3話 御見透 明 の 家族
窓を閉めろ。
言っても窓は閉まらない。
テレビをつけろ。
やはりテレビはつかない。
イライラして机を蹴ろうとする。
机はびくともしなかった。
舌打ちし、立ち上がって洗面所に向かう。
冷たい水を顔面で浴びる。
はぁーとため息が出た。
水がドバドバと溜まっていく。それをじっと見つめていたら勝手に止まった。そして、排水溝に流れていく水。しかし、水は完全に流れ切らなかった。
《日記を見ろ》
残った水が文字を作っていた。
「うるせぇ」
水は勝手に流れて消えた。
ドンドンと床に穴を開けるぐらい踏み鳴らして洗面所をでていく。
ソファに座り直して、目を瞑る。
どんどんとお返しのように何かが鳴った。
ー
2日目の日記、後半。
いや、特に書くことねぇな。
あ、今日懐かしいもん見つけた!
あいつと一緒に飲んだ、 だよ。
今でも、捨てられずにいる。
まったく、女々しい奴だよな俺。
いつかは、捨てなきゃだめだよなぁ。
なぁ、未来の俺よ、お前は捨てることができたのか?
*
夜6時。
「ねぇ、明ちゃん?」
「ふぁい?なんれふか?」
「ちょっと明!お行儀が悪いでしょ!」
口に含みながら喋る。確かにそれはお行儀が良くない。
でも、それを人に言う資格は俺にない。
そして、それが言いたかったんじゃない。
「いやー、いい食いっぷりじゃないか。それだけ美穂さんの料理が美味しいという意味だろうね」
「もう、秀人さんったら。おかわりありますよ。ついでおきますね!」
「え!?あ、ありがとう美穂さん…」
若々しいお母さんの美穂さんと爽やかなお父さんの秀人さん
この二人は俺の両親じゃない。明ちゃんの両親である。
まるで付き合いたての夫婦のように仲睦まじい姿を見せられているこの状況…。
「はふはふ……わん!」
「あらシローよく食べたわねー。偉いわよー。よしよし」
わしゃわしゃと撫でられる犬公は期待の目を美穂さんに向けている。そして前足は餌入れに。時折気持ちよさそうに舌が出たり、尻尾が揺れたりするが、視線と前足は離さなかった。
わっしゃわっしゃと撫でる範囲が広くなった。
シロはとうとう気持ち良さに負け、目を瞑り床に転ぼうとする。
「はい、おしまい。あっち行ってていいわよー」
「わふぅ…わん!?」
撫で終わった美穂さんは空いた皿を台所に持っていく。犬の餌入れ(室内用)も一緒に。
シロは泣いていた。なんか既視感。
それよりも…
「ふう、ご馳走様です」
「あら、おかわりあるけどいいの?」
「はい、食べ過ぎたくらいです」
「そう。巴くんはおかわりどうする?」
「あ、僕もお腹いっぱいで…」
「そうなの?最近の子は食が細いのねー。私たちの頃とは大違い。ね、秀人さん?」
「ふっふっひー、な、何かな美穂さん…?」
「秀人さんなんか、昔は今の倍食べてたんだから。ねぇ?」
「うっぷ…な、何かな美穂さん?」
「それ以上食べさせようとするとお父さん吐きますよ」
「そうなの秀人さん…?」
母親は父親を悲しそうに見つめ、娘は父を悲しいもののように見ている。両者の見方は似て非なるものなり。
父親は二人の視線を見ることはなくあさっての方向を見ている。
「では、私は部屋に戻ります」
「そう、お風呂が沸いたら降りてらっしゃい」
「分かりました」
「巴さん、行きますよ」
「え!あ、ご馳走様でした!」
「はい、お粗末さまでしたー」
洗い物しながらなのにちゃんと顔を見て挨拶してくれた。優しい奥さんだ。
「…何かな、美穂…」
「はい、お粗末さま」
…旦那さんの意味不明な言葉を理解している。よくできた奥さんだ。
「シロー?上に上がるよー」
「わん?」
ダッシュ!言われる前まで床に伏せていた犬公が、飼い主の声に瞬時に反応し、迅速な足運びで明ちゃんの足元にくっついた。
明ちゃんはシロの巨体を掴む。
「せーの!」
ふぎぎと言いながら、シロを持ち上げた。しかし、完全に持ち上がらずに足が床についている。いや、これ腹までついてない?
「よいしょ!よいしょ!」
階段を引きずって進んでる。段差のたびに腹を擦ってぶつけていると思うが、お前はそれでいいのかシロよ!
「何してるんですか?早く上がってきてください」
明ちゃんは階段の踊り場みたいな所で振り返って言った。その時、シロの顔が見えたのだが…かなり辛そうだった。
「う、うん…。今行くよ」
楽をするのにも苦労がある。何かの神髄を見た気がする。
「ど、どうぞ」
「お邪魔、してます?」
部屋にお邪魔するのか家にお邪魔してるのか分からんくなった。
それより、2人の疲れ具合が気になる。
残りの半分は一段ごとに休憩しながら登っていった。2人ともどんどん呼吸が荒くなっていくし、明ちゃんなんか、そんな声出せるの!?って感じだった。
シロは…廊下で死んでる。いや、尻尾は微妙に動いてるな。よかった生きてた。
女の子の部屋に入るのなんていつぶりだろう。いや、入ったことがあったか?そんなの覚えてないね。
部屋は綺麗だった。勉強机とベッド、読書家なのか大きい本棚が四つ並んでいて、中には沢山の本が並んでいた。
色合いは茶色や緑、オレンジが多いかな?男が考える『ザッ女の子の部屋』という感じは全くしないけど、可愛いと言えば可愛い、古風で落ち着いた雰囲気の部屋だった。
そして、その部屋には一番良いものが目の前にあった。
「コタツあるの羨ましい!」
「あ、今電源入れますね。入ってどうぞ」
「遠慮なく、失礼します」
明ちゃんの家は全体的に暖かいんだけど、コタツは魔性のアイテム。見れば誰もが吸い込まれてしまうパンドラの箱。
「なんか良いね。落ち着く」
「女の子の部屋で落ち着くのはどうなんでしょう?まあ褒め言葉として受け取っておきます」
「どうでした?」
「何が?」
主語がない会話には基本弱い男、それが椋梨巴である。主語を下さい。
「お父さんとお母さんです」
「あー!」
主語がわかった!これで会話になる!の前に食事中ずっと言いたいことがあったのを思い出した。
「すっげぇ待たされた!!なんで家族の食卓の中に俺加わっちゃってんの!?」
「うるさいですよー巴さんー」
「てかそもそも、君帰り道で(2話終わりのこと)2人しか会った人居ないって言ったのに他にも会った人いたんじゃないか!!!」
「2人でしたよ、朝お会いというか、挨拶とご飯を一緒にしました。我が家は母娘の仲がいいのです!」
「です!じゃねぇぇ!!その2人は両親だったんじゃねぇか!直前の2人って俺と店員のことだと思ったじゃねぇぇかあ!」
今の明ちゃんの言い方、父親ハブられてなかった?テンションに差ができるから突っ込まなかったけど。
「おお、口が悪くなりましたね。おこですか?怒えさんですねー」
「すっげぇシリアスだったからさ!信じちゃったんだよこっちは。神隠し的な、謎展開に巻き込まれて無理やりに謎を解き明かさないと元の世界に戻れないとかって…」
「そんな作品、昔からありにあり過ぎてます。私オリジナリティがある方が好きです。それに、最近はひねりのあるものが人気なんですよ。不可思議現象に溶け込んで雰囲気を楽しみたいじゃないですかー」
カチーン。この娘性格ひねくれてるわ。可愛いと言ったの取り消す。全然可愛くないわ。
あと一番腹立つのは、雰囲気に流されちゃった俺自身!何最後の《明ちゃんのセリフは奇天烈に聞こえて、現実を正しく表していた。》だよ!!
奇天烈なだけだよ!現実を見てなかったんだよ!かっこつけていってんじゃねぇよぉぉ!!!
そのあと言ったセリフもすっごく恥ずかしく思えてきた!
きゃー!変なテンションだったんだよー。地球滅亡最終回前の雰囲気を想像してたんだよー!恥ずかしい恥ずかしい!
天を仰いだ。なぜ神はあの時の俺を止めてくれなかったのかと。
暗黒時代は卒業したはずだと!
黒歴史はなぜ新たに紡がれたのかと!
「そろそろ落ち着いてください。話を戻しますから」
「今はそれどころじゃ…」
その時、カリカリとドアから音が鳴った。
「あ、忘れてましたね。あなたも要りますよー」
明ちゃんはこたつから這い出て、ドアに向かう。
ドアを開ける明ちゃんの向こうにいたのはシロだった。あ、廊下に放置したまんまだった。
シロはのっそのっそと進んできて、明ちゃんが座っていた側のこたつ布団に寝転んだ。
「シロ、少しそっち寄って」
「わふぅ」ごろん。
「あ、温いー」
また明ちゃんはこたつにべったりになった。コタツに頬をつけ、だらけきっている。なかなか話を戻そうとしない。焦れた。
「それで、何の話してくれるの?」
「もちろん巴さんが待っている、ソレのことですよ」
ソレとはここに来る前に明ちゃんに偶然見つかってしまったもの…透明缶のことである。
「見せてください。ここなら、落としても探す範囲は狭いですから」
その節はどうもご迷惑をおかけしまして、申し訳…いや、最後はあいこになったんだった。
俺はポケットに入れていた、包みを出した。
包みをこたつの上に置き、結び目を…解こうと…あれ?
「強く結びすぎましたね。落とされた時、イラッとしましたので」
その話はしない方向でいこう。なんか、あいこになった気がしなくなるから。
「これ切っちゃダメですか?」
「いや、俺は良いんだけど…これ、おじさんの勝手に使ってるんだよな」
「もう汚しちゃってますけど、人のものなら扱いも慎重に、ですね…」
結び目が俺がやった時のよりちっちゃいんだよな。俺は横向きで包んでたはずなんだけど、これ縦向きになってるし。
明ちゃん器用なんだなぁ。飼い主は…言うのはやめよう。
はぁ、爪をねじ込んで結び目を緩める。少しずつ変化している気がする。爪痛い。もうちょっと…。解けた。
何度も結ばれて、しわくちゃになった手ぬぐい。
これ返したらおじさん怒るかなぁ。
解けたところをめくると泥が出てきた。
訂正、泥に塗れた透明缶だ。
「やっぱり、隅々まで透明なんですね」
今これが見えてるのは泥のおかげ。無ければ、一瞬で視界から消えてしまう。
「絶対これ…キーアイテムですよ!」
「そうかな…」
「ゲームやお話の定番ですよ。誰も見たことないものを主人公が偶然見つけて、後々重要なものだと判明するんです!こんなの誰も見たことないですよ!」
「まず、見えないからね。あと、この世界を物語と一緒にするのはちょっと…」
「なんですか?巴さんもノリノリだったじゃないですか。細菌とか引きこもりとかの話をしたでしょ?」
「あの時は…君に合わせてあげたんだよ。年上だからね」
「へぇー。そうですかー」
「なに、その不審な目」
明ちゃんは何も言わない。
「はいはい、話には自分から乗りました。それで、このキーアイテムは何を開くためのものなの?」
「私が知るわけないですよ。ただヒントが何処かにあったらと…」
「そのヒントは見えるもの?見えないもの?」
「ネチネチしてますね。ネチエさんに変わったんですか?」
「その、人の名前で遊ぶのやめない?こんがらがるから」
「やめえさんですね。…今のは無しにします。語呂が悪すぎですね」
「無理矢理だったからね」
「では、無理えさんとしましょう。さっきよりマシになりました」
「もういいや、存分に遊んでくれ」
「遊びさんですね」
「原型残ってないじゃないか!」
「………」
「暇ですね…」
「突然黙ったと思ったら!!」
「何ですか?」
「この透明缶について考えるんじゃなかったの!?」
「もう答えは出たじゃないですか」
「え、出てたの?どんな?」
「これはどこから見ても透明です。ヒントは分かりません。これ、無理ゲーですよ」
俺でも想像できたことだった。明ちゃんは分からなくて諦めモードになったんだな。
それよりも気になったことが…
「君、ゲームやってるんだ」
「何です?やってちゃダメですか?」
「いや、部屋にゲーム機見当たらないから興味ないんだと思ってた」
この部屋にテレビや携帯ゲーム機らしきものは一つも見当たらない。広い部屋で一番面積をとっているのは本棚だった。
「あ…。今は持ってないんですよ」
「へぇ。本多いね。何冊あるの?」
「え?……100冊くらいですかね?」
おかしいな、一つの本棚だけで余裕で100冊は超えてそうに見えるんだけど。
「好きな作品ってあるの?」
「え?漫画ですか?小説?」
「何でも良いよ」
「漫画ならフェアリーウィング、小説なら、話語シリーズが好きですね」
有名な作品たちで俺も知ってる。学生時代に読んでた。
本棚を眺める。背表紙は見たことないやつばっかだった。
文芸書が多い気がする。
あれ、見つからないなぁ。
「その二つって今はもう持ってないの?」
「…無いですね」
「そっか」
その時、ドアの向こうから声がした。明ちゃんを呼んでいる。
「お母さんの声です。きっとお風呂が入ったんですね」
「あ、じゃあそろそろ帰るよ」
「じゃあ、玄関まで送ります。シロ、起きて?」
「わう?」
明ちゃんはシロを起こした。シロは起き上がり、ブルブルと体を振って、明ちゃんの方を向き準備万端。
「あんなに大変だったんだから、ここに居ても良いんだよ?」
「いえ、シロもお風呂に入れないとですから。ね、シロはお風呂入りたいよねー?」
「わうぅぅ…」
嫌そうだった。階段を降りることになることがか、風呂に入ることがか、はたまた両方か。
「お前、やっぱり痩せたほうがいいと思うぞ。頑張れ」
「ですね。ほら巴さんが応援してくれたよ?」
「うぅぅぅうう!」
シロは唸った。しかし、吠えはしなかった。自分でもそのほうがいいと思ってるんではないだろうか?いや、それは人間臭すぎるか。シロは犬だ。ダイエットなんて考えない。
と思ったら案外そうでもなさそうだ。
ドアを開けると自分から階段に向かっていた。
後ろ足から降りていくようだ。
一段一段、慎重に降りていく。
見事、中断まで降り切った。あと半分。
「頑張ってシロ!」
「わふん!」…ダン!ダダダダダ…
一瞬で姿が見えなくなった。
「シ、シロー!」
「わん」
落ちたと思って見たら、けろっとしてた。傷っぽいものもできていない。
「良く降りれたわ!偉いねーシロー!!」
明ちゃんがめちゃ褒めてた。半分落ちてたとかは言わない。言ったら、多分怒られる。
シロは勇ましい顔をしていた。「どうだ、やってやったぞ」という文字が顔に浮かんで見える。
「これからも階段昇り降り頑張れ」
「わ、ふ?」
今のは「え、マジで?」って顔だった。ついでに言うなら「一回頑張ったらいいんじゃないの?」ってのも見えるな。
「これからも見守るからねー!頑張って、シロ!」
明ちゃんからは「もう運ぶのは嫌」って言葉が見えました。シロ、頑張れ!
俺は居間にいたお二人に声をかけた。
「じゃあ、俺はそろそろ…」
「あら、巴くん帰っちゃうの?もう少しゆっくりしていても良いのよ?何なら、泊まってもいいし。」
「いえ、帰らせていただきます。お夕飯ご馳走様でした」
「何だ、もう帰るのかい?ゆっくりしていけば…」
「秀人さん、今私が言ったわ」
「そうかい?じゃあ、泊まっても…」
「言いました」
「…またおいで?」
「はい、お邪魔しました!」
二人は玄関まで見送ってくれた。
「私、外まで見送ります」
玄関を出ると、一気に冷えた。
「さっぶ!」
「へくちっ」
振り返った。鼻を擦る明ちゃん。か、かわいいくしゃみだった。
「ずび…明日」
「え?」
「明日もまた会えますか?」
鼻を赤くした明ちゃん。まるで恋愛ドラマに出てくるシーンみたいだった。
俺はそろそろ明ちゃんの性格を理解した。この顔は人を揶揄っている小悪魔顔だ。間違いない。
俺は慌てず普通に返事した。
「明日はバイト場所を見てくることにしてたんだ。明日も会ってほしかったのかい?」
「待ってればいいですか?」
「ははは、ほら、そんなわけ無いだろ?揶揄って…え?」
「ここで待ってます」
「え?本気?」
「はい。寒いのでもう入りますね。また明日」
「ま、また明日…」
見送ったのは俺の方になった。え?え?
「マジで俺、あの子に気に入られすぎじゃね?」
帰り道、頭の中は明日のことでいっぱいだった。
帰ってからも頭の中はこんがらがっていて、すぐに風呂に入って、すぐに布団に入った。
目はギンギンで、寝付けなかった。その時、気づいた。
「俺、透明缶忘れて帰ってる!?」
ー
どんどんと何かが鳴った。
何かは分からないが鳴らした奴は分かる。
アイツだ。
目を開けるとアイツが目の前にいた。
何も言わずに真後ろの日記を示している。
「俺はそれを読まない。どうせすぐに消えてなくなる」
ふふふとアイツとは違う笑い声がした。
アイツはここでは喋らない。
でも、アイツ以外に誰かがいるのはおかしい。
聞き馴染みのある声だったが思い出せない。
失色症の影響か?
「くそ、時間がかかりすぎてる。なんでだ」
苛立ちは徐々に高まっていく。
なのに、この苛立ちはどこへも発散できない。
アイツが常に俺を監視しているからだ。
それが俺とアイツの契約。
「誰かが邪魔をしてるんだろうな、どうなんだ?」
アイツは無言のまま日記を指差している。
「ち、無視かよ。いつまで黙ってるつもりだよ」
返事はない。
その時、また日記のページが捲れた。
読んでいただきありがとうございます。
2024/5/9 細かい修正




