14話 開かず の 部屋
ああ、本当に生き物が失色症に罹った。
だが動物ではなかった。
中央病院の桜の木がそうらしい。
患者の1人が窓を眺めていた時、発見されたそうだ。病院内に話が広まる頃には桜の木はまるで冬季の裸姿のようだったらしい。その木だけ少し早く葉を散らしてしまったように見えたということか。今じゃもう、その姿はほとんどが見えなくなっているそうだ。
生き物の失色は進行が段違いだった。
これが人の場合なら、気づいた時には体の半分以上が見えなくなっているのかもしれない。いや、気づかれないまま消えているのかもしれないな。まだ見つかっていないだけで、もう既に…。
いつかのニュースが思い出しにくかった。すごく辛いニュース。子どものことだった気が……何だろう。
ー
涼しくなってきた。
お月見の時期と言えば、月見○ーガーだよな。
叔父さんの好きな食べ物だし、買って帰った。
なんか、久しぶりに褒められたわ。
花より団子じゃねえけど、月より○ーガーだよなぁ。
今日は満月だったみたいだ。
綺麗だったって書いとく。
*
朝、7時35分。
俺の目は冴えていた。
「巴、大丈夫そうか?」
「ああ、よく寝れたよ」
隣のエビも起きていた。俺が起きたタイミングで目が覚めたらしい。
昨日俺は変な夢を見た。誰かの何かを追体験したかのような夢。前に一度見た不思議な体験に似た何か。しかし、前と違う部分があった。激しい痛み。夢の中か現実か、まるで分からないものに苛まれた。
そして似ている部分は、誰かの声で目が覚めたこと。前は明ちゃん、昨日のはエビの声が俺を目覚めさせた…気がする。
エビは俺のうなされている声に気づいて、呼び起こしたらしい。
その声がなければ夢から覚めることはなかったのだろうか。いや、夢なのかどうかさえ分からない。明ちゃんの家の前で見た時は寝ていたわけじゃない。唐突に始まったのだ。確かあの時は花の香りがして……。
「……!」
俺はエビのバッジを探した。エビの服のポケット…ない。机の上に…もない。あれ、昨日どこにやったっけ。
「なあ、何を探しているんだ?」
「お前のバッジを、探しているんだ」
「何で?」
「……見たいだけだ」
「ふーん、まあいいや。ほら」
エビは手のひらを見せるように俺に差し出した。手のひらは隠れて見えなかったが、お陰で例のバッジが見つかった。
エビが持っていた。それなら部屋中探しても見つかるはずがない。
「ありが……どうも」
「んな、なんで言い換えた!」
素早くエビの手がスマホに伸びていたのが見えたからだ。そんなあからさまな事されると普通に礼も言えない。照れ臭い。
表面は花の絵。確か花名はムスカリ。水色の三本の花が扇型に広げて描かれている。デザインはシンプルだった。
葡萄のような丸い実、みたいな花弁がたくさん垂れていて地面に近い方ほど花弁は大きく、先端にいくほど小ぶりになっている。
この形状、神楽鈴にも似ているな。巫女さんが持っている神具。アニメや漫画で知った知識だと思う。実物は見たことあっただろうかな。…今はどうでもいいか。
裏面は銀色のアルミで、安全ピンが接着されている。作りに変なところは見当たらない。
鼻に近づけて肝心の匂いを嗅いでみる。
「くんくん」
「巴!?、何してんの?」
「あ、いやこれは」
「なんか、臭うのか?」
「いいや無臭だった」
「なんだよ、焦らせるなよ」
「すまん」
突然自分の私物を目の前で嗅がれ始めたらそりゃ動揺するな。エビといえども配慮が足りなかったか。結果的に無臭という収穫しかなかったし、俺のひらめきは間違いのようだった。…匂いが発生の鍵だと思ったのに。
よくよく考えれば、バッジに描かれているのは絵だ。人が描いたものに匂いがつくなら、それは人の匂いでしかないだろ。花の匂いが着いていたら…そうなるように頑張って作ったんだろうな。でも、そうなると匂いが持続するように手間を加えるだろう。となると、人工的な匂いになってしまう。
押し花は花の液を紙などにつけるから、匂いが軽く着いて、それを感じとっていたんだと思う。
匂いが違うなら何だ?共通点は大雑把に言って、花という分類が同じくらいしか思い当たらんぞ?
「なーに考え込んでんだ?バッジがどうかしたのか?」
「……いいや、なんでもない」
「おいおい教えろよ。…もしかしてこのバッジのこと思い出したとかか!?」
「思い出してはない」
「じゃあ、なんなんだよ。勿体ぶんなよ」
「……お前、これ持ってて変な夢を見たことはあるか?」
「夢?変ってどんな?」
「なんていうか…こう、誰かの体に乗り移ったかのような…」
「オカルト的な話?」
「そうかも」
「ないな。そもそもそれ持ったまま寝ないし。普段はケースに閉まってるんだ。持ち出すのは特別な時だけ。試験の日とか気合い入れたい日とか」
「昨日は大事な日だったのか?」
「……多分。迷子になる前に気合い入れる何かがあったんだと思うけど、思い出せねえや」
エビは気恥ずかしいのか後頭部を掻きながらそんなことを言った。
エビには頭を掻いてしまう癖がある。これは知り合ってから見つけたエビについてのヒント。こうだったかなぁと思いを馳せてみるが特に記憶に影響は表れない。
まあ頭を掻く癖なんて目立つようなものではないし、それで思い出せるなら、バッジだったり、見た目の方が強い要素な気がするか。
俺は夢の中で出てきた声の主のことを思い出そうとする。前はなんとなくめいちゃんだと思えた。実際、声の主がそう名乗っていたからな。あんなに頭と胸に響く声は忘れられない。で、昨日のは…
「(…ごめん、み、た)」
「なにそれ?」
「なんだ?」
「いやいや、ぶつぶつ1人で言ってただろ。ごめんって謝られるようなことされたっけ?」
「いやいや、こ、これ返すよ」
無意識に声が出ていたらしい。聞かれて困るようなことじゃないが、説明が難しいのと、どことなくエビに関係があるような気がしてならないのだ。どう考えてもこのバッジがあの夢を見せてきた気がする…本当にオカルト的な考えだな。
俺は返すのが遅れたことを誤った体にして、エビにバッジを返した。エビは特に問題なさそうにバッジを受け取り、ポケットにしまった。
エビは今俺の服を着ている。俺がゆったり着れるサイズのものを貸してやったら、ジャストサイズみたいになっていて腹立たしいことこの上ないと昨日思った。今それが再燃しかけている。帰る時忘れるなよこの野郎。
気になる夢のことは置いておいて朝飯にすることにした。考える前にエネルギー補給だ。
俺が冷蔵庫を開いておにぎりや弁当を出している間、エビはお菓子類を漁っていた。
「朝飯、お菓子にする気か?」
「だめ?」
「お菓子で腹を満たすなよ」
「大丈夫、それも食べるから」
「大丈夫の意味が分からん」
結局、エビは弁当も食べ終えた。いや、この言い方だと弁当の方がついでみたいになってるな…。
エビがスマフォをタンタン弾いているのを横目に俺はゴミを纏めたり布団を片付けた。
「巴、今日いつぐらいにこっちに来ればいいかってさー」
「明ちゃんか?」
「多分そうー」
「方向は明ちゃんの家の方が近いし、こっちから出向くと伝えてくれ」
「了解」
俺は自室のぐちゃぐちゃ服達を布団の上にばら撒き、出掛け用の服を吟味することにした。といっても、おしゃれな服なんざ数がしれてるし、ぐちゃぐちゃな時点で評価は低い。
結局、着慣れたパーカーとジーンズとかにしてしまうおしゃれに無頓着な二十歳。尻目でエビを盗み見る。
昨日は当然エビが着替えを持っているわけもなく、俺の服と使っていない下着(新品)を貸与・譲渡しているわけだけども…。
「(似合ってるんだよなぁ)」
オーバーサイズのトレーナー(英数字柄)とゆったりスウェットパンツ(無地)。エビの高身長にピッタリフィットしてしまっている。
スラリと伸びる足のせいか、ピンと伸びた背筋のせいか、あるいは両方か……縮んだりしないかなぁ。
俺は視線を切り、ちょうど目についた服を手に取った。着慣れたいつも通りの格好になった。おしゃれなんていらないもん(泣)。
エビに事前に連絡をしてもらった。『これから、向かうから出る用意をしておいて』と。すぐに返事は返ってきて、「分かったよー」という字と共に熊のキャラ絵が表示されていた。エビ曰く『スタンプ』というらしい。メッセージ内で簡易的に扱える表現法なんだとか。文字を打つ必要もないとのことで、俺もスマフォを持っていたらそちらを標準的に扱っていたかもしれないな、そう思った。
「巴って、スマホ買ってないの?卒業してから一度も?」
エビがそんなことを聞いてきた。まるで、一度も持っていなかったことが不自然と言いたいかのような聞き方だった。
「持ってないな。持ってる方が普通なのか?スマフォ」
「スマフォじゃなくて、ス・マ・ホな。普通っていうか、持ちたくなるのが当たり前レベル?今じゃ高校生くらいから必須アイテムみたいなところあるよな」
「いや、知らんけど。電話なんだろ?地図も観れるのは便利だが、地図と電話を持ち歩きたいと思うのか?」
地図なんて知らない場所へ出かける為に必要なもので、自分の街なんかは、年を経るにつれ自然と覚えていく。電話だって向こうもこちらも用がなければかける必要はないし、わざわざ外に出て電話をかける意味が……あ、出先でも使えるってことか。すごい便利!とは普段電話を使わん身からしたら喜ぶほどでもない。
エビは嘲るように笑いながら否定をしてきた。
「いやいや、機能はそれだけじゃないって。パソコンをちっさくしたレベルで多機能よ?持ちたくない?」
「パソコンが分からん」
忘れているメモ、四か五だな。えーと、確か箱みたいなやつで、カタカタ音が鳴って、沢山の管が巻き付いてるやつだ。
「かぁー!親友のことを忘れていた時は悲しいと思っていたが、今じゃめんどくさいと思えて仕方ねぇな!!」
「おいおい、親友をめんどくさいとか言ってくれるなよ」
「めんどくせぇ、早く思い出せ!!」
「スマフォのこと?」
「スマホ!その他全部!!」
その他が結構あるんだよなぁ。多いんだよなぁ。てか、エビがそれらを覚えてたりしないのかなぁ。
日音、車、スマホ、パソコン、エビのこと………おお!全部エビは知っていたことだらけだ!てことは。
「エビィ、これ知ってる?」と俺は聞こうとした。だが、ちょうどタイミング悪くエビのスマホが鳴ってしまった。咄嗟に俺はエビの様子を伺い口を閉じた。
聞き覚えのある曲。しかし思い出せない。また忘れているものか?それとも単なるメロディ部分だけだと思い出せないってよくあるやつみたいな…歌詞に入れば思い出せるやつ。
アニソンのような、ドラマの主題歌?いや、アイドルソング…J-POP、いかん、これじゃほとんどのジャンルを言っていくだけだ。そもそも知らない曲を知ったかぶっているのかもな。クラシックのようにも聞こえるし。
エビがスマホを取るとその音は着信音だったらしく、通話を始めた。口ぶりから花星さんだろうな。顔が笑ってる。エビは元々口角が上がってるみたいだが。
エビの話し声から、今花星さんは明ママ美穂さんの服を借りている状況で、外着も借りられそうなんだとかで、どうしようかという相談みたいだ。
美穂さんはスタイルが良く、年若い美人ママさんだ。家に伺った時は大抵エプロンを掛けていらっしゃったが、その下には落ち着いた、かつ魅力的な服がチラ見えしていた。色合いや自分に合った服装が選べる人なのだろう。決して俺とは違う……なんで人ん家の母親をこうまでべた褒めしてるんだ?自分が自分で気持ち悪いわ。
明ちゃんも服装のセンスはいい方なのだが、サイズが多分小さいはず。なんとなくそんな気がする。
明ちゃんは少しだけ小柄なんだ。だから、年下感が似合うし、どこか妹ぽさを感じる。兄妹だったら、絶対妹だな、あのこは。しっかりした妹にいつも怒られる兄。悪くないなぁ。
「巴、俺も服借りて行ってもいいか?向こうが明チームコーデなら、俺たちは巴コーデで行こうぜ!!」
「何その対抗意識。俺の服、サイズほとんど合わんだろうに」
「合うやつでいいから!最悪これでもいい!」
「お前、それ気に入っているだけだろ」
「……」
「図星かよ」
一応、布団の上にバラけてあるやつの中と、押入れ箪笥の中にしまってあるやつを引っ張り出してみたが、エビのお気に召すものは今着ているものを除き見つけられず、そのままだ。だがその格好だと。
「外は寒いぞ」
「寒さには勝てないか…」
「で、どうするんだ」
「おじさんの服って、どう?」
「お前、勝手に使う気か?」
「おじさん結構背高かったよな?もしかしたらって」
「お前はそれでいいのかよ」
「藍が楽しみにしてるからな。後でお礼はすると約束する」
「俺じゃなくて、叔父さんにだからな。叱られるのも覚悟でいろよ?」
「分かった」
俺は引っ張り出した服たちを畳むこともしまうこともなく、布団の上に投げたままにした。帰ってきたら、片付ける、はず…。頼んだ未来の俺。
自室を出て向かうは隣の部屋。我が家で唯一閉められたままの部屋。引き戸の先は随分見ておらず、元々入ったらダメだと言われている。だが部屋の仕組みは俺の部屋と似通っているはずで、驚くこともないだろう。オタクな趣味とかはなかったはずだし、エロ本程度なら俺だって許容できる。
果たして、部屋の中身は…
「あれ?か、固い…」
「なんか引っかかってるのかな」
反対の戸も微動だにしなかった。つっかえ棒がされているのかと思ったが、そんなものは見えやしない。透明物ってわけでもない。念のために付近を触ってみても変な感触はなかった。
もう一度力を込めて引いてみる。びくともしない。
「開かないぞ」
「マジかよ。おっさんどんだけ用心深く締めてるんだよ」
エビは叔父さんがそう仕向けたんだと考えているようだ。
まあ入るなって言ってた人がなんの対策もせず家を空けるなんてことは考えにくいが、ここまで開けにくくする方法も考えつかない。部屋の中も気になってきた。
《本当に開けるのか》
「なんだって?」
「何が?」
「「?」」
2人して?顔。なんでお前もなんだよ。確認みたいのをエビがしてきたから聞き返したんだ。お前が言うのかよって感じで。
「何も言ってないけど…?」
「は?」
いやいやはっきり聞こえたんだけど。何を今更というか、言い出したのお前じゃねえかよってな感じにツッコミたいほどのマジトーンだったぞ。
「巴、大丈《本当に》夫か?まだ具《開けて》合悪いな《しまっても》ら2人に《いいのか》連絡するぞ?」
なにこれ、気持ち悪い。2人が同時に喋っているように聞こえる。それでいて2人の声が同時にはっきり認識できている。自分の耳か頭がバグったみたいだ。
声はエビともう1人分あった。男の声。聞き馴染みがある声だった。それこそ、身近な人で聞いた覚えが…
「叔父さんの声だ」
「は?おっさんの声?」
「違う、俺の叔父さんの声だ。それがさっきから聞こえるんだ。《本当に開けるのか》って」
「何も聞こえなかったけど。部屋におっさんがいるかもしれないってことか?」
「それは…ないと思うけど」
「マジで大丈夫か?近くに病院はあったかな」
「病気とかじゃなくて、マジで聞こえたんだよ。ほら今も《お前を信じてる》、《眼に見えないものも見つけてほしい》、《入ってこい》って。なんだこれ。何言ってんだ?」
「それはこっちのセリフだ!2人に連絡入れとくぞ」
「ちょっ、ま!」
ズルっと急に力が抜けてしまったかのような錯覚がした。いや、違う。力が抜けたんじゃなくて、力が入ったんだ。押される力が、引かれる力に切り替わったかのように、俺は前のめりになってしまった。危うく転びかけるが、エビの助けもありそれは免れた。
「「どわ!!」」
2人して間抜けな声。ものが多すぎる家ではないが、狭いこともあり、エビは机の角に頭をぶつけてしまった。痛そうだった。
「いってぇ!!何してんだバカ巴!」
頭をさすりながら親友を罵倒するとは。いやまあ今のは俺が悪いかもしれないけども、事故っていうかさ、悪意の上の行為ってわけじゃ。そんな言い訳を繰り出そうとするも、エビの視線が一点に留まっているのに気づき俺は振り返った。
叔父さんの部屋の引き戸が開いていた。部屋の様子はカーテンを閉め切っているせいか暗闇のようだった。
「開いてる」
「コケたのは急に開いたからだ。押してた力がそのまま勢いとなってこう…」
「分かったから、中入ろうぜ。お宝があるかもしれねぇ」
エビは後頭部のことはどうでも良さそうだった。部屋の探索に興味津々である。人ん家で、しかも叔父さんの部屋で、お宝探しとか、子供でもやらないのでは?
「巴はワクワクしてないの?…どんな顔だよそれ」
さあ?鏡がないからわかんね。
部屋の電気はすぐについた。一瞬の瞬きの間に闇は消え、部屋の全貌が明るみになった。
と仰々しく言ってみたが部屋の中は想像しているより普通だった。
壁に接した机に、本棚が一つ、箪笥、ベッドはないから押し入れに布団が閉まってあるのか。構造は俺の部屋を左右逆にしたような感じ。散らかっている俺とは正反対に片付けられた部屋だった。
「思ってたより普通」
「普通でもいいだろ。そこまで奇抜な人じゃなかったんだから」
「でも、巴も期待はずれみたいな顔してね?」
「…いや別に」
「ふーん、押し入れに服仕舞ってんのかな」
エビはズンズンと中に踏み入り、押し入れの方に向かった。俺は期待はずれでは無いものの、部屋のあちこちを見て回る。おかしそうな部分は特に無い。何でだ?
「ジャンパーばっかだな。コートが一枚もねぇ。お、これは…背広だ。めっちゃ綺麗、ほとんど使ってねぇなこれ」
エビは押し入れの中にあった服を手当たり次第手に取り、その状態や質を品定めしている。
一方、俺は1人用机に疑念を抱いた。
「何も置いてない。周りに引き出しとかも置いてない。作業机とかなんだろうけど、叔父さんそんな綺麗好きだったっけ?」
台所の食器類や机椅子、調理器具は叔父さんが買い揃えたもので2人で供用している。そこまでガサツに扱っているつもりはないが、必要なものは近くに置いたままにしていたり、手に取りやすい場所に置きっぱなんてことはよくある。
叔父さんがそれを注意してきたことがあっただろうか。本当は言いたくても我慢していたとかだろうか。だったら悪いことをしていたな。帰ってきたら聞いてみることにしよう。
「(箪笥の中、勝手に開けてごめん!)」
簡単に頭の中で謝罪をしておいて、1番上の段を引いてみた。
中は整頓されている、ようには見えなかった。封書が大量に入っており、一応カゴに入れられてはいるが向きはバラバラだったり、サイズの違うものが分けれていなかったりと、こういう所は気にならないのだろうか。気になっている俺の方が綺麗好きのように思われてしまいそうだ。カゴ二つの封書入れの横には腕時計が広々とした空間を占領していた。
「(腕時計…止まってるな。12時8分、4秒くらいか?)」
まだ昼は来ていなかったはず。9時そこらだ。秒針が回っていないし、壊れものか。誰かからのプレゼントとかで捨てられなかった、と推測してみる。
多分俺ではない。見た目超高そうだし。
「うーん、ジャンパー悪くはないんだけどなぁ」
エビが候補を絞ったのだろう三つのジャンパーを壁にかけて腕を組んでいる。俺は構わず、2段目を開けた。
2段目は写真立てが裏面にされて入れられていた。横にアルバムが2冊ほどあった。タイトル欄は無記名。
「決めた。これで行く」
エビがそんな声を上げた時、俺は写真立ての方に手を伸ばした。木のフレームは少しだけ固く、肌触りは滑らかだった。ゆっくり裏返す。
写真が入れられていた。男女3人の仲良さげな写真。20代、今の俺と一歳前後くらいの若い3人組が笑っていた。
「うわ、わっか。これおっさんだよな?」
「急に後ろ来るなよ、驚くだろうが」
「わりわり。そっちの2人誰だろな」
「………」
エビがおっさんと言った人物は、確かに俺の叔父さんそっくりな顔をしていた。髪型を少しいじり、髭をつけたら出来上がるだろう。叔父さんは40いくつだったから20年くらい前の写真ということになる。日付を見ると、やっぱり20年前だった。
隣の2人は知らない顔。男の方は少しだけ叔父さんに似ている。もしかしたら兄弟なのかもしれない、そう思った。女の方は綺麗な人だった。容姿は至って普通なのだが、笑う顔が魅力的で、頬にできたえくぼが可愛らしかった。
横向き写真の右側に叔父さん、真ん中を男性、左端に女性
と言った並びで、真ん中の男性は2人と肩を組んでいる。この時代は自撮りなんてものは無かっただろうから誰かに撮ってもらったのだろうか、写真写りがいい。
俺は写真を見た時に思ったことをエビに話かけていた。
「この2人、多分俺の両親だ」
「…あ、そうか」
俺の発言にエビはバツが悪そうな顔をし、口を閉じた。
しばしの間、2人無言でいると、エビが絞り出したような声を上げた。
「た、楽しそうな写真だな。3人とも笑顔だし…」
「…うん」
俺は物心ついてから、両親に会っていない。おじさんも2人のことを会話に出すことはなく、2人の今を俺は知らない。
いや、なんとなく予想はついている。叔父さんが俺を育てていること。叔父さんが一つも会話に出さないこと。
俺の両親は既に亡くなっている。確証はなくても確信している。
「巴、大丈夫か?」
エビが心配そうに顔を覗いてくる。こいつは何度も俺のことを気にかけてくれる。思い出せないけど、すごく、いい奴だ。親友って言ってくれるのが、嬉しいくらいに。
「大丈夫だ。服が決まったんなら、早く着替えろ。もうすぐ出るぞ」
「…わかった。少し待ってて」
「ああ」
俺は写真立てを引き出しにしまおうとして、引き出しを閉じた。
何もない机の上に見えるように置いておいた。
おじさんが帰ってきた時、真っ先に部屋に入ったのがバレてしまう場所だけども、むしろバレてしまいたいくらいだった。
「帰ってきたら、2人の話を聞こう」
怒られてもいい。勘違いかもしれない。でも、仲のいい3人組の話を聞けるのなら、叔父さんと話ができるならいいや。俺は部屋を出た。
*
「遅いですよ。何をやっていたんですか」
「ごめん、着替えに少し手間取って」
「対して変わり映えないじゃないですか」
「いや、俺じゃなくて、あいつの…」
「全然来ないから何かあったのかと…」
「明ちゃん、すっごく、心配してたの」
「んな、心配なんてしてませんよ!!」
「藍ー、寂しくなかったか?」
「全然。明ちゃんとシロちゃん温かかったよ」
「こたつだけじゃ飽き足らず、2人の温もりも享受していた、だと!?」
「変な言い方しないでください。お風呂を一緒に入っただけです」
「「!?」」
こんなやりとりをしつつ、俺たちは今日も街を歩いていく。
読んでいただきありがとうございます。
2023/02/26
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