0915-bt-5
一部抜粋
*
私の店に……お祖父ちゃんの店に変な客が来たわ。
間抜けそうな男はうちの従業員って言い始めるし、顔のいい男は女を侍らしてるし、犬を連れた女もいるしで、うちの前で騒いでいたから中に入れたけど、直ぐに後悔したわ。
犬の入店を許可したのは私なのに(後でお祖父ちゃんに注意されたけど、おとなしい子だったから許された)犬の飼い主の女が突っかかってきた。
変な因縁ふっかけられて、殴り合いになるところだったわ。あいつ、人を腹立たせるの上手すぎ。私もちょっとはそう言うところあるけど…あいつには勝てないわね。その一番だけなら譲ってもいいわね!
ー
私は今日、とてもひどいことを言ってしまった。
あの娘、とても傷ついた顔をしていた。
八つ当たりだった。
彼女は何も悪いことをしてこなかった、むしろ私を褒めてくれようとしていたのは分かっていた。なのに。
耳に残る彼女の声が苦手だった。
頭の中に響いてくるように錯覚してしまう彼女の声で褒められたりなんかしたら、私は挫けてしまうと思う。
私は私を守るためにあんな風に言ったの。でも、彼女からしたら酷いわよね。
きっとこうも思ったでしょう、酷い内面をしているって。
今まで何とか我慢してきたんだけどなぁ。きっとクラス中で噂でしょうね。私は人を傷つける女の子だって。
もし私が一番を取れていたら…あの娘の声で褒められたらすごく喜んでいたのでしょうね。きっと忘れられない思い出になって。
もしかしたら、一番のお友達になれたのかも…
*
古草鈴さん。シロがとても気に入って何度もすり寄りに行ったり、すんすんと鼻を近づけて彼女の腕を嗅いでは撫でられています。
「君は本当にこれが好きだね~。あげないよ~」
「わふ」
「「・・・・」」
鈴さんとシロが仲良しなのに対して、彼女たちの両脇に座る二人、私と牡丹さんは気まずく沈黙していました。
今私は巴さん達とは違う席に座っています。鈴さんがカウンター席のほうに誘ってくれたんです。三人で話がしたいと言われ、今に至ります。
私も二人と話さないといけないことがありそうなので、好都合でした。が、どう話を切り出せばいいのかタイミングがつかめず沈黙が続いてしまいます。私がこうさせてしまっていることは分かっていますが、今更あの話をなかったことにはできません。
そして私はこれからその話について二人としようとしています。この私の行為にどんな意味があるのかまでは分かりませんが、鈴さんが現れてから私の中での牡丹さんを見失いました。真っ黒な思い出が透明になっていくような感覚で、居心地が悪いです。
いえ、本当は思い出なんて存在していないのかも…こんな思考じゃすべてが不安になってしまいます。
私自身、存在しないなんて落ちになったら笑うこともできませんね。
鈴さんが話しかけてくれました。
「御見透さんって学校では隠している感じですか?化粧とか、雰囲気とか」
「…化粧は今日が初めてなんです。雰囲気は分かりません。隠しているつもりはありませんが…」
「じゃあ普段から落ち着いてるんですね〜」
「いえ最近になって落ち着けるように気をつけているといいますか、小さい頃から母に注意されてたので。〇〇ちゃんみたいに落ち着きなさいとかよく言われてました」
「あはは、ありますね。他の子と比べられること私もよくあったなー。牡丹ちゃんはあった〜?」
「……あたしは、自分で比べてたわ。負けたくない人がいたから」
「え、そんな人いたの?いつも1番なのに?」
「…え?」
いつも1番なのに……?やっぱり私の記憶と違う。
「牡丹ちゃんが負ける人ってどんな人なの?」
「負けたわけじゃ……勝ててないだけよ」
「負け続きってことか〜」
「うっさい。ただの女よ。恋にうつつを抜かして逃げた卑怯者」
「青春だね〜。恋せず、同性追っかけてる牡丹ちゃんの方が変でしょ。ねえ?」
鈴さんが賛同を求めるようにこちらを向いたので驚きました。少しはぐらかしたような答えになってしまいます。
「……私も恋はよく分かりません」
「ええ?二人とも美人さんなのに勿体無いな〜」
「「……」」
なぜこの3人で恋バナをしているのでしょう。得意でもないので少し気まずいです。
「恋はいいよぉ〜。自分を変えさせてくれるからね〜」
鈴さんは言い終わりにコーヒーを煽りました。その姿がどことなく大人びて見えたのですがすぐに咽せてしまって台無しでした。
それを鼻で笑いながら、牡丹さんが問いかけました。
「まるで恋した人間の言い方ね。経験あるの?」
「もちろーん!絶賛恋経験中〜」
「あ、そう」
「興味なしかよ〜!」
牡丹さんが冷めた反応をしましたが、私はこの話を続けたくなりました。
「…どんな人なのですか?」
「お、御見透さん興味ある〜?嬉しいな〜」
「聞きたいです」
「変わり者ね」
「恋バナを愛するのが普通の女の子なの〜。牡丹ちゃんだっていつか、こいにーうつつをー抜かすんだから〜」
「あたしそんな変な顔してなかったわよ!」
鈴さんの変顔に牡丹さんがキレました。もう全く話が進まないじゃないですか。
「何笑ってんのよあんた」
「あ本当だ〜笑ったらもっと可愛いってずるいね」
「え?」
今笑っているのは鈴さんくらいでは…。私は咄嗟に頬を持ち上げて誤魔化しました。
「変顔ですよ」
「「あざとい」」
なぜです。笑っていたということもあざといと言われることも理不尽に感じました。
無理やりに話を戻します。
「えと、どんな人なんですか?」
「照れ顔も可愛いな…。一個上の先輩ですよ〜。特徴は殆どないな、強いて言うなら音楽が好きかなぁ」
「…出会いは?」
牡丹さんがぶっきらぼうに訊ねました。鈴さんはどこか嬉しそうにそれを指摘します。
「お、何、やっぱ興味あんじゃん」
「聞かせたいんでしょ?聞いてあげてんのよ」
「ジャックめ」
「天邪鬼でしょ。て違うわよ!」
「前やりましたねそれ」
「うっさいわよ」
牡丹さんに注意されました。牡丹さんが話の邪魔をしているのに…でもこれを言うと怒られそうなので黙りました。
牡丹さんは常に不機嫌です。ここだけは記憶通りと言えなくもなく、不思議な感覚です。
「えっと出会いだっけ、小さなライブハウスだったんだ〜。お互いお客で来てて、隣の席で一緒に聞いたのがきっかけだったかな。話が弾んで意気投合みたいな〜?」
鈴さんは両手の指を合わせ恥ずかしそうにしつつ嬉しそうに話していました。恋する乙女という言葉が似合う可愛い姿です。
その姿を見た牡丹さんは食い気味で鈴さんに尋ねました。
「あんたってちょろいの?それとも少女漫画思考?知らない男との運命の出会い、みたいのに憧れる夢系なの?」
「言い方…。確かにその前は接点なくて知らない人ではあるけど、共通の趣味って打ち解けやすくない?」
「あんた、漬け込まれやすいとかよく言われない?状況にのめり込んで周りが見えなくなるとかない?」
「疑心暗鬼がすぎるでしょ。牡丹ちゃんトラウマでも抱えてる?音楽好きは嫌いなのかな〜?」
牡丹さんは言葉が刺々しすぎる気がします。皮肉なのか、単純な質問なのか態度のせいもありどちらにも捉えれそうです。鈴さんが喧嘩を売られたと思っても仕方ないくらいです。
けれど鈴さんに怒った様子は見られず、少しのため息の後、笑うように言いました。
「は〜、もしかして心配してくれてるの?」
「んな!…そんなにしてないわよ」
「もぉ〜、分かりづらいな〜」
鈴さんの指摘を受け、牡丹さんはそっぽを向きました。牡丹さんの発言からは否定を感じられないので、図星だったようです。
先ほどの質問責め、思い返してみて言い方を変えると、
「信用しすぎじゃない?漫画みたいな恋って考える前に、知らない男の人をすぐ信じちゃダメでしょ?」
「騙されやすい気がして心配。視野が狭くなっていると危ないから気をつけたほうがいいよ」
こんな感じでしょうか。
ずいぶん丸くなって心配部分が強めな気がしますが、ようはこういう内容ってことですよね。
分かりづらすぎです。もっと言い方があったでしょうに。
自分自身を見直してほしいですね。
言葉を選んでくれればこっちだって勘違いしたりは……鈴さんよく気付きましたね。私よりも慣れがある分、気づいたのかもしれませんが、彼女なかなか酷いですよ?
天の邪鬼でも、もう少し可愛げがあるのでは?と疑うほどです。
「あの、お二人はいつからそういう仲なんですか?」
「「そういう?」」
唐突な質問だったためか、二人が同調して聞き返してきました。えっとそういうとは…。
「お友達…なんですよね?」
「そうそう」「違うわよ」
二人は声を合わせて違うことを言いました。しかし、次の声は見事合わさったのです。
「「え?」」
二人は向き合ってお互いの顔を見つめました。かたや笑顔でかたや不満げな顔で話し合います。
「もう、今はジャックにならなくていいんだよ牡丹ちゃ〜ん?」
「なってないし、事実じゃないの。いつあたしとあんたが友達になったのよ」
「あのちょっと…」
また雰囲気が悪くなりました。なんなのでしょう、牡丹さんには場の空気を変えさせてしまう能力が備わっているのでしょうか。能力名は《地雷》辺りですかね。
この話ばかりは鈴さんも納得いかないらしく、言葉に含みを持たせて掛け合います。
「友達でもない奴の恋バナをわざわざ聞いてくれたんだね〜牡丹ちゃん優しいな〜」
「あんたが話し始めたんでしょ。聞かせたくなかったら自分から話さないと思うけど、あんたは違うの?」
「この娘は〜!皮肉が伝わってないな〜?そんでもって腹立つ〜」
ついにはお互い睨み合うようになりました。鈴さんには同情しますが、牡丹さんも言い方以外は正しい気もします。何かすれ違いが起きているような……。
「あの、お友達ってどうやったらなれるのでしょうか」
私は内心間抜けっぽいなと思いつつ、そんな質問を二人にしました。二人とも声を合わせて答えてくれました。
「いつのまにか」「申請してから」
「やっぱり…」
「「は?」」
こちらを向いていた顔が再び向き合いました。お互い信じられないという顔が似ているのは笑えばいいのでしょうか。
「申請って何?なんの申請なの?」
「お友達申請に決まってるでしょ。それよりいつの間にかというのの説明が欲しいわね」
「はぁぁあああーー??」
「な、何よ大声出して!!」
鈴さんは驚きと呆れが混ざり、爆発したような声でため息?をつき、私はそれに驚きました。隣だったので。
「…牡丹ちゃん、今までに申請とやらを受けたことは?」
「ないわよ。なに、友達がいないからって笑いたいの?別に平気よあたしは」
「ねえ御見透さん、私この娘の頬つねりたいんだけどいいかな〜?」
「それはうーん、どうでしょう」
「聞こえてるけど?」
私にそう聞いてきた鈴さんは不満はまだ残ってそうですが、口の端が笑っていて悪い顔をしていました。
牡丹さんは友達でないと答えました。
でもそれは友達というものの明確な変換点が分からないから、自分の中で基準を設けた上での答えでした。
私の中の牡丹さんのイメージがまた崩されてしまいました。私の知らない牡丹さんが目の前にいて、イメージを壊していきます。
どうしたいんですかこの人は。今更私にそんな素顔を見せてどうしようというのですか。
私が牡丹さんを見ていると、向こうも視線に気づいたようで目を合わせてきました。
「何?」
「いえ……あなたと、友達になりたいと思う子が、もし身近にいたら……どうしていましたか?」
なんでこんなことを聞いたのでしょう。今更意味のないことと分かっているのに、牡丹さんを見て感化されたと認めたくありません。
牡丹さんはそっけなく答えました。
「言ってくれたら、なっていたかもね。友達はいてもいなくても一緒だろうけど、言われた言葉には真摯に向き合うわ」
むぎゅー。
「痛っ、なんで摘んでるのよ」
鈴さんが牡丹さんの手の甲を指で摘んでいました。反応の割にはそこまで痛くないのか、牡丹さんはされるがまま、抗議の目を鈴さんに向けました。
「分かるかな〜って」
「さっぱり分からないわ。摘まれる理由も、その目も」
頬杖をついて手の甲をつまむ鈴さんはこちらから見えづらいですが、目を細めているようでした。いわゆるジト目でしょうか。
「はあ御見透さんに言われてなお気付かないなら仕方ないよね、私が折れるよ…」
「なんで大人の対応みたいな態度なの?あたしまだあんたの説明受けてないんだけど?」
「牡丹ちゃんが悪いよね〜?」
「……まあ」
「なんでよ!!」
鈴さんが居住まいを正し、牡丹さんに向き直りました。意表をつかれたような顔で牡丹さんも上半身を鈴さんに向けました。
「改めまして、私とお友達になってください」
「え?何してるの…うわっ」
鈴さんは頭を下げ、手を差し伸べてそう言いました。
急に差し出された鈴さんの右手に驚いてうわずった声を出す牡丹さん。
まるで告白している場面のように見えました。座ったままでしたが。
鈴さんが顔を上げ催促します。
「はやく〜」
「ええ?何が…」
牡丹さんは困惑したように聞き返します。鈴さんが優しい声で教えました。
「握って」
「う、うん。はい」
「やった〜」
この告白は成功したようです。牡丹さんが握り返し、それを包み込むように鈴さんが左手を添えました。先ほどまでの刺々しい雰囲気が嘘のように、周りにも嬉しさが伝播する幸せな光景でした。
そう、幸せな……。
私が苦い顔をしてそれを見ていると、鈴さんが振り返り、笑顔で言いました。
「御見透さんも、握って!」
「…え!?」
「ちょ、急に引っ張らないで」
鈴さんはこちらを向く時に、繋いでいる手を離さずに身体の向きを変えました。必然的に牡丹さんが前のめりになり、3人の距離が近くなりました。
二人が私を見つめてきます。
「私もですか…?」
「うん!」
私は繋がれている二人の手に視線を向けました。どこを握るのでしょうか。二人は互いの手を握っていますし、鈴さんの左手は牡丹さんを逃さないようにホールドしているように見えます。握る箇所とは?
私が迷っていると牡丹さんが催促してきました。
「早くして」
「お?牡丹ちゃんが催促〜?」
「こ、腰が痛くなってきたの!」
鈴さんの期待を向けてくる目、牡丹さんの照れを隠した目、それらに見つめられ、私は手を伸ばしました。
二人の手首に左右それぞれの手を添えて小さく握りました。
「手を置くんじゃないのね」
「握ってと言われたので…」
「あはは、御見透さん面白い〜」
「変でしょ」
牡丹さんが可笑そうに笑い、鈴さんがのんびりと笑い、私もいつのまにか笑っていました。
変な形に繋がっている手は不思議な温もりを感じ、離した後もしばしの間それは消えませんでした。
鈴さんが何かに気づいたように牡丹さんに言いました。
「牡丹ちゃん、握手だよ」
「またやるの?」
鈴さんは「違う違う」と否定した後、諭すように話しました。
「牡丹ちゃん、確かに言葉がないと不安になる時もあるけど、言葉がなくても友達になれるんだよ。その一つが握手」
「いきなり手を握られるのは、不快に思う人もいるでしょ」
「だから、きっかけはいくらでもあるの。趣味だったり、恋バナだったり、握手だったり、ただ一緒にいることでもそう。お互いに笑顔になれる瞬間ができたら、そこからは友達以上なんだよ」
「笑顔ね…」
「笑うと楽しいでしょ。友達って結構簡単にできて、簡単にはなくならないものだと私は思うな〜」
「そう…そうだったのね」
「………」
牡丹さんはどこか後悔を滲ませたような表情になり、自身の右手を見つめました。
私はその姿を見て、この牡丹さんを理解しました。
彼女は、私の知っている牡丹さんではありません。しかし、私の知っている牡丹さんも内に居るようです。
彼女が私を忘れているのか、私が彼女を覚えているのか、どちらが間違いなのかはっきりさせたいと思っていました。
でもこの答えはどちらも正しく、間違っているのです。
牡丹は私を知らず、私は牡丹を間違って覚えているのです。
それを知るのはこの3人での会話の終わりの時。
一つのヒントを得た私はある推測に辿り着きます。
それが絶望への道に繋がるとは思いもしませんでした。
鈴さんがシロを撫でながら、悪戯っぽい笑みで聞いてきました。
「ね、御見透さんとあの人たちってどういう関係なの〜?」
あの人たち、というのは巴さんたちのことでしょう。目線がそちらを向いていますし。
「ただの友達ってだけじゃないよね?」
何かの期待を向けているようです。牡丹さんも会話に混ざってきました。
「友達というより先輩じゃないの?あの人たち大学生でしょ」
「え、そうなの?」
「ええ。並んで背の高い男性と向かいの女性は大学生です。もう一人はその二人と同い年で、三人とも年上ですね」
「なんで分かったの?」
「勘」
私と鈴さんが拍手して称賛すると、照れたようで「それほどじゃない」と牡丹さんは明後日の方向を見ました。
鈴さんが面白そうに話しかけてきます。
「ねねね、あの二人のどっちか彼氏だったり?」
「は!?」
「ダブルデートなんでしょ」
「ち、違」
「犬連れてダブルデートはないでしょ。連れて来られた方も犬も気まずいわよそんなの」
「あ、そっか。君はお邪魔虫なのか〜?うりうり〜」
「わん!」
鈴さんはとんだ恋バナ脳みたいです。男女が均等に揃っていればすぐ変換されるのでしょう。いや、もしかしたら不均等でも成り立ててそうです。三角関係とか、もつれとか。
シロは鈴さんに呼ばれたと勘違いしているのか、大きく返事をしました。
「わんじゃねえ!!」
「巴どうした!?」
何故か巴さんがシロに怒鳴りました。エビさんたちも驚いているようで、どうやら巴さんの突然の奇行のようです。
私は巴さんの頭を心配してあげました。どこかで頭を打ち付けて、記憶が新しく飛んだのでしょうか。一大事ですねそれは。一度病院で頭を割って中を見た方が良さそうです。
巴さんと視線が合いました。いや、合ってないようにも思えます。あ、目を逸らされました。
何故でしょう、ムカムカしてきました。
その後すぐ、エビさんと掴み合いになり何か言い合っていましたが店長さんに呼ばれた巴さんはお店の奥に入って行きました。
「なんなのですか…」
「「あざとい」」
「何がです!?」
「「頬」」
つい巴さんの態度に不満が漏れてしまい二人に聞かれてしまいました。「あざとい」の理由はよく分からず、頬以外にヒントは与えてもらえませんでした。
「あっちの人か〜」
「あんた、本当に変わってるのね」
「ちょっと待って、なんのことですか?」
「「ねぇー」」
この二人は声を合わせるのが本当に上手ですね。あと人の煽り方も上手い。
ここで牡丹さんが思い出したように言いました。
「そういえばあの男、あんたのこと名前で呼んでたわね」
「え、あの」
「なにそれ!」
鈴さんが目を輝かせてこちらを見てきます。く、面倒なことを…。
しかし、鈴さんは予想の斜め上な話を始めました。
「私も名前で呼び合いたい」
「「え」」
「友達は名前呼びが普通でしょ。苗字もありだけど、二人ともどっちも呼んでないよね?」
「「ぐ」」
「牡丹ちゃんはあんただし、御見透さんに至っては呼んですらない」
バレていました。頭の中では勝手に呼んでいますが、なんとか気づかれないように身振り手振りで伝えていたのに。
「みんなで名前呼び!いいかな明ちゃん?」
「…はい」
「牡丹ちゃんはそのままだな〜。まいっか」
「私に決定権はないの?」
「さあ後は二人だよ。エビバディセイ、すーず!」
「「す、すーず」…さん」
「明ちゃーん、さんは取ってもいいんだよ〜?」
「そ、そのうちです」
「…まあいいか。後は二人が〜!互いに〜!」
「「……」」
「やってよ〜!」
鈴さんが文句を垂れる横で私と牡丹さんはお互い苦い顔をしました。
私と彼女は、名前で呼び合うほどの仲に進展したのでしょうか。まあ内心では散々名前で読んでいる私ではあるんですけども。
…それを言うなら鈴さんは?という声が聞こえてきそうです。でも彼女と牡丹さんは違ったのですよ。予期せぬ出会い方が…です。
頭で悩む私に牡丹さんが話しかけてきました。
「名前で呼んでいいの?」
「え?……………はい、どうぞ」
「そう。明、よろしく」
すごく悩んで答えた私とは反対に、何故か牡丹さんは素直に受け止め、呼び捨てで私を呼びました。え、あっさり…。
「明ちゃんも」と鈴さんが背中を後押ししてきて、後に引けなくなりました。
おずおずと私も確認をしてしまいます。
「あの、名前で呼んでいいんですか?」
「お好きに。苗字でもいいし、好きな方で呼んで。私は気にしないわ」
頬杖をついてそっぽを向いた牡丹さんですが、耳が気になりました。横髪を耳の裏にかけて、左耳全てが見えるようになっているのです。これは…。
変な緊張に襲われつつ、私は声に出しました。
「ぼ、牡丹さん、よろしくお願いします」
「ん」
なんですこの異様な恥ずかしさは。顔が熱く俯くことしかできません。じ、地獄?
「これ、学校でも続けてね。約束」
「え!?」
「別にいいけど」
「え!!」
鈴さんの強制と牡丹さんの了承に驚いてしまいました。シロが何故か尻尾を振っていて、鈴さんが頭を撫でています。
ちょっとシロ、飼い主よりも懐いてない?
「学校でもこんな感じで集まろうね。そういえば明ちゃんの席ってどの変なの?」
「えと、窓際の1番後ろです」
「あ、不登校さんの前か!じゃあ私たちと間反対だね〜。私と牡丹ちゃん廊下側だから」
不登校という単語がとても気になりました。それは私の苦い記憶の中で一番苦しさを主張するものだからです。罪の象徴とも言える残酷な結果。学校に来れなくなった親友。
しかし気掛かりなのは、ここも私の覚えていることと齟齬があることでした。
私の席は一番後ろなのです。私の後ろに席はありませんでした。それにあかりちゃんの席は廊下側だったのです。あかりちゃんは小柄なので前列寄りの席になることが多く、確か前から一、二番目だった筈です。
背中に言い知れない不安が走りました。まさかそんな筈ないですよね。
私は不登校児さんの確認をすることにしました。その人があかりちゃんだったとしてもモヤッとするのは残りますが、まだ考えられることはあります。
「あの、その不登校児の名前って覚えていますか?」
「名前〜?名前は思い出せないなぁ覚えてる?」
鈴さんの反応で、私の不安は的中したのかと内心では不安感に襲われました。鈴さんが牡丹さんに名前を聞き出そうとしているのも、絶望的な目で見るしかありません。
しかしそれは覆されます。
「加賀美日月。それが不登校女の名前よ」
「え?」
牡丹さんは覚えていました。あかりちゃんとも違い、私の名前とも違う人の名前を。
でもその名前を聞いた私の中から、言い知れない不安が消えることはありませんでした。
*
所々、滲んだ跡がある日記。
この女の子は素直すぎる自分の行動を後悔する癖があり、そして可哀想なことに彼女の言動は周りに影響を与えるカリスマ性もある。
この日の日記は彼女にとって、とても大きな後悔につながる始まりが書かれていた。
彼女の辛い心情を書き綴った日記は誰にも見られないように隠され続けてきた。
この日記をあの子が読んでいたら…3人は友達になれていただろうか。
そうなれていればきっと彼女達は多くの表情を見せていたことだろう。お互いの顔を見て、気持ちを通わせ、共に成長する。そしていつかそれを振り返り、過ぎた日々を懐かしむ。そんな未来が続いているかも。
《アン》は日記を閉じた。
新たな日記に手を伸ばした。
書きたいことが多く、長くなったのに書ききれませんでした。とりあえずの区切り。次回も明視点か分かりませんが頑張ります。
読んでいただきありがとうございます。
2023/04/02
前半部分を一部修正
2023/04/20
細かい修正




