10話 くるま と 事故
寝ている間にも失色症は進行している。
ベランダから見える景色、前よりも凸凹になっている。
あの凹みは何だったか。
あの凹みは…
ぼんやりと見えるのに、もう思い出せない。
自分でやったことだから、文句はないけど。
俺の住む街はどんどん透明になっている。
街の人たちはどう見えているだろうか
俺と同じ……
ああ、決意を忘れるな。
忘れたら意味がなくなる…
机の日記は見てない間も捲られていたらしい。
かなりの日数が過ぎている。
それでも、まだ一年は過ぎていない。
日記はまた捲られた。
ー
今日は事故現場を見かけた。
路面凍結による事故かな。
事故処理車やパトカーの隙間から、事故車両が見えた。
後ろがだいぶ凹んでいて、窓ガラスは粉々。
後ろから追突された事故だったらしい。
ぶつかった方も酷かった。
運転手は無事だったんだろうか。
周りの人達も俺と同じようにその様子を見ていたよ。
写真を何度も撮ってる奴らが気になった。
まあすぐにバイトに行ったけど。
*
前回のあらすじ。
知らない町で迷子になった俺たちは変な交差点に囚われて、透明な鍵とそれについた沢山の透明なジャラジャラを見つけた。エビがその一つにボタンらしきものを感知。試しに押してみると、突然変な音と空中で発光する怪奇現象が起こる。みんなが恐怖で慄く中、勇気あるものが近づいていく。
その現象の正体は………
ちょっとふざけてみました。すいません。ビビってたのは俺だけでした。
明ちゃんがその正体を教えてくれました。
「車ですね、これ」
「これがくるま………」
「こいつ、車のキーだったのか」
「わん」
答えは車でした。やったぁ忘れ物メモが一つ解決した。
とはいかず、明ちゃん達がこれを車だと認識していても、俺はさっぱり思い出せませんでした。
それはその姿に理由があります。
明ちゃんが車と言うもの。
全く姿が見えません。
透明だったんでね。
またかよ。
「これも透明物ですね。こんな近くにも有ったとは思いもしませんでした」
「透明物…こんなデカイのもあんのかよ」
「ある女の子が言うには、家サイズの透明も有ったそうですよ。私たちはまだ見ていませんが。大きさは特に制限はないんでしょうね」
めいちゃんが言ってた透明の家、隣にあったとかじゃないだろうな?確認しとけばよかった…。
エビはこれが車だと分かって興味が出たようだ。明ちゃんにその様子を訪ねている。
「中まで透明になってんの?」
「それが…」
明ちゃんは何か透明な板のようなものを持った姿勢でエビと会話している。
中ということは、あそこが蓋なのか?
明ちゃんが視線を横に向けると苦い顔をした。
エビがその反応を窺う。
「どしたの、明ちゃん」
「見ない方がいいかもしれません」
「「?」」
見ない方がいいということは、内側は一部以上が見えているという意味が含められている。
それは透明と言えるのだろうか。
いや、ガラスが透けていても見えている等とは違う話だからね?透明物ってマジで見えないからね?
でも、見ない方がいいって何だ?
俺たちは恐る恐る近づいた。
明ちゃんの視線の先を見る。
中は透明じゃなかった。中の状態は、はっきりと見えた。
初めて見た気はしなかった。
外は透明なのになんで中は見えるの?とか思わなかった。
…
明ちゃんが持っていたのは入り口用のドアだったようだ。
他にも操作レバーやハンドル、大きなガラスが見える。
…い
そのガラスは大きな亀裂が入って割れていた。
俺たちがのぞいている場所は前半分だったようで、後ろ側にも空間があった。
ひどく潰れた空間だった。
…いた
後ろのガラスは粉々だった。多分座るところだった部分が変形してしまっている。その隣は歪んだ壁だった。
…いたい
「痛い」
「どうしたんですか、巴さん!」
「と、巴!?」
「……わん」
胸の痛みと気持ち悪さが突然襲ってきた。は、吐きそう…
「う、うぷっ」
「吐きそうなんですか!?」
「おいおい、大丈夫か巴!」
急いで離れようとして、ふらついた。どこに行けばいいか分からず、道の真ん中で俺は気持ち悪さを吐き出した。
「うげぇぇぇ……」
「と、巴さん!」
「大丈夫か!」
2人が近づいてくる足音。遅れて四足歩行の足音も聞こえた。吐き出したものはドロドロしていて、消化途中のものと胃液が混ざっている。
痛みと吐き気は急に治まった。
「……ごめん。もう大丈夫」
「どうしちゃったんですか?」
「なんか悪いものでも食べたんじゃないだろうな」
「むむ、巴さんが朝食べたのは、私のお母さんが握ったおにぎりです。悪いものではないと思いますが?」
「あいや、ほんの冗談だって。悪いものを食べたんじゃないんなら、悪いものを見たの方か。理由はアレだろ?」
エビが指を指した方向。それは透明な車がある方向。
「ですね。アレは事故車両でしょうね」
「だろうな、相当な事故だな」
「……事故」
「横から何かに追突されたような変形の仕方でしたね。この場所に理由があるのですかね」
「ああ、ここの信号一つしかねえもんな」
交通事故。2人はその話をしている。最初にこの場所に来た時話していたあの推測は当たったようで、もう既に起こっていたことだったらしい。
車は危険なもの。俺はその感覚を思い出して気持ち悪くなったのだろうか。
トラウマのような思い出がある?だから忘れている?
自分なのに自分のことが分からない。
さっきとは別の気持ち悪さがやってきた。
「悲惨な状態だもんな。事故の激しさが見てわかる。人が乗ってねえのが、せめてもの幸運だな」
「そうですね。危険を察知してあらかじめ逃げていたんでしょうか」
「そうだとしたら、道の真ん中でエンジンを切って鍵抜いて、その後逃げるなんて変じゃないか?」
「…ですね。わざわざそんな手間をかけて危険から逃げるのはおかしな話ですよね」
2人はまるで、探偵や刑事みたいな推理を始めている。
俺も考えを巡らせてみたが、思考がまとまらない。
頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような気持ち悪い感覚だけが残っている。
とりあえず、気になることを…
「…無事だったのかな。中の人は」
「車の状態は酷いものでしたが、その…血とかは見えませんでした。逃げていたか、最初から乗っていなかった可能性の方が高いんじゃないでしょうか」
「道の真ん中で乗り捨てたやつと事故ったのか。当たった方は不運だな」
「認識遅延するほどのスピードを出していたのなら、当たる方にも責任はありますよ。その場の状況は私たちにはわかりません」
明ちゃんは会話をしながら自分のリュックを下ろし、中から水筒と紙コップを取り出して、注いで渡してくれた。
「どうぞ」
「…ありがとう」
「少し、離れてください」
明ちゃんは突然しゃがんだ。
何をするのかと思うとリュックから取り出したタオルを使って、地面を拭き始めた。俺が吐いたものをできる限り掬い、ナイロン袋に入れ込む。厳重に袋を引き締めると、持っていた水を地面にチョロチョロとかけた。その間、ついでに自分の利き手にも水をかけながら。
「シロのうんちの処理と似てますね。巴さんは世話がかかります」
「…ごめん」
「冗談ですよ!」
明ちゃんなりに気を遣ってくれたんだろうな。年上なのに不甲斐ない。
エビがここで気になることを言った。
「そういや、もう一個の方は近くにないんだなぁ」
「え?」
「さっき言ったぶつかった方だよ。この車も酷いけど、ぶつかった方もそれなりだろうぜ。しかも、向こうは運転しながらなのは確定だから、怪我してんじゃねえかなって思って」
「事故で怪我…」
「もう事故処理されているのかもしれません。相手は病院に搬送された後とか。そしてこの車だけがここに残ってしまった」
「…どうゆうこと?」
何も分かっていない俺は年下の女の子に説明を求めてしまう。彼女は透明車に近づいてから答えた。
「この車が透明だからです」
「「?」」
明ちゃんがその説明を始めた。
「いつから透明になっていたのかは分かりませんが、この車だけがここにある理由として、3つ考えられます。
1.見失ったから。
事故が起きた後、突然この車の姿が見えなくなったとします。通報者が呼んだ警察は事故現場に追突車と運転手のみを見つけます。
状況確認ですね。
通報車が一部始終を見ていたとして、突然車が消えたら、どう思うんでしょうね。
答えは簡単。パニックですよ。
逃走したとか、吹っ飛んでいったとか、妄想めいたことを言うんじゃないですかね。透明になってそこにあるとは誰も思わないでしょう。まあ状況説明の部分は推測ですのでどうでもいいです。
追突車は状況証拠として回収され、追突車に乗っていた運転手は病院に搬送。意識が戻り次第、本人に確認という流れでしょうか。
本人証言の方は後で話します。
とりあえずこれが推測一つ目。
2.事故に気づかれなかったから。
事故前にこの車が透明になっていたらのほうです。
これも大体同じ流れです。
しかし今度は誰もこの車の存在に気がついていません。
追突車の運転手以外にはですが。まあ運転手も見えない何かにぶつかったという認識程度だと思います。
相当な勢いで突っ込んでいるみたいですし、時間帯によっては見えづらさが変わってきます。
1も2も運転手の証言が頼りですが、どちらも何かにぶつかったという証言しか出ないでしょう。見ていたとしても一瞬ですし確認が取れませんから。
3.事故と透明は関係ない。
私が今考えられるのはこのくらいです」
明ちゃんは矢継ぎ早に話して疲れたのか、そこで説明を終えた。ふぅとため息を吐いている。
俺はその様子を見つつも慌てて確認する。
「ま、待って。三つ目の説明が足りなくない?事故と関係ないってどうゆうこと?」
明ちゃんが「やっぱり聞きますぅ?」みたいな顔でこちらを見ているが、聞くよ勿論。聞かずして分かり得ないんだから。
エビだって分かんないだろ?ねぇ?
「これは、説明が難しくて面倒なのでやめようと思っていたんですが、出来る限り言葉に起こしますと、交通事故による透明化ではないという事でしょうか」
なんの変化が起きたんでしょうか。さっぱり分かりません。
エビがここで会話に戻ってきた。
「事故とは関係ないねぇ。なるほど」
「は?」
何言ってんだ、この水色頭。
お前途中から話さなくなったと思ったら、わかったみたいな顔しやがって。
何がなるほどだ。
どんなぶつけ方したらあんな壊れ方になるんだよ。
吐いちゃうくらい凄惨よ?
謎の一つも解けてないんだが?
「すいません、4つめもありました。相手の車も近くに残っているが、透明になっているから見当たらない。こんなとこですかね」
「そうか」
「え!?」
三つ目の消化不足感が否めないんだけど?
しかし、2人は満足したようでこれ以上そのことを話はしなかった。なんで?
「探してみますか?もしかしたらこの車以外にも何かあるかもしれませんし」
「OK」
「……」
結局、追突車は見つからなかった。道路、歩行者道路、手探りで付近一帯を探したけど見えないものにぶつかることはなかった。
他の透明物も見つからなかった。
やっぱり謎だけ残って解けないままだ。
いつもみたいに気になることだけが見つかって、それの答えは誰にも教えてもらえない。
「なんでこれは中だけは見えたんだろう。他のも中は見えてたってことなのかな」
「かもしれませんね。ビー玉が見えるのも同じでしょうか」
明ちゃんが透明缶、別名《明け透け缶》を空に翳してビー玉を見ている。
空の太陽は少しだけ傾いている。お昼は過ぎた頃だ。
て、そんなことより太陽を透明なもの越しに見たら危ないのでは!?
「明ちゃん!それで太陽を見透かしたら危ない気がするからやめよう」
「ビー玉越しです」
「とりあえずやめよう」
「はーい」
「……ビー玉が見えているのは外側が透明になったからでしょ?でもあの車は外からは何も見えないのに蓋、というかドアを開けると中が見えた……訳がわからないよ」
「そうですね。私も分かりません」
「なんか、投げやりだなぁ」
明ちゃんはビー玉に御執心だ。車の方が気になるところ多いと思うけどな。
そこでエビが割り込んできた。
「なあ、この鍵どうしとくのがいいと思う?」
「車のドアを開けたままにしておいて、シートの上に置いておけばいいんじゃないですか?鍵が見えなくても、車の存在には気づくでしょう」
「了解」
エビは言われた通り、すぐさま行動した。下っ端感…。いや、明ちゃんが司令塔にぴったりなんだな。
うん、別にいいや。
「バッテリーが切れても見えないよりはマシでしょう。これだけ壊れていれば廃車決定でしょうし」
まだ車用語は安定しないが、バッテリーが蓄電池を指すことは知っている。電気が関係することか?
てか、鍵を置いていくってことは…
俺は明ちゃんに質問した。
驚いた顔をされた。
「これ置いていくの?」
「持って帰りたいんですか?うちの庭に廃車置き場なんてありませんよ。巴さんの家は庭も駐車場も無さそうでしたし、第一どうやって持って帰ると?」
「そうですね、すいません」
謝ることに慣れてきてしまっている。頼りない年上だ。
明ちゃんが言った。
「だいぶこの場所に留まっていた気がしますが…帰り道はどこでしょう」
そうだった。俺たちは今帰っている最中なんだ。いや、ほんとは行っている最中だったはずなのに。
知らない町に着いてしまい、新たな透明物を見つけてしまった。
帰り道は見つからないのに。
「分かりません」
「うーん」
俺たち3人は悩んだ。帰り方が分から…
「わん!」
シロが何かに気づいたように急に駆け出そうとした。
が明ちゃんは今回ばかりはそれを止めた。
「なぜか、シロのいく先々に振り回されてる気がしてなりません」
俺もそう思う。シロ、もしやこの怪奇現象の元凶はお前じゃなかろうな。…なんてファンタジーじゃないんだから。十分奇々怪々とした出来事ばかり起こるけど、お前だけは普通の犬だよな。そうだよな?
「わ……ん、わん!」
「っ強、シロ!待って!」
明ちゃんがシロの力に押し負けている。
飼い主を引きずって進む犬公。お、お前どこにそんな力を…。
「あの犬すごいな。相当我が強いわ」
「ペットは飼い主に似るって言うからな」
「巴…怒られても知らねえぞ?」
つい口から滑り出た言葉でしてね。反応はと…
「2人ともシロを止めるの手伝って下さいよぉ!!」
「よし聞こえてなかった。…今行くよー!」
「巴…」
旅は道連れ世は情け。犬公を止めにさあいくぞ、エビ!そんな呆れた顔なんてしてんなよ!なんて適当なことをエビに言おうとして俺は振り返った。
エビの後ろに見えたその交差点は、ポツンと突っ立った信号機と壊れた何か(透明車)が寂しそうにあるだけだった。
他にも見えるものはあったはずなのにそんな印象を受けた。
俺はエビと2人で明ちゃんたちを追いかけることに専念した。
目の前に見知った道が現れた。
と言っても、道自体に覚えはない。道の状態の方を見知っていた。未知の状態とも言えるが。
霧の道が現れていた。
「わん!」
「ありましたね。霧の道」
「よくやったシロ!これで帰れる!」
「巴達何言ってんの?昼間に霧って…ここ町中だぞ?」
俺と明ちゃんは自然と手を繋いでいた。明ちゃんは両手が塞がっている。てことはエビと手を繋ぐのは俺か。
子供と手を繋ぐのは違和感ないが、歳が近い男と何で手を繋がにゃならんのだ。
俺はエビに手を差し出した。
「何でお前ら手繋いでんの?巴この手は何?」
「いいから、お前も繋げ」
「お前、どういう趣味になったんだよ!また俺の知らない巴が出てきたよ!」
「うるせぇ!」
ガシッと水色頭の左手を取った。こいつ、「きゃあ!」とか言いやがったぞ。おまえこそ、どうゆうキャラになってんだよ。
「俺はノンけだし、浮気はダメだと思う…」
「お前マジでうるさいぞ」
グイッと腕を引っ張った勢いを利用して繋いだ手で脇腹に拳を入れておいた。「グフッ」と言った後静かになった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
「わん」
「……」
俺たちは霧の道に足を踏み入れた。
ああ、やっと帰れる。てか、この後めいちゃんの家に行くためにまた通ることになるのか。
行きは2人と一匹。帰りは1人増えた。昨日通った時とは真逆だな。
視界が歩くたびに霧に覆われていく。俺はシロに注意を入れる。
「帰り道は間違えるなよ?」
「……!」
「元気よく吠えてますよ」
「聞こえてるならいいや」
「なになに、この道どうなってんだよー!」
エビは俺の肩を離さないように反対の手で握っている。お前それ歩きづらいだろ。それに少し気持ち悪い。肩握ってるなら手を離してもいいかな。
…こいつ、手を離しやがらねえ!
長いようで短い時間。俺たちは歩いた。
霧が薄くなった。
光が見える。
霧が晴れた。
見慣れた道。
俺の家の近くの道。
「帰れましたね」
「よかった」
「わん」
「お?お、お?」
エビが変な声をあげている。そういえば一緒に連れてきてしまったが良かったのか?今更だが。
「巴の家の近くじゃん、ここ」
良かったらしい。
エビも知っている道だった。
ー
部屋に佇む男を見る視線が一つ。
実はもう一つあることにはあるが、監視の目であるだけで手出しはできない。
視線の主は女。前に《アン》と呼ばれた女だった。
彼女は男をただ見ている。
男が日記を手に取る時を待っていた。
その時が来れば、全ては覆る。
これは彼女の願い。彼女が望む結果へと至る術。
男は未だに日記を拒んでいる。
しかし、その拒絶も日に日に緩くなっているように見えた。
彼らが始めたことに彼自身も影響を受けている様子。
いずれ、手に取るだろう。
《アン》はそう確信している。
男は日記から視線を切った。
読んでいただきありがとうございます。
2022年5月24日に大幅変更を致しました。
明の説明3の「事故は起きていない」を「事故と透明は関係ない」に変更いたしました。
それに派生して3人の会話を一部変更、削除を致しました。
一応の理由としましては追突車などの単語との矛盾です。
元々の明の説明の意味として、この場所で事故は起きておらず、透明は後から加えられたものという意味合いでした。
説明足らずの話し合いの場面で、言い回しが不可解になってしまったことに作者自身読み返して?顔になりました。
投稿からだいぶ遅れての変更、改変申し訳ありません。
他にも矛盾点などがあれば、小変更、もしくは大胆変更があるかもしれませんが、その時は改めて追記させていただきます。
2023年9月24日 モノローグ小変更




