9話 落とし もの
テレビで映画をやっていた。
いつもニュースばかり見ていたが、今日はなんとなく気が乗らなかった。
少し古めの懐かしい洋画だった。
不思議な仮面を手に入れた男の話。
その仮面をつけると、男の眠っていた欲望が表に出てしまい、本能のままの行動をとってしまうという、コミカル映画だ。
いつもは優しそうで鈍臭い男が仮面を被ると、美女と激しいダンスをしたり、風船から銃を作ったり、警察からものすごい速さで逃げたり、銃で撃たれても平気な肉体になったり、無茶苦茶だった。
でも、すごく楽しそうに笑っていた。仮面がだけど。
男の欲望は「愛」だったらしい。愛に飢えた獣になったそうだ。
「ハハハ…」
笑っていた。気づいた時には目が離せなかった。
俺はこの映画を一度観ている筈だ。
あいつと一緒に観た。
その時は2人して笑った…と思う。
だから、内容は…いや、いくらか忘れてしまっている。
だから、見てしまうのだろうか。
あっという間にエンディングになった。
2時間くらいの映画だ。そんなに長い時間、何かに集中したのは久しぶりかもしれない。
主人公はその仮面を捨てて、美女に告白をした。
ハッピーエンドはキスで締める。
海外映画はこういうのが多い。
俺はテレビを消した。
今日はニュースを見てない。どうでも良い気がした。
映画の主人公は仮面の力の暴走ではあるが、悪いことをたくさんしていた。
それこそ、犯罪と言われるほどのことをいくつも犯して、実際牢屋に入るシーンがあった。
仮面が犯した罪は、主人公が責任を負ったのだ。
まぁ、結局は仮面をかぶっている時にも意識はあって、自分自身で鬱憤晴らしをしたという面もあっただろうから自業自得ではあるけども。
ただ、この映画で俺が思ったことはこれだ。
犯罪者にもハッピーエンドは訪れる。
罪を犯したら、罰が下るのは当たり前だが、罪人が幸せになれないことはない。
こんなの都合のいい考えだろうか?
ー
今日、なんでか分からないけど迷子になった。
いや、もう子供ではないから、迷子とは言わないかもしれないが、とにかく道に迷った。
同じ場所に何回も出てしまうんだ。
狐に化かされてるのかと本気で疑ったよ。
スマホのナビ使って、家に帰ったなんて初めてだ。
ほんと持ってて良かったわスマホ。
帰れないかと思ったわ。
*
今の時点での覚えてないことメモ。
・車…人を乗せる乗り物。多くのものが四角い形らしい。
・エビ…高校のクラスメイト。バッジの花は俺が描いた絵らしい。
・幼馴染…日音という名の女の子。エビがいうには温厚で心配性、お弁当を作ってくれていた俺の彼女(希望)。
・スマートフォン…便利な電話地図。他にも機能があるらしい。
これで良いかな?他の細々としたものは書かなくてもいいだろう。他の学校関係者だったり、車関連のワードだったり、全部書いてたら、頭もメモもパンクしてしまう。重要なことだけ書いておこう。
彼女の部分に二重丸っと。
「巴さん何書いているんですか?」
「ふぁ!?…メモだよ!俺の忘れものを書いておこうと思って」
「へー」
明ちゃんがメモ帳を覗き見ようとした。
それを咄嗟に仰け反って回避してしまった。
見られてやましいものは…いや恥ずかしい。
明ちゃんは俺の反応に不満そうな顔をしたが、特に構わず、すぐにエビの携帯に目を落とした。
エビが話しかけてくる。
「巴ぇ。明ちゃんさぁ日音の話の後から雰囲気変わってね?」
「そうかー?」
「なんか冷たさが増したっていうか…」
「なんです?」
「何でもないです」
「?」
エビを明ちゃんは不思議そうに見ている。
うーん。大人しい時の明ちゃんのようにも見えるが、考え込む表情を数度見たしな。
まあそれは、現在の迷子3人+一匹の状況改善に悩んでいるからだろうが。
ん?俺たちは迷子と言っていいのか?
迷い大人だと、人生に迷ってる大人みたいな印象だしなぁ。俺主観だけど。
迷子大人も変な感じするし。
…最近、無駄なことを考えていることが多い気がする。
迷ってるなぁ俺。
「わん」
シロが突然吠えた。
見ると、目の前に交差点が現れた。
いや、突然現れたという訳じゃなく、長い直線道路を歩いていたから、交差点が久しぶりに感じた。そこまで歩いたというわけでもないんだけど。
シロが走り出す。
「待ってよ、シロ」
明ちゃんが引っ張られて走り出す。
俺たちも続いて追いかけた。
シロは交差点の信号機に向かって走っていた。
「あれ?これって…」
「おいおい、マジかよ…」
「わん!」
「んー?」
俺たちはその交差点でそれぞれの方向を見て事態に気づいた。
明ちゃんが電話地図を。
エビが信号機を。
シロは…空を?
そして、俺はその交差点に有った停止線とガードレールを見てから、交差点中を見渡した。
その交差点は信号機が一つだけの、あの交差点と瓜二つだった。
「交差点って、似たようなのばっかなの?」
「いえ、景色まで同じということはなかなか無いですね」
「ここも信号機一つだな」
「わん」
「てことは、さっきの場所に戻ってるってこと?」
「そうかもしれません」
「俺たち、まっすぐ歩いてたんだぜ?道が曲がってるように見えなかったし、同じ場所なんて有り得ねえだろ」
「それがですね、否定できそうにないんです」
「なんで?」
「これを見てください」
明ちゃんが電話地図を俺たちに見せてくれた。知らない町の地図上に赤いマークが、多分現在地を示している。
これが何?
「現在地マークがですね。動いてないんですよ」
「それ壊れてるんじゃないの?」
「え!?嘘だろ!」
エビが焦ったように明ちゃんに詰め寄る。
明ちゃんがエビに電話地図を返した。
エビが困った顔で電話地図の平面を指でなぞったり、いろんな方向に向けたりして、ワタワタしている。
しばらくすると、エビの焦りの表情は消え、安堵しているように見えた。
「壊れてなさそう…よかったぁ」
「え、じゃあ地図機能が壊れてるってこと?」
「いや、多分壊れてないな。方向変えた時、ちゃんと動いたから」
「てことは?」
「ここがさっきの場所と同じか…位置情報自体が狂っているのか、ということですよね」
「位置情報……さっぱり分からん」
「巴…俺もよく分かんねえ」
「うーん」
明ちゃんが唸りながら考え込んでいる。
俺たちも真似してみるが…やっぱり分からない。
地図が役に立たないこと。
交差点を直進で通り過ぎたら、同じ交差点?に着いたこと。
どうゆうこと?
「わん!」
シロは状況に左右されず元気だ。
お前、俺たちの雰囲気を少しは察せよ。って、犬公には無理か。
むしろ、ここでシロが状況改善に働いたりしたら、俺たち人間の立つ瀬がない。知恵を持つ人間の無能丸出しである。
シロ、お前は犬のままで良いぞ。
いつか、その可愛さが役に立つことを祈ろう。
シロが信号機の根本付近の地面を前足で叩いている。
何の遊びだ?
「シロ、何か見つけたの?」
明ちゃんがシロに問いかけた。
え?遊んでるんじゃないのこれ。
「わん!」たしたし。
「ここ?」
「何もなさそうだけど…」
「なんだ?《ここほれわんわん》ってやつか?」
「は、今金貨が出てきても、帰り道が見つかるわけないだろ」
「じゃあ巴は金貨いらねえのな。俺と明ちゃんで山分けだぁ!」
「………」
大人2人はふざけ話をするだけで、状況をただ見ている。
明ちゃんだけが愛犬の示すものを見つけようと手探りで探している。
ここ掘れの話をしたが掘れるはずはない。
信号機はコンクリートに刺さっているし、人の手や犬公の足で掘れてしまっては大問題である。
だから、明ちゃんは地面を撫でるように何かを探している。
「あった」
明ちゃんが突然声を上げた。
あった?…有った?何が?
「見てください、これ」
「見えないぞ?」
明ちゃんが俺たちに見えるように掌を見せてくる。エビがその手を見て、すぐ反応した。
俺も同じ意見。だけどこれは…
「透明なの?」
「はい」
「は?」
明ちゃんが手渡してくれた。
どこが端でどんな大きさのものか計り知れなかったけど、明ちゃんが落とさないように手を添えてくれた。
「これは…ジャジャラしてるね」
「複数のものが一つに繋がっているようですね」
「は?何言ってんのお前ら」
エビは俺たちの落ち着いた会話と見えない物体の存在に理解が追いついていない。
仕方ないな、初めて見た奴は大概理解できないだろう。
でも、それに触れてみたら、存在を実感する。
エビにも持たせてやることにした。
「エビ、触ってみろ」
「は?巴何言って…なんか手に当たったぁ!気持ち悪ぅ!」
エビがバッと手から振り落とした。
危ね!お前、俺がジャラジャラの一つを持ってなかったら、見失ってたぞ、馬鹿野郎。
「エビさん、男の子でしょう?怖がってばかりでは、大きくなれませんよ?」
「明ちゃん何言ってんの?それにこのキモいやつなに?」
「むむむ」
久しぶりに明ちゃんがおふざけ寄りの会話を試みたが、エビには不発に終わった。
エビの普通の状況質問に明ちゃんは少し不満そうだ。《む》が3つも出てるし。
しかし、明ちゃんは文句を言うことなく、不満そうな顔で自分のリュックを漁り出した。
明ちゃんはエビに説明してやるためだろう、リュックから例の缶を取り出した。
「これ、なにに見えますか?」
「は?ビー玉?」
「だけじゃないよ」
「んー?分からん」
「持ってみてください」
明ちゃんが透明缶をエビに渡そうとした。
それをエビが取り損なった。
カカンッと甲高い音が響いた。
「え!?何これ!」
エビがビー玉を目印に拾い上げようとした。
ビー玉を摘み取ろうとして、ビー玉手前の硬い感触に気付いたのだろう。声を上げたエビは恐る恐る透明缶を手に持った。
「透明缶です。
中にあるビー玉は私が後で入れたものです。
飲み口側には蓋をして、中から出ないようにしているんですよ。
私が考えたんですよ、《透明缶》を《明け透け缶》にしたんです!」
ドヤァという顔をする明ちゃん。
それに対するエビの反応。
「透明缶って、何?」
「そりゃそっちが気になるよな。」
「………!?」
上手いこと言ったみたいな顔してた明ちゃんが、ショックを受けていた。
いや、そもそも透明缶の説明が抜けてるんだから、見えるようにしたことが誉められることであっても、そもそも褒める理由に気づかないだろう。
俺は初め見た時はすごいと思ったよ。
…そういえばしっかり褒めた記憶ないな。もしかして、根に持ってるのか?
とりあえず、透明缶のことは代わりに説明してあげよう。
「これ、実はコーヒーの缶なんだ。
俺が見つけた姿が見えない缶。
いつのまにか俺が飲んでいたコーヒー缶が透明になってて、拾った時にはビー玉は入ってなかったから、触るまでそれがあることにも気づかなかった。
それを見えるようにしてくれたのが明ちゃんなんだ」
「巴…言ってることは何となくわかってきたが、透明になってたってどういうことだ?」
エビは真面目に話を聞いてくれた。実際に触れたことで存在を実感したからだろう。
興味が湧いてきたのかもしれない。
でも、核をついた質問の答えを俺は持ち合わせていない。
「分かんない。飲んでる時は色があったと思うんだけど、今ではどんな柄だったか思い出せなくて、コーヒーの缶だったことしか覚えてない」
「はぁん。で、これを何で俺に見せたんだ?」
「それは、これも透明になった何かだって説明のためだと思う。でしょ、明ちゃん?」
ここで、明ちゃんに説明役を戻してあげようと話を振った。
「……はい」
「どうした明ちゃん。なんか落ち込んでるように見えるぞ?」
明ちゃんは弱々しく返事した。
その様子を見て、エビが心配している。
お前のせいだ、というのも違うだろうし放っておこう。
「…多分、危険なものではないと思うから、お前もこれが何か考えてくれないか?」
「あー、分かった。それ貸して」
エビが受け取ってくれた。今度は落とさないように慎重に。
「んー?ジャラジャラ…硬くて、カクカクしてる?薄くて長いのもあるな。……鍵じゃねこれ」
「分かるのか!?」
「なんとなくだけど、キーホルダージャラジャラのなんかの鍵じゃね?」
「鍵ですか」
あ、明ちゃんが立ち直った。
「誰かが落とした鍵が透明になったのでしょうか」
「だったら、落とした誰かは困ってるだろうね。もしかしたら、探しにきたけど見つからなかったってこともありそう」
「どうすんだ、これ」
「うーん」
ここに置いていっても、俺たちも持ち主も、見つけられなくなる気がするし、かと言って持ち主が今すぐ来るとも思えないしなぁ。
「見えるようにする方法はないの?」
「これは…難しいな」
「うーん、うーーん」
明ちゃんが唸るように声を上げている。急遽見つけたものに知恵を働かせるのは大変だろうな。
俺も何か案を…
それから、30分考えてみたが、結局いい案は出なかった。
「お?なんかボタンみたいのがある」
エビはずっと見えない鍵付きキーホルダー?をジャラジャラさせていた。
エビが透明の何かに気づいたようだ。
「押してみてもいい?」
「まあ…」
「良いですよ」
ポチッ。という擬音は聞こえなかったが、すぐ近くで音が鳴った。
パッパッという音と光が何もない場所から突然現れた。
「「「……」」」
「わん!」
もう一度エビがボタンを押したのだろう。
音が鳴り響いて、同時に腰ぐらいの高さの空間が発光した。それも二箇所。
なにこれ怖い。
「エビさんもう一度お願いします」
「分かった」
エビがボタンを押すと同じ現象が何度も起きる。
超怖いんだけど。
しかし、2人は驚きつつも恐怖した感じはなく、明ちゃんは発光現場に近づいていった。
「明ちゃん?」
「巴…これはもしかすると」
エビも何かに気づいているようである。
なになに何なんだよ!
明ちゃんが中空に手を伸ばした。
何かを掴んだように見える。
明ちゃんはそれを後ろに引いた。もしかして…
ガチャッという音がして、明ちゃんは何かを避けるような仕草を取り、両手で大きな板を持っているような姿勢になった。
「車ですね、これ」
「やっぱりか」
「車…これが?」
忘れてしまっているもの、車。
俺はそれに出会えはしたものの、透明になっていた。
ー
すーすーと寝息が聞こえる。
テレビの前の男は眠っている。
窓から見える空は太陽が眩しい、昼頃の空。
男は不摂生な生活をしている。
突然、テレビがついた。
『本日、新たに見つかった失色物をお伝えします。
〇〇町にあるコンビニエンスストア〇〇店、喫茶店〇〇〇〇、〇〇高等学校の校舎の一部に失色現象が見つかりました。
失色現象は建物の外壁に起きており、建物内は異常がないように見えます。
失色物による被害は今のところ起きていません。
警察はこれらの場所に規制線を貼り、侵入禁止としていますが、店舗の営業、学童達の教育補填の問題は…』
ブツっと切れた。
すーすーと寝息は途切れない。
世界は色を失い、人々は不安に駆られる。
この日々の終わりはいつくるのだろうか。
冒頭の映画は実際にある映画をモデルにしました。
この話を書く前に見たコメディ映画です。有名ですし、文章にしていいのか分からなかったんですけど、作中にも似たような映画があることにして出しちゃいました。
すごく面白かったです。
読んでいただきありがとうございます。




