2話 御見透 明
1話で犬の名前が出ましたけど、最初ひらがな表示にしていましたが、途中からカタカナ表示になっています。2話以降はカタカナ表示に統一しようと思います。抜けがあったらごめんなさい。
この話で女の子の名前が出てきますが、読みがわかりづらいかとルビを入れるようにもしました。
これから頑張ります…。
スースーと寝息が聞こえる。
クラシック音楽は鳴り止まない。
机の上では開かれた日記帳。
世界は今日も色褪せている。
ー
昨日の続きだ。
どうやら、約束を忘れなかったらしい。
椋梨巴には記憶力がある。これも特徴に加えてもいいかな?
いやこれをあいつが読んだら笑われそうだから加えないことにしておこう。
前回は…そうだ、寝て終わってる。
現実逃避ってやつかな。甘いよな俺って。
これは特長に加えなくてもいいよな?
とりあえず、続きの出来事を書いていくよ。
*
寝てた。今起きた。
カーテンの隙間から日差しが溢れてきて眩しい。
「あー、喉がイガイガする」
寝室から出ると水を一口飲んだ。
「なにこれ、飲みづらい…あ」
コップだと思って取ったソレはコップじゃなかった。
「夢のままだ…」
少しだけ残った水が透明な何かの上で、円を作るように広がっているのが見える。
反対の手で突いてみた。空中で硬いものとぶつかった。
昨日と全く同じ現象が目の前で起きている。
とりあえず、その色のない缶に水を注ぎ足した。注ぎ口から溢れた。上限が分かりにくい。
周りに溢れた水を拭き取ってから机に置いて改めて見る。
水は円柱の形をして宙に浮いている。
「夢の中で夢見てるのか?夢だけど夢じゃない?…わけわかんなくなってきた」
布団にこもって眠り直そうにも、今のを見て眠気が飛んでしまったらしい。目が冴えている。
「今何時だ?10時20分。結構寝てたわ」
昨日寝たのが12時くらいだった気がする。
どうしよう。二度寝は必要ないくらい寝たし。
その時ぐうっとお腹が鳴った。
「腹減ったな」
冷蔵庫を見ればすっからかんだった。
食えるものはそこらにあったスルメと飴が2個と食いかけのポテチ。飲み物は水道水のみ。
「コンビニついでにあの家に寄ってみるか」
昨日はこの缶が俺の珈琲缶だと思っていたけど、もしかしたら間違えて拾ったのかもしれない。暗くて見づらかったし。まだあそこに残ってるかもしれない。
逆にこれは拾ったら不味いもので、窃盗になる代物かもしれないし。もしそうならこっそり返そう。
フード付きのパーカーに着替えて、マスクとメガネを取った。フードを被って装着。
「財布を持ってと、コレもポケットに入れたと」
透明缶の水は抜いてある。代わりに手拭いで包み込んだ。
中央において丸め、端を繋ぎ結んで出来上がり。これなら、落としても見つけることができるだろう。
ガチャリ。
施錠を確認して俺は歩き出した。
コンビニは家から近いところに一軒ある。
しかし、あの家に寄るなら逆方向になる。
なので昨日立ち寄ったコンビニを目指す。
その道中あの家を確認するつもり。
「半日に3回も向かうとか、完全にストーカーだよなぁ」
もし家の人に伝わっていたら、玄関前で警察官が待ち構えているかもしれない。
俺は恐る恐る、曲がり角から門戸前を除いた。
誰かいる様子はない。通行人もここまですれ違ってはいない。
「よし、通報される危険はなさそうだ」
発言がまんま不審者である。悪いことをするつもりは全くないのに、つい口から出てしまった。
歩き方も昨日のソレで、ゆっくりと近づいていく。門戸付近を見てみると缶らしきものは落ちてない。
「やっぱりないよなぁ」
「わん!」
「わあ!」
いつのまにか門戸の向こうにデブ犬が立っていた。俺は驚き尻餅をついた。
「シロ?お客さん?」
女の子もやってきた。俺の犯行現場は目撃されてしまった。いや、何もやってないけど。
「あ、あなたは…」
あー、俺だとバレてしまったか。
「昨日の変な人!」
ぐは!
この呼び名は辛い…。某おじさんになっちゃうぞ。
「あ、ごめんなさい。名前知らないから…」
「いや、そうだった。改めて自己紹介しようか」
「あ、じゃあとりあえず中に入ってください。門戸越しに話すのも変なので」
「お、お邪魔します?」
俺たちは庭で話すことになった。
「えっと、俺は椋梨巴と言います。社会人です、一応…」
「あ、私は御見透明です。高二です」
「わん!」
デブ犬が元気よく吠えた。
「犬の名前はシロです」
「それは、昨日知ったよ。犬種はこれなんて言うの?」
「サモエドって言います。3歳ですよ」
「なんでシロって名前なの?」
「毛が白いからですが?」
「あ、そう」
黒斑には触れない方がいい。そんな気がした。御見透さんのこいつ何聞いてんの?分かんねぇの?という圧を感じた。気のせいだろうか。
「椋梨って、あまり聞かない苗字ですね」
「御見透さんもどっこいだと思うけどなぁ。珍しい苗字だね」
「明でいいですよ?年上なんですし」
「年上だから呼び捨てていいってことはないよ。呼び捨てがいけないって訳じゃないけど…」
「じゃあ、明って呼んでください。私がお願いする形ならいいですよね?」
「いいの…?知らない男に名前呼ばせることになるけど」
「今、名前知りましたよ。シロも結構前から知ってたみたいだし、知らなくないです」
「いやー、けどー?」
昨日今日知り合った仲で名前呼びって普通なのか?しかも俺は年上で、不審者でもあったのに。最近の高校生って、こんなにも寛容なのだろうか、と1人で悩んだ。
「巴さん、めんどくさい人ですね」
「ま、まじ?」
「はい。ふふ」
「なんで、笑うの!?それに巴さんって許可してないけど」
「ダメなんですか?」
「う、ダメって訳じゃないけど…」
またも1人悩む。しかし、今度はあまり悩む時間を与えてもらえず彼女は吠えた。
「けどけどうるさいですね。けどけどさんって呼ばれるか、巴さんって呼ばれるか二つに一つです。どちらを選びます?」
「なんで君が候補を選ぶんだよ。普通本人が決めるでしょ」
「ど・ち・ら?」
年上に物怖じせずにいえるこの子の方が変わってる。そう思うことにした。
「…巴さんで、お願いします」
御見透さん…時折圧が怖い。
「では、巴さん。何か用があって来られたんですか?」
「あ、そうだった。えっと、コーヒーの缶って見てない?」
「コーヒーの缶?昨日置いていたやつですか?」
「そうそう」
「あそこに置かれてましたよね。持って帰ったんじゃないんですか?」
御見透さんは門戸横を指して言った。やっぱり昨日見つけていたらしい。
「あ、うん持って帰った…。何色だったか覚えてたりする?」
「何故そんなことを?黒っぽかった気がします。帰って確認をしてきては?」
「ううん。聞いてみただけ。これからコンビニ行こうと思ってて、通り道だったんだ」
「そうですか。私たちもこれから散歩に行こうかと思ってたんです。途中まで一緒にどうですか?」
「うえ?いいけど…」
その瞬間、待ってましたと言わんばかりに御見透さんの表情が変わった。
「出ましたね、けど。巴さんの口癖ですね」
「や、やめてよ、からかうの。俺一応年上だから」
「そこは、年上を理由にするんですね」
「んぐぐ」
「冗談ですよー」
彼女は笑みを浮かべていた。勝ち誇っている。年下に揶揄われるとは情けない。
「とりあえず行きましょうか。ほら、シロ立って、散歩行くよ!」
「ふわぁあ、ふ。わん」
シロは待たされましたと言わんばかりの大あくびをした。
トボトボと御見透さんの元に向かい、首を伸ばす。カチャッと首輪にリードをつける御見透さん。準備ができたらしい、2人とも僕を見つめてきた。
「…じゃあ、行こうか」
2人と一匹、謎のパーティーができた。コンビニまでの旅路、危険はないだろうか。
あれおかしいな、しっかり寝たはずなのに変なテンションになってきてない?
道中、御見透さんはやっぱり話しかけてきた。
「シロとはいつから仲良かったんですか?この子、結構人見知りなのですが」
「え、えっと…少し前だよ。君の家の前を通ったら、気になってさ。餌で釣ったら寄ってきたみたいな」
御見透さんは前を歩くシロをジロリと睨んでいった。
「シロ、他にも人に食べ物貰いに行ってないわよね?」
シロは急に呼ばれて振り向くが、飼い主の形相を見てすぐに前を向いた。心なしか歩き方がぎこちない。
「歩きづらそうね。やっぱり痩せないとダメよ。今日から頑張りましょ!」
「わふ…」
飼い主のやる気とは裏腹に犬は小さく鳴いた。泣いてないよね?
「そういえば御見透さん…」
「明でいいと言いました」
「…明さん」
渋々受け入れてしまう俺。しかし、明さんは納得いっていないような反応を見せる。
「シロは呼び捨てするほど距離が近いのに、私には接してくれないんですね…」
「む、無理だよ!今日知ったばかりだし…急には…」
人と、動物とでは触れ合い方が違うのは当然だろう。ましてや、相手は女の子なのだ。男同士の気兼ね無さなど、ここに存在しない。
「では、妥協案で明ちゃんとかはどうですか?それなら少しは近く感じます。さあ、呼んでみてください」
呼び捨てより、恥ずかしく思えた。でも妥協するほど気になることらしいし、きっと何言っても押し切られてしまう俺の未来が見えてしまった。俺が折れた方が年上っぽさが残りそうに思えた。
「…明ちゃん。これでいい?」
「悪くないですねぇ」
なんで嬉しそうなのだろう。いや、揶揄うのが楽しいだけだろうけど。
「なんでそんな積極的なの…。俺どっちかって言うと忌避される立場になると思ってたんだけど」
「巴さん、優しいですし、面白いですもん。それに、シロが気に入ってしまっているんです。興味が出るのは仕方ないでしょう?ね、シロ?」
「わう?」
呼ばれて振り向くシロ。首を傾げて飼い主を見つめている。
「巴さん面白いわよねー?」
「わん!」
飼い主の笑顔に吠える犬。その姿は微笑ましい絵のように見えたが、2人して俺を揶揄っていることは分かりやすかった。
「あ、何を言いかけてたんです?明ちゃんに」
横断歩道に差し掛かり、2人と一匹は立ち止まる。
「今更なんだけど、君学校は?制服を着てるのに、行かないの?」
出会ってからずっと疑問だった。
彼女は白いパーカーの下に制服を着ている。それは、見たことがある女子校の制服だった。
家を出る前の時刻は覚えている。学校があるのであれば遅刻では許されない時刻だった。欠席をしたのであれば、制服を着て外を出歩くのはどうなのだろう。
どんな理由があれ、犬と散歩をする姿を人が見れば不審に思う格好だ。
「あー休みました。そんなことよりコンビニってあれですよね?大通りのヘブン。お家はこの辺なんですか?」
「へ?あー、うん近い…かな?よく来るんだよ」
家は来た道の真逆にある。けど、よく来るのは本当。バイトに行く時にここが通り道になるので、多分家近くの所より寄ることが多い。
それより、今質問をはぐらかされたよな。
聞いちゃまずいことだったのかな。
まぁ会って半日の男に気安く話していいことは少ないよな。
歩きながら考えていると目的地の目の前になっていた。
「着いちゃいましたね。ではどうぞ」
「へ?何が?」
「行ってきてくださいということです」
「あ、はい行ってきます」
別れ際は随分とあっさりしていた。
そりゃそうか、昨日今日出会った男と長く一緒にいたいと思うはずがない。未だに怪しさが抜けきれていない奴なら尚更だ。
「散歩気をつけてね。じゃあな、シロ」
「わん」
俺は挨拶も程々にコンビニに入ろうと歩き出した。
ガシッと掴まれた。
「うお!?な、何?」
見れば明ちゃんが俺の肘を掴んでいる。
「私は?」
「何が?」
謎の沈黙である。掴まれた謎と言葉の謎と三つも謎がある。俺の脳はそれを一瞬で解ける程の性能を持っていなかった。
そして答えは出された。
「私に挨拶は?」
「え?したよね、さっき」
訂正、謎が追加されただけだった。
あれー俺の脳って数秒前のことでも忘れてしまう鳥頭脳でしたっけー?
「………」
あれー、時間が経つほどに明ちゃんの顔が怖く見えてきたんだけど。
何か間違いをしたのか俺!
思い出せ思い出せ…こわいこわい?違う!
ふと何かに引っかかった。それを言葉にしてみる。
「明ちゃんもじゃあね?」
「……いってよし」
掴んでいた腕を離してくれた。顔も怖さが抜けて、可愛らしく見える。
「それではまた」
「わん!」
明ちゃんとシロは歩いて行ってしまった。
俺は1人店前に取り残されている。
「あれ?俺明ちゃんにすっごく気に入られてる?」
浮かんだ疑問に誰も答えを返してくれなかった。
あ、ソロでプレイになりました。
「さっきの子、彼女さんすか?可愛い子っすねー」
「え!?違うよ!」
「えー、じゃあ唾つけって感じ?」
「そうじゃないって。今日知り合った人なんだ」
「え!?そんな感じしなかったんすけど。あたしに嘘付くんすか?」
「付いてないって。明ちゃんって名前、今日知ったんだから」
「何故名前呼び?数時間で仲良くなりすぎでしょ。怪しいっすねー」
「あははー、これには事情が…」
店員さんがすごくフレンドリーだ。まるで友達かのように接客してくる。
店員はピッピッとバーコードを読み込む作業を再開した。親子丼、アメリカンドッグ、唐揚げ串、水2本の計5点。
「てか、制服でしたよねー。髪もサラサラで綺麗だったなぁ、いいなぁ」
「君も同じ髪型じゃないか」
「全然違うっすよ!あたしのは癖が強いし、染めちゃってるからあの子の髪には勝てないっすよ」
「そう?綺麗だと思うけど」
「…へ!?」
金髪は派手さを強調しているけど、彼女のキャラクターに似合っている。色斑もなく、癖も気にならない程だと思う。きっと努力してるんだろうな。
店員さんがフレンドリーだったからか、踏み込んだ質問をしてしまった。
「学生さん?」
「…うぃ。夜間学校行ってますよー。はい、全部で893円です。袋いります?」
「あ、お願い」
「袋代入れて、898円っす」
ガサガサと袋に入れてくれてる隙に、財布の小銭を確認する。
ジャラジャラと大中小の小銭がたくさん見えるが、御札入れの方に千円札が見えた。
「じゃあ、千円で」
「小銭でいいっすよ?内は自動釣り銭ですんで」
「そう?じゃあちょっと待って…」
「うぃ」
あの、「うぃ」ってなんだろう。了承の意味かな。なんか聞いてると可愛いな。と、ちがうちがう。
ジャラジャラと小銭の額を計算すると894円だった。
「ギリ足りなかった、ごめんね」
「ポイントカードあります?」
「あ、出すの忘れてた」
カード入れの所を開くとすぐ見える場所に有った。裏面を見せて渡し、コードを読み取ってもらう。
「ポイント使えば小銭分足りますね、どうします?」
「じゃあ、不足分をポイントで…」
「うぃ」
「ありがとう」
「いえいえ」
彼女は笑顔でレジを操作している。音が鳴った後、レシートが排出された。
「レシートっす」
「ありがとう」
もらったレシートは財布の中にしまう。貯金帳は書いていないが、何となく持って帰ってしまう。財布をポケットにしまい、袋を持とうとした時、思い出した。
「そういや、あったかいコーヒーってどこかな」
「え?すぐそこにありますよ」
店員さんはレジ横の弁当が並んでいる列を指差して行った。みれば、レジ寄りにホットドリンクコーナーが有った。
ペットボトルと缶が数種類並んでいる。昨日寄ったのにもう忘れたのかと自分が情けなく思えた。
「ありがとう」
「うぃす」
俺はポケットの中にある、小包の存在を確かめた。それはちゃんとある。形もわかる。固い。
中にあるものを見て確認したかったが、店員の目があるし憚られた。
記憶を頼りに、そこに並ぶ缶々の柄を比べた。店頭にあるのは黒っぽいの、青、赤、黄、結構カラフルだった。とりあえず黒っぽいのを手に取ってみる。
「何か…ちがう…か?」
直感的にそう思った。確証はない。これだったと誰かが言えばそう思ってしまうかもしれない。ひとりじっと眺めていると、店員が話しかけてきた。
「いつも飲まれてるやつを覚えてないんすか?メーカー泣きますよ」
「えと、覚えるのは苦手で」
流石に見苦しい答えと思ったが、彼女は気にしたそぶりはなかった。
「他に黒い缶って置いてないよね?」
「多分、種類はそこにあるだけだと思うっす」
「そうか」
とりあえずその黒い缶は元に戻した。
「あの裏行ってみてきましょうか?」
「あー、いやいや、店頭にないならいいよ。ありがとね」
「うぃ…」
今の「うぃ」は元気がなさげだった。そんな使い分けがあるのか、深いぞ「うぃ」。
いや、それはいい。そろそろ帰ろう。
「じゃあ、行くね」
「また来てくださいっす」
すごく魅力的な笑顔でそう言ってくれた。
そんな笑顔で誘われたら通い続けちゃいそう。最初はびっくりしたけど、悪いと思わない接客だな。おじさんが娘さんに会う時、デレデレしている気持ちがわかった気がした。
「ありがとーござーましたー!」
夜の人とは違い、すごく愛想がいい子だった。
ショートボブの金髪で、ピアスも金色だったが気遣いができ、笑顔も可愛い。気さくに話しかけてきてくれたのも俺は嬉しいし好印象だった。小柄だが、結構大きかった。絶対モテる人種だ。
将来はあんな娘が欲しいとさえ思えた。彼女いないけど。
「彼女かぁ、いいなぁ」
「お店の前で何言ってるんですか?」
「うわ!?明ちゃん!何故ここに!?」
コンビニを出たら明ちゃんが立っていた。そして、恥ずかしいところを見られた。
「彼女が欲しいんですか?作ればいいじゃないですか?」
彼女は痛いところを突いてくる。この話を無理やり終わらせるための咳払いをする。ついでに話も変えたい。伝わってぇ!
「おほん、散歩は終わったの?」
「…?まぁ、そんなとこです」
よし!これで会話をシロ関連に変えれば乗ってくれるでしょう。
シロは明ちゃんの隣で寝ていた。そんなに歩き疲れたのだろうか。いや、別れてからそんなに時間が経ってるわけではない。単にぐうたらなだけだろう。
ヘマをしたことに気づいた。シロに気が向いてる隙に明ちゃんは店内の方を見ていた。
「あの店員さん、可愛い方ですね」
「え?そぅだね。いい子だったよ」
「へー。そうですかー」
明ちゃんの口調が変わった。また揶揄おうとしているのか?ならば俺は先手を打つ。
「明ちゃんも可愛いと思うよ。人を揶揄うのをやめれば」
「はぁ?そ、そうですか」
「うん、そう」
あれ、照れてる?褒めに弱いのか?
「明ちゃんは絶対将来は美人さんだな。今でも可愛いけど、大人の魅力が出たらもっと綺麗になるだろうなぁ」
「や、やめてください」
確定だ。明ちゃんは褒めに弱い。ははは、可愛いじゃないか。
「明ちゃんは可愛いなぁ、はははは」
「何で笑ってるんですか?馬鹿にしてたんですか?」
「うえ!?違う違う!馬鹿にはしてないよ」
「はってなんですか?酷いです巴さん」
明ちゃんは顔を逸らし、俯いてしまった。
「いや本当に可愛いと思うよ。嘘じゃない」
「本当ですか?なら、あの店員さんとどっちが可愛いですか?」
「差なんてないくらいだよ。本当に」
「ふーん。まぁいいです」
「ふぅ」
「めんどくさい子だと思いました?」
「いいや、普通の女の子だなと思った」
「意味わかんないですねー」
「本当にね」
ふふ、と明ちゃんは笑った。静かに笑う子だなと思った。結構喋るのに。
「じゃあ、帰りましょうか」
「あ、うん。送ってくよ」
「そうですか、お願いします。シロ行くよー」
のそりと起き上がり歩き出すシロ。俺たちも歩き始めるが、シロが先導するかのように前を歩いた。
俺はその後ろ姿に何かを感じたがよく分からなかった。明ちゃんが話しかけてきたことで気がそれた。
「さっきの店員さん。可愛かったですよねぇ」
「またその話するの?そんなに自分の可愛さが心配?」
「むむ、それを持ち出したくて話しかけたわけじゃありません!そこまで、可愛げがない奴だとは思っていませんよ」
「はは、さいですか」
「むむむ、さっきはあんなに褒めてくれたのに、嘘だったとは心外です。純情な私の気持ちを傷つけないでください!」
「はいはい、で店員さんの可愛さが何なわけ?」
「むー…巴さん、私とシロ、それからあの店員さん以外に会った人どれだけいます?」
質問は可愛いことに関してではなかった。そして、質問の意図がわからない。
「えー?どういう質問?」
「他に出会った人はいますか?」
「ごめん、分からないわ。誰かを探してるの?俺あんま知り合い多くないんだけど」
「えと、違います。うーん、ここ数日の間……いえ、昨日私と会った前後からあのコンビニまでのことでお願いします。どれだけの人に会いましたか?」
範囲は絞られたけど…人を探すのにこれはやり方としてどうなんだろう。それに言い知れぬ違和感を感じる。
「思い出してください」
「えっと、1人かな…3人以外は」
昨日会ったのはあのコンビニの夜シフトの店員だけ。それから、シロと明ちゃんに会った。今日あったのが2人と可愛い店員さん。
「へぇ、私はその人にまだ会っていませんね」
「まだって?この質問ってどうゆう意味があるの?」
「分かりません?私、今日出会った人は2人なんですよ」
「はぁ」
「わん!」
「正確には、2人と一匹ですね。シロも含めれば」
違和感が膨れ上がっていく感覚。そして明ちゃんの次の言葉でようやくそれが何なのか分かった。
「私たち以外の通行人や客と全く出会わないんですよ」
「あ!」
そうだ。昨日の夜から他に誰ともすれ違ってない。
周辺を見渡しても人の影すらない。どういうことだ?
「いつからか分からないですけど、私たち以外の人がこの世界にいないんです」
明ちゃんのセリフは奇天烈に聞こえて、現実を正しく表していた。
ー
目が覚めた。音楽は何故か止まっていて、テレビが勝手についていた。報道番組が映される。
『たった今失色現場の中継に切り替わります。
ーこちら、〇〇区にある住宅地前となります。ご覧頂けますでしょうか、敷地内の至る所に失色現象が見受けられます。侵食速度はかなり遅いものの、数が多くこのままでは数日のうちに敷地内全てが消失してしまうと予測されています。住民の方は既に避難されているようでして、家の中には現在誰もいない状態だそうです。失色現象に触れる方はいないと思われますが盗難、侵入防止の為、規制線が張られ24時間体制で警察が警備している模様です。以上現場からお伝えいたしました。ー
ありがとうございました。続いて……』
ブツンと勝手に切れた。
テレビを睨む。
その時、風が吹いた。
窓は閉めたはずなのに勝手に開いている。
うんざりした。
風は優しくほおを撫でるように吹いてきて、机の上の日記帳をめくった。
まだまだ続きはある。そう誰かが言った気がした。
読んでいただきありがとうございます。
2023/02/26
巴とコンビニ店員の掛け合いに一部変更、追加しました。




