1007-AM-5
一部抜粋
*
大きな白犬のシロちゃん。と〜っても可愛い。
美人なお姉さんだと思っていた御見透さん。本当は同級生でクラスメイトだった。
不思議なくらいに気付かなかった。失礼すぎる自分が嫌になる〜。
牡丹ちゃんとの間に誤解があったみたいで、聞いてあげたら無事解決。ここは褒められてもいい気がする。
すぐに仲良くなれて、名前呼びの許可をもらっちゃった。学校でも呼んでくれるって約束してくれたし今から楽しみだな〜。
驚くぐらいすんなりと友達になってくれたけど、私ダル絡みじゃなかったかな〜。
どうやら絶賛恋真っ最中みたいで、これは友達として援助するしかない。牡丹ちゃんも悪い顔をしているし、二人で協力出来そうだ。
面白いことになってきたぞ〜!。
ー
昔にも、声が変って言われたことがある。小学生の頃は気にならなかったけど、中学生になると意識し始めた。
私は他の子よりも声域が高い。声変わりすれば低い声も出せるようになるかと思っていた。
高校生になって、私は声を制限するようになった。極力話す時は興奮したりせず落ち着いて話すこと。決して騒がない、大人しい子になることを徹底した。
功を奏して声のことを言われることはなかった。
日 ちゃんにはそれが返って変だと言われたけど、私はこれが正解だと思っていた。たとえ楽しくなくても、楽な方が良かったから。それに日 ちゃんの前では自分らしく居られるのだから不満はなかった。
でもボロが出てしまった。同学年の憧れの存在につい話しかけてしまった。いつもなら遠くから見ているだけだったのに、その日の私は調子に乗っていたのだろう。
星座占いが一位だったから?
日 ちゃんと話して気が緩んだから?
さんが賞を取ったから?
友達になれるかもと期待してしまったからだ。
言われて気づいた。なんでこんなものをつけ続けてきたんだろう。
私はその日にそれを捨てた。声もいらない。
子供の頃から伸ばしている髪が鬱陶しい。でも顔は見られたくない。ああ嫌だ。
私は笑う練習をするようになった。
日 ちゃんに気を遣わせない、今度はそれを意識するようになった。
*
「加賀美日月」
牡丹さんが言う女生徒の名前を私は覚えていませんでした。
クラスの中で交流のある人が少ない私でもクラスメイトの顔と名前くらいは覚えているつもりです。それなのに全く浮かんできません。
まるで理由があるみたいです。というか牡丹さんの件で薄々察していました。私にも巴さんのような記憶障害のような展開があるみたいですね。
ぶっちゃけた話をしますと、鈴さんに関してもクラスメイトと言われると頭に疑問符が浮かんでしまう次第です。
私の中でハッキリとしているのは牡丹さんとあかりちゃんがクラスメイトだと言うことくらい。それ以外は自信が薄いです。
これが巴さんの感じているものなのでしょうか。思い出せないというか、忘れていると気付かされたもどかしさみたいな感覚、不愉快ですね。
その人が私にとって、巴さんでいうエビさんのような人物かは分かりませんが、思い出すことに悪い理由はないでしょう。
私は二人に特徴を尋ねました。
不登校というのも特徴ですが、不良生徒ゆえなのか、病気や精神的なものからなのか理由までは分かりません。
他人に聞くのは不謹慎かも知れませんが、まあ自分の症状克服の為には避けて通れませんし、特に口止めもされていないようで、すんなり答えてくれました。
「不良生徒って噂は聞いたことないけど、病気ではないはずよ。家に引きこもってるって聞いたわ」
「突然だったよね。結局終業式も来なかったし、年明けも来ないのかな〜」
「さあね。退学もあり得るんじゃない?」
「せっかく入学できたのに勿体無いよね〜」
「一ヶ月も来ないんだから、続ける気もないんじゃない?逃げてばっかりの弱虫女なのよ」
牡丹さんは口調が荒くなりました。それが不思議だったのか尋ね役を鈴さんに取られました。
「なんで弱虫?…そもそも誰から聞いたの?先生何も言わなかったくない?」
「本人の関係者から直接聞いたのよ。たまたま腐れ縁が繋いだ情報だったの。いらない情報だけど。思い出すと腹が立ってくるわ」
牡丹さんは本当に腹を立てているようでギュッと手を握り込んでいました。
「おお…牡丹ちゃんが荒ぶってる。そんな時はシロちゃん撫でな〜、落ち着くよ〜」
牡丹さんの様子を見かねた鈴さんが提案するとパッと牡丹さんが首を回してじっと見つめてきました。
「……いいの?」
「え、どうぞ」
「ありがと」
私たちの衝突のきっかけでしたからね、危惧してくれたのでしょう。顔を綻ばせてお礼を言うと、恐る恐るシロに手を伸ばしていました。シロもそれに気づいたのか自分から体を近寄らせています。気が利く我が愛犬、ナイスです。
鈴さんが話を再開させました。
「腐れ縁ってもしかしてさっきの負けたくない人?」
「……そうよ。日月は妹だったの」
落ち着いてはいますが、少しだけ言い淀む牡丹さん。
「へ〜。兄妹で知り合いなんだ。なんか嫉妬〜」
「何によ。姉の方は敵なだけだし、妹の方は会話も碌にしたことないわ。ただのクラスメイトよりも低い関係性よ」
「同じ教室にいてなんとも冷めて……私も同じか〜。てかお姉ちゃんなのね」
私も少し驚きました。相手は女性だったんですね。しかし、会話もない相手をここまで嫌うのは何故なのでしょう。
「日月さんとは仲が良くないのですね」
「その言い方は、姉とは仲がいいみたいに捉えれそうで嫌ね。私とアイツはあくまでも敵同士。良くてライバルなの。仲良しこよしなんて求めてないわ。……友達ではないもの」
頬を赤らめた牡丹さんを見て鈴さんが嬉しそうに弄りました。
「おお〜急なデレだ〜。嬉しそうで何よりだよ〜」
「う、うるさいわよ。別に嬉しいわけでは…その……ふん!」
恥ずかしがったり、照れたりと女の子らしい姿を見せる牡丹さん、鈴さんはその様子を端的に言い表せていました。
「牡丹ちゃんも大概あざといよ?」
「ですね」
「どこがよ!」
これが友達ですか。なんだか懐かしい感覚と新鮮な気持ちが混同しているような不思議な状況です。心地よさに戸惑っている自分がなんだか笑えました。
先ほどから牡丹さんに撫でられまくっていたシロが、突然立ち上がり、牡丹さんの手をするりと躱しました。
「あ、モフモフ」と可愛い声が聞こえたのも無視して、シロはエビさん達が座る席の方に向かったようです。
うっすら会話が聞こえてきました。
「お、なんだ〜犬。遊んで欲しいのか?」
「………」
エビさんの問いかけには反応を示さず、どうやらお目当ては藍さんの方のようです。
「「………」」
お互い声を掛け合うことはなく、無言で見つめ合っていました。なんだか様子が変です。
「シンジくん、私トイレ行ってくるね」
「おう。ほれー犬、美味そうだろ…っておい無視かよ」
藍さんが席を立つと、シロもこちらに戻ってきました。お菓子で釣れず、一人取り残されたエビさんが少しかわいそうでした。
「ん?まーたこれが気になるのかい、ちみは〜」
「ふわっふ」
歩み寄ってくるシロに気付き、ゴムをつけた方の腕を隠し代わりに撫でる手を伸ばした鈴さん。それをスルーしてシロは牡丹さんの方に向かいました。
「あれ?」
「な、何よモフモフ」
「ふっふ」
牡丹さんのスカートの匂いを嗅いで背中を撫でられています。
満足したのか牡丹さんから離れたシロは私の足元にやってきて、寝転びました。
「どうしたんですか、シロ」
「わん?」
「変な子ですね」
首を傾げ「どうかした?」と言う顔を作るシロ。
誤魔化されているような、純粋に間が抜けているような…全く不思議な子です。
私はエビさんの方に視線を戻すと、彼は特に気にした様子も見せずメニュー表と睨めっこしていました。口元が一瞬、光りましたが見なかったことにします。
「日月さんの顔、覚えてる?」
「まだ続けるのそれ?」
鈴さんはカウンターにだらんと伏せて、何か気になることがあるのか、話を再開させました。それにしてもだらけ切っていますね。そういえば勤務中ではなかったですっけ?
鈴さんの隣に座る牡丹さんは店長さんが用意していたコーヒーを注ぎ直し、優雅に口をつけています。使用人服でなければ様になっていますね。いえ使用人服が悪いわけではありませんしもちろん似合っていますが、仕事着ですよねそれ。
向こうにメニュー表を吟味している暴食漢さんが座っているんですけど巴さん達が頑張るんですかね。
「いや〜、不登校になってから一ヶ月しか経ってないのに思い出せなくてさ〜。どんな子だったっけ?」
一ヶ月も不登校になると忘れられてしまうんですね。そりゃ当然と納得してしまうもなんだか可哀想です。
「どんな子っていっても、普通じゃないの。逃げ癖があるだけの」
「いやいや、顔の話〜。思い出せないのが気になってさ〜」
「顔?それこそ普通でしょ」
「牡丹ちゃんの普通って絶対基準高いでしょ。明ちゃん見てどう思う?」
「私ですか?」
なぜここで私を話に出すのですか。自分を出せばいいでしょうに。
何故か牡丹さんは私を品定めするように眺めました。嫌な視線です。
「悪くないとは思う」
「なんですかその言い方」
「だってよく分からないもの。女が女の顔を褒めるのも変じゃない」
「男ならいいの〜?」
「男が男の顔を褒めるの?気持ち悪いわね」
「違うよ?」
牡丹さんはよくわかっていない顔をしていました。鈴さんはその反応に苦笑い。
私は褒められたのか貶されたのかよく分からず困り顔に。
話は変な方向に向かいました。
「男の顔と言えばあの人、どう思う?」
「ん?」
鈴さんが指し示す方を向く牡丹さん。私は嫌なものを察してそちらを見ました。
暴食男さんはまだメニュー表を吟味していました。幸せそうな液体が口から溢れ出そうでした。人としてどうなんですかあの顔は。
「悪くない……んじゃない?」
「ほうほう。『悪くない』は『いい感じ』ってことね。私も同感」
え、あの顔を見てその判断は容認しづらいのですが。要はアレと私は同レベルってことですよね。嬉しくないです。エビさんは普通にしていれば整っていますが、中身から滲み出た表情は……遠目だと分からないのでしょうか。涎、垂れてますけど。
「じゃあ、もう一人の方はどうなの、明ちゃーん」
「…ふぇ!?」
「それは聞きたいわね」
「んな!?」
二人はニヤニヤしてこちらを見てきます。嫌な汗が出てきました。この話は避けなくては。
「あの日月さんの話は……」
「割と普通な顔だよね〜可もなく不可もなくみたいな」
「普通よね」
「『悪くない』じゃないんだ〜」
鈴さんが笑い、牡丹さんが鼻で笑いました。私はそれが、ムカッとしました。
「悪くないですよ、巴さんは」
「「え」」
「全然悪くないです」
「そ、そうだね。悪いところがないよね〜」
「良いところもないから悪くないんでしょ」
「ちょ、牡丹ちゃん!」
「そうですよ!!」
ダンッと机を叩いた人がいます。私でした。
「幼馴染がいたからって鼻を伸ばしたり、藍さん……胸の大きな女性が好きですし、綺麗な店員さん達と仲良くなっちゃうし!!」
「そうかそうか、落ち着いて〜?」
「……」
口から声が漏れていきます。鈴さんに宥められても止まりません。牡丹さんは口を開けて私を見ています。
「そんな女性にだらしない人ですが!迷子の女の子を拾ってきたり、迷子の友達を連れ帰ったり、人の家でも美味しそうにご飯を食べれるんです!どうですか!」
「いや、どうですかって、良いところなの〜それ?」
「……は」
興奮する私を困り顔でみる鈴さん。
牡丹さんが意識を取り戻したような声を上げました。ちょうど良い、聞いてもらいましょう。
「巴さんって絵が上手なんですよ。水彩画、模写、押し入れに隠していましたけど見事なものでしたよ、ええ。その中でもとびきりの作品はですねぇ、ラフでしたよ!どうですか!?」
「え、ラフってちゃちゃっと描いた簡単なやつ〜?それが一番なの?」
「裸の女性ですよ!!胸を手で隠して、お腹あたりに黒いストールをかけた裸の女性!!」
「「……」」
二人して黙ってしまいました。驚いたみたいですね。
「全然良くありません、良くないんですよ。でも……でも!」
「分かったわかった。もう良いよ、もう良いんだよ明ちゃん」
「うん」
「良くないぃ…」
自分でも何が言いたいのかよく分かっていないのに、否定と肯定のごちゃ混ぜみたいなもので抗議し、駄々をこねる子どもみたいになってしまいました。
そして何故か二人に抱きしめられました。
落ち着いてくると恥ずかしいもので、ゆっくり二人を引き剥がすと頭が冷静になってきます。それでもやっぱり何が言いたかったのかハッキリとはしませんでした。
「面白そうな話してんね」
背後から突然不穏な声が。振り返るとエビさんがいました。
手にはメニュー表を携えて。
開いたメニュー表を鈴さんに見せ、指し示しました。
「これとこれを食いながら聞きたいんだけど、君に頼めば良いの?」
笑顔で話しかけるエビさんに鈴さんは若干上擦った声で返しました。
「ふわふわオムライスとおっきなデミハンバーグですね。少しだけ時間かかるかも」
割と古風な内装とは逆に可愛らしい名称だなと感じました。飲み物やデザートなどのページが見えて、だいぶ凝った商品名とサンプルでした。
そう言えばお昼がまだでした。
爽やかエビさんが鈴さんに笑顔を向けます。
「いいよいいよ。その間、話聞かせてよ」
「は、はい」
「料理はそこで作るの?」
エビさんはカウンターの方を指して尋ねました。牡丹さんがそれに答えます。
「裏にキッチンがあってそっちで作ってるのよ。そこは飲み物とか簡単なものを用意する方なの。私がおじいちゃ…店長に頼んでくるわ。楽しみに待ってなさい」
「うんうん。あ、ケチャップでお絵描きしてくれるのも楽しみにしてるよメイドさん」
「…しょうがないわね」
立ち上がった牡丹さんは上機嫌で裏部屋に入っていきました。
私はエビさんを蔑む目で見ます。
「良いんですか?藍さん以外に色目を使って」
「色目?」
「あの、向かいに座っていた女性って彼女さんですか?」
惚けた顔をするエビさんに鈴さんが期待の眼差しで尋ねました。エビさんは嫌に爽やかに答えます。
「そう俺の彼女。て、俺の話になってんな」
「可愛らしい人ですね。…お似合いです」
「さんきゅ。後で本人にも言ってあげて、多分喜ぶから」
「…あはは」
鈴さんは急にテンションがさがりました。エビさんは彼女が褒められて上機嫌。本心そうなのが厄介です。
この場を藍さんが見ても許してしまいそうです。
「ところで藍さんは?」
「トイレだって」
「ああ。彼女のいない間に女の子にちょっかいをかけに来たんですね。男って禄でもない」
「あははは、明ちゃんやさぐれすぎじゃね?まじで巴の話聞きたくなってきたわ」
エビさんは何故か笑いました。私をなのか、巴さんをなのか。もし前者なら無駄に整った顔を潰してやりますよ。藍さんに許される範囲で。
「綺麗な店員さんって、この写真の人のことよな?巴が男と見間違えたやつ」
エビさんはスマホを取り出し、私たちに写真を見せました。そこには女性店員と巴さんが写っています。鈴さんがその写真を見て驚いた声を上げました。
「え、こんな綺麗な人を男性と間違えたんですか?それはやばいですね〜」
「だろー?」
エビさんが写真をスライドさせると新たな写真が表示されました。寝ている巴さんでした。
「…なぜこんな写真が?」
「いやー無防備だったんでつい。よく撮れてるっしょ」
「子どもみたいですね〜」
「ははー可愛い寝顔だろ?」
悪戯めいた顔で笑うエビさんと鈴さん。
エビさんは私を見ると更ににやけました。
「明ちゃん……スマホ持ってないんだよな?」
「え?」
「スッゲェこの写真欲しそうな顔してたから」
「してませんよ?」
「明ちゃ〜ん」
「やめてください。思い込みです」
二人してニヤニヤしてきます。仲良くなってませんかこの二人。
「遅いですね、牡丹さん」
「「話を逸らした」」
牡丹さんでも藍さんでも、巴さんでもいいからこの状況を変えてほしいです…。
「それで裸の女の人って何?」
「ああ…」
「私も気になってました〜」
エビさんはついにその話に触れてきました。
暴走した数分前の自分の口が恨めしい。
「巴の性癖?」
「知りません。本人に聞いてくださいそんなの」
なんで私が巴さんの個人的なことを語るんですか。しませんよ。
「気になるんだよなー」
「エビさんのスケベ」
「絵がっていうより、誰なのかが気になるんだよ。あの巴が描いたんだろ?どんなやつなの?」
「……はあ。白髪で10代後半くらいの見た目の女性です。分かりますか?」
「いや全く。他に特徴ないの?」
他に?はっきり言って裸という印象がデカすぎて細かく見ていませんよ。すぐ隠されましたし。
「外国人やハーフっぽくはありませんでした。肌の色はアジア系で細身だったのと、髪は腰くらいの長さで、ピアスや装飾品はつけてなくて、本当に裸婦でした」
「細か…。随分じっくり観察したんだな」
「いえ、そんなに見ていません。目の色や爪の長さまでは覚えていませんし」
「普通そんなとこまで見ないよ〜。明ちゃん変わってるな〜」
私もあの女性が誰なのか少しだけ、少しだけ気になるから思い出したのにひどい言われようです。
エビさんはそれでも情報が足りないようで首を振りました。
「白髪の知り合いなんて居ないしな。巴から聞いてないの?」
「本人も例の記憶喪失なのか覚えてないそうです。困った人ですよ」
「記憶喪失…?病気なんですか?」
鈴さんが驚いて聞いてきました。説明が難しいです。私が答えに悩んでいるとエビさんが答えました。
「物忘れの類かな。そんな憐れむほどじゃないよ。本人も直そうとしてるし」
「…は、はあ」
エビさんがやんわりと誤魔化してくれました。
しかしその中にはエビさんなりの優しさが含まれているように思えて、巴さんへの信頼を感じます。
と思ったのも束の間、エビさんは笑いながら言いました。
「でもさあ、流石に忘れもの多すぎんだよなぁあいつ。スマホ忘れてた時は笑ったわ。なんだよスマフォって」
「…スマフォ」
「パソコンも分からないって言うしさ、今時じいちゃんばあちゃんでも扱えるってのに、操作おぼつかないしで……ほんと可愛い奴だよ」
「「え?」」
「え?」
私と鈴さんが驚きで凝視するのを彼は分かってない顔で見返してきました。鈴さんが小声で聞いてきます。
「このお兄さん、そっち系なの?」
「違う…はずです。ほっとけない友達とかそういうニュアンスかと」
「ライバルじゃないといいね〜」
「どういう意味ですか」
鈴さんはニヤッと笑った後、話を変えました。
「お兄さんたちって大学生なんですか〜?」
「俺と藍は学生だよ。俺は自動車学校の専門生なんだ、藍は別のとこで、巴はフリーターなんだって」
「へ〜、おいくつなんですか〜?」
「俺は19で二人は20だよ」
「三つ上か〜。カッコいいですね〜」
「ありがとー」
随分軽薄な会話でした。エビさんは慣れたような返しですし、鈴さんは時折にやけ面でこちらをみてきます。
「大学生って、高校生には大人に見えて憧れちゃいます〜。ね〜?」
「…そう、ですかね?」
「分かるなー。俺もその頃は大人に思えてた」
「今は違うんですか?」
「いや、大人だなぁってやつは確かにいるんだけど、個性デカイやつもそれなりにいてね。勉強ができる子どもみたいなのも中にはいて、面白いところだよ。でも自分が実際なってみて大人にも成れたのかって聞かれるとよく分かんないんだよなぁ」
「は〜」
「やれることや学ぶことが増える延長線、みたいな感覚なのかなー」
「なるほど〜」
鈴さんは軽い相槌を打ってはいますが、聞きたい話が別にあるように感じます。いいことを言ってそうなエビさんはそのことに気づいていないご様子。
「因みに、巴さんって彼女いるんですか〜?」
「え?」
「何聞いてるんですか!」
ほらやっぱり!意味わからない話になりましたよ!エビさんも困惑してるじゃないですか。いない人物の恋愛事情を問われる状況になれば誰でも戸惑うでしょうよ。
しかしエビさん、なんとあっさり答えてしまいます。
「知らないな。今付き合っている奴がいるのかは」
「へ〜〜」
「馬鹿なんですか?」
「え、なんで?」
エビさんは首を傾げてこちらをみてきます。本当にわかっていないのでしょうか。
答えなくてもいい事だからですよ。
「昨日久しぶりに再会したばかりでさ、まだあんまり話せてないんだよ。電話とかのやりとりも今までなかったし。積もる話はこれからしていくつもりなんだ」
「聞いたら教えてくださいね〜」
「必要ないですよね」
「え〜気になるでしょ〜?」
「いえ?別に?」
この鈴さんは少しやりづらいです。何がとは言いませんが。
エビさんが私たちの様子を見て不思議そうに言いました。
「二人って今日会ったばっかなんだよな?仲良いな」
「えへへ〜」
「なんですか」
「牡丹って子とも普通に話せるようになったのな。心境の変化って奴?」
「…まあ、そんなところです」
「ふーん。良かったじゃん」
「……まあ」
「巴にも教えてやってくれよ。心配してたからさ」
「…その事なのですが」
私は自分と牡丹さんたちに関する例の推測をエビさんに話してみようと思い立ちました。
しかしそれは時悪く別の声にかき消され、エビさんの意識は其方に引っ張られてしまいました。
裏口から現れた牡丹さんが料理をカウンターに並べ視線を引き寄せたのです。
「お待たせしました。ふわふわオムライスとおっきなデミハンバーグです。ケチャップは何をお描きしましょうかご主人様?」
牡丹さんは凄く様になっていて、立派にメイドさんでした。ケチャップを持ってノリノリです。
「えー?あ、じゃあこいつ描いてよ」
エビさんはシロを指定しました。声をかけられ首を曲げるシロ。
「わふ」
「可愛く描いてほしいよなー?」
「…ふ」
「お前、俺に対して冷たくね?」
「任せなさい。モフモフも期待すると良いわ」
シロに鼻で返され、しょぼくれるエビさんと自信に満ちたメイド牡丹さん。
結果はオムライスがケチャップだらけになりました。
いえ出来は良いモノでしたが、まさかのシルエットだったのです。
寝転んで撫でられているシロだそうです。犬らしき赤いシルエットから不自然に細長いものが伸びていると思って見ていましたが、腕だとは。牡丹さんの手だそうです。
言われてみれば分かります。でも、皿の淵にまでケチャップが広がっていて、オムライスの姿が隠れてしまっているのですが…
「おおー!すげー、いただきまーす」
「ふふん、傑作ね」
「うま、うま」
しかしエビさんも牡丹さんも満足そうでした。
「美味しそうに食べますねー。私もお腹空いてきちゃった」
「ですね」
「何か頼みなさいよ。今ならあたしが作ったげてもいいわ」
「牡丹さん料理できるんですか?」
「練習中なの。このオムライスだってあたしが作ったも同然なのよ?」
カウンター裏に立つ牡丹さんは胸を張りました。そして説明にと牡丹さんが指したお皿はというと、空になっていました。ケチャップも綺麗に掬われて…え?
「早くない?」
「はふ、はふ、うまー」
私たち3人が驚く横でエビさんはハンバーグに手をつけて幸せそうな顔になっていました。
可笑しくもエビさんの反応が嬉しかったのか牡丹さんが自分語りを始めました。
「あたし、将来自分の店をここで開くつもりなの。お爺ちゃん達に教わったことをあたしのお店で披露する、それがあたしの夢。とりあえず今は料理ぐらいしか披露できるものがないんだけど、あんた達が、その、評価してくれても良いのよ?」
牡丹さんは手をニギニギさせながら、横目でチラチラ私たちを見てきます。
私はこの女の子のことを何も知っていませんでした。友達になって初めて知ることに驚かされてばかりです。こんなにも可愛くて、素敵な夢を持っていたことも想像すら出来ていませんでした。
鈴さんが笑顔で答えます。
「私たちも手伝うなら、3人のお店になるかなー?牡丹ちゃんが店長で、私が副店長で、明ちゃんが看板娘だね〜」
「え!?」
私が声を上げるのを置き去りに牡丹さんに擦り寄る鈴さん。
「どう?よくな〜い?」
「そうね、じゃあ鈴は看板歌手も兼任ね」
「…え?!」
牡丹さんの反応に今度は鈴さんが驚いていました。
歌手とはどういうことでしょう?
「…何で知ってるの?」
「よく鼻歌歌ってるし、たまに歌の練習してるの見てたから」
「聞いてたの…?」
「あんた、歌手になるのが夢なんでしょ」
「………」
言い当てられたというように口をつぐむ鈴さんに牡丹さんは「何故」と尋ねました。
「どうしてコソコソしているのよ」
「……だって、私の声って変じゃない?高過ぎるというか、気持ち…悪いかな〜って」
鈴さんは人が変わったように、声を萎ませてしまいました。良く言えば元気に、少し悪く言えばボサボサに跳ねていた前髪が、俯いたせいで目元を隠してしまいました。
すぐに顔を上げ、私たちに笑顔を見せようとする鈴さん。
「そもそも似合わないじゃない〜。私、牡丹ちゃんみたいにステージ上に立ったことないし、きっと失敗するだろうし〜」
「「……」」
「だから……」
見ていられなくなったのか、また俯きがちになる鈴さん。その両頬を牡丹さんはパチンと叩いて掴みました。
「痛っ」と声を上げる鈴さんは顔を牡丹さんの方に固定させられ、視線を交わせています。私はそれを横から眺めていました。
牡丹さんが少し怒ったような、それでいて優しい声音で鈴さんに言葉を送りました。
「夢はね、諦められないものなのよ。どれだけ言い訳しようと、あんたの本心がそれを諦められない、だから無意識にでも行動してしまう。だったら自分に素直になりゃ良いでしょ!」
「…でも変って」
過去に言われたのでしょうか、肩を震わしてぼやく鈴さんに牡丹さんは動じませんでした。
「変で結構。最初から上手くいってたら上達なんかしない。成長も変化もない。まずあんたがその変な部分と向き合って、どう上手くしていけるか考える必要があんのよ。そこをすっ飛ばして成れるだなんて、それこそ変な考えよ」
牡丹さんは肯定しました。そして『変化』という言葉にします。
「叶える道筋がどんなに遠くても夢は遠ざかったりしない。自分から近づいていくしかないの。だから目を離さない。少しずつでも進んでいけば叶うはずなのよ」
友を諭す中で自分にも言い聞かせているような言葉に聞こえました。
鈴さんは少し鼻声で牡丹さんに尋ねました。
「…私、成れるかな。声の変な歌手に」
すかさず牡丹さんは応えました。
「成れると思うわ。あんたの声は時折うるさいけれど、耳に残るし、心地いい時もあるの。あたしはあんたの曲なら聞いてみようと思う。ちゃんと評価もする。はっきり言ってあげるから覚悟して望みなさい」
「…どうしたの?今日デレが凄くない?抱きしめた方がいい?」
袖で目元を擦った鈴さんがまた笑いました。恥ずかしさを誤魔化すためか少しふざけた物言いでしたが、すごく素敵な笑顔でした。
そして身を乗り出した鈴さんは牡丹さんの頬に顔を寄せました。
「聞く前にやってんでしょうが!…私は友達に嘘をつきたくないだけ。応援したいのよ、悪い?」
「素直な牡丹ちゃんまじかわい〜。いつもそうなら良いのに〜」
「いつも正直よ?」
「捻くれた素直さは相手によっては受け付けないからね〜?」
「ふん、全員に好かれたいわけじゃないから良いわ」
「接客業では我慢も必要だよ?」
私が二人を眺めているとエビさんが話しかけてきました。
「良い子達じゃん」
「ですね」
たったそれだけの会話でしたが、何となく満足しました。
口元にソースをつけたこのお兄さんはどうだか知りませんが私と同じように二人を眺めていました。
友達にしてはスキンシップが多いこの二人を私はどうしてか羨ましく見ていました。誰かと誰かを二人に重ねて見ているようです。私も悩みを聞いてあげれていたら……あの子の……あれ?
私は言い知れない怖気に襲われ、気持ち悪い感覚に視界が歪みました。
世界が白くなる狭間で、牡丹さんの声で引き戻されました。
「明にも夢はあるの?」
「……は……い」
「どんな夢?」
鈴さんも興味津々で尋ねてくるのが聞こえるのですが、自分が不安定な状態であり、すんなり答えが出てきません。無視していると思ったのか、牡丹さんが鈴さんの時みたく言ってくれました。
「語るも語らぬも当人の自由よ。でも私は語ることの方が得だと思う。自分の中の夢への意識が強まるから。諦められないって思いになるから」
私の意思に反して、言葉は出てきません。それでも絞り出して出た私の声は、変でした。
「私の夢は です」
まるでそこだけ切り取られたような変な間。四つの言葉は私の声になりませんでした。
*
明確な変化が生まれ始めている。
《アン》はそのことを喜び、そして憂いた。
変化は障壁も大きくしている…かもしれない。
この日記の少女も少しは報われたと思う。自分の声を受け入れられたのだ、夢への道のりはさして遠くない。
二人の少女はきっと夢を叶えられるだろう。
「明、あなたも成れるわ。きっと、きっとよ」
優しい声はどう足掻いても彼女に届かない。でもそれは《アン》にとってはどうでもいいこと。
何を持ってしても彼女だけの幸せを願う。
この世界に彼女の幸せを邪魔していたものはいないのだから。
「愛しているわ、明」
流れる涙も虚空に消え、《アン》という存在も消えていく。
残る日付もあと4日。
消えゆく最中も《アン》は彼女達の日記を眺める。
愛おしそうに、狂おしそうに。
読んでくださりありがとうございます。
2023/05/07
前半部分の変更 その他細かい修正




