7話 葡萄風 信子
『新たな失色物が発見されました。』
あれから、10数個の失色症が新たに見つかり、連日連夜、報道番組はそれの話題しかしていない。
俺はコーヒーを片手に聞いていた。
『新たに見つかったのは、〇〇号線にある信号機一基でした。これにより、車3台の追突事故が発生。この事故による重傷者は2名、軽傷者は5名。重傷者の1人は意識不明の重体です。警察は周辺道路を封鎖し、〇〇号線に繋がる道路は現在一部通行止めになっています。
失色物が原因で事故が起きたのはこれが初めてになります。他にも信号機やガードレールなど、見つかっていない失色物があるかもしれません。車移動、歩行の時でも十分注意してください。………』
カン!ビシャ!トポポ………
コーヒーを落とした音。
「事故…交通事故……。」
「…違う…俺のせいじゃない。」
「あれは…俺のせいじゃない!」
「全部消えるんだ。だから、これは夢みたいなもんだ。そうなんだろ?」
誰もその言葉を肯定してくれる人はいない。
俺はひとりぼっちだ。
ー
今日は同級生に会ったんだ。
懐かしいと言っても卒業からそれほど経ってない。
あいつは夢に向かって頑張ってる最中なんだってさ。
俺は………いや、変わるんだったな。
未来の俺は何をやっているんだ?
楽しいか?
*
4日目。朝早くにインターホンが鳴った。
玄関扉の向こうには明ちゃんが立っているのが見えた。ついでにシロもいる。
ガチャリと鍵を開けるとやっぱり明ちゃんとシロがいた。
「おはようございます。朝ですよー。」
「わん。」
「おはよう。何のよう?忘れ物?」
「家に入れてください。寒いです。」
明ちゃんは今日は青い線が入った白いビッグパーカーの下に薄らショートパンツが見える。黒のレギンスに黒いシューズを履いている。そして、今日はリュックを背負ってきている。
上は暖かそうで、下は寒そうだ。
「下ちゃんと履いてきなよ。」
「うるさいです。早く入れてください。」
明ちゃんが震え出した。本当に寒そうだ。
「どうぞ。」
「どうも。」
「わん。」
2人は家の中に入っていった。
昨日家でご飯を食べた時に持ち帰り忘れたものでも有ったのだろうか。と思ってたら明ちゃんは全然違うことを言った。
「行きますよ、めいちゃんの家。」
「わう。」
シロも俺を見上げて鳴いた。期待に満ちた二つの視線を受けた俺はこう返す。
「何をしに?」
昨日、めいちゃんは家に無事送り届けた。
これ以上何をすると言うのか。
でも明ちゃんは納得がいかないようだ。
「めいちゃんが忘れていることを思い出させてあげませんか?」
「俺たちに何ができるの?」
昨日見た夢。めいちゃんが一人ぼっちで泣いている夢。
泣きながら両親を呼んでいた。
あれはどういう意味なのか、あの栞が何を伝えようとしているのか分からない。
めいちゃんの感情が流れ込んでくるようで、すごく気持ち悪かった。自分が誰なのか分からなくなるような。
怖くなった俺は、あの栞を押し入れにしまった。
捨てられないから、押し入れに隠した。
押し入れには見たくないものばかりを詰めている。
俺は見たくないものから目を逸らす弱い男だ。
「何ができるかなんて分かりませんよ。行動してから結果が出るんです。やってみたらいいことにつながるかもしれないでしょ?」
「やった上で悪い方向に行ってしまったら?必要のないことをして後悔するぐらいなら俺は……」
「後悔はやった人がするものですよ。今の私たちが理由にするべきものではありません。それに、必要のないことをしていない人なんているんですか?私も巴さんも、もうすでにしていると思いますけど。」
「な、何を?」
「巴さんはシロに余計な食事を与えていました。可愛がるだけならまだしも、餌で気を釣り、シロに気に入られようとしていたんです。他の人なら、可愛がるだけで普通そんなことしませんよ。おかげでシロが太っちゃいました。必要でしたか?」
「い、いや…。」
「では何故、やってしまったんですか?」
「気に入られたかったから…?」
「違いますね。シロを連れ去ろうとしていたんでしょう?あまりの可愛さに。」
「わう?」
「ち、ちが!」
シロがつぶらな瞳で見てくる。なんだその顔は。
「俺はこいつのことが気になったから…」
「では、何故めいちゃんを私の家に連れてきたんですか。普通、交番に連れていくものでしょう?」
「交番に…あ、そうか。」
「本当は誘拐する瀬戸際だったんですか?罪の意識で連れてきてしまったんですか?」
「違う、そんなつもりはなかった。」
「では、めいちゃんをおうちに帰したいと思ったからなんですね?だったら、最後までやってあげてください。めいちゃんを、めいちゃんの家に送り届けてください。」
「だから、家には…」
「あんな顔をするような場所が家なはずがないでしょ!めいちゃんが両親の前で笑うのを見るまで、私は納得しませんよ。」
「なんでそこまで…」
「これは私のお節介です。自分が気になるからやるんです。巴さん風に言うなら、《ありがた迷惑》って奴ですよ。」
「わん!」
「まだ、迷惑と言われてないので未遂ですけどね。」
明ちゃんがドヤ顔で言った。シロも大きく吠えた。意味がわからなかった。
でもなんだか笑えてきた。
「ははは、その理論は、ずるいよ!」
「付き合いますよね?巴さんも。」
明ちゃんが手を伸ばしてきた。取れということだろうか。
そういえば、めいちゃんも俺に手を伸ばしてきてたな。
玄関の前で、不安そうな顔で、俺を見上げていた。
涙はグッと堪えて目尻に溜めていた。
栞を渡してくれた時も、おんなじ顔だった。
まだ終われていないのか…。
俺は明ちゃんの手を取り、強く握った。
「俺も行くよ。」
「痛いです。離してください。」
あっさり、手を離された。えー?
「行くのは決定事項でした。巴さんが行かないと言っても、引っ張って連れていく予定だったのでスムーズに行きそうでよかったです。一瞬、行きたくないオーラが出てたので何事かと思いましたよ。」
決定事項でした。聞いてないし、そんな力を持ってたの君。本当に俺、明ちゃんに気に入られすぎだわ。主に従僕としてだけど…。
そのオーラとやらの説明もすることにした。
「ごめん。昨日伝えなかったことがあるんだ。実は…」
俺は昨日見たものを簡単に明ちゃんに教えた。
「やっぱりそうだったんですね。私の勘は間違ってませんでした!」
「いや、俺がみた夢だから、現実と一緒にして良いのかな…」
「その栞、私にも見せてください!」
「いいけど…」
俺は隣の部屋の押し入れに向かった。
襖を開け、中から栞を取り出す。
「この絵、誰ですか?」
にゅうっと俺の肩から顔が出てきた。明ちゃんが後ろに立っていた。
「うわ!?向こうの部屋で待っててよ!」
「綺麗ですね。」
明ちゃんが見ているのは薔薇や果物風景画ではなく、人物画の方だろう。
その絵は白髪の女性が裸で横たわり、胸と腰が隠れた裸婦の絵だった。
胸は女性の手が隠し、腰は黒いストールのようなもので隠されている。その黒が女性の肌や髪の白さを際立たせている。
「誰かに似ていますね…誰だっけ…」
「明ちゃんに少し似てるね。」
「や、やめてください!嫁入り前なんです!人前で裸になんかなりませんよ!」
明ちゃんが真っ赤な顔で暴れた。自分で嫁入り前とか言う人初めてみた。
「で、結局誰なんですかこの綺麗な女の人は。」
「誰だろうね。よく覚えてないや。」
「はあ?この絵、巴さんが描いたんじゃないんですか?」
「どうだったかなぁ。おじさんも絵を描いてたし、他の絵は俺が描いたやつばっかりなんだけど、これだけ思い出せないんだ。」
「恥ずかしいから、惚けているんですね?」
「いや、本当に分からなくて。それよりほら!この栞がめいちゃんから貰ったやつだよ!」
急いで襖を閉めて、栞を手渡した。その時も薄らあの香りがしたけど、変な映像を見ることはなかった。
「普通の…栞ですね。ローズマリーが可愛いです。」
「何も見えてこない?」
「はい。特に何にも。」
「あれ?じゃあ、本当に夢だったのかな…」
明ちゃんが栞を返してくれた。
俺はそれを…ポケットにしまった。
「巴さんがその映像を見たのって、私の家の玄関前ですよね。数秒棒立ちだったあの時。」
「そう。変な映像を見て、明ちゃんの声で意識が戻ったんだ。すごく気持ち悪かったよ。」
「その言い方だと、私も気持ち悪さの原因に聞こえますね。私の声は美声だと思うのですが?」
「あー、はいはい。そうだねー。」
「むむむ、ちゃんと突っ込んでくださいよ。面白くないですね。」
ぐぐぅぅぅ………。
腹の音。それは俺のお腹から聞こえた。
「ごめん。朝飯食べてなくて…。」
「それなら、ちょうどいいものがありますよ。」
明ちゃんがリュックから何かを取り出した。
それは三角形の米の塊。普通に言おう、おにぎりだった。
「お母さんに握ってもらいました。例によってたくさん握ってくれましたので、お裾分けします。漬物もありますよ?」
「いや、そんなに甘えてばっかりは…コンビニで何か…」
ぐぐぐぅぅぅううう!!
さっきよりも大きな腹の音がした。もちろん俺のお腹から…。
「さあ、取るがいいです。これから働いてもらう前報酬としましょう。」
「わうぅ。」
シロが何やら詰め寄ってきた。なんなんだその顔は、どうゆう意味か、わからんて。
「私も少しお腹が空いたので、一緒に食べることにします。」
机の上にラップに包まれたおにぎりと漬物が置かれた。
もぐもぐと言う擬音をわざと発しながら食べる明ちゃん。う、うまそう…。
気づくと俺の手は勝手におにぎりを取っていた。く、口に運ぶ前にお礼を…
「ありがとう、頂きます。」
「感謝はお母さんに言ってください。私は出しただけです。」
「わん!」
「あなたも少しなら食べていいよ。はい。」
はぐはぐとシロがおにぎりを貰っている。こいつ、なんでも美味そうに食うなぁ。
出会ってから、この2人と一緒に何かを食べる事が多い。
なんか、楽しいな。
小さな机を囲んで食べているだけなのに、楽しいと思った。なんでだろう。
「それじゃあ霧の道、行ってみましょうか。」
「わん!」
「行こう。」
俺たちは自然と手を繋いでいた。逸れないように握りしめる。
「痛いですって、なんでそんなに強く握るんですか。離しますよ?」
「ご、ごめん。なんか緊張しちゃって…」
「…仕方ないですね。少しなら我慢しますよ。」
「ありがとう。」
俺たちは霧の道へ、同時に足を踏み入れた。
霧の中はすごく濃くて、周りが見えなかったが、明ちゃんの顔は、はっきりと見えた。なんか安心した。
「そういえば、明ちゃんはどんな必要のないことしたの?」
安心からか、今現在必要のない質問をしていることに俺は気付かなかった。間抜けみたいだ。
でも、明ちゃんは答えてくれた。
「そうですね、沢山あると思いますが、今は巴さんと一緒にいることですね。」
思ってもいない酷い答えが返ってきた。え?君が誘いに来てくれたよね?俺いじめられてるの?
「巴さんといると、何かむず痒いものを感じるんです。嫌な気持ちもあるんですけど、気になるから一緒にいるんです。」
どうゆうこと?それは拒否反応なの?でも、手は離してこないから大丈夫なのか?
明ちゃんがどうしたいのか俺には分からないよ。
「わん!」
シロが急に駆け出した。シロが進む方は霧が晴れているように見える。昨日より少しだけ早く霧を抜けられそうだ。
霧が晴れた。
見覚えのない道。
近くにめいちゃんの家らしきものは見当たらない。
あれ?出るところ間違えてね?
「どうしよう、明ちゃん。道間違えたみたいだよ。」
「でも、私たちまっすぐ進んでましたよ。」
「あの道、方向分からなくない?前後左右が霧で覆われてるし…シロが走った時、進んでた方向が変わったような…」
「シロが悪いって言いたいんですか?」
「わう…?」
「いや、悪いとまでは…とにかく戻ってみようか。」
「行こう、シロ。」
俺たちは振り返り、霧の道を戻ろうとした。
すると知らない男が目の前に立っていた。
若い、俺と歳が近いんじゃないだろうか。
通行人とすれ違うのは久しぶりだったので、まじまじと見つめてしまった。
すると、男に話しかけられた。やばいガンをつけてると思われたかな、謝ろう。
「お前、名前教えてくれ。」
「すいません…え!?」
知らない人から名前を尋ねられた。
「名前を教えてくれ。」
「な、なんで教えなきゃいけないんだよ!」
すっごく怖い。なんなのこの人。恐怖からか口調が荒くなった。
「名前だよ。教えてくれよ。」
「嫌だよ!」
その時、明ちゃんが口を開いた。
「椋梨巴さん!行きましょう。」
「なんで名前だけ大声でフルネーム言ったの!?」
「名前教えたら、行かせてくれるのかと思いまして。巴さんの名前一つで済むなら安い解決法ですよ。」
「君、ちょくちょく俺の扱いが酷くなるよね!」
明ちゃんが俺の名前を売った。やばいよ、個人情報が保護されてないよ!
そして、結局通り過ぎれなかった。
それは男の反応が不可解だったから。
「巴!そうか巴だ!思い出したぞ!」
「はあ?」
男のテンションが高くなり、まるで知人のように話しかけてきた。
「久しぶりだな、巴。高校の卒業式以来か?」
「急に馴れ馴れしくなった!怖い!」
男は空色髪で両耳ピアスをした青年。
洒落た格好をしていて、上は灰色のタートルネックのセーター、下は紺色のデニムパンツ。茶色のロングコートを羽織って、革靴が決まってる。
いやでも髪の色が浮いているな。
すごいね、これからデートかな。
てか、誰だよ。
「え!?覚えてない? 葡萄風信子だよ。親友を忘れんなよ!」
「知らねえよ、てか、名前すごいな!?」
とんでもない名前をしていらっしゃった。
《ぶどう》じゃなくて《えび》だと!?
いや、《ぶどう》だったとしても驚くわ!
こんな名前のやつ知り合いにいたら、絶対に忘れないだろ。
しかし、俺のポンコツ脳は彼を記憶していない。と言うことは知らない人だな。人違いだ。早く逃げよう。
「すいません。多分人違いです。では俺たちは行きますので…」
「ちょい待て待て。酷いやつだなー。卒業してから連絡も寄越さず、剰え友を忘れるとは…」
と、友達!?全く身に覚えがないんだけど。クラスメイトにこんな名前がいたら絶対いじりに行く自信あるから友達になる可能性もなくはないけど、さっきから言ってる通りそんなインパクトのある記憶はございません。何かの間違いでしょう。
「そうだ。巴、これ覚えてないか?」
と、葡萄風と名乗る男が見せてくれたのは黒を背景に水色の葡萄みたいな花、の絵が描かれたバッジだった。
「ムカリスのマークだ。2人で考えた奴だよ。覚えてないか?」
「知らん。それじゃ…」
「ちょ!巴ぇぇ!!」
後ろから、男の泣き声が聞こえるが無視。俺たちはやるべきことがある。
明ちゃんが隣から顔を覗きこむみたいに聞いてきた。
「いいんですか?同級生なのでは?」
「知らないよ。記憶にございません。」
「でも、向こうはついてきてますよ?」
「え!?」
振り返ったら、さっきのやつがピッタリついてきていた。
「酷いぞ、巴ー。感動の再会だろ。もう少し喜べよー。」
「ついて来んなぁ!お前のことなんて知らない!どっか行けぇ!」
「その感じ、絶対巴だよ!思い出せ俺のことを!!」
ガシッと掴まれた。ひきづられてもついてくるよこの人。マジで怖い。
「離せぇ!」
「実は困ってるんだぁ!親友のよしみで助けてくれぇ!」
「親友じゃない!俺たちは用があるんだ!他を当たれ!」
「他って誰だよぉ。ここですれ違ったのお前らだけだぞ!」
「あの、困ってることってなんなんですか?」
男は明ちゃんを見て、目を大きくさせた。
質問に答えずに、男も質問をしてきた。
「ん?誰だこの美人ちゃんは。」
「お前、俺のことは知っていて、明ちゃんは知らないのか?」
「知らないな。明ちゃんっていうの?」
男の知り合い設定は俺だけのようだ。俺が名前を言っても、首を傾げている。
その反応を見て、明ちゃんが自己紹介を始めた。
「御見透明です。こっちは愛犬のシロです。」
「わん!」
「おお、でけぇ。君何歳なの?」
「高二です。シロは3歳です。」
「へぇ、高二ね。懐かしいな巴!俺らが一番仲が良かった時期だ。」
「だから、知らないっての!」
「何を困ってるんですか?」
明ちゃんが被せて言う。男はようやく答えた。
「俺、今迷子なんだ!家まで送ってくれよ!」
「はあ?」
迷子の女の子の家へ行こうとしたら、迷っている大人に出会ってしまった。
読んでいただきありがとうございます。
2022/09/27追加点
エビのバッジの説明
「そうだ。巴、これ覚えてないか?」
と、葡萄風と名乗る男が見せてくれたのは水色の葡萄みたいな花、の絵が描かれたバッジだった。
↓
「そうだ。巴、これ覚えてないか?」
と、葡萄風と名乗る男が見せてくれたのは黒を背景に水色の葡萄みたいな花、の絵が描かれたバッジだった。




