17話 古草 鈴 の 違和感
失色が街を染め変えていく。
この街はあちらこちらで見かける張り紙が増えてきた。
「探しています」
その一文だけを残して、他は何も書かれていない。写真も文字も見えなくなってしまったから。
行方不明者の数は増えていない。捜索願は受理される前に白紙になる。
誰もいない民家、空の犬小屋。空いた平日の電車。closedのままの人気店。
失色に罹ったものはその存在が消え、空白が残り続ける。その空白は世界の常識に塗り替えられる。
元々空き家。いつ建てたか誰も知らない小屋。満員なんて起きない朝の電車。昔閉店した誰も知らない店。
残された人々は、それが普通だった。
普通が壊れていた。
空いた隙間を見て立ち尽くす人。
じっと空を見つめる人。
閉まっている店の前で時間が過ぎるのを待つ人。
同じ電車に乗り続けている人。
何かを探し続けて歩き回る人。
家に帰らず、公園で寝る人。
首を傾げ、何度も同じ場所にやってくる人。
失色は世界を作り変えている。
まだ終わっていない。
誰も気付かない遥か上空で何かが揺らめいた。
ー
今日来たお客の話。
常連の女の子。いつも髪括ってる子。
コーヒー飲んだらちょっとうるさくなるあの面白い子のことな。
久しぶりに来たなって思ったら、前よりも大人しくなってて、なんかちっこくなってた。髪も下ろしてて伸びた髪が垂れてて貞○かって見た目。
話聞いてやろうにもなかなか喋んなくて、結局聞け出したのは、友達作りに失敗したんだってこと。それと自分の声が嫌いになったんだって。
俺うまいこと言えなくて、でも少しだけでも元気出してほしくてコーヒー出したらさ「苦い」って笑いやがった。
その後すぐ帰ったけど、出る時に長袖の間からあのヘアゴムが見えたんだ。
隠してるみたいだった。子供っぽいあの髪型、案外似合ってて悪くなかったのにな。
その子はまた来てくれてるか?
*
「あかりちゃ………ん」
突然現れた女性。そしてその人を見て固まる明ちゃん。か細い声は、先ほどの話に出ていた親友の名前を呼んでいた。
「あかりちゃ、ん?この子の名前ですかー?」
女性はシロを撫でながらゆっくり名前を反芻する。しかし勘違いをした。シロがそう呼ばれているんだと
その様子を見て、明ちゃんは何も言えずに黙り込んでしまう。
「…………っ」
「あ、勝手に撫でてしまったー。すいません」
謝ってはいるものの撫でるのを止めようとしない女性。
女性の反応が何処かおかしい。明ちゃんは女性を見て名前を呼んだ。対して女性はシロの名だと勘違いし、明ちゃんに対して他人行儀だ。
話の中のあかりさんは、塞ぎ込んでしまったという。しかし目の前の女性にそのイメージはなく、声も見た目も明るい。シロを撫でる時の笑顔は暗さなど微塵も感じない。
もしや、俺と紅陽さんのような何かが起きているのかもしれない。
俺は自分の身の記憶喪失と似たような何かを紅陽さんに感じている。だってこっちには5日前に会っていた記憶がバッチリあるのに向こうは俺の存在自体を忘れている。そんな悲しいこと認めて良いはずがない。どちらかがそういう病気に罹っていたという想像ですら受け入れづらい。
あの一瞬は冷たく恐ろしい何かに襲われた気分だった。
しかしその予想は幸か不幸か外れることとなる。
「鈴ちゃん。今日も来てもらってすまないね」
「いいえー、それよりマスター、牡丹ちゃんは?」
「…いるわよ」
赤髪はブスッとした声で居場所を伝える。
女性は近づき、カウンター下を覗き見て発見し、少し笑いながら話しかけた。
「おお、なーんで隠れてんの?」
「………別に」
「泣いてる?どしたの?」
「泣いてない!」
鼻声、赤顔、否定を言い終える前に目尻から雫がぽろりと溢れた。
しかし本人はそれを隠そうともせず、むしろその状態で威圧する構え。鈴と呼ばれた女性を睨んだあと、今度は明ちゃんの方を見つめる。
女性は何かを悟ったのか2人の顔を交互に眺めた後、ため息をついた。
「牡丹ちゃん、謝ろ?」
「何で私が悪いと思ったのよ!!」
激昂する赤髪。しかしそれに怯むことなく女性は諭すように話しかけた。
「ううん、悪いなんて思ってないよ。でも牡丹ちゃんが泣いてるもん。それ、牡丹ちゃんの中で思うことがあって、でもどうしたらいいか分からなくて出てきたんじゃないの?」
「……っ」
「悪いと思って、謝りたいんじゃないの?」
「……………っ!!」
隠れている赤髪は女性の言葉を無視しているのか、無言でじっとしていた。しかし突然カウンターから顔を出し、明ちゃんの元までツカツカと歩いていくと明ちゃんの腕を指差した。
「それ」
「………」
明ちゃんも俺たちも突然の行動に驚いてしまい、反応ができなかった。ただ、赤髪が次に何をするのかを待ってしまう。
「傷つけようなんて思ってなかった。でもごめんなさい。裏に消毒箱あるけど使う?」
「え……?…いえ」
「そ。じゃあこれあげる」
赤髪はメイド服のポケットからポチ袋を取り出し、中から絆創膏を取って明ちゃんに手渡した。
そしてものすごい早さでカウンターの方に戻っていくと女性をひと睨みしてから、また隠れた。
「あちゃー、お客さんに傷つけちゃダメじゃん」
「今謝ったでしょ。絆創膏もあげたわ」
「態度を変えないところは牡丹ちゃんの悪くて良いところだよね」
「どう言う意味よ!」
「あの!!」
外にまで聞こえるんじゃないかと思うくらいの声量で明ちゃんは2人の会話を遮った。
女性が明ちゃんに視線を向ける。明ちゃんの目をじっとみて呼びかけられた理由を待っている。赤髪のほうも顔は見せないが大人しく待っている。
その2人の反応に口が重くなってしまうのか、かなり言い詰まってしまっていたが明ちゃんはゆっくりと言葉にしていく。
「………あの、お名前を……教えていただけますか?」
「あ、名前ですか?ほら、名前聞かれてるよ」
「………何?」
「もう。牡丹ちゃんって言います。お花の名前と一緒で可愛い子なんですけど、ちょっと天邪鬼でめんどくさいところがあって……」
「ちょ、何言ってるのよ!!…そいつ、私のことは知ってるみたいよ」
「ありゃ、知り合い?」
「知らない」
「???」
「……」
赤髪は、はっきりと言った。
確かに明ちゃんの話の中では、そこまで2人に交流はなさそうだったがクラスメイトだろ?半年以上も経過して、顔も覚えてないとかどんだけ他人に興味ないんだ。
「…あんたの名前聞いてんじゃないの?」
「え?何で私?」
「……っ」
赤髪の指摘に女性は困惑した。本当にわかっていないのだろう。明ちゃんの表情の暗さにも気付かない。
頭を傾げながらではあったが、女性は一応答えてくれた。
「えっと、古草鈴って言います。牡丹ちゃんとは…友達でいいよね?」
「ただのクラスメイトよ」
「もう、ジャックなんだから」
「ジャックって何よ!天邪鬼でしょ!て、違うわよ!」
「ふるくさ…すず………」
明ちゃんは小さく反芻した。そのまま立ち尽くしてしまう。
名前が違った。
明ちゃんの話でしか分からないが、おそらく雰囲気も違う。
赤髪を友達と自ら名乗る。
どこをとっても他人の空似。
あかりさんではなかった。
そもそも似ているかどうか、知り合いでもない俺には分からない。それでも明ちゃんの顔を見てしまうと、無意識に横槍を入れてしまった。
「あの、そこの赤髪…椋路地さんとクラスメイトなんですよね?」
「椋路地?牡丹ちゃんは天竺って苗字ですよー」
「あ、紅陽さんと違うのか…それはよくて。彼女のこと、見覚えあったりしませんか?」
明ちゃんに向け手を差し出し尋ねた。
古草さんは顎に手を当てて考え込む。
「見覚え?こんな綺麗なおねーさん、見たら忘れないと思うからなー」
「…そうですか。君たちと同年代なんです」
「ええ!?すっごく綺麗、大人の女性だって感じましたよー」
女性のその言葉に明ちゃんは素直に喜べたのだろうか。スカートの裾をぎゅっと握り込んでいる。
「え〜、じゃあ高校生ですか?どことかって聞いても?」
楽しそうに話す古草さんとは対極に明ちゃんの表情はさらに陰っていき、俯きがちになる。
「彩色女子だそうです。2年生だって」
「巴、お前」
エビが待ったをかけようとしたのか、肩を握られた。花星さんも首を振っている。
古草さんが驚いた反応を見せる。
「同じ学校じゃないですか!!しかも同級。牡丹ちゃん知ってた!?」
「…知らないわよ。全く」
「……、 ……、………」
明ちゃんの肩が震え、息も少し荒くなっている。
そんな様子に気付いていないのか、古草さんが首を傾げて尋ねる。
「私たち撫子組なんですけど、もしかしたら会ってたりするのかな?牡丹ちゃんは有名だと思うけど、良くも悪くも」
「一言余計よ」
「いたた、見たことあります?私たち」
古草さんはどつかれながらも、笑顔で明ちゃんに尋ねた。
ああ、やっぱり彼女は明ちゃんを知らない人だ。クラスメイトのことを覚えてもいない他人でしかない人だ。俺はそう思った。なのに。
俺は今一度、明ちゃんの方を見た。
その顔はまだ何か納得がいかない、まだ決めきれないと言った焦りと不安が混ざったようなものだった。
隣で見ていたエビが小声で話しかけてくる。
「なあ、明ちゃん、ここにいづらいんじゃねえのか?連れ出したほうが…」
「………それは」
エビは俺にだけ耳打ちしてきた。しかし俺がそれを決める前に事態は動いた。
明ちゃんが突然、古草さんの一点を指差して尋ね返したからだ。
先ほどの質問を無言のままに流された古草さんは、それでも優しく答えてくれた。
「あ、これですか?ヘアゴムの御守りです。小さい頃、祖母から貰ったものなんです。ちょっと子供っぽいですよね。あはは」
古草さんが見えるように右腕を振ってみせた。
チリンチリンと2つの鈴が付いた輪ゴムが小さく音を鳴らす。シロがそれに反応し、また鼻を近づけようとする。
「あー、気に入っちゃったのかなぁ。あかりちゃんでしたっけ。人懐っこいワンちゃんですね。よーしよし、でもダメー」
「……シロです。その子の名前は」
「あら?シロちゃんでしたか。失礼しました。シロちゃーんダメだぞー」
「わん!」
「おーよーしよし」
自分の名前を呼ばれて、嬉しそうに吠えるシロ。それをあやす古草さん。
2人はまるで親しみ慣れているかのように戯れあった。まあシロは誰にでも尻尾を振るのでいつものことのようにも見えるか。
古草さんが自分の疑問に当たりをつけて尋ねる。
「それじゃあ、貴方があかりさんです?」
「…あ………いえ。……御見透明って言います。…あの私も撫子組です」
先ほどまでとは打って変わって、明ちゃんは質問に返答できるようになっていた。
まだ少し吃りつつだが、顔の表情も和らいでいるように見える。平静を取り戻しつつあるということだろうか。
何が切っ掛けだったのかは分からないが、何であれいつもの明ちゃんのようになってくれるのなら良かった。
明ちゃんの返答に古草さんが驚き叫んでいた。
「え?ええぇ!?うちのクラス!?ごごごめんなさい!全く気付かなくて!!」
「…いえ。……大丈夫………です」
明ちゃんはそう言うが、少し唇を噛んでいるように見える。
古草さんもそれに気付いたらしい。
「全然大丈夫じゃなさそう!ほんとごめんなさい!うちにこんな美人さんが隠れてたなんて!」
「あの……えっと」
「牡丹ちゃんと並ぶレベル…もしかしたらそれ以上?まじ美人」
「ええ……ああ……うう」
褒めに慣れていない明ちゃんが出てきた。完全復活までもう少しか。
少し興奮気味の古草さんを止めたのはカウンター裏から投げられたカチューシャだった。
「あいた」
「一人で盛り上がりすぎ」
お前はコントロール良すぎだろ。
古草さんはどこから何が飛んできたのかを察して、その意味を推察する。
「酷いなぁ、牡丹ちゃん以上てのが気に食わなかったのね?」
「ち、違!ただの注意よ、注意!」
「牡丹、ブリムを投げてはいけません」
少し動揺した牡丹。その背後にスッと近寄る笑顔の老紳士。
他人に注意したあと、すぐさま注意を受けてしまうメイドさんの図である。
「ご、ごめんなさい」
それから赤髪は自ら投げたカチューシャを拾いに行った。紅陽さんの説教に怯えるメイドだった。
それから何故か皆んなで紅陽さんの珈琲を飲むことになった。(2杯目)
「ぷはぁ、くぅぅぅ、うまい!」
「ズズズ…ふふん!」
コーヒーカップが缶ビールに見えてくるほど、器用に丸椅子に胡座状態の古草さん。
その隣で優雅に珈琲を啜る赤髪メイドは美味しそうに飲む友を見て鼻を鳴らした。自分が淹れた訳でもないのに。まあ俺も人のこと言えないけどな。
「ふふん」
「なあ、巴」
エビが小声で話しかけてくる。
「明ちゃん、ほっといていいのかよ?」
「良いんじゃない?」
「お前…。藍はどう思う?」
「うーん。今は、大丈夫そう、かな」
明ちゃんは今、古草さんの隣、カウンターの方に座っている。3人並んで座っているのだ。
それを俺たち年上組は遠くの席(言うほど離れてない)から見守っている。
古草さんが現れる前まで、明ちゃんは落ち込んでいた。
牡丹との出会いがそうさせていたと語ってくれたが、俺たちはそれをどう処理して良いのか戸惑っている。
それでエビが明ちゃんの心配ばかりしている。
「なあ、あの子の話さ、どうゆうことなん?明ちゃんの方は知ってて、向こうは知らないって」
「それは、俺もよく分からん」
「どっちかが嘘ついてるってことなんかな。でも明ちゃんの話って、作り話にしては感情こもりすぎだよな」
「本当に、辛いことが、有ったんだと思う…」
「あかりちゃんか。最後どうなったのかまでは分かんなかったけど、友達が落ち込んでくのを見るのは辛いわな」
「…うん」
二人は話の内容の重さに釣られ、声のトーンが沈んでいく。
俺はそれに引き込まれまいと、話の方向を少しずらすことにした。
俺自身の現状気になっていることが明ちゃん達の状況に類似しているという話を始める。
「あの二人の知る知らないって話なんだけど、俺も似たような感覚がさっきあったんだ」
「さっき?誰と?」
「実は紅陽さん。俺あの人と知り合いなんだ」
「ん?バイトしてんだから、当たり前だろ?」
エビが頭にというか、顔全体に?を大量に浮かべていた。言葉足らずだった、反省。
「紅陽さん、俺のことを覚えてなかったんだ。俺の中では5日前が最後、それよりも前から何度も会ってた。思い出だってあるのに」
「ん???」
「向こうが、忘れているってこと?」
またもエビは顔が隠れるほど?を浮かべていたが、花星さんにはちゃんと伝わったらしい。エビ、努力足らずだ、反省しろ。
「二人にも経験ない?相手がってだけじゃなく自分自身にもってやつ。この5日間で」
「「!」」
気付いたらしい。!が頭上に浮かんだエビと花星さんが顔を揃えて頷いている。
「どゆこと!?」
「巴くんだ。私、最初、思い出せなかったもの」
「そうそ……お前バカか!!」
「うそうそ!巴だろ、気付いてたって!」
白々しい嘘を…まあいいや。
そう。俺自身憶えていない事だらけなのもそうだし、エビも花星さんも個人差はあるが俺のことを思い出せなかった時がある。
いまだにハッキリと思い出せていない自分が不甲斐ないが、これは紅陽さん、そしてあの二人の状況にも当てはまりそうなのだ。
まあそれが当てはまっていたとして、現状解決策としては、俺同様思い出してもらうしかないんだけど。
エビがそれに対して否定的なことを言い出した。
「思い出さなきゃダメなのかな、あそこの問題って。明ちゃんの方がすり減っていくんじゃないかって思うんだけど」
「でも、ひどいことを、された方は覚えてて、した方は覚えてない。罪悪感もないような、そっちの方が、覚えてる側は、たまったものじゃ、ないと思う」
「一生罪に苛まれてろって?」
「そうじゃないけど…でも、罪って感じたことを、忘れちゃダメだと思う」
「そうだけど…。どしたの巴」
俺はエビたちの話を聞きながら別のことを考えていた。
「古草さんってどう思う?」
「ああ?今は牡丹のこと話してたんじゃないの?」
「………」
「巴くんは、あの子も、気になるの?」
3人、正しくは2組の3人はそれぞれ楽しそうに話していた。というか、古草さんは楽しそうだけど端の二人はどこかギスギスしている感じ。楽しそうではないなあれ。
3人の(遠目では古草さん一人の)会話はあまり届いてこず、大仰な反応の声だけ聞こえてくる。
シロは3人の周りを忙しなく歩き回り、古草さんの匂いを嗅いでいたところを見つかっては撫でられていた。
「明ちゃんさぁ、なんか古草って子にも態度変じゃない?」
エビが3人を見つめ、そうぼやいた。3人にはエビの声が届いていないようで無反応だった。エビが続ける。
「ここに居たくないのかなってこっちは思ってたのに、名前聞いたり、逆に名前教えたり、今じゃあ向こうで話し始めたり、高校生ってわかんねぇ」
「お前もこの間まで高校生じゃなかったのか?」
「じゃあ、女子高生がわかんねぇ、かな。そういやあの3人同じ女子校だっけ、どんな感じなんだろな」
「女子しかいないってだけじゃないの?」
「ばっか、その中で過ごす学校生活の話だろが。女子同士で…とかあんのかなぁ」
「それって、男子校でも言えることなのか?」
「……やめろや、鳥肌立つだろ」
少し脱線気味だったが、話は続いた。
「明ちゃんの話に古草さん出てこなかったよな。牡丹って子の連れなら一緒に出てきそうな気もするけど」
「あくまで赤髪が要因って話で、連れでも見てただけとかで、クラスの連中と同類にしたんじゃ」
「え、でも巴の推測ってあの古草って子も含まれてるんじゃないの?そういう話だと思ってた。てか赤髪ってなんだよ、あの子のこと?」
エビが笑ってそう言ったことに俺は驚いていた。俺の考えに勘付いていたとは。
俺は古草さんに感じた違和感、あれも少なからず関わっているのではないか、そう思っている。
でもそうだとすると、クラスメイト全員が明ちゃんを覚えていないという、村八分にも似た状況も考えつく。全員無自覚で明ちゃんだけ気付かれないなんて想像するだけできついものだ。まるで透明人間みたいな扱いじゃないか。
そうでなければいいと思っているのだが可能性は否定できない。
この街は集団催眠などのテロが行われているとでもいうのだろうか。…こんな厨二的考えは後に自滅することを経験済みなので会話に出さないけども、不安は残ってしまう。
明ちゃんが虐められている、なんてことを考えるのは辛い。
ふと思った。俺はどんな立場で辛いと思ったのだろう。明ちゃんは俺にとって何なのだろう。
友達……妹の方が近い気がする。気兼ねない存在というか……俺もシロと同類ということだろうか。会って秒で絆されるチョロ助。舌を出して明ちゃんに撫でられるシロに自分が重なって見え……
何考えてるんだ俺ぇ!!俺は決してあんな間抜けヅラじゃ…とかどうでも良いわ!
「わん!」
「わんじゃねぇ!!」
「と、巴どうした?」
おっと、皆さんがこっちを驚いた目で見てらっしゃる。いやあのね、そこの犬がね、タイミングよく吠えるもんだから…こんなの言い訳にもならねぇ。意味不明だ。
明ちゃんもこっちを見ている。着飾った彼女の姿は色気があり、何処となく例の絵画の(裸の)女性に見つめられているような……てこんな時に何考えてんだ!
「急に興奮して、何か分かっ…」
「こ、興奮なんてしてないわ!変なこと言うんじゃねえ、このエビが!」
「ええ!?変なのはお前だろ、ってかエビは蔑称じゃねぇぞ!」
「二人とも、やめて」
エビと何故か喧嘩っぽいことになり、花星さんの注意が聞こえる。
エビと取っ組み合いしていると、今まで裏で作業していた紅陽さんが顔を覗かせ俺を呼んだ。
「巴くん、仕事頼めるかな?」
「ありがとうございます!すぐ行きます!」
「ありがとう?」
俺は逃げるように裏に向かった。後ろから「こらぁ、待てよ巴ぇ!」と言う声が聞こえたが無視した。
仕事というのは梱包作業のことだった。これはコーヒー豆だろうか、袋越しからも香ってくる。
「二人は仲がいいんだねぇ」
紅陽さんがコーヒー袋を見つめながら話しかけてきた。誰のことだろう。
「君とあの男の子。友達なんでしょう?」
まさか俺とエビのことだったとは。数分前の取っ組み合う姿の何処を見て仲がいいと思ったのか。
「いやとても仲が良いんじゃないかな。お互い楽しそうに笑っていた」
あいつ、俺を殴ろうとする時確かに笑っていたな。思い出すと腹が立ってきた。
「うちの孫にも友達ができれば良いんだがねぇ」
段ボールに袋を詰めていく紅陽さんは寂しそうにそう言った。
孫、牡丹のことだろうか。紅陽さん達からあまり親族の話は聞かされていないのだ。娘さん夫婦が遠くにいるのは聞いていたが、孫の話は知らなかった。
「うちの孫はね、素直な子なんだ。素直過ぎるくらいにね。それが学校では良くない方に働いてしまってるみたいだなぁ。友達の写真のひとつも見せてくれない。学校で賞を取った話なんてついぞ知らなかったよ。君の友達の女の子、あの子みたいな友達が一人でもいたらねぇ。…ああ、孫バカみたいな話だね、すまない」
「いえ……あのお孫さんって他にもいらっしゃるんですか?」
「うん?孫は牡丹一人だよ」
「そうっすか…」
明ちゃんと牡丹が友達、さっきの雰囲気でどう想像すればいいのか。
「あの、さっき二人の喧嘩見てませんでしたっけ」
「え?戯れあってたやつのこと?間違えて怪我させたとは言え喧嘩ってほどではないよ。絆創膏で済んで良かったけどね」
皺を刻んで笑う老紳士、これは孫バカが出ている顔なのか?それとも常識が違う人なのか。
「あの紅陽さんにとっての喧嘩ってどのレベルなんで…」
「病院送りが普通だよねぇ。絆創膏じゃ塞げない傷がついてから本番かなぁ」
「………」
笑顔で言う老紳士…紳士かこの人?雰囲気だけじゃね?
え、これマジなの、冗談なの?何も言えない空気が怖いんですけど。
「冗談だよ。そんなことするのはうちの奥さんだけ。僕は歯の一本くらいで済ませてた。うちの人は怖いんだぁ」
誤魔化されませんからね?
十分イカれてる時代を過ごしてきたようだ。あれ?俺も紅陽さんのこと本当は知らないかも…。
これなら俺とエビのやつも戯れあってるようにしか見えてないのに納得。
「牡丹は人を傷つけることを嫌ってるからね、喧嘩なんか出来るわけないよ」
あんたらのは喧嘩じゃなくて、戦闘の一種ですわ。
ふと思い出した。明ちゃんを怪我させた時のこと。牡丹はあの時、すぐさま謝ろうとしていたんじゃないだろうか。しかしその前の牡丹の態度や言動が災いして、あんな取っ組み合いに繋がった。
古草さんの力添えもあってその問題は解決した。そう考えると紅陽さんの話は嘘ではなさそう。
けれど、それでは明ちゃんの話を疑うことになる。俺はあの話が作られた話には思えない。
贔屓かもしれないが、牡丹よりも明ちゃんのことを信じたいと思う。
「古草さんは友達になってくれてるんじゃないですか?」
「ああ鈴ちゃんか。あの子は元々うちの常連なんだ。すごくいい子でね。最後にうちの手伝いがしたいって言ってくれてきてくれてるんだが、最初は牡丹と小競り合いばっかだったよ。普通に話すようになったのはここ数日かな。そうか、あれもよく見れば仲が良かったのか」
紅陽さんの小競り合いと普通の基準が気になったが聞くのは躊躇った。混乱するだけかもしれない。
それに最後っていうフレーズが気になった。どこか遠くに行ってしまうとかだろうか。
「古草さん、引っ越しでもされるんですか?」
「うん?そんな話は聞いてないけどなぁ」
「でも最後って」
「ああ、最後なのはこの店のことだよ。今月末で閉店だから」
「え?」
閉店。店を閉める。え?
「あれ、知らなかったのかい?」
紅葉さんがこっちを見て驚いた顔をしているが、俺はそれに対して全力の気持ちをぶつけた。
「聞いてなあぁぁい!!」
ー
街の張り紙が風に飛ばされて、顔に迫ってくる。
避けきれず顔にビラビラとくっついてきた。
顔を振って紙を落とす。白紙に見えた…いや、黒文字でデカデカと一文だけ書かれている。
「さがしています」
写真も他の文字もなく、何を探しているのか伝わってこない。これを作った人は気持ちが焦るあまりに、ミスのことに気付かなかったのだろうか。
似たような紙が電信柱や壁にたくさん貼られている。
ボクも探しているんだ。早く見つけてギュってしてあげたい。その為にはあの人の所に行かなきゃ。
体力も減って体が重かったが、走り出した。
あの子を彼はきっと見つけてくれる。
そしてまた一緒に遊ぶんだ。久しぶりに、たくさん…。
待ってて、 ちゃん。前みたいに君を見つけて見せるから。あの人と一緒に。
読んでいただきありがとうございます。
古草さん、牡丹、明の話も重要なんですが、巴と喫茶モミジの話もしたい〜となり、長くなりました。
長々と付き合ってくれている方ありがとうございます。




