12話 花星 藍 の 来宅
ベンチに座って、俺は公園内を眺める。
至って普通の公園に見える。
滑り台。ジャングルジム。鉄棒。雲梯もある。水飲み場の蛇口(立形水飲水栓というらしい)。
何処にでもある遊具が大体並んでいる。だが公園といえばこれ、と思い浮かぶあれはない。
ブランコ。
それが無い公園があるというのを聞いたことはあるけど、昔ここで遊んだことがある俺としてはそれが理由とはならない。ここにはブランコがあった。4人分座れるブランコ。
思い出の中の色は黄色だったかな。鎖繋ぎタイプで触れるとジャラジャラと音を出して揺れていた。
そのブランコは今は見えない。
いつだったかにニュースでやっていた。
失色が広まり始めて、数ヶ月が経ったが、まだまだ世界は色が残っている。
「時間がかかるなぁ」
この公園でも色が失くなっているのはブランコのみ。
アイツは裏で何かをしているらしいがその説明はなく、定期的に日記を捲りに来るだけで、アイツの姿を見ることはない。まあそもそもアイツは見えない姿をしているが。
ぼやけて見えるだけ。色も形も見えない、でも何かがそこにいるように見える。
アイツは人間ではないだろう。だから、ただの透明。それを言うとアイツは怒るが。
アイツには感情みたいのがあるけど、違いは殆どない。基本的に飄々としている。顔が言えず声だけなのも原因かもしれない。
知識は何処で得たのか、言葉を知っていてよく俺を苛立たせる。触ったことはないけど、アイツは俺に触ってくることがある。柔らかいような硬いような変な感触のものを蹴った。痛みはないのだろう、強く蹴った時も反応はなかった。
アイツを見つけたのは高校卒業の日、この公園だった。
忘れられない思い出。俺の一生最大のミス。
それを見続けていたあの野郎は笑って話しかけてきた。
「あー、嫌なこと思い出した。休憩終わり」
俺はベンチから立ち上がり、持っていた缶コーヒーを飲み終え、捨てようとした。
ゴミ箱が無くなっていた。
昔はあった筈なのに。しかし、それは失色が理由ではなかった。
いつの間にか多くの公園からゴミ箱は撤去されていたらしい。
ネットで調べて知った。
インターネット情報は便利なもので、簡単に多くの情報を得ることができるが、自分で調べないことは知識を得ることができない。傲慢かもしれないが不便に思えた。
「要らないものは、いつの間にか無くなっているのか」
無意識に出た言葉。その時どんな顔をしていたのか、知っているものはいない。俺も含めて。
ー
ニュースでコンビニ強盗、衝突事故、ひき逃げ、遭難、日本中の事件事故がパッパッと流れていたんだ。
高校の頃はそんな気にしたことなかったけど、下手したら自分も巻き込まれることもあるんだよな。
俺じゃなくても、知り合いとかも……。
前にも事故現場見たし、他人事じゃないよな。
毎日ビビってたら生きづらいと思うけど、気にしないのも無理だよな。交差点では周りを気にするようになって、天気も確認するようになったんだ。大人への前進かな。
不安と期待を込めてここに残しておく。
*
「花星藍です。シンジくんの、か、かの、かの………」
「彼女だろ。リピートアフターミー、か・の・じょ」
「……か…………あうぅ、恥ずかしいですぅ」
「あ〜可愛い。俺のお姫様♡」
「あうぅ」
エビが花星さんに抱きついた。花星さんは恥ずかしそうな仕草をするも、顔は喜んで見える。
最悪だ。目の前にお花畑が現れている。いや違う。頭お花畑の奴らが居る。すぐさま帰って欲しい。
どんなやばい奴が来るのだろうと身まがえていたのだが、拍子抜けだった。真っ黒ゴスロリとか、メルヘンきゃわわーとか、少し痛い人を想像していた。
入ってきた彼女は、普通の女性。可愛らしい印象で、見た目からは変なところが見受けられない。
花星藍さん。
俺と同い年でエビのか、ka、《Karma》だ。業だな。悪業だ。自分で女どもを侍らせていたと言っていた。そのうちの1人なんだろ?
見た目は藍色の髪が特徴的。三つ編みが両肩に垂れている。顔は垂れ目垂れ眉で幼い印象だが、薄い化粧をしていて大人の女性感はある。口調はゆっくり。
服装は大人しめの印象を受けた。
部屋に上がった時までは。
茶色い分厚目のコートを脱いだら、あらびっくり。女性を主張する凹凸が、凄い。気持ち悪いことを覚悟で言うと、なんかエロい…。
青色のニットセーターと淡い緑のロングスカートという至って変なところはない服装。青の主張が少し強いが、悪くはない。いや、特徴的な部分がもう一つ。首元に白いチョーカーを付けてた。ガーリーっぽい服装には似合わないワンポイント。何故に?
エビが抱きついた時に見えて気づいた。パンク系なのかな。
明ちゃんが小声で俺に話しかけてきた。
「巴さん。藍さんを見過ぎじゃないですか?」
「ふぁ!?…そう?」
明ちゃんが耳元で囁いた。
「いやらしいです」
「……!?」
バッと顔を見ると、明ちゃんは口をつぐんで困ったような、怒ったような、そんな不満顔をしていた。
咄嗟に否定しようと顔を向けたのに、なぜかその顔が妖艶に見えて、言葉が出なかった。
ちょうどエビが俺たちを紹介し始めたので、気をそらした。
「藍、巴と明ちゃんだ。あと犬の名前は…」
「シロです」
「シロだ。明ちゃんのペットなんだって」
「シンジ君が、お世話になりました」
花星さんは深々と座礼をした。美しい所作だった。
育ちが良さそうで、気品に溢れている。美穂さんをもっと若くして、同年代にしたような女性だな。
美穂さんの俺の中の株が高すぎて、女性像の比較として出てきてしまう。俺、そんなに美穂さんのこと知らないのに……。
エビが嬉しそうに花星さんを起こす。
「なぁ藍!巴だよ!覚えてないか?椋梨、巴だ!」
「くなし、ともえ…さん。ごめんなさい、覚えがないです…」
花星さんは俺の名前を聞いても、同級生だったことは思い出せなかったらしい。エビがヒントを出した。
「おいおい、日音と一緒にいたアイツだよ。忘れてないだろ!」
「ひーちゃんの……あ!巴くん、ですか!意地悪の!」
「そうそう」
「ふぁ!?」
「プフッ」
「わう?」
花星さんは例の彼女、日音経由で俺のことを思い出したらしいが…意地悪とはなんぞ!?
エビは嬉しそうに首を縦に振って肯定してるし、明ちゃんは他人事だからと笑ってる。シロは話を理解しておらず、首を傾げている。
知らないことは俺に原因があるのかもしれないが、面と向かってそんなことを言われるとは思ってもいなかった。昔の自分とやらが今の俺と乖離しているではないか。
俺が意地悪するような人だと思いますか皆さん。いいや思わないでしょう。大丈夫、答えは自分で決めるので。
「ご、ごめんなさい。その、昔の雰囲気と、変わってる、気がしたので…ひーちゃんのことは、忘れていなかったのに、なんでだろう…」
「どうだ!懐かしいだろ!?昔のメンバーみたいじゃないか?」
「…ひーちゃんが、いないでしょ」
「ああ、後は日音だけだな。そういや、アイツ今は何処にいるんだっけ?」
「〇〇大学に、通ってると、思うけど、最近連絡、取れてないから…」
「そっか、アイツも県外だったな」
新たな日音の情報だが、思い出すきっかけにはならなかった。会話も方向性を変えてしまった。主に明ちゃんが要因。
「あの、お聞きしたいことがあるんですが」
「あ」
花星さんはここでようやく、明ちゃんに意識が向いた。彼女と明ちゃんは面識がない。知らない子が会話に混ざってきて、驚いたのだろうか。まじまじと明ちゃんの顔を眺めている。
「…き」
「「き?」」
思わず明ちゃんと声を揃えて聞き返してしまった。
き?奇とか、鬼とか?…恐怖!とかキャア!とか…。明ちゃんのおかしな部分や怖い部分が表に滲み出ていて、それを察知したのか?はっは、脳内ならいくら言っても怒られる心配はないな……なんか横から圧を感じる。危かもしれない。
花星さんは俺が想像したどれをもいうことなく、恍惚とした表情で言った。
「…綺麗な子、です!妹さん、ですか?」
「御見透明と申します。巴さんとは短い付き合いがあって、今日はたまたま居合わせただけなんですが、同窓の場をお邪魔してしまいました」
「…話し方も、すごいです!私よりも、大人な気が、しますよ!」
「いえ、まだまだ未熟ですので…つい先日巴さんにも子供だと窘められたばかりでして」
「巴くん、大人気、ないですよ!やっぱり、意地悪ですね」
おおふ。まさかのリターンがあった。俺の脳内って情報漏れしてます?どっかにスキャニング出来るような機械が設置されてます、この家?昨日明ちゃんが来た時に改造されてたりする?家じゃなければ、俺自身に…
などと、適当に考えてしまう。
本当に短い付き合いなのに、彼女は俺のことをいじったり怒ったり、笑いものにしたり……やっぱり扱いが酷い。鬼だわ。
そうだ、俺に大人気がなかったとしても、彼女にも子供気がないと言ってほしい。意地悪されているのはこちらだ。
年上を敬うことを強要する気はないが、提唱したい。意見としてここに……
「明ちゃんはな、賢いんだ。花の知識もあるんだぜ。これのことも知ってたんだ」
エビが明ちゃんの株を持ち上げようと、コートの胸ポケットからバッジを取り出し花星さんに見せつける。
花星さんはバッジを見て、微笑んだ。
「シンジくんの、宝物だね。2人がくれた」
花星さんはバッジのことを既に知っていたらしい。そりゃあそうか。エビの彼女…らしいし、エビの性格なら教えるだろう。出会ったばかりの明ちゃんに教えるくらいだったのだ。気軽に、交友的に。エビって友達多そうだよな。
「不思議なもんでさ、この花の説明を明ちゃんがしてくれたんだけどな、日音みたいだったんだ!知ってたか、ムカリスじゃなくて、ムスカリだったんだぜ」
「間違えて、覚えてたんだね。シンジくんらしい」
花星さんは笑って話を聞いていた。優しそうな人だな。スマフォから感じたやばい人感はもう既にない。
「教えたのは原産地と、花言葉くらいです。私もエビさんと同じく人聞きだったので、日音さんの知識には劣っていると思います」
「エビさん?」
「俺のことだ。明ちゃんはあだ名のセンスもある」
「気に入ったんだね、いいね」
エビやろうって呼んだら怒られるかなぁ。
2人の仲がいいのは悪くはない。が、何度もイチャイチャされるのは、それを見せられるのは、腹が立っちゃうので、帰ってもらいたいですね。家でやってもらえますぅ?
が、花星さんが話し始めたのはエビのことではなく、日音のことだった。
「ひーちゃん、お花好きだったから、たくさん知ってたよね。私も、教えられたな。すっごく、楽しそうに、話すのが、可愛かったの」
「そうそう、道通って見つけた花の事とかも無駄に教えてくれたよな。嬉しそうにさ」
「無駄は、酷いよ、シンジくん」
エビの発言から花星さんは表情を暗くした。慌てて言い直すエビ。
「ああ、そうだな!役立つこともあったな、そういえば。これも教えてくれたのは日音からだったんだし」
「それを、大事にしてたことは、無駄じゃなかったでしょ?」
シンジの宝物と言った花星さん。
エビがそれを大事に扱っていたのは、俺たちも見て分かることだったし、花星さんの言葉が、それを無駄なことだったとエビ自身が言っているという指摘であるのも分かった。
エビがバッジを見つめ己の発言の間違いに気づいたようだ。
「そうだ、俺の夢になったんだった。さっきのは失言だったな。ごめん」
「悪いことを謝れる、シンジくんは偉いよ」
「いや、気づかせてくれた藍のおかげだよ」
結局いちゃつき始めたよこのバカップル。
はあ、明ちゃん、さっさと聞きたいこと聞いて、帰らせようよ……
そう言おうとして、明ちゃんを見ると、彼女はとても悲しそうな顔をしていた。てか、泣いてないか!?どうしたんだ!
「どうしたの!?えっと、明ちゃんって、呼んでいいのかな。また巴くんに、意地悪されたの?」
「え?」
「何したんだ、巴ー」
花星さんが俺に冤罪を吹っかけつつ、心配そうに明ちゃんの顔を覗き込んだ。ほんと、昔の俺何をしたんだよ!花星さんの中の俺のイメージ悪すぎるだろ!?
あと、エビの方は普通に腹が立った。状況からして、テメェが散々いちゃつこうとしたのが、気に障ったってことじゃないのか、あ?
あ、でも明ちゃんはエビのことをイケメンだと思うけど、どうでもいいって言ってたな。そしたら嫉妬してるってのも変だよな。一目惚れしてるのを隠してるなら或いは……
うん、分からん。明ちゃんは元々よく分からん子なのだ。
自分が何で泣いているのか分かってないって表情に見えるんだよなぁ。流石にそれはないと思うけど、俺じゃあるまいし。何のための自虐だこれ。
「巴くんも、ごめんなさい、しましょう。明ちゃんを、傷つけたんでしょ?」
ちょっと待てい。もう犯人断定してます?
俺が傷つけたですと?俺のどの辺に傷をつけるほどに危ない箇所があったと?黙って見てただけなんだけど?
無自覚に傷つけてしまう罪な男だ俺は、ふ。とかは、あなたの隣にいるエビ野郎の悪業でしょう?俺はそんな恥ずかしいことした記憶ありません。あなたを傷つけたという記憶もありません。
冤罪だ!こんな展開昨日もやったぞ?
まさか、タイムリープしてる?人だけ変えて、同じことを繰り返してんですの?それは、タイムリープとは言わんか。
ただのホラーだ。意味わかんない系の。
「俺は何もやってないよ!どうしたの、明ちゃん」
「えっと…あ、何でもありません」
自分の右目の目尻に指を当てて、その時になって涙の存在を認識したかのような反応。左目の涙は頬にこぼれ落ちてしまった。
その様子を見て、花星さんが明ちゃんの隣に行き、抱き寄せた。
「ごめんね。巴くんも、根はいい子のはずなの。これから謝ってくれるから、許してあげてほしいの」
「あ…」
優しいお姉さんと傷付いた少女の抱擁シーンは絵としてはすごく素晴らしいと思えるけど、多分花星さんの勘違いが俺を非難してるんだよなぁ。花星さん根は良い人なんだろうけど、度々俺に矛先を向けてくるんだよなぁ。一応謝っといたほうが良いように思えてきて怖い。
「その、何が至らなかったのか分かりませんが、ごめんなさい」
土下座。記憶の中でやったことは一度も覚えがない。初めての土下座だと思う。
明ちゃんの反応はというと。
「巴さんに何かをされた訳ではないと思います。すみません。気にしないでください」
だって。やっぱり俺が原因じゃなさそうじゃん。
なんか他人事みたいな言い方が気になったけど、本人が深く聞かないでほしいという雰囲気だったので、花星さんも聞こうとはしなかった。ただ、明ちゃんを抱きしめ直し、頭を撫でていた。
「あ、あの…離してほしいです」
「ひーちゃんがね、私が落ち込んだ時、よくこうしてくれたの。落ち着くでしょ?」
「……そう…ですか」
明ちゃんは逃げようとするのをやめて、なされるがまま花星さんに身を預けた。
まるで姉妹のようだ。泣いた妹を落ち着かせる姉。良い光景だ。さっきまでの冤罪行為も忘れ……とりあえず横に置いても良いくらいの気持ちになった。
「藍は日音のことを姉みたいに慕ってたんだ、同級生なのにな。多分藍は日音みたいになりたいんだろうなぁ。なる必要なんてないのに…」
エビが俺にだけ聞こえるように言ってきた。
日音のことを殆ど思い出せていないけど、きっと優しい人で周りに影響を与える明るい女性だったんだろうな。太陽のような…
「いや、日音は大人しめのやつだったって、前言ったろ?周りを引っ張っていくような奴ではなかったよ。恥ずかしがり屋だったし」
まじか。全然思い出せないどころか、日音のイメージすら全然出来上がらないんだけど。
「早く思い出せ、日音の事も、俺らの事も」
「…善処する」
「なんだその言い方」
エビは笑って俺の肩に腕を回した。肩組むの好きだなこいつ。
まあ、苦しい行為ではないので、そのまま放置するが。
「うりうりー」
エビは人差し指第一関節の甲部分で、俺の頬をぐりぐりしてくる。痛くはない、が鬱陶しい。やっぱり少し痛い。
反撃。
「うわ!ちょ、巴!ギブっ!」
「さっきの腹いせも返してやろう」
「助けてー!!」
明ちゃんが落ち着いたようなので、質問を再開しようとしたのだが、花星さんがなかなか明ちゃんを離さなかった。抱き心地がいいとか、自分も落ち着くとか言っていた。明ちゃんが苦しそうにしていたので無理やり引き剥がした。
「花星さんは電車で来られたんですよね」
「うん、そうだよ」
「町の様子はどうでした?駅や電車内に違和感はありましたか?」
「これと言って、特には…」
「周りに人はいましたか?」
「駅のホームには、旅行客が、それなりに、居たかな。冬休みだし。あ、でも…」
「でも?」
「私が乗った、車両は、他にお客が、居なかったの。駅に着いて、降りる人も、乗る人も、他にいなかったのは、印象的だった…です」
この町のではなく、二、三駅離れた県の中心駅の話をしてくれているのだろう。
ターミナル駅ではあるので、乗降客を見かけないというのは異常事態だ。てことは事態の境目はこの町から、市もしくは県全域なのかな。
「やっぱりこの町周辺からが異常地帯ということみたいだね」
「いえ、電車に乗る時点でも違和感はあります。一車両に1人の客というのは異常でしょう。冬休みですし」
「そっか、じゃあ範囲は広まった感じか。西から東、もしくは日本中とか」
日本中の旅行客が、一斉に家に籠る。変な話だな。
「へたしたら世界中かもなー」
エビは適当にそう言ったけど、それを否定できるほど俺たちは現状を知らない。
世界中の人が引きこもりになるとか、夢でも考えた事ないな。無意味だし、無益だから。
「規模のことは、霧の道で繋がっていたあの町が教えてくれようとしていたのでしょう」
そういや、違う県の地名をスマフォのオンセーガイド?が喋ってたな。もう忘れたけど。
「?、??」
あ、花星さんが俺たちの会話についていけてない。そりゃあそうか、まだ本人は変だなー程度にしか事態を考えていないのか。
ただ、説明するとなると長くなってくるし、そろそろ時間帯的にみんなお帰りになる頃合いだしな……
18:34と時計は表示していた。
明ちゃん達を家に送らないと、ご両親に心配をかけさせてしまうかもしれない。大恩のある、お二人に迷惑をかけるのは良くない。
「明ちゃん、そろそろ送るよ」
「あ、もうこんな時間ですか」
明ちゃんも時計を確認して、帰る意思を見せた。エビ達もそれに反応する。
「明ちゃん、家に送んの?俺もついていくー」
「わ、私も…」
「お前らは帰れよ。新幹線早くしないと席買えないんじゃないのか?」
「あ、泊まってくから大丈夫だよー」
泊まっていく?何処に?近くにホテルが有ったっけか?やってるかどうか分かんないし、予約できるところ探したのか?
「ここに泊まるよーいいだろ?」
ここ、と言ったエビが指差したのは床。ここに当てはまる言葉が床じゃないことはすぐに察せた。
「はあ!?家に泊まるって!?ダメに決まってるだろ!」
「マジで?ダメなの?」
「お前、わざわざ花星さんが迎えにきてくれたんだから、帰りの予約とか、ホテルでもいいけど、男らしいところ見せてやれよ、花星さんに呆れられるぞ?ねえ?」
俺はエビの後ろに隠れた花星さんを見た。
ひょこっと顔を伺うように覗かせる花星さんは顔を赤くして告白した。
「……その、迎えにきた、訳じゃなくて、ただ会いたくて、来ました……ごめんなさい、不純な動機で!」
「やっぱり藍も帰る気はなかったよな。久しぶりに3人で夜を過ごそうぜ!」
「………」
花星……電話通りの奴だったのかよお前…。
エビはおおはしゃぎで、夜は何しようかと1人盛り上がっている。
子どもか!!
とその時、この室内ただ1人の未成年が声を上げた。
「ダメです」
「「「え?」」」
「エビさんはどうでも良いですけど、藍さんを野獣達の檻に泊まらせるのは許容できません」
「「は?」」
「やじゅう?」
3人とも声を合わせて明ちゃんを見やった。野獣の檻?何を言っているんだい?花星さんが目を丸くして聞き返している。
良く分からん勢いで明ちゃんは花星さんを誘い出した。
「藍さん。私の家に泊まりませんか?食事、風呂、ベッドもしくは羽毛布団、ぬくぬくおコタが付いてきますよ。どうですか?」
「「「!」」」
コタツ、こたつ、炬燵。三種の神器ならぬ、万物の頂点。それはある季節において、絶大なる効力を発揮し、使用したもの全てを廃人にする。ある種の麻薬的成分が空気中に放射されていると、ある学者が唱えたそうな……
言葉を聞いただけなのに、花星さんの顔が変わってしまった…ように見える。
「シンジくん、私、明ちゃんと、お話がしたいな。シンジくんとは、メッセージアプリで、繋がれるよね」
「おいおい藍、そんな薄情な奴だったのかい?俺たちがこんな寒い家で震えてる中、お前はぬくぬくおコタ様の中でスマホを眺めるのが良いと思うのかい?」
しれっと寒い家って言いやがったな。雰囲気の邪魔だから、あえて突っ込まないけど、後で覚えてろよ?
「大丈夫だよ、私は、浮気なんてしない。あんな人の温もりなんて、一日あったら、忘れられる」
「浮気する気満々だこの女ー!」
「明ちゃん、本当にお邪魔しても大丈夫なの?」
花星さんが念のための確認を取る。出会ってまだ1時間ちょっとの人物を家に招く。そして、受け入れる。それが明家族なのだ。大丈夫だろう。
「問題ありません。お母さんは許してくれるでしょうし、お父さんは黙ってくれるでしょう。」
「わーい」
「巴もん!俺も浮気したいよー!こっちもこたつ出そうよー!」
エビが縋るように抱きついてきた。キモい。あと、その名前はギリギリっぽいからやめよう。後で修正されるかもしれない。
「生憎だが、家に炬燵は置いてない」
「くそー!!」
「帰りたきゃ1人で帰れ」
「シンジくん、お留守番気を付けてね」
「この裏切り者ー!!」
エビが声を上げて鳴いているが、それぞれほっといて出かける準備を始めた。
「では、また明日」
「うん、また明日…」
「シンジくん、いい子にしてるんだよ?」
「おう、あったかい格好して寝ろよー」
シロは送ってくれなかった。家の中でぬくぬくしているのだろう。まあ、別に構わないけど。
「さむっ!早く帰ろうぜ」
「いや、帰る前にコンビニ寄るぞ。そろそろ食い物補充しなきゃ…」
「お、おう…お前明ママに食糧提供して貰ってたの?」
そう言う意思があったわけではない。結果的にそうなってしまっているので、その指摘に文句は言えないが。
俺たちは門戸の施錠を確認してから、コンビニ道を歩き始めた。
「飯美味かったな。てか、明ちゃんの親若くね?俺らと一回り近く離れてるようには見えねえ」
「そうだな、たとえ俺らの年で子供産んでいても、40近いはずだよな」
「魔性の夫婦ってやつ?」
「なんだそれ、聞いたことないな」
「今作った」
「あっそ」
自分から話を終わらせておいてなんだが、今のはぞんざいすぎたかな。一つこちらから話を振ってみるか。
「お返し、何がいいと思う?」
「いいとこのお菓子とか買っとけ。通販とか…ネット通販できんの?」
「知らん。ネットが使えるなんてことは今日知ったし、使い方も殆ど思い出せてない」
「てか、コンビニ営業してんのな。そういや、店とか入ってないわ。近いの?」
「まあまあだ、帰りは遠くなるけど」
「そ。案内よろしく」
エビが話を終わらせた。エビは月を見上げるように眺めながら歩いている。同じように見上げた。
今日の月は三日月…かな?
俺はすぐに前を向き、道の先を見据えた。
バイト通いに寄るコンビニ。2日ぶりだ。
てか、バイト大分サボったな。店長怒ってるだろうな。
なぜか家に電話がないので、連絡がかかってくることはないけど。
明日は顔を出しに行かないとやばいかな。シフトどうだったっけ…
しばらく歩いていると、コンビニが見えてきた。
道の街灯はついているけど、ひどく暗く感じた。
それはエビも思ったらしい。
「車が走ってないからか。大通りなのに、一台も走ってない。マジで変だな、これ」
そうか、この違和感は車が理由なのか。
昼間に見た車。その全貌は見えなかったが、道をアレが沢山走っていたと聞いた。それは、夜も同じなのだろう。
大通りであるこの道は、その分沢山車が通れる道、ということだったのだ。思い出せてはいないが、なんとなく理解はできる。
多く通れるということは、その分あの車みたいになる状況もあったのかもしれない。この場所でも事故というのは有ったのだろうか。
昨日、めいちゃんのお母さんが迷子を心配していた理由で事故のことを言っていた。アレはめいちゃんが交通事故に巻き込まれる心配だったのだろうと今更気づいた。
子どもやお年寄りは歩くのが遅かったり、歩行が不安定だったりする。それが事故につながる事もあるのか……な…
スルスルと事故についての想像が出てくる。俺がそんなに頭が良いと自慢するつもりはないが、こんなに想像つくものか?
記憶が戻ってきているのかもしれない。
「おい、巴!中入ろうぜ!」
エビの声で思考の渦から巻き戻された。もう少しで何か思い出せていたかもしれない惜しさと、思い出すことの恐怖がせめぎ合い、結果俺は思考に蓋をした。
思い出すのは今じゃなくてもいい。後でも良い。
そして、俺はエビの背中を追いかけた。
ー
「要らないものは、いつの間にか無くなっているのか」
その言葉を聞いた《アン》は苦虫を噛み潰したような顔をした。
男は帰ってきてからいそいそとパソコンを起動して調べ物を始めた。久しぶりの起動でパソコンは少し埃を被っていたが、気にせず払い除けた男のせいで咽せそうになった。
文句でも言ってやりたがったが、前に声を出して不審がられたことを思い出し、画面を覗くだけにした。
公園とかに置いてあるゴミ箱の写真だった。それを見て男はぶつぶつ言っている。いきなり何を言い出したのかと思った。
今、どんな顔をしているのかすごく気になった。覗いて確かめたかった。
でも、それは控えられた。この男は眼がよくて、透明を見つけてしまう。
前もこの男がまじまじと見つめてきた時は目があっているような錯覚があった。
だから、正面から顔を覗けるのは男が寝ている時だけだ。
あと数時間もしたら、何処かで寝ているんだろう。
不摂生な生活この上ない。
生活。生きる活動。
この男からは覇気を感じられない。
《アン》は自分が悲しい表情をしていたことに気づかなかった。この時の2人の顔を見たものは誰もいない。
読んでいただきありがとうございます。




