0226-SE-4
俺はレーサーになって大金持ちになる。
ガキみたいな夢だと思う。
でも、俺は本気でなりたいと思って勉強した。
親友は応援してくれた。
も背中を押してくれた。
俺が専門学校に行くことを決めた時、親友がくれたんだ。
ムスカリっていう花を。
*
「F1レーサー…どんなことをするんだ?」
「車で速さを競うんですよ。決められたコース内を誰が速く駆け抜けられるか競うスポーツ、その世界大会に出る人の事ですよね?」
「そんなかんじ。《Formula One》の頭文字をとってF1って略なのよ。《Formula One》っていうのはモータースポーツのことで………」
なんか自信満々に説明してくれようとしてるけど、何一つ分からん。カタカナと英語?が混ざったエビの説明は、聞き覚えがないというよりかは、そもそも聞いたことないという認識の方が正しい気がする。
俺、絶対そんなことまで知ってなかっただろという話までしてくれてる気がする。
熱量は伝わるが、話を理解するのは無理だなこれ。
「………てな感じなんだけど、巴聞いてる?」
「もういいぞ。お前のF1愛は十分に伝わった」
「じゃあ、次はなんで目指すことになったかって話を…」
「もう良いって!」
「……ス〜」なでなで。
明ちゃんが道端にシートを敷いて、優雅にお茶を飲みながら、シロを撫でている。
なんであの娘1人だけお茶飲んでるの?
てか、道路の真ん中だよ?良いの?
まあ通行人は他にいないし、車とやらも一度も見かけない。大丈夫か。
「終わりましたか?」
「いや、まだまだこれからだよな?聞き足りないよな巴?」
「明ちゃん、俺もお茶が欲しいよ」
「どうぞー。紙コップとってください」
「聞けよ巴ー!」
「はい、エビさんもどうぞー」
「あ、あんがと」
エビは受け取った紙コップにすぐ口をつけた。
長い説明で喉が渇いていたのだろうな、豪快に飲む姿は少年のようだった。
「ぷはー!美味っこのお茶!」
「お母さんが淹れたお茶です」
「明ちゃんの母ちゃんすげぇ!」
口調も子供っぽいんだよなぁ。
男前が少年っぽいって…需要はありそうか、っち。
「歩くの疲れましたし、ここで休憩がてら、エビさんと巴さんの過去話を聞いても良いですか?」
「あの、俺が覚えてることひとつもないんだけど…」
「エビさんお願いします」
「このバッジなんだけどよ」
ポケットから取り出されたバッジ。
エビの髪色と同じ色の花が描かれている。
「このムカリスの絵は巴が描いてくれたものなんだ。
俺が自動車大学に行く為に家を出るって言ったら巴達が作ってくれてて。卒業式の日にくれたんだ。
すっげえ嬉しくて。
今までずっと大切にしてきて。
これ見たら巴達が応援してくれてることを思い出して、頑張れてた」
エビはバッジを見つめて、思いを告げるように話した。
そこで、バッジをじーっと見ていた明ちゃんが横槍を入れる。
「エビさんエビさん」
「どした、明ちゃん」
「ずっと気になっていたんですけど、その花の名前、ムカリスではなく、ムスカリだと思いますよ?」
「え!?」
「ムスカリ?」
え、エビお前、名前間違えて覚えてたの?さっき凄くしんみりしたのに、馬鹿っぽくなってるんだけど。
明ちゃんが説明してくれる。
「はい。花が葡萄の実に見えることから別名ブドウヒアシンスとも呼ばれているヒアシンスに近い植物ですね。
地中海沿岸地域が原産とされている球根植物なんですよ」
「へー」
すごーい。明ちゃん花に詳しいんだね。また新たな一面が見れて驚きだよ。探偵は様々な知識を蓄えているって本当なんだな。探偵ではないけど。
「まじかよ!おれずっと、ムカリスだと思ってた!くそ恥ぃ!」
エビは明ちゃんの説明を聞いて、頭を抱えている。
知らないことを間違えて覚えることはよくある。
大事なのは間違いに気づいた時、間違えたことを認め、修正していくことだ。
そうだよね?
明ちゃんの説明は続く。
「ムスカリの花言葉は《通じ合う心》、《明るい未来》の二つだったと思います。巴さんなかなか粋なことしますね」
「いや、全く覚えが…」
花は観た記憶しかない。花言葉を調べたことなんてあったっけ?
エビが明ちゃんの説明に聞き覚えがあるらしかった。
「ああ!日音も似たようなこと言ってた気がするぅ!!」
「「ひのと?」」
誰かの名前だ。聞き覚えがある。誰だっけ…。
俺がその名前に唸っていると、エビが俺の様子に気づいた。
「へ?まさか巴、日音のことまで忘れちゃってんの!?」
「ああ、思い出せない」
「そりゃねぇよ。俺のこともそうだけどよ、1番日音と仲良かったのはお前なのに…」
「同級生か?」
「お前の幼馴染だろうが」
「幼馴染?」
俺に幼馴染がいたなんて初耳だ。小中高と普通に上がっていったことは覚えてる。
でも、クラスメイトやそれぞれの学校で知り合った人の顔は全く覚えていない。
今まで、思い出そうとすることがなかったから違和感なかったけど、エビと出会ってから、忘れていることが多すぎる。
俺は一体どうなってしまったんだ?
「………」
ふと、明ちゃんを見ると、彼女も険しい表情をしていた。
俺の物忘れの多さに呆れているという感じではなく、何かを考えている?
「そのムスカリをマークにすればって提案したのが、日音なんだよ。俺はこれを付けてF1に出るのが目標なんだ」
「ごめん。全く思い出せない」
「…なんで記憶喪失なんかになってんだよ」
エビの表情は暗く、呟くように聞こえた。
「いや、忘れていることは限定的なんだ。
自分が椋梨巴って事はもちろん覚えてるし、高校に行っていたことも覚えてる。
でも友達だったり、車のことだったりは全く覚えてないんだ。
もしかしたら、他にも覚えてないことがあるのかもしれない」
言い訳がましく聞こえるな。本当に今気づいたことをそのまま言葉にしただけだ。
俺が俺のことを覚えてないというのは凄く気持ち悪い感覚だった。違和感がないのが尚更。
しかし、エビは俺を非難しなかった。
「それは、なんか辛えな。日音が聞いてたら、絶対心配してるぜ」
日音、この人物のことも全く分からない。幼馴染なら、小中も同じだった可能性もある。忘れられるはずがない。
男か女かも分からない。
「日音さんは女性なのでしょうか?」
明ちゃんがエビに聞いた。彼女も日音が気になるらしい。
エビは懐かしむように答えた。
「ああ、大人しくて優しいやつだった。でも、俺と巴が喧嘩した時はそれを止める役を買って出るほどに強いところがある女の子だったな」
「俺たちはよく喧嘩したのか?」
「ああ、くだらねぇことでしょっちゅうな。特に俺がモテることにお前は腹を立ててたぜ。巴も黙ってたら悪くないのに、喋ると陰気臭くてな。それを指摘したら怒るんだもんよ。な、小さい男だろ?」
「巴さん、嫉妬してたんですね」
「し、知らない」
「でも、巴が唯一モテた奴がいた。それが日音だ」
「え!?」
「………」
巴がモテたって言った?モテたって言ったのエビ君!?
明ちゃんは静かに聞いている。
「付き合いが長いってのもあったんだろうが、2人の距離は明らかに近かったよ。
俺が入り込む隙間もないくらいにな。
日音は巴の為に弁当を作ってきて、一緒に食べてた。俺も食わしてもらったことがあるけど、マジで美味かった。一時期、お前のこと恨んだからね俺」
「そ、そう」
身に覚えのないことを言われても…。
「日音はいつもお前を目で追いかけていた。何をするにも、心配していた。行き過ぎて、孫を見る婆ちゃんみたいになってたよ。覚えてないのか?」
「うん」
「そ。俺が専門学校に行くことを日音に伝えた時、ムスカリを教えてくれたんだ。明ちゃんと全く同じ説明だったな」
「…そうですか」
「な、なあ、俺とひ、日音は付き合っていたのか?」
「……教えてやらねぇ。自分で思い出せよばーか」
ちっくしょぉ!知らない間に彼女ができていたというのは怖いが、聞いていたところ日音は優しい女の子らしい。是非に会ってみたい!彼女はどこにいるんだ?
「巴さん、めいちゃんの家に向かっていること忘れていませんよね?」
「ぜんぜん。おぼえていますのことよ?」
「では、そろそろ行きますか。エビさんありがとうございました」
「お、おう」
明ちゃんがご機嫌斜めだ。さっきまで楽しそうに聞いていたのに、考え込んだあたりから雰囲気が違う。
「巴、今明ちゃん怒ってんの?」
エビも明ちゃんの変化に気づいたらしい。
小声で聞いてきた。
「分からん。とりあえず休憩は終わったらしい」
「お前、明ちゃんのこともよく分かってないの?」
そんなこと言われても。
なんか似たようなやりとりを前にもしたな。
俺はエビに現状を伝える。
「会って4日目なんだ。分からないことが多いのは普通だろ?」
「会って4日!?会って4日の距離感じゃなくね!?」
驚かれる。これも前と似たような感じだ。俺の感覚は至って普通。明ちゃんが特殊なのだ。
もう既に前を歩き進めている明ちゃんが振り返り、不機嫌そうに言った。
「何してるんです、早く行きますよ」
「「は、はーい」」
エビも声を揃えていた。
お前も気づいたか、明ちゃんのものを言わせぬ覇気を。素直に付いていく歳上達。
そういえば俺たち年上じゃん。関係ないか…。
「明ちゃーん、方向わかんの?」
「分かりません」
「これ、どこに進んでんの?」
「分かりません」
「と、巴!これ誤った方がいい?何が悪かったのか分かんないけど…」
「エビさんは悪くないですよ」
「ヒッ!」
明ちゃんがエビを睨んだ。
やめろ!余計に明ちゃんを怒らせるな!
お前の責任だぞ!
「エビさん」
「はい!なんでございましょうか」
「近くで地図が見える場所を知りませんか?」
「あ、それなら…」
エビがズボンのポケットから四角いものを取り出した。
めいちゃんのお母さん香さんが持っていたのものと色は違えど似ている。
エビが平面を指でなぞっている。
「地図、現在地」
ピコン。『〇〇県〇〇市〇〇町〇〇通り』
「だって」
え?何今の?どうゆう事?
エビが機械に向かって、単語を告げたら、機械が鳴って、お姉さんの声がしたけど。
「スマホ持っていたんですか。なかなか弄らないので持ってないんだと思ってました」
「巴のことで頭いっぱいで忘れてたわ。あ、明ちゃんも持ってた?」
「いえ、私は持っていないので。見せてもらえますか?」
「ほい」
明ちゃんに手渡すエビ。
はい、やっぱり俺だけ知らないパターンね。
とりあえず聞いておこう。
「ちょっと待って。それ何か聞いていい?」
「巴…スマホも忘れてたんだな」
エビが憐れみの目を向けてくるのは放置。
忘れていることを整理できるのは好機なんだ。
ポジティブに考える俺偉い!
明ちゃんは説明してくれた。
「スマートフォンという携帯電話ですよ。機能が多く便利になっているんです」
「え、地図が見れる電話なの?電話ができる地図なの?」
電話ができる地図って何?
エビがそれを否定した。
「電話と地図だけじゃない。ゲームもカメラも、なんだってできる。パソコンを小さくしたみたいな機械だ。パソコンは分かるか?」
「分からん」
また知らん単語が出てきた。なんだパソコンって。
「お前の頭どうなってんのか、見てみたいわ」
エビお前今バカにしたな?でもなぁ、俺だってお前をバカにできるんだぞ?それを教えてやろう。
「うるさい。てかお前迷子だって言ってなかったっけ?」
「おう、言ったぞ」
「地図が見れたなら、迷子じゃないだろ」
「それがな…」
エビが答えを言う前に明ちゃんが言った。
「これ、地図と実際の町、全然違いますね」
明ちゃんが見せてくれる地図は知らない町の地図だ。
現在地はこの赤いふきだしみたいのだろうか。
吹き出しのすぐ近くに交差している線が2つある。
俺たちは目の前の道を見た。
直線の道路が100メートルくらい続いている。後ろも同じ。
「地図みてもよく分かんなくてさ、気づいたら迷子なんだよ」
俺たち、帰れるの?
*
久しぶりに会った親友がめちゃくちゃ忘れてた。
俺のことだけじゃなく日音のことまで。
記憶喪失ってマジかよ。
明ちゃんって子と仲良さげだと思ったら、知り合って数日らしい。
親友がチャラくなってた。
マジかよ…。
ムカリスではありません、ムスカリという実際にある花でしたー。私の打ち間違いです。
読んでいただきありがとうございます。
2022/10/13 タイトル変更
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0226-SE-4




