねてより考えていた改築を行っている」
なんとも色のない贈り物だが、敵前の城に預けられた彼女の身の安全の為だ。もし彼女に何かあったら井伊直盛のおっさんから地味に命を狙われそうだしなによりこんな美人さんに死なれたらそれこそ夢見が悪い。
とはいえ彼らからしたらよくわからない事をしている俺達に不審の目を向ける気持ちもわからなくはない。俺は彼女達にコンクリートブロックの有用性、特に油を染み込ませた火矢やら単純な燃焼実験をして悪くない感触を貰った。
それから三週間、新生那古野城は大体カタチになってきた。
コンクリートを土台とし、ブロックを積んで出来たそのカタチ。
ブロックの成形は案外しっかり均一な大きさになっており事前にやった計画に狂いはなさそうだった。積み上げた感じも悪くはなかった、悪くないどころか驚くほどしっかり真四角になった。
これはびっくりのビフォーアフターだ…我ながら四角いだけの見事な豆腐のような……
コンクリートの灰色の…立方体…そう…それはまるで巨大な胡麻豆腐のような威容…そんな異様を作り上げてしまった…
胡麻豆腐城には適度に採光用の窓が開いており、これがまた「ハーイ」と挨拶でもしそうな異形である。俺は心の中で頭を抱えた、これはなんとか…言い訳を…
「まぁ…まるで立派な胡麻豆腐のような…」
ああだめだ…言い訳が思いつくのが遅かったようだ…お祐殿に気付かれた……
「私お寺にいた頃、胡麻豆腐が出てくる日がとても楽しみでしたわ!」
何処かウキウキしているお祐殿、このウキウキ感に直盛のおっさんの血を感じさせる。そして謎の心の琴線に触れたのかお気に召して頂けたようだ。
俺はこの異形の建物に顔を顰めた者もいたが「お祐さまが良いならいいか…」兵にはそんな雰囲気が伝播していた。
三階建てとなった胡麻豆腐城の屋上は物見台というには広いスペースになっていた。俺は此処に投石機を置いて堀の周りの敵に嫌がらせをしたいと考えている。
本当は屋上から狙撃したいが銃はない、ブツも火薬も高いしなにより兵がいない。
だがふとこの時代で投石機を見た事が無い事に気が付いた。
てこの原理を使った大型の物でもいいが、大きな弓に大きな匙をつがえて匙に石を置いて発射してもいい。ヨーロッパとかでは攻城兵器だった気がするがこの時代では見かけた覚えがなかった。
「秀さんや、投石機って無いのか?」
「石を投げるのか?手で投げるじゃダメか?」
秀さんに話をするとそんな答えが返ってきた。どうやら認識に齟齬があるようだ。
「いや、投石機。大量の石つぶてを降らせたり大きな石を投げて城を破壊したるするような兵器」
「そんなモンどうやって運ぶんじゃ…」
この戦国時代街道はお世辞にも整備されているとはいえない。そして山坂と川も多く橋は頼りない。もし馬で何かを運ぶにしても兵糧でも運ばせた方が良さそうだ。
「城を破壊したいのなら火矢でも射かければ良いんじゃないか?」
「そんな重い物を運ぶのは手間じゃし城によっては投石しても届かない事もあろ、よしんば届いたとしてもお返しとばかりに上からその石を投げられてはたまらんじゃろ?」
「なるほど…」
日本で投石機が流行らなかった理由か…
「じゃあ城に投石機を設置しないのか?」
「うーん…まぁ石自体は普通に使われるが塀を登ってきた連中に落とすくらいじゃろ…投石機に使うほど潤沢に城に石なんぞ運び入れるより他に入れる物が山ほどあろう」
特に山城に運び入れるのは重機でもなければそれだけで重労働だな…石よりも兵糧や薪も運び入れないといけないし、そもそも城の限られたスペースには兵も入るんだよな。
ただこの那古野の平城の雄々しい豆腐城の屋上なら投石機を設置しても悪くない気がする。
「しかし広い物見台じゃの、鉄砲でもあれば並べて撃たせてみたいわ」
銃か…そもそも俺は銃を持っていないので他の方法を考たが今後は銃の運用も考えた方が良いのだろうか?
俺にはいまいち銃の良さが分からない。信長が天下を取れたのは鉄砲の運用だとか戦国時代これからは銃の時代だとか言われていたと思うが、弓の方がコストが安い上に人相手で考えるならば毒でも塗った方が良いように思う。火矢にすれば木造の家屋にダメージも期待出来る。それに弓矢は銃と違い火薬を使用しないのでギリギリ雨の日でも運用可能だ。まぁ飛距離も命中率もガタ落ちだが。
鉄砲の弾込めは一分程度時間もかかる。
北畠の殿様から聞いた武勇譚では鍛えた弓兵なら一分に五射は射れるとの事だ。
無論この時代は農民兵が多いから弓をそこまで鍛えるには相当な才能とコストがかかるだろう、ただ鉄砲兵だってコストはバカみたいにかかる。
否定的な事ばかり考えたが、新しい技術は出来るだけ早く研究して良い所を熟知し多めに揃え運用しないといけない。そもそも俺が良さを分かってないだけで歴史は明確に鉄砲は大正義だと結論を出している。
金なら今はわりとある。富くじも競馬も鯨も案外悪くない収入になっている。みかじめ料は方々に払ってはいるが、それでも良い稼ぎになっている。そろそろ軍備を増強も考えないといけないが如何せん伝手が無いし兵がいない。
どっかにゴルゴみたいな奴いないもんかね?
「しかしこの灰色はさすがに見栄えが悪いの」
そんな事を考えていると秀さんは色に文句をつけてきた、胡麻豆腐城はよくないらしい。まぁ正直灰色でみすぼらしい、一応女性へのプレゼント代わりだ、後で漆喰を塗って少しでも見栄えを良くしようと心に決めた。
「そうだお祐殿、一つお願いがある」
「なんでございましょうか?」
お祐殿の言葉の端には機嫌が良さそうな雰囲気が滲んでいた。目元も心なしか柔らかい。この機嫌良さそうなタイミングでついでにお願いをしておこう。
「俺の子にこの城を見せてやりたい」
その発言の瞬間、お祐殿の瞳が一転して汚物を見る目になった。
「…どういう事でございましょうか?」
…何か言葉を間違っただろうか?視線も痛いが何故か言葉にも棘がある気がする。
「義理の息子でこの城の先の城主である織田弾正殿の子を俺が預かっている」
彼女の汚物を見る目は少し和らいだが、その瞳にはまだ俺への不信、猜疑心が強いのが見て取れた。そういう目で俺を見られると他の兵からの視線も厳しくなるのでご勘弁願いたいものだ。
「尾張守の斯波義銀公はその弾正殿の子にこの城を継いで欲しいとのお気持ちらしいのだが…まぁその、正直な所此処は実質お祐殿の城だ。亡き本当の父親の城を見させてやって欲しくてな」
信清は昨年居城の犬山城から南下し、楽田城を落としてノリノリついでに此処那古野にまで攻めてくるかもしれない。
城を破壊されてしまったら奇妙丸に亡き父の城を見せる事は叶わなくなる。だからできればそうなる前に見せてやりたい…灰燼に帰さないように城を改築したハズなのだがどうしてこんな…胡麻豆腐城に…もう元の屋敷の面影は一切無い、後の祭りだ。今更ながら本当にうしおくんに申し訳なくなってきた。
だがそんな俺の心の内とは裏腹にお祐殿からは有難い言葉が返ってきた。
「お優しいのですね」
そういったお祐殿の顔には今まで見た事のない柔らかな笑みがあった。




