5話 あなた は だあれ?
報道に出ていた家の近くまできた。
遠目からでもその状態が見える。
所々が欠けている家。
もう大分失色症は進行していた。
多分、今日のうちにその姿が消えるんではないだろうか。
警察が俺に気付いて注意した。
無視して、来た道を戻ると、隙間を見つけた。
大人では難しいが、子供…小学生未満の子なら、簡単に通り抜けられそうな隙間があった。
警察の元に行き、話しかけた。
「おい、近くで子どもを見なかったのか?」
「行方不明の子を探しているのか?君、何か知っているのか!?」
「知らない。見てないのならいい。」
「あ、ちょっと!!」
警察が呼び止める声を無視して俺はあそこに帰った。
「おい、イロ!出て来い!」
部屋中に聞こえるように叫んだ。
「聞きたいことがある!」
少し時間を置いて、プルルルルと電話が鳴った。
それを取り、耳に当てると声が聞こえてきた。
『何かな、聞きたいことって。』
「もう知ってるんだろ?失色症の家のことだ。」
『知ってるよ。それで?』
「ニュースでやってた迷子の話、関係してるんじゃないのか?」
『どうして、それを聞くの?』
「さっきその場所を見てきた。その時に子どもが通れそうな隙間を見つけた。警察の奴らは気付いてなかった。子どもはそこを通ったんだろ?」
『へー、外に出たんだ。』
「いいから、答えろ!」
こいつの態度はイライラする。初めて会った時から慣れることはなかった。
『どうして、そんなに気が立ってるの?君には関係ないことでしょ?』
「俺の、街のことだろ。」
『いいや、君は街を捨てるんだろ?今更怯えてもダメだよ?』
「怯えてなんか…ただ失色症について説明してないことがあるだろ?」
『まぁ、教えてもいいか。そう、あの家に行った子どもは失色に触れて消えたよ。これでいい?』
「な!なぜ黙ってた!そんなことを俺は…」
『君が求めたことだ。イロと契約した時に言っていたはずだよ。イロはそれのやり方を教えた。君がそれを使った。世界の症状は君の願いの副作用だ。どうしようもない。』
「俺は……俺は………」
『後悔してるのかい?でも、イロは言ったはずだ。これは世界に影響を与える力。世界の色を塗り替えるための前座。大丈夫。君の計画はうまく行くよ。』
「………ああ、分かった。」
『じゃあ、もういいかな?イロは忙しいんだー。」
「お前、俺を観てるんじゃないのか、何処にいるんだ。」
『観てるよー。でも、今は他にも気になることがあってねー。失色が終わる頃には君の元に行くよー。』
「…他に隠してることはないのか?」
『隠したつもりはないよ。必要ないと思ったことは言ってないかもしれないけど。じゃあね。」
電話は突然切れた。いつからなっていたのかツーという番号入力の時の音が鳴っていた。
俺は受話器を戻して、ソファに座った。
テレビでは、迷子の捜索はまだ進展がないとアナウンサーが言っていた。それを聞いても心は痛まなくなった。
今日は日記が捲られなかった。
ー
よし、今日も続けて書こうとしてる。
俺は成長してるんだ。
よしよし、このまま一ヶ月…いや、一年だって続けてやる。来年読み返すのが楽しみだ。
と、今日は何を書こうか。
そうだ、女の子にあったんだ。
迷子の女の子を助けた。
無事にご両親の元まで届けることができたんだぞ。
女の子とご両親の嬉しそうな泣き顔を見て、こっちも嬉しかった。いいことすると1日頑張れる気がするよな。
未来のお前はいいこと出来てるか?
もし、気持ちが沈んだ時は隣に貼った絵を見てくれ。
女の子が描いてくれた絵だよ。
よく描けてるよな、この真ん中のが俺なんだぜ?
隣の女の人が女の子らしい。キスしている絵なんだってさ。
大きくなったら俺と結婚してくれるって言ってたよ。
その頃には忘れてしまってると思うが、お前は忘れるなよ?この先ずっと宝物として取っておいてほしい。
人助けっていいよな?
*
俺たちは今、霧の中。歩いていた。
霧はとても濃かった。周りがほとんど見えない。
念のために手を繋いでいてよかった。
霧に入る前に、俺たちは手を繋ぐことにした。
俺はめいちゃんの右手を、明ちゃんはめいちゃんの左手とシロのリードを持っている。
並びとしてはこう。
俺、めいちゃん、明ちゃん、シロ。
隣のめいちゃんの手から先が霞んで見えるくらい霧が濃い。明ちゃんより先は、ほぼ見えてない。
「こんなとこを君は一人で歩いてきたの?」
「うん。でも、こんなにみえなくなかったよ?」
「………、…………、………。」
「え?明ちゃんなんて言った?」
「これ!まっすぐ!進んでるんですか!?」
「あ、聞こえた。多分!進んでると!思う…?」
声が遠かった。大声でやっと聞こえた。あれ?めいちゃんが間にいるだけなのに、10メートルくらい距離を感じる。
あれれ?おっかしいぞー?そんなこと言っても原因など解明しないが。
てか、ほんとにまっすぐ進んでるのか?でも、壁にぶつかったりしてないってことは真っ直ぐなんだろう。そう思おう。
めいちゃんに聞いた。
「めいちゃん、お姉ちゃんの手はちゃんと握ってるかい?」
「うん。シロちゃんの声も聞こえるよ!」
「そ、そうか。」
シロ、鳴いてたの?全然聞こえなかったんだけど。
通行人がいなかったり、すっごい濃い霧があったり、なんなのこの街…。いつから俺は変な街の住人になったんだ?
「巴さん!聞こえますか!?」
「な、何!?」
「シロが、走り出そうとしてるんです!リードを引っ張ってて!!」
「何してんだシロ!逸れるだろうが!!」
「凄い勢いなんです!とりあえずシロが進んでる方向に行ってみませんか!?」
「しょうがない!シロについて行こう!明ちゃんは俺たちを引っ張ってくれ!めいちゃん、お姉ちゃんが引っ張る方向について行くんだ。手を離さないでね?」
「うん、分かった!」
この霧で逸れたら、また会うまでにどれだけ時間がかかることやら、昨日の缶探しと同じくらいかかりそうだ。
シロが向かう方に何があるか分からないがこの霧を出られたなら、あいつを褒めてやろう。
めいちゃんの手が俺を引っ張った。そっちへ歩いて行く。
歩いていると段々と、めいちゃんや明ちゃんの姿が鮮明になっていき、シロの後ろ姿が見えた。
シロの向かう方には霧が晴れた場所が見える。
でかした、シロ!
俺たちはその方向を目指した。
ようやく、霧が晴れる。
「でたー!もうシロちゃんと一緒になってもいい?」
「いいですよ。」
「シロちゃーん!」
「わふ、わん!」
めいちゃんがシロに抱きついた!早速なでなでしている。
「シロちゃんえらいねー。」
「わふ、わふー。」
気持ちよさそうに鳴く犬公。
微笑ましい光景だが、俺と明ちゃんは他に視線を移した。
「家ですね。」
「家だね。」
知らない家が目の前に建っていた。周りを見れば他にも家があるように見えるが、なんかぼやけてる。まるで周りだけ絵で描かれているかのように見える。その家だけがはっきりと実体を持っているような…
振り向いてさっきの道を見たが、霧はほとんどなかった。
ただ、果てしなく道が続いているように見える。
「あ、今窓に何か映りましたよ。」
「え?どの窓?」
明ちゃんの声に振り返って家を見た。
二階建てのお宅で、一階と二階にそれぞれ大きな窓と小窓が複数ある。明ちゃんはどこのことを言ったんだ?
「二階の小窓の方です。」
「何も見えないけど?」
「何かが動いて消えたということですかね。」
「誰かがいるってこと?」
「はい。」
そういえば、めいちゃんの家ではないのだろうか。透明ってどこのことだ?
「めいちゃんの家はここ?」
「ちがうよー。」
「透明ってどこにあるの?」
めいちゃんは左右を見渡して、後ろも振り返った。
そして向き直って、目の前の家を見る。
「どこだろう?」
「あれ、君が来た方向とは、違う場所に出たのか?」
「わかんない。」
「おいシロ、お前のせいで迷子が二人増えたじゃないか!」
「シロも入れて二人と一匹ですね。それに巴さん大人じゃなかったんですか?」
「茶々いれないで。シロについてきてこうなったんだから!」
「わん!」
「なんだお前、それはどういう意味の《わん》なんだよ?」
「巴さん、見てください。」
「何?」
明ちゃんが指す方を見た。
家の玄関扉が少し開いていた。
隙間から誰かが見ている。
その人物は視線に気づくと扉を閉めた。
「あ!すいません!ちょっとお聞きしたいことがあるんです!」
俺は玄関に駆け寄った。扉の向こうの人物に尋ねる。
「この女の子なんですけど、迷子みたいでして、見たことはありませんか?」
「……」
扉がゆっくりと開いた。中から顔を出したのは桃色の髪をした男の子だった。それもかなり幼い。めいちゃんと同じくらいじゃないのか?
「あ、子どもだったのか。君、お家の人は居ないかな?」
俺はしゃがんで男の子に尋ねた。男の子は首を横に振る。
「だれもいないよ。ぼくひとりだけ。」
マジか。こんな幼い子ども一人だけ残して何処かに行く親の精神が分からない。連れて行けないなら、託児所なりに預けることは考えないのだろうか。
「本当にあなた、一人だけなんですか?」
「うん。ぼくひとりだけです。」
横から明ちゃんが聞くが、男の子の返事は変わらない。嘘をついているように見えない。
「どうしましょうか。この子の親がどこにいるのか分かりませんし、ここに一人で居させるのは…良いんでしょうか?」
「どうだろう…」
「めいちゃん!」
「「え?」」
男の子はめいちゃんの姿を見ると駆け寄っていった。
シロと一緒にいためいちゃんも、呼ばれた方を見る。
男の子はめいちゃんを抱きしめた。
「めいちゃん!めいちゃん、めいちゃん!」
何度も名前を呼んでいる。男の子は涙を流していた。
「あいたかった。あいたかったよー、めいちゃぁぁん!」
「はなしてー!」
泣き喚く少年。離そうとするめいちゃん。シロはふんふんと二人の匂いを嗅いでいる。
何この状況?
「知り合いだったんでしょうか?」
「いや、でも……」
明ちゃんがそんなことを聞いてきたが、俺は何となく違和感を感じた。めいちゃんの様子が変だ。
「あなたはだあれ?」
「え?」
男の子は抱き締めるのをやめて、めいちゃんの顔を見た。
まじまじと見て、ほっぺをグニグニする。
「や、やめへよ!」
「めいちゃんじゃないの?」
「わたしのなまえは、めいだよ。でもあんたなんかしらないもん!」
「やっぱりめいちゃんだ!」
再び抱き締める男の子。「やめてー!」とめいちゃんは引き剥がそうとするが剥がれなかった。俺たちは二人に駆け寄る。
「君はめいちゃんのことを知ってるの?」
「うん、ぼくたち、ともだちなんだよ!」
「わたし、しらない!あんたのことなんか。」
「お名前は何ていうんですか?」
明ちゃんが聞く。男の子が名乗る。
「ぼくは、ももやま かいとっていいます。5さいです。よろしくおねがいします。」
明ちゃんに向かってお辞儀をした。なんて礼儀正しいんだと思ったら、俺にはお辞儀をしなかった。
「おねえさんは、なんていうおなまえですか?」
「御見透明と言います。こちらこそよろしくお願いします。」
「あきらさんですか、すてきなおなまえですね。」
何だこの子。女たらし感がすごいするぞ。今も明ちゃんの手の甲にチッスしたぞ。最近の子供、おませ過ぎじゃない?大人達は何を教えているの?
「あ、ありがとうございます。」
明ちゃん?何赤くなってるの?相手は5歳だよ?もしかして君、ちょろいの?こういうことに。
「椋梨巴だ。」
「へー。ところであきらさんがめいちゃんをつれてきてくれたんですか?」
「はなしてー!」
男の子は、めいちゃんの手を繋いだまま一連の行動をしていた。てか、今気づいたけど、この子、俺に対して敬語使ってなくない?
「めいちゃんは迷子なんだ。家に連れて行ってあげたいんだけど、君めいちゃんの家知ってる?」
「しってるよ。」
やっぱりこの子、俺に対して敬語使わないのな。子供らしくていいけど…。
「何処にあるか、教えてもらえますか?」
「はい、ここです。」
かいとくんは目の前の家を指した。
それは、かいとくんが出てきた家。
めいちゃんが知らないと言った家だった。
「ここが、めいちゃんの家?」
「うん。」
「かいとくんの家じゃないの?」
「ちがうよ。」
「めいちゃん、あなたの家はここですか?」
「しらないもん。」
「めいちゃん、わすれちゃったの?」
「わすれてない!でもしらないもん!」
「わふ…」
シロをギューと抱きしめ抗議するめいちゃん。嘘ではなさそう。でも、どちらかが嘘をついてることになるんだけど…
「ぼくのこともわすれちゃったの!?ひどいよ、めいちゃん!」
「しらないの!あんたなんてしらない!」
「ぼくはしってるもん!なかしまめいちゃんでしょ!」
「しーらーなーいーのー!!」
喧嘩が始まった。知ってる知らないの言い合いだけではあるが、なんか既視感。
明ちゃんが二人を止めた。
「喧嘩はやめましょう。本当にここがめいちゃんの家なんですか?」
「そうです。しょうこもあります。」
「証拠?」
「いえに、はいってください。」
「えー?またこの感じ?」
なんか、話が進むたびに誰かの家にお邪魔してる気がする。透明な場所探しは?
「それは後です。今はめいちゃんの家探しでしょう?」
「そうなんだけど…」
「いいから、入りますよ。」
「めいちゃん、入るってー?」
「わたしいかない!おそとでシロちゃんと、まってる!」
「えぇ…。」
「シロ、絶対に何処かに行っちゃダメよ?分かった?」
「わん!」
子どもから、目を離してもいいんだろうか。なんか嫌な予感するな。
「俺も一緒に残るよ。めいちゃんとシロと待ってる。」
「そうですか。まぁ、私だけでも見てくればいいでしょうね。行きましょうか、かいとくん。」
「はい。」
明ちゃんと、かいとくんが家の中に入っていった。
めいちゃんは本当に入らないつもりなのだろう、石段に座ってシロを撫でている。
俺はめいちゃんに話しかけた。
「本当にめいちゃんの家じゃないの?」
「ちがうっていってるよ!」
「ご、ごめん。でも、かいとくんは嘘ついてなさそうだったよ?」
「おにいちゃんは、わたしが、うそついてるって、いうの?」
「いや、そう言いたいわけじゃ…でもどっちかが間違えてるんじゃないのかなぁ。」
「わたしは、あんなやつしらないよ!」
「わふ…?」
めいちゃんはシロを抱きしめた。シロがめいちゃんの顔を伺っている。でも、俺はめいちゃんの顔を見ずに話し続けた。
「そうか、じゃあ、俺はめいちゃんのことを信じるよ。先に会ったのはめいちゃんだしな。知らないことなんてたくさんあるよなぁ。」
「どういうこと?」
「さあ?知らないから疑うのはなんか変だなって思ったんだ。」
「わかんない。」
「俺も言っててよく分かんないな。…めいちゃんはお母さんの顔を覚えてるか?」
「うん。」
「じゃあ、お父さんは?」
「おぼえてるよ。」
「じゃあ、かいとくんは?」
「しらない。」
「さっき会ったのに、まだ知らないのか?」
「なにいってるの?」
「俺のことは?明ちゃんやシロのことは?」
「おにいちゃん、どうしちゃったの?」
「俺たちは今日出会ったけど、それなりに知ったんじゃないかな?」
「……」
「じゃあ、かいとくんとも仲良くできるんじゃないか?」
「かいとくんはあのこじゃないもん!」
「え?」
「わたしがしってるかいとくんじゃないもん!」
「何言ってるの?」
めいちゃんは泣き出しそうだった。
「わたしのおうちは、しらないおうちに、なってたの!」
どういうこと?
ー
《失色症に触れて消えたよ》
《世界の色を塗り替える前座。》
イロの言葉。俺の感情を責め立てる言葉。
《俺の世界は俺が変える。》
俺の決意。
20や30の建物が消えるのはまだ序の口だ。これから世界の色がどんどん消えていく。それは生き物も同様に。
子供が消えたのは一部が前倒しになっただけ。
いずれそうなることだった。
そして、塗り替えるんだ。
全ては、あいつのために…
読んでいただきありがとうございます。




