1122-HK-4
この話は明視点で4日目を振り返っています。内容の流れに違いはありませんので、〆マークまで飛ばして読まれても差し支えはないと思います。
日記から一部抜粋。
*
私たちは巴さんのお家でお昼ご飯を食べました。
昨日とは違い、今日はめいちゃんではなく葡萄風さんという残念イケメンさんが一緒に食べました。
めいちゃんと一緒に食べる予定だったので少し残念です。エビさんのせいでしょうか。
ここからは今日のおさらいです。
エビさんは巴さんの同級生らしく、自分のことを巴の親友と何度も言ってます。しかし、肝心の巴さんはエビさんのことを全く覚えてないそうです。
なら人違いなのでは?という訳でもなさそうなのです。
その理由はというと、巴さんはヘンテコな記憶喪失さんだったのです。
車関連のことを忘れていたり、学友や学校関係者、スマートフォン、パソコン、他にも忘れているものがありそうです。けれど横断歩道は覚えていたり、学校に通っていたことだったり、電話やゲーム等は覚えているというヘンテコさんです。
今まで違和感がなくいられたということなのだからヘンテコ極まれりですね。
私はまだ社会に出ていない子供ですけど、あれだけ社会人だなんだと自信満々に言い放っていた人は社会のことを忘れていた非常識さんでした(言い過ぎでしょうか)。
今日は当初、めいちゃんの家に向かう予定でした。
昨日見つけためいちゃんの家に繋がっていた不思議な道。
霧の道。
その道は濃い霧に包まれていて、奥に進むとさらに濃さを増し視界が見えなくなっていき、隣の存在も認識困難になるほどでした。
でも、道に入る前に見えていた左右の塀にぶつかることなく私たちはまっすぐ進みました。昨日と同じように。
シロが走り出すことまで同じだったのに。
霧の道は別の場所に繋がっていました。
私たちはめいちゃんのお家の前ではなく、知らない町の道に出ました。
そこで出会ったのが、エビさんでした。
まるで霧の道がめいちゃんではなく、エビさんに会うことを指し示したかのように感じました。
変な考えですかね。霧の道に思考があると言ってるみたいです。人工知能みたいなものでしょうか?
思考付き霧道?言いづらいですし、おもちを考えてしまいました。切り餅。醤油をつけた切り餅。冬ですからねお雑煮も美味しい季節です。
…おっと話が脱線してしまいました。エビさんのせいですね。
エビさんは巴さんのことを知っている様子でしたが、すれ違うまで名前を思い出せなかったらしく、巴さんに直接尋ねていました。
「名前を教えてくれ」と。
しかし、巴さんは知り合いではないの一点張りでした。
賢い私は巴さんをフルネームで呼んであげました。もちろん正しく伝わるように大きな声で。相手の要望も叶い、私たちはそのまま行かせてもらえる、名前一つで解決するんだから安いもんです。そう思いましたね。
ですが、名前を教えたことでエビさんは巴さんに気兼ねなく話すようになりました。
まるで親友のように接してくるエビさんに巴さんの態度にも変化が現れました。
口調が少しトゲトゲチックになりました。
冷めた態度と言いましょうか、エビさんに対してそっけない反応をとっています。
私に対する時と明らかに違う差別?でした。同い年ということが理由でしょうか?
単に知らない人に対する態度だったのかと思っていましたが、今も似たような感じなので思い出せない弊害か、逆に思い出せている証拠なのか、といったことを考えてみます。
うーん、私と出会った時は全く違いますし、めいちゃんに対しても冷たい態度というわけではありませんでした。
お父さんは比較対象としては弱いですかね。めいちゃんのお父さんも似たような感じ。知らないからか、男性だからか、エビさんだけに対する態度なのか……あ、また話が逸れてます。もうエビさんたら!
エビさんは迷子…迷い大人?だったらしく、ついてくることになりました。巴さんは嫌々そうな顔でしたが、結局受け入れていました。
まあその後起こったアクシデントが原因とも言えますが。
霧の道が無くなっていました。
あ、道は目の前に見えていました。霧だけ無くなっていました。
でも来た道は目の前にあるので当然歩きますよね、道は変わっていないはずなんですから。でも歩いても歩いても、景色は変わりません。エビさんが言いました。
「なんで足踏みしてんだ?」と。そんなつもりは全くなかったのですが、本当に歩いていませんでした。私たちはその場で足踏みをただ繰り返していただけでした。
普通の人ならなぜ急に足踏みをしてるんだ変な人なのかな?とか思ったでしょうが、違いますよ?
私はいきなり足踏みを始める変な女の子では断じてありません。勘違いしないでください。巴さんは変な人で間違いありませんが、私は違います。現にあの時、ツッコミもせず、エビさんと取っ組み合いしてましたからね。
賢い私は霧の道という不思議現象には仕掛けがあると思うことにしました。じゃないと、いきなり足踏み女を認めてしまうことになりますからね。
道が突然ウォーキングマシンになったという結論でも最悪いいですよ。
この話はその場では広げず、エビさんの来た道のことを尋ねました。
エビさんが真っ直ぐ指した先には交差点があり、三色信号機が見えました。そっちの方は進めれるか確かめようかと考えていると、突然巴さんが歩き出しました。無言である一点だけを見つめながら歩く巴さんの動きは機械のように均しい動作でした。そして、すごく歩くのが早かったです。まるで競歩の様。追いつけませんでした。急に止まった巴さんはやっぱりじっと目の前の信号機を見つめていました。
私が追いついて声をかけた後にエビさんも追いつき、交差点の違和感に気づきました。
その交差点には3色信号機が一本しか立っていなかったことです。
普通交差点には4本の信号機が立っています。
進行車線用、反対進行車線用、右向き横進行車線用、左向き進行車線用のそれぞれ発進と停止の合図を送るためにある信号機。
目の前の交差点は都会ほど大きくありませんでしたが、全ての向きに2車線ずつありました。本線と追越車線ですね。右折車線でも良いでしょうか。
通る車はありませんでしたが、信号機は四つ必須の交差点だったでしょうね。
ですがそんな考えが吹っ飛ぶほどの発言をした人が1人。
そう巴さんです。
「くるまってなんだぁ?」と(間抜け顔)。
ここで、巴さんの(異質な)記憶喪失が露見しました。よく8話まで気づきませんでしたね。一周して感心しましたよ。まあこの後ポンポンと忘れ物が増えていきますが置いておきます。
さて、わざわざ()を付けましたが異質な部分というのは忘れていることの限定性です。
巴さんは車に関することを忘れていますが、それは車だけが関わる事柄について忘れているようです。
巴さんの反応で分かりました。
道路のことを覚えているのは自分も通ることができるから。信号のことは覚えているのに3色信号機を思い出せないのは車用だから。道路標識やガードレール等も車の運転手に向けた合図ということで全く覚えていませんでした。
覚えていないことに、違和感を持たない。これは意識の問題なのでしょうね。分からないことよりもただそこにあるものと認識していたなら、疑問に思わなかったんでしょうね。
都合のいい解釈ですかね。
自分の異常に気付いた巴さんはエビさんの証言を聞き入れていきました。
自分の中で何が本当か分からなくなったのでしょうね。
エビさんが言う「F1レーサー」。どういった技術力がいるのか、どうやったらなれるのか、自ら調べない限り分からないことは多いですが、その名称と危険性は多くの人が知っているはずです。けれど巴さんは覚えていませんでした。男の子なら盛り上がりそうな話題ですけどね。
エビさんが熱弁してる間、私はお水を飲んで休憩していました。興味がなかったわけではありませんけど、長くなりそうだったので。
シロがあくびしてたので、背中を撫でてやっていました。
2人にも休憩と称してお水を配り、エビさんの記憶証言を聞くことにしました。嘘かどうかの見極めよりも気になっていたことがあったからです。
それはエビさんが見せてくれていたバッジの絵柄。
《ムスカリ》という花でした。
エビさんは何度もこの花の名前をムカリスと呼び間違えていて指摘するまで気づいていませんでした。
水色の花のムスカリの絵は巴さんが描いたらしいです。上手に描けていて、押入れにあった絵のタッチが似ていたのでそれに関して疑問はありませんでした。まあ素人目ではありますが。
花言葉は《通じ合う心》、《明るい未来》だったはずです。人聞きの知識なので他にもあったかは忘れました。
なので、他の覚えてることを説明します。バッジは巴さんがプレゼントしたらしく、花言葉を知っていて作ったのなら悪くない案だと思いました。
しかし、当の本人は記憶にないようで、車のこと同様に学校…ではなく、学友、教師などのことを忘れているようです。可哀想な話ですね。数年も大事にしていた物をくれた友は、それを忘れてしまっていたと言うのですから。事実確認は取れませんが。
私の説明を聞いたエビさんは日音という女性の名前を呼びました。
どうやら、私の説明がその女性と似ていたようで、最初に《ムスカリ》を教えてくれた人物だったようです。
日音…さんは2人と同級生らしく、巴さんの幼馴染でもあるようです。
巴さんは例のように、日音さんも覚えておらず、《学友》というカテゴリのせいで幼なじみを忘れてしまったのでしょうか。本人もこれを聞いてから、自身が置かれている状況の異常性を意識していましたね。
日音…なぜか私も引っかかるものがあります。聞き覚えがある名前のような…。
私は学校について忘れていることはないので、無関係だと思います。
どんな学校に通っているかも、どんな奴らが同じ室内にいるのかも、どんな学校生活なのかも、忘れていません。
第一、私が通う高校は女子校ですからね。巴さん達の学校とは何ら関わりがありません。
きっと、彼女は………。
日音さんは女性、と決めつけている自分に気付きました。
花の知識がある男性は世の中にいますし、巴さんが男子校か、共学に通っていたのか、聞いた記憶はありません。なぜ共学だったと断定して、かつ日音さんは女性と決めつけているのでしょう。
先入観?考えの邪魔を自らしたということ?
私は考えているふりをしていた?
ダメ、この考えも邪魔にしかならない。そう思った私はエビさんに直接聞くことにしました。
「日音さんは女性なのでしょうか」と。
日音さんはやはり女性でした。
エビさんは思い出すように日音さんの人物像を語ってくれました。
大人しい人。優しい人。巴さんとエビさんの喧嘩の仲裁をした人。
そして、巴さんに思いを寄せていた人。
エビさんの説明はすごく簡素なものでしたが、十分伝わってきました。
そして、私の中で勝手に描いていた日音さんのイメージ像と、不思議なもので合わさりました。
いい気分はしませんでしたが。
横で話を聞いていた巴さんが満面の笑みになったことが視界に入り、私の中でモヤっとする気持ちも表れて、それが何かはっきりとは分からずイラッとしました。
私は態度に出さず、ただエビさんの話を聞きました。
巴さんはエビさん自身の話の時と比べて真剣に日音さんの話を聞いています。
それがチラチラ視界に入り、私は思考を停止させました。
胸の奥で蟠る何かが、私を苦しめました。
巴さんがエビさんに質問をした時、私の動悸は早くなり、音が大きくなったような錯覚を覚えました。
「俺とひ、日音は付き合っていたのか?」
2人には私の心臓の音は聞こえていないようです。やはり錯覚なのでしょう。この胸の痛みのようなものも幻なのでしょう。
エビさんは巴さんの顔を見るなり、表情を変えて悪戯っぽく言いました。
「……教えてやらねぇ。自分で思い出せよばーか」
胸の動悸は突然に治りました。いや、錯覚だったのです。
治るも何も思い違いのはずです。
そうでなければ自分のことが自分で分からないと認めることになるのですから。
私はめいちゃんの家に行くことを皮切りに話を逸らし、休憩を終わらせました。少し強引だったかと思いましたが、2人は文句なく後ろをついて来てくれました。
シロも歩幅を合わせて歩いてくれました。この子は時に大人しく優しさをくれる我が家の愛犬です。普段は元気でご飯大好きなのがかわいくて、いつでも元気をくれます。
私と小さい頃から一緒に成長してくれた友達であり、家族。
……?
また何かモヤモヤするものが胸…いや、頭?の中に出てきました。もう、エビさんと出会ってから変なことばかりです。巴さんも同罪です。
少しの不満くらい発散しておかないと溜まったら処理するのが面倒ですからね。
私は歩くのが遅い2人に声をかけました。
でも、私は優しくてかわいい女の子です。酷いことはしませんよ。
「何してるんです、早く行きますよ?」と言っただけです。
ニッゴリ笑顔で、2人に呼びかけます。「はーい!!」と言う元気な声がふたつ。それから駆け足。
ふふ、年上を動かす征服感で少しだけ不満が抜けた気がします。ちょっぴり悪戯っ子が出てました。
エビさんがスマホを持っていました。
同時に巴さんの記憶障害も発覚しました。
この大人達、隠しものが多過ぎですよ。大人は信用なりませんね。
特に巴さん、あなた絶対まだあるでしょ?ほう、パソコンも。今度は《電子機器》というカテゴリですか?いや、話しぶりからして電話のことは覚えているようですね。ゲームのことも覚えていたし…。
「お前の頭どうなってんのか、見てみたいわ」
エビさんが言った一言。私も同感です。その方が手っ取り早く済みそうなので、どこかで解体できませんかね。あ、規定を超えるグロはなしの方向ですか。了解。
軽めのだったらいつか出るんですかね。あ、この話は伏せとけって?
天から変な声が聞こえた気がします。
私はエビさんからスマホを借りて地図を見ることにしました。あ、ネット繋がるんですね。GPSも機能していると言うことは、お空の上で飛び回る機械が動作している証拠。
すごく重要なことをあっさり教えられた気分です。
地図アプリを頼りに周囲を確認……。
「これ、地図と実際の町、全然違いますね」
驚きのあまり、考えがそのまま口に出ていました。
エビさんが地図を見て迷子になったことを笑って言うのが、耳を通り過ぎていき、私の中で一つの結論が出ました。
帰れない、と。
長いおさらいも、ようやく半分終えました。
ここからは少しペースを上げましょうか。
後どのくらい待つことになるのか分かりませんが、ちゃっちゃか進みましょう。
私はもはや帰れる自信もなくなり、早くも休憩と称しその場で立ちすくんでいました。
そんな中、巴さんがせっせと何かをメモ帳に書き写しているではありませんか。満足そうな表情をして恐らくメモに丸をつけたのでしょう。この状況の打開策が浮かんだのでしょうか。
気になった私は近づいてみました。巴さんの案ですからそこまで期待していませんでしたが、ちょっと前から思考力が働かなくなっている私なので、藁にも縋る思いでした。
聞きつつ、覗き見ようとして、遮られました。不自然な挙動ではありましたが、その内容がただの巴忘れ物メモだったということがショックで、どうでも良くなりました。
結局、打開策はないままですよ。はぁ。
エビさんの携帯で遊んでやろうかと思いましたが、ここでふざけてはほんとに帰れないかもしれないとも思い、働かない頭を振り絞らせ、地図アプリを眺めました。
うーん、うーーーん………。
「わん」
いつのまにか、シロがリードを引っ張り私を歩かせていました。あ、ながらスマホは危険ですね。私はすぐに視線を目の前の交差点へと移しました。
あれ?交差点?直進道路だった気がするのですが…。
シロが突然走り出し、ぐんと引っ張られました。
引っ張られるがままになっていた私は交差点に侵入して、あることに気づきました。
後ろからついてきていた2人も驚きを顔に表しています。
「あれ?これって…」
「おいおい、マジかよ…」
「んー?」
「わん!」
結論を言いますと、さっき通り過ぎたはずの交差点に戻っていたようでした。あの3色信号機が一つだけの交差点です。
で、私が見て気付いたものは、地図…の現在地のことでした。
エビさんがスマホを取り出し、地図アプリを見せてくれたのはこの交差点を出て、すぐ近くでした。
その時に見た現在地の図と今見ている図を見比べると左右が反転しているようです。分かりづらいですかね。
要するに、右に出ていた現在地マークが今は交差点の左側に出ているということです。
写真を撮っていないので、証言にはなりませんでしたが、景色の酷似と、地形の変形、この町の独特の異様さを2人も感じ取ってくれたようで、私の話を聞き入れてくれました。
まあ、スマホの故障も考慮しましたが、エビさん曰く壊れている様子はないようなので、それを信じます。エビさんのですし。
「動いていない」と言いましたが本当は少しだけ動いてました。同じ場所に戻っていると言うニュアンスで言いました。
頭がうまく働かず、言い間違えたということで…。
2人も異常事態だということくらいしか分かっていないので、突っ込まれることはなかったです。
帰れないかもと思った矢先に、同じ光景を見ることになったんです。分からないことが山積みです。
3人で唸っていると、また私の腕が引っ張られました。
「わん!」
またもシロが走り出しました。慌ててついて行きました。
信号機の根本をフンフンと嗅いでいます。
何かを見つけたようです。でも、よく見えません。
またもや吠えたシロは私を見てから、前足で地面を叩きました。
歩道のコンクリートに接した信号機ぐらいしか見当たりませんが、探せと言うことなので、手探りで地面を撫でました。いつぞやの透明缶探しを思い出しました。視認できるようになった缶はリュックの中です。
入念に辺りを撫でていると、ザラとした感触の次にジャラという音と硬いものにあたった感覚がしました。思わず「あった」と声を上げてしまうのも既視感です。
透明な…何かでした。複数に分かれた棒のようなものが、一点だけに集約しているような形状?なんですこれ。
2人に見せました。
巴さんは理解ある表情。逆にエビさんははてな顔。そうでした。説明していませんでしたね。
エビさんは理解できず怯えた表情をしています。和ませる計画で弄ってみたのですが、巴さんの時のように返してくれませんでした。むむむ…キモいとは…。
仕方ないですね。先ほど話に出たアレをお見せするしかないようですね。ちょうどいい名前も思いついたことですし、驚き、その発明の偉大さに平伏すがいいですよ。
これはですね…
な………。巴さんが説明役を盗りました。それをただ見ていました。しばしの間固まっていた私。
エビさんは巴さんの説明で受け入れたようです。解せません。
あんなに触るのを嫌がっていたエビさんは、透明な何かを自ら触り出し、それが何かを考え始めています。
「鍵じゃね?」とエビさんが言いました。
その言葉は私の中でもスッキリした回答でした。
あー、キーホルダーがジャラジャラしてる鍵ですか。確かにそんな感じがしますね。やるじゃないですかエビさん。
で何の鍵でしょう。誰かの落とし物のようですが、透明なので落とし主にも見つかりそうにないですね。
どうしましょう。うーん。
「ボタンみたいのがある」とエビさんがまた気付いたようですね。私たちは許可してエビさんがそのボタンとやらを押してみることになりました。
パッパッと突然の怪音。同時に光の点滅が起きました。何もない空間と思っていた場所が突然光ったので最初は驚きましたが、何となく見覚えがある光景でした。
エビさんにもう一度ボタンを押してもらうと、再度同じ現象が起きて、私は確信しました。
私が目測で手を伸ばして中空を撫でると、何かに当たりました。そのまま中腹くらいまでをなぞって下り、取っ手に手が当たりました。私は迷わずそれを引っ張り、後ろに下がると、透明は開きました。
透明は車でした。
まさか、こんな近くにもう一つあるとは思いませんでした。この四日間見かけることはなかった車を見つけることが出来ました。一台だけですし、状態は酷いものでしたが。
この透明車は今まで見つけた透明物とは違いがありました。
最初こそ見えないのは同じだったんですが、ドアを開けると、中の状態が視えました。視えてしまいました。
割れたフロントガラスに、粉々になったドアガラス。私が覗いた方はまだ車体の体が残っていましたが、車体の後ろ半分、特に私みている方の反対側はぺちゃんこになっていて天板フレームが大きく歪んでいました。ものすごい速さで横から衝突されたとしたら、こんなふうに歪んでしまうのでしょうか。
私の後に2人が中を覗きました。見える範囲のものだけで凄惨な状態と分かるほどに壊れていました。
事故車ですね。恐らく追突された車だと思いますが現場を見ていないので過失があったかどうかは分かりません。
突然巴さんの表情が青くなり、ふらふらとどこかに歩いて行きます。呼びかけたすぐ後、倒れるように膝をついた巴さんはその場で嘔吐しました。
「もう大丈夫」と言った巴さんでしたが、胃の中にあったものをほとんど出してしまったんでしょうね、吐き気は治っても不快感は残っているようです。
私はエビさんの質問みたいな会話に答えつつ、リュックから紙コップと水筒、ビニール袋とタオルを取り出しました。
まず巴さんに水を渡して口を濯いでもらいました。あら、飲んじゃいましたか。コップに吐き出してもよかったんですけど。
巴さんにその場を少し離れてもらい、地面の吐瀉物をタオルで拭きました。このままにするのはマナーに良くないと思いますから。犬の糞も後始末が大事ですし。
…なんだか、巴さんが世話のかかる犬のように見えてきて、つい口に出てしまいました。
巴さんはバツが悪そうな顔で謝りました。ふふ、冗談です。
エビさんの疑問により、追突車の存在を考えることになりました。透明車の状態を見れば分かる通り、アレは交通事故に遭った車なんでしょうね。前や後ろではなく側面後部車輪側を大きく形状変化させるほどに激しいものだったようです。
私はとりあえず追突車が近くに見当たらない理由を述べてみました。
一つ目は事故発生後に透明になった考え。
二つ目は事故発生前に透明だった考え。
そして、三つ目は事故と透明は因果関係にないという考え。
一つ目と二つ目は口頭で説明ができました。事故が起きた時の想像話なだけですけど。
三つ目はどう説明すればいいんでしょうか。自分の中の曖昧な考えを相手に伝わるように言葉にするのは難しいです。
巴さんが説明に納得していないような顔をしていましたが、エビさんの方はすんなりと受け入れていました。エビさんの考えは分かりませんが、私はもう一つ思い浮かんだ、《相手の車も透明になっている》、これで説明を誤魔化すことにしました。3人で探すことにします。
見つかればよし、見つからなくてもまあ特に構いません。
透明は見つけることが大事なだけですから。
結局見つかりませんでした。これで、三つの考えが有力になったでしょうか。いやいや、まだ分からない事だらけですし、透明についても新たな発見があったばかりなんです。他にも隠れていることがあるのかもしれませんね。
私は《明け透け缶》と名付けたソレを空に翳してみました。
日の光は私に影を作りました。手の影と丸い影。
暖かい日の光はキラキラと輝いて見えました。
じっと見ていると、巴さんに注意されちゃいました。
私が明け透け缶を下ろすと巴さんが分からないことを不満そうに確認していました。
そこにエビさんが透明鍵の対処を聞いてきました。
私は置いて行くことを勧めました。
あの車の壊れ方からして動きそうにないですし、動いたとして他人のものを動かすのは躊躇われます。私たち誰かの落とし物というなら、その問題は無いのですが…。
巴さんが私の案に驚いていましたが、理由を伝えると納得してくれました。さっきみたいに不満そうな顔はしていませんね。
さて、肝心の帰り道ですね。どこに向かえば帰れるのでしょう。私たちは考えます。
相変わらず通行人は誰1人すれ違いませんでしたが、持ち主が鍵と車を見つけてくれることに賭けましょう。
それにしても、この町も私たちの町も、人だけではなく、車も道で見かけませんね。
違和感を受け入れていた自分がいましたが、頭の片隅に置いておくべきでしょうね。
駐車場にも見かけることがない車たち。
家に帰ったらお父さんに聞いてみることにしましょうか。車はどこに置いているのか。
霧の道が私たちにそれぞれの車についてを思い出させるためにここに道を繋げたという、ファンタジックな考えが浮かび、頭が痛くなりました。
「わん!」
シロの声が私を思考の渦から引き戻してくれました。が、シロが吠えた今までのその後も同時に思い出しました。
リードを引っ張るシロを強引に止める私。それを見ている大人2人。なぜ2人は見ているだけなんです?助けてくれても…く、強い…ああ!
か弱い私の力が押し負け、シロが引き摺って進みます。
止めてくださいよ!と2人に文句を言いました。
2人がようやく走ってきますが、とろいです。私はガンガン引っ張られていき、歩幅も広がっていきます。は、速い!
2人が止めに間に合うことなく、私は走り続け、シロがようやく止まったところで、膝をつきました。
つ、かれたですよ。も、うはしれ、ないです…こんな言葉が口から出た気がします。
突然目の前に変化が現れました。
息も絶え絶えだった私は息を呑んだことで、呼吸が落ち着きました。2人も追いついてその光景を目にしました。
目の前の道に霧が現れていました。この町に来る前に繋がっていた道とは違う道だと思いますが、霧の道が目の前に有りました。
巴さんは呑気にも「これで帰れる!」と喜んでいましたが私とエビさんは少し違いました。エビさんは霧の道が未知であるが故の戸惑い。
私は帰れるのかどうかという不安でした。
ここに来る前の状況を加味すると、同じ道でも出口が変わる可能性があるというのが不安の種です。そもそも入り口が違うのであれば、出口が元の場所に繋がっているというのはおかしな推測では?とも考えてしまいます。まあ来た道に帰れなくて困っていたのですから、どうしようもないと言うことになるのですが。
そんなことを考えていると、シロが私の顔を覗き込んで来ました。シロは吠えずにじっと私を見ています。
その時「大丈夫だよ」と誰かに言われた気がしました。
私の中の不安な気持ちが突然無くなり、大丈夫という誰かの言葉が信じられる気がしました。
私はシロの頭を撫でて、「ありがとう」と言いました。
巴さんの手を取り、意思を伝えます。
巴さんも握り返してくれました。
エビさんは巴さんに手を取られ、女の子みたいな悲鳴をあげました。その後のやりとりは嫌そうではなかったです。
私はシロのリードをしっかりと握り、歩み始めました。
〆
はい、おさらい終了です。すごく長かったように感じます。今回は掛け合いは極力減らし、物語仕立て?にしてみました。人はこれを回想と呼ぶのでしょうね。
なぜおさらいをしていたのかと言うと、エビさんが電話したことが原因です。
私はエビさんがなぜあの町で迷子になっていたのかが気になって質問をしていただけなんです。
そしたら、エビさんには連絡を待ち続けている彼女がいるという発言があり、通知が何件も表示された画面を見せられました。エビさんはメッセージアプリの内容まで見せてくれました。その内容は……うーん、心配されているというより、構ってほしいという意思を感じます。時間履歴も数分に一度のペースでした。
エビさんはその画面を愛おしそうに眺めていましたが、え?放置しているんですよねこれ。
とりあえず私たちも置いておくことにして、エビさんが現在住んでいる場所が数百km離れた場所にあり、どのようにしてあの場所に来ていたのか、その方法として、電車の名前が出ました。
エビさんが電車が運行しているのかと言う質問をしたので巴さんと私は答えました。「知りません」と。
ならば、とエビさんがスマホで調べようとしたんです。
その時、エビさんのスマホに着信がありました。
相手はさっき話題になっていた、エビさんの彼女。
電話に出たエビさんは最初楽しそうに話していたのですが、困った表情になり、巴さんに言いました。
「藍が話がしたいから代われって」と。
その後は巴さんが電話を受けることになりました。
相手の声は聞こえて来ませんでしたが、巴さんの反応でその内容が十分に伝わってきました。
エビさんの彼女さんが巴さんの家に来るようです。
私がここで待つ意味は殆ど無いんですけど、私も一緒に待つことにしました。
なので私は待っている間、今日の出来事を書き連ねていきました。それで回想です。
私は書くことでおさらいをしました。
巴さんとエビさんにもどんな感じだったか聞きつつ、あの町でのことを書きました。
書くことで頭の中を整理する目的でしたが、分からないことが浮き彫りになっただけでした。うーん、透明ってなんなのでしょうか。
巴さんのことも気になりますね。彼…この人はどんな人物なんでしょうか。
まだ出会って4日しか経っていませんが、不思議な感覚です。昔、巴さんに会ったことがある気がするんですよね。
巴さんの雰囲気に似た人が居ました。
彼に…シー君に似ています。
私にも忘れていた人物がいましたね。
思い出したことを後悔しました。
シー君はもういないんですから。
チャイムが鳴りました。噂の人物がやっと来たのですね。
電話の後から3時間くらい経っています。
巴さんは何故か動かず、エビさんがドアを開けに行っています。
「よく来たねー上がって!」
「お邪魔、します」
エビさんが対応していました。家主は…正座になっています。何故?
部屋に入ってきた女性は藍色の髪の可愛らしい女性でした。
*
パラリと捲る人物。
静かにその行く末を読んでいる。
結末に期待はしていない。
でも、明には幸せになってもらわないと困る。
日記は書き変えてはいけない。
自力で気づいてもらわないといけなくて、もどかしい。
でもきっと、大丈夫だ。
明は強い。私とは違う。
その人物はたった1人、日記を読み続けた。
読んでいただきありがとうございます。
2022年5月24日、10話の変更に伴いこちらの話の一部を変更いたしました。
明の事故車に対しての3つの考え、その3に当たる「そもそも事故は起きておらず、透明になっている」を「事故と透明は因果関係にない」に変更しています。
理由としましては、事故が起きていないというフレーズが矛盾しているからです。
元々の明の考えとして、この場所で事故は起きておらず、透明化は事故の前後になっている的なニュアンスでした。
作者自身が10話の方を読み返しているところようやく気付きました。
遅くなっての変更、改変申し訳ありません。
他の違和感がある所も気付きましたら、追記させていただきます。
2022/10/13 タイトル変更
894-HK-4
↓
1122-HK-4




