13話 《 》 の 夢
日記はもう半分くらいの量が捲られていた。
失色症も進行ペースが早まった気がする。
コンビニ、学校、喫茶店。これらが色を失った。
あと、民家が数軒、失色症に罹ったり、何台かの車の色が失くなった。
ニュースキャスターは慌てた様子で、次々に失色情報を述べていく。
世界は静かに見えなくなっている。
そろそろ、生き物の番が来るのだろうか。
ー
19年目の誕生日を迎えた。
おじさんがケーキを買ってきてくれてた。
毎年毎年、なぜか用意されてる(笑)。
そんで、儀式みたいに2人で食べる。
いや、お通夜みたいに静かなんだよな。
来年は晴れて成人だな。
お酒とか、用意してくれるのかな。
おじさんと酒を酌み交わせるのは少しだけ楽しみだ。
もうすぐ、盆だ。伝えに行かなきゃな。
*
コンビニは今日も営業していた。やっぱり24時間営業してるのかな。
2日ぶりのコンビニ。変なところは特にない。店員を除いて。
「巴お菓子買おうぜ」
子どもか!じゃなくて、お前は気にならないのかよ。
「何が?」
「あの店員、ずっと俺たちのこと睨んでるぞ」
「そうか?俺はそうな風に見えんけどなー」
「そ、そうか?」
入店の挨拶の後、ずっと見られてる気がする。
店員の特徴は、紫髪の高身長、エビと同じくらいか?顔は整っているけど中性的。髪は少し伸ばしているのか、ヴィジュアル系というやつかな。若干化粧をしているように見える。年は近そう。睨んでるは言い過ぎかも知れないけど、確実にこちらを見てる。
他にお客さんがいないからだろうけど。万引きを気にしてるとか?防犯意識が高すぎる!と思ったけど、コンビニって多いって聞くしなぁ。まあ気にせずにいればいいか。俺たちは買いに来たんだから。
2日前に寄った時は、金髪ちゃんが店員で、可愛く笑いかけてくれてたのを思い出した。うぃす。少し懐かしく感じるあの口癖。
彼女は夕方くらいまでしか働いていないのだろうな。たしか、夜間学校に行っているって教えてくれたっけな。夜間学校ということは専門学生ってことかな。高校ではなさそうだと思うけど……個人情報の範疇だろこれ。こういう情報はそこらへんの男性との世間話で出てくるものなのか?
…なんで見ず知らずの女の子からそんなこと聞いてんだ俺。教えてくれたのは彼女だったけど。
うーん、比較者が明ちゃんぐらいしか浮かばない。比較にならない…
どんな学校かは知らないし、働きながら通う金髪ちゃんは偉いし、冬休みの時期だから稼ぎ時なのかなとか思うし。また会いたいと思える笑顔(業務用)だった。なんだ(業務用)って!あの子はそんな事しない…
………今って学校、冬休みじゃないの?
「なあエビ」
「ん?」ガサガサ
「殆どの高校って今冬休みだと思うよな」
「年末だしな、休みなんじゃない?」ゴソゴソ
「そうか、今は年末だったな…」
「まあた、記憶喪失か?今度はなんだ、カレンダーが分からないとかか?」ドサドサ
カレンダー。暦。一月から十二月。三十日前後で月変わり。年は三百六十五日。四年に一回閏年で一日足す(ただし100年度の閏年は行われない)。
覚えてる。問題ない。と思う…
「今日ってさ……て、お前お菓子入れすぎだよ!!」
「自分で買うから、良いだろー!少しはやるよー」イレイレ
「持って帰んのが大変なんだろが!自分で持てよ?」
「え!?半分は持ってくれるんだろ?」ドササッ
「もう入れるの止めろ!飲み物も買うんだぞ!」
「あ!俺何飲もっかなー」てっててー
「ほんと、ガキかあいつは!」
あー、何考えてたっけ。明ちゃんのことだったと思うけど……
エビ目離すと、どんどん飲み物入れてそうだな。
目が離せないのは子どもまでだろうが!いくつだよ!
「巴ー!コーラとグレープと、アクエとージンジャーを2本ずつ。他にあるかな」
「ジュースばっかじゃねーか!」
「えー?あ、お前お酒買うつもりか!?俺まだ飲めねーんだぞ!ずりぃ!」
「お茶とかコーヒーで良いわ!甘いもん減らして普通の飲料買え!」
「えー、コーヒー苦くておいしくねーし…」
「カフェオレにでもしてろ、ガキ!」
「同い年だろーが、ばーか!」
「早生まれの方が年上だ、あーほ…」
「くそ、後二ヶ月経てば俺だって酒飲めるんだからな!」
エビのこと、思い出せないと思っていたのに、俺の方が早生まれだと知っていることに気づいた。
確率で言えば二分の一だから、当てずっぽうで正解だったのかもしれないけど、車のことといいエビのことといい、少しずつ思い出している。そう思えたら心が楽だった。
でも、忘れてしまったことを思い出すのは何故だか怖い。
エビとの掛け合いを楽しんでいる自分がどうなるのか分からない。日音や他の事も思い出したら、俺はどうなるんだ…
「…も…え………巴ー?」
「…なんだ?」
「お前のカゴに少し移させて、重くて…」
「減らせ」
「…くぅ」
渋々、取捨選択を始めるエビ。
結局カゴから溢れているのを戻して、大盛りのままレジに持っていった。ガキじゃなくてバカなんだろうなぁ。頭がじゃなくて、中身が。
「クフッ」
おっと、笑ってしまった。何が面白かったんだ俺。
「巴ー、会計一緒にしちゃおうぜ!」
「お菓子代は出さないからな」
「……少ししかやらんぞ、いいのか!?」
「少しはくれるんだ…」
人がいいバカなんだなぁ、こいつ。
「袋入ります?」
「あ、大きいの二つください」
「5283円です」
まあまあいってるな。コンビニでこんなに買った事あったかな。まあ主にエビの菓子とジュースが占めてるんだが。俺の買う分は4か5分の1くらいか。
「巴ー、千円だしてー」
「それだけでいいのか?二千円くらいは出すぞ?」
「いいよー。全部払うのは厳しそうだけど……帰りの交通費…」
「そうか、ありがとう」
「……!?」
エビが驚いた顔でこっちを見てる。
「ポイントカードお持ちですか」
「あ、持ってます。はい」
店員に聞かれ、エビは無視した。
ピッ。読み込んで店員はすぐに返してくれた。無言でだったけど。
店員がお金を自動入札機に入れていく。「ポイントご利用よろしかったですか?」と聞かれ、「はい」と返事をする。
その後、ジャラジャラと小銭の音が鳴り、レシートが排出された。
「717円のお釣りです」
「あ、はい。エビお釣りだぞ」
「……」
こっちを見て固まったままのエビ。返事がない。とりあえず俺が受け取っておいた。開いたままのエビの財布にジャラジャラと流し入れる。ちゃんと小銭入れのチャックも締めてやる俺優しくない?
「あ、あり………」
「蟻?」
「が……」
「蛾?」
「とう……」
「十?」
などと言う茶番を入れてみたが、ありがとうを言っているのは理解している。ただ、なんのお礼だ?
お釣りを入れたこと?
「お礼を言う巴とか、超レアじゃん!!しゃ、写真!!動画撮っていい!?もっかい、さっきな感じで言ってくれ!」
エビがはあはあと興奮して詰め寄ってきた。ポケットからスマフォを取り出し、横向きに持って構えている。まるでカメラのよう…、カメラになんのそれ?
「藍にも、今の幸せを伝えたいんだ!お願い、こっちを向いて、少し照れたあの顔を!大好きな親友に向ける笑顔を!動画に残そう!!」
「うるさい。店の中で騒ぐな!」
「いいだろー、言ってくれるだけでもいいからさー。俺の写真フォルダには巴のそんな貴重な映像はないんだよー!」
「………今、な」
「プフ、お兄さん達変ですね」
「「え?」」
エビの発言の中で引っかかるものがあった。それが何か聞き返そうとする前に店員が話しかけてきた。
変。間違いなくそうだ。会計が済んだんだから、早く帰ってほしいよな。
客回しが大変なコンビニはいかにスピーディーに、且つ落ち着きを持った対応をして、円滑に客を捌いていかなければならない。遅さでイラつかせず、粗さが出てもいけない。
客がいない間も、陳列や補充など業務はたくさん。レジ前で居座られたら営業妨害か。早くどけよう。
あれ?さっきまで俺たちを監視してるだけじゃなかった?
「今日も全くお客が来なかったのに、あなた達はきてしまった。何者ですか?」
違った。違ってた。店員が言う変とは今の町の状態に合わない俺たちのこと。彼もこの町の異常に気づいてしまった俺たちと同じ、世界に取り残された人ということか?
「「…………」」
「………どうです?面白くないですか?」
「「は?」」
「今日は、お客さんが少なくて暇だったんですよ。だから、それっぽいこと言ったらどんな反応するかなっていう、ドッキリです。面白くないですか?」
「「…………」」
全く笑えないし、彼も全く笑ってない。
え?新展開の引きみたいな感じで区切っちゃったんだけど。因みに、区切りとの間には30秒もなかった。少し長いかなぁ?と思う程度の沈黙の間だった。
え?これどっち?
「ひっさしぶりのお客さんだったんで真面目にやろうと思ったんですけど、お客さん達、変すぎたんでツッコんでしまいました。申し訳ありません。ありがとうございましたー」
「いやいや!!今の空気で帰れないでしょ!!」
エビがなんか嬉しそうにツッコんでいる。お前も空気間違えてないか?
これは………恥ずかしいやつだぁぁあ。
その時、思い出したのはあのコタツの前(3話)でのこと。
『暗黒時代は卒業したはずだと!
黒歴史はなぜ新たに紡がれたのかと!』
静まれやぁぁ、俺の恥ぃぃ!!
「プフフ、お兄さん、もしかして2日前にも来られてます?」
店員は俺の内状を見たかのように笑いながら俺に聞いてきた。
「え?まぁ…」
「金髪の子は覚えてますか?」
マジで脳内見られてないよな!明ちゃんみたいな変な脅し方はやめてよね!ブラフも何もないけど、ポーカーフェイスを決め込んでみる。この店員は俺から何を引き出そうと言うのだ。
「はい。……うぃすの子、ですよね」
「そうですそうです。あの子からですね、伝言を頼まれてたんですよ」
「伝言?」
ブラフか?俺は何も信じられないぞ?ペースを飲まれると、俺の恥ずかしい奴が引き出されてしまうんだろ?
手遅れな気がするのはなんでだろう。
「ええ、裏には無かったそうです。それと、また来てください。だそうですよ」
裏……あ、他のコーヒー缶を探してくれたのか。何あの子めちゃくちゃいい子じゃん!常連だってことは知ってくれてたんだろうけど、こんな………また明日も来ようかな。
流石に明日彼女が来るのかって、聞いたら気持ち悪いよなぁー。固定シフトか、ランダムか……運任せになりそうだ。
「お兄さん、常連さんらしいですね。いつもありがとうございます。」
「あ、いや、こちらこそいつもご利用させてくださいまして……」
聞く?聞かない?聞いちゃいそう…いや、でも……
「お兄さん、本当に変なんですねー。あ、ごめんなさい」
「…そうですかね」
店員は口に手を当てて、しまったーみたいな顔してる。なんか、仕草が一々、女の人っぽいなこの店員。でも、タッパあるしなぁ。どっちだ?声は高い気もするけど…女性としたら低い方かな?
「でも、あんまりうちの若い子を誑かさないでくださいね?」
「え!?誑かす!?そんなことしてないですよ!!」
誑かすなんてのは、俺の隣にいるやつの常套手段で、俺はそんなことした覚えはないです。
してみたいくらいですよ!なんてのは言わない方が良いことは流石にわかってる。笑えない冗談は言う意味がないし、冗談って訳でも………げふんげふん。
「あの子、可愛いと思いません?」
「へ?えーと…」
これ、肯定するの難しくないか?可愛いって言うのはキモいと思うし、否定するのもどうなの?
そもそもとして、この店員さんは俺になんで質問してくるの?
目的は何?
「………すみません。変なこと聞いちゃいましたね。ついつい暇で。引き留めてしまい申し訳ありません」
「あ、いえ…」
「またのご来店お待ちしております」
無理やり、話を終わらせられた感がしてやまない。
でも、店員はバックヤードに入ったり、補充や業務に移ることなく、レジ前でこっちが動くのを待っている。
俺は袋の持ち手に手を掛け、エビに声をかけた。
「エビ、行くぞ」
「あ」
ピピッ。という怪音が鳴り響いた。エビが持っているスマフォから。そして、エビはさっと隠すようにポケットにしまった。
「何でもないよ」
「………とりあえず、持て」
「はい」
「ありがとうございましたー」という声を背中に受けて、店の自動ドアを潜った。
「おい、お前それで何をやっていた」
「何も?さあ、早く帰って食べようぜー!」
「まてこらぁ!」
エビが逃げるように走り出した。重い荷物を持ちながらのはずなのに、余裕が見られるほどの速さと体力だった。
チッチッチッ、シュン。そんな音が聞こえてきそうな信号機の点滅。エビはもう渡り終えている。俺の足は間に合わず、信号はもう既に赤になっていた。
あの色は《止まれ》という意味。
もしくは《危険》という意味。
危険の要因は車。横断側が赤だったら、進行側は青で車は行き交い始める。なんとなく分かったこのこと。
俺は左右を見渡した。人が通ることないこの町、車も当然通っていない。一台も。
俺の中で「意味ないじゃん」という気持ちが現れた。不意に、右足が白線を越えようと突き出しそうになる。
『だめだよ』
誰かの声が後ろから聞こえた気がした。
振り返っても誰もいない。コンビニの明るい店内ぐらいしか見えなかった。あの店員がわざわざ言いに来たとも考えられない。
俺は「気にせず進んでも良いだろ」そんなことを考えながら、信号が青になるまで待った。
エビが道の途中、しゃがんで待っていた。
「遅いぞー、迷子になってんのかと思ったわ」
「悪い……捕まえた」
「あ、ずりぃ!」
エビのコートの襟首を掴む。背が高いエビも、しゃがめば小さい。てか、掴みやすい高さに首があった。腹立つなこいつ。
「スマフォで何をしていた。吐け」
「ゲロは嫌だぁー」
「いいから、さっさと……ぶえっくし!」
「きったね!お、おま、反対側向けや!」
「ズビッ…すまん」
「素直に謝られると強く言えねぇ!とりあえず家に帰ろうぜ。この後どんどん冷えてくぞ?」
「……ち」
「レッツゴー!」
今度はエビにいいように丸め込まれた気がする。しかし、くしゃみがその後も何度か出たため、仕方なく従うことにした。肌寒いけど、くしゃみ出過ぎじゃね?風邪引いたかな。
月明かりが俺たちを見つめるように小さく光った。そんな気がした。
「ふー、帰還!」
「お前ん家じゃねえよ」
「いや、俺の家と言っても、過言じゃない気がする」
「なんでだよ」
靴を脱いで、すぐに電気ストーブを点けた。
エビはコートを着たまま、買ったものの整理を…というか袋から出して机に並べているようにしか見えない。
「飲み物は冷蔵庫入れててもいい?」
「ああ」
「まず何から飲む?」
「コーヒー」
「へ!カフェオレ譲ってやろうか?」
「いらん」
「砂糖入れてやろうか!この野郎」
「何で喧嘩腰なんだよ」
「意味はないよ、こんちくしょう!」
ゴソゴソと袋から余りの飲み物を持ち出し、エビは冷蔵庫のほうへ向かう。ガランという音がして、エビが声を上げた。
「何もねえじゃん!おま、これで生きてんのか?」
「買い出し忘れてたんだよ」
「……たくさん買っといて良かったな」
「殆どお菓子だけどな、これも入れといてくれ」
「ほい」
2人分のおにぎりと弁当をエビに手渡した。
「これで足りるんだから、すげえよな」
「なんだ?少なかったのか?おにぎりなら二つ食っていいぞ。明日の朝飯用だったんだが」
「いや、いいよ。それよりお菓子なんか食おうぜ」
エビは嬉しそうに買い物袋の方に戻る。
机の上はたんまりなのに、まだ出せていないお菓子が残っているのか。子どもが大人買いをしたらこんな感じの絵になりそうだ。
「ヘイチュー、見ル樹ー、コーラ組、ギリギリ梅、筍茸ミックス、カカオボール、アラフォント、スルメ、鱈チーズ、ピーナッツ、小魚豆、ジャガチプが3袋。どれ開ける?」
ソフトキャンディから、おつまみまで。お菓子というお菓子の中から選りすぐりで買ってやがる。
子どもと大人の好きどころみたいな選び方しやがって。
「じゃあ、ピーナッツで」
「地味だなぁ。ジャガチプも一つ開けるか。コンソメかな」
バリィ!とパッケージの背面を大きく開けたエビ。そのまま袋が止められている部分を綺麗に引き裂き、皿というかシートがわりになった。2人でつまみやすいようにという配慮だろう。ち、いい奴だなぁ。
俺も負けじと小皿を取りに向かった。開けたピーナッツを小皿に移し、机に置く。仕返し気分だったのだが、エビが「お、サンキュー」と言ったので、さらに負けた気分になった。さらっとお礼が言えるところがいいよなぁ。
お礼?あ。
「おい、そういやスマフォで何かしてたろ、いい加減教えろ」
「あ、思い出したか…仕方ねえ、教えてやるよ。ほらこれだ」
エビがスマフォの画面を見せてくる。三角と丸のマークの後ろ?に俺が映ってる。やっぱりカメラ機能が有ったのか。
てか、隠し撮りしやがったなこのやろう!
「プライベートだ、消せ」
「嫌だね。お姉さんと話して、緊張してる巴。俺の写真フォルダに残し続けるよー」
「てめ!……お姉さん?」
動画の背景はコンビニの店内だった。さっき撮ったやつなのだろう。あのコンビニ内で女の人がいたっけ……あ。
「あの店員、女の人だったのか」
「……お前、失礼にも程があるぞ。あんな美人に」
「中性的な、男の人だと思ってた」
「…報告、失礼な巴くん。と」
エビが呪文のように唱え、スマフォを操作している。あの画面は花星さんとのやり取りをしていた画面じゃないか?
ピコンみたいな音がした後、エビが言う。
「どう見ても、女の人じゃないですか(明)
やっぱり巴くんなんだね。変わってなくてなんか複雑だよ。(藍)
…だって」
「だってじゃねぇよ。お前さっきのやつ、送ったのか!?」
「うん」
「何がしたいんだお前!」
「あ、もしもし?さっきの動画なんだけどな、本当はさー………」
エビが花星さんと電話をしている。
その間、布団の用意をする。
風呂はシャワーだけしか使っていない。おじさんが帰ってきてないのもそうだが、1人でいると風呂に浸かるのがめんどくさいんだよな。近くに銭湯があれば良いんだけどなぁ。
あ、銭湯のことは覚えてるのか。
まあ、風呂が分かるなら銭湯も普通に分かってそうではあるか。なんだろう、この自分の考え一つ一つを意識してしまう状況。
忘れてること…。
「そういえば、あの絵の女性のことも分からないのか。いつ描いたんだよあれ」
押し入れの中に仕舞っている、絵画達。水彩絵の具で描かれた裸婦画。他のスケッチブックの紙質が同じだった為、描いた人物は同じ。つまり俺であるのだろうが、全く思い出せない。細部まで、緻密に描かれていて、他の絵よりも思い入れが違っている。まるで別人が描いているような…
「別に俺が描いているとは限らないのか。スケッチブックが同じなのは学校教材だったからとか、誰かから描いたものを譲って貰ったとか……後者だったらなんか気持ち悪い気が…」
俺が描いているもので裸婦画は他にない。そもそも、人物画が他にない。だから、俺のタッチかどうかは果物画か風景画で比べるしかない。色使いとかもヒントなのかもしれないが、殆ど肌色と黒だぞ。比較になるか?
実物を眺めて検証することはなく、押し入れを見つめぶつぶつ言っている俺。他の人が見てたら、どう思うだろうか。
「巴ー?電話ー!」
「うお!?……なんだ?」
エビがいたの、忘れてた。もうこれ、ただの忘れ癖なのでは?超若年性認知障害的な……20、30年は早いだろ。あ、病名は覚えてら……て、なんのようだ?
エビがスマフォを手渡してきた。
耳に当ててみる。
『もしもし』
「どうかしたの明ちゃん」
声の主は明ちゃんの方だった。花星さんじゃなくて少し驚いたが、声に出すほどじゃない。
『巴さん、えっと…』
「うん?」
『…………おやすみなさい』
「………お、おやすみ」
『…明日はバイト先に行くんですよね、ちゃんと起きてくださいね』
「う、うん。分かった…」
『エビさんに代わってあげてください』
「じゃ、じゃあね、明ちゃん」
エビに手渡すため耳から離そうとした時、「ふふふ」という声が聞こえた気がした。
「お、終わったー?…耳赤すぎじゃね?」
「っるさい!」(小声)
「いてっ!……いや何でもないよー……」
エビが電話相手に誤魔化しつつ離れていく。
俺は布団の上の服を掴み取り、顔に覆った。その後は割愛。
風呂上がり、布団も敷いて、いつでも寝れる状態。ただ、もう少し起きていそうなので、電気ストーブはつけたまま。
お菓子も開けっ放し。ペットボトルは流石に蓋をしている。
「おじさんは元気にしてんの?」
「お前、おじさんのこと知ってたのか」
「そりゃあ、巴の保護者にも会ったことあるよ。授業参観にも一回だけ来てたな。この家にお邪魔した時は居たし、気さくな叔父さんだったよな」
「そうか?頑固ジジイだったけどな」
「へー、家族と他人に対する顔分けみたいなものか」
「家族……おじさんの口癖があってさ」
「どんな?」
「俺を親と思うんじゃねえ。って何事にも言ってきた」
「何それ。どう言う意味?」
「それは……何でだったかな。思い出せねえや」
「…そっか。きっと思い出せるさ」
「……うん」
いつのまにか、寝息が聞こえ始めていた。俺も眠ってしまった。あ、ストーブはちゃんと消しました。
不思議な夢。気持ち悪い感覚。知らない景色を無理やり見せられているかのような夢。前に似たような夢を見た。あれは確か…………。
視界がぶれる。突然の浮遊感が伝わってくる。その後激しい音。何かが割れる音?潰れる音?誰かの息遣い?
《ガハッ、 ……》
男性の声。聞き覚えがある声。
《ご……めん。……ミ………た…》
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「……も……!」
苦しい苦しい苦しい苦しい
「とも……!」
《 》に会いたい…
「巴!!大丈夫か!!」
「………え?」
「すげえ、うなされてたぞ。脂汗…本当に大丈夫か?」
「……あ、大丈夫。もう大丈夫だ」
「水ついでくるよ」
「…すまん」
俺は右手に握り込んでいたそれを見る。寝ている間に掴んだのだろうか。手汗をかいていたのだが、絵が滲むようなことはなさそうだった。
エビのバッジを握って見た悪夢。めいちゃんの時と、どこか似ていた。
一瞬、黒い背景の中で、ムスカリの花が風に揺られているように見えた。寝ぼけていたのだろう、バッジの絵が2度と動くことは無かったのだから。
時計を見ると、深夜ではあるけども寝初めてからそれほど経っていなかった。
0:45 12月28日 と表示されていた。
今日が何日か、ようやく認識した気がする。
5日目に変わっていた。
読んでいただきありがとうございます。
2022/09/27追加点
エビのバッジを握って見た悪夢。めいちゃんの時と、どこか似ていた。
↓
エビのバッジを握って見た悪夢。めいちゃんの時と、どこか似ていた。
一瞬、黒い背景の中で、ムスカリの花が風に揺られているように見えた。寝ぼけていたのだろう、バッジの絵が2度と動くことは無かったのだから。




