4号(フォル)・ティルルの接触
※◇◆★の記号で視点が切り替わります。
トラは「俺」リスは「あたし」という一人称、それ以外は三人称となります。
よろしくおねがいします。
◇
――おしゃれカフェ星々婆。
着飾った老婆達が働いているのを見て、ヤバイ店に入っちまったと後悔した。
リスが偶然選んだの店はどうやら若者に人気の最先端の店らしい。
オープンデッキのテラス席には若いカップルが多く、俺はあきらかに場違いだ。だが店は繁盛しているので特段注目もされずに注文の列に紛れ込むことができた。
「並んで注文してから席につくのか?」
「こんなの普通よ」
「そうなのか?」
どこでの普通だよ。
確かリスはトーキョーとかいうどこぞの田舎出身のはず。
あぁそうか映像配信で学んだのか、憧れの都会生活を夢見て。
「どれにしよっかなー。思いっきり甘いのがいいな」
「好きなの注文しろよ」
「やった!」
メニューを眺めながらリスが喜ぶ。
子供っぽいところが素直で可愛いと思える余裕は出てきた。
店内を見回すと若いカップルや友人同士のグループが半数以上を占めている。とはいえ俺とリスぐらいの年齢差の親子連れもいる。幅広い年齢層の客が軽食とお茶をたのみ楽しんでいるようだ。
「……」
不意に妙な視線を感じた。
テラス席にいる魔法師と視線があった。
向こうが目を逸らしたが、少女が同じテーブルに座っていた。
リスと同い年ぐらいの青い髪の少女だ。
魔法師の弟子だろうか。服装は貴族のご令嬢のようだが……。
まぁ妙な組み合わせなら俺も他人のことはいえないが。
「ヒヒヒ、お客さん。ご注文はどれにするかぇ?」
俺の番になった。コスプレ魔女の婆さんがカウンター越しにメニューを見せてきた。胸に看板娘のバッジが光る。
「酒は無ぇのか」
「ケッ! ここはオシャレにお茶を飲むところだよ、おとといおいで!」
口の悪ぃババァだな。
エール酒を注文したかったが仕方ない。ここは苦い「炒り豆の黒茶」を頼むことにしる。
「ヒヒッ、炒り豆の黒茶だね」
「なんじゃ、こりゃ……」
炒り豆の黒茶を頼んだはずが、出てきたのはクリーム山盛り。
上にクッキーが載ったドリンクだった。
「トラの美味しそうね!」
「は?」
「通なカスタマイズじゃん、見直したわ」
「そ、そうか?」
リスには何故かウケがよかった。
冷静を装いクリームの山にスプーンを突き刺す。いや、おかしいだろお茶じゃねぇのかよ。
思い返せば注文の時、店員の看板娘があれこれ聞いてたっけ。
「お兄さんほど立派な身体ならサイズはグランデンじゃの! 本日のおすすめはトッピオクリームダブル増し増し、カラメルソースクッキー載せじゃがなんとする? 男なら迷うでないぞぇ、ヒヒヒッ」
「じゃ……じゃぁそれで」
いまのは魔女の呪文か?
何を言っているのか意味不明だったので「それで」と答えたら……こうなった。
どうりで妙に高いと思ったぜ。銀貨一枚のドリンクなんてぼったくりバーもびっくりだ。
とりあえず一口たべてみる。
「甘ぇなこんちきしょう」
茶はグラスの底にチョビッと入っていた
なんだよこれは。ほとんどクリームとクッキーじゃねぇか。大きいサイズを頼んじまった。あのババァ……。
「あ、思った通りの味……! 嬉しい」
リスは満足げ。果物のジュースらしく綺麗な色のドリンクだった。ほくほくと顔をほころばせる。
「良かったな」
「んーっ、美味しいっ!」
甘いジュースの上にフルーツゼリーとフレーバー。見ただけで胸焼けしそうだが、それがいいのか。
リスは上手に注文していたし、妙に店員のババァと会話が噛み合っていた。うーむ謎の多いやつだ。
「この町のカフェもなかなかね!」
「なぜ上から目線……」
トーキョーとかいう田舎出身のくせに。
「ねぇトラのひとくちたべさせて」
「あっおま」
勝手にスプーンをつっこんでクリームをかっさらっていった。大口をあけてパクリ。
ほっぺたにクリームをつけつつ、リスは美味しそうに堪能している。
山盛りの甘いクリームがけのドリンク(?)を必死で流し込んだが、胸焼けしてきた。
やっぱり苦い炒り豆の黒茶が欲しい。
「すまん。やっぱり普通のお茶、追加注文してくる」
「んー、どうぞー」
夢中で食べているリスをテーブル席に残し、俺は席を立った。
◆
「リューゼリオン。わたし3号と話してみたいわ」
「4号・ティルル。不要な接触は許可されていません」
魔法師リューゼリオンが静かな声でたしなめた。
金髪の青年魔法師はカフェの客を見回す。
銀髪の狼のような大男が、3号を伴って来店したときにはさすがに少々驚いた。
偶然か運命の導きか。
鍛え抜かれ均整の取れた筋肉質の男は、上司のラグロース・グロスカが話していた『魔女の聖域』の番人とみて間違いない。
そして3号は失敗作、精神が安定せず、貴族の家を追い出され廃棄処分寸前だったはず。
しかし今の彼女は、まるで普通の少女ののように甘いドリンクを楽しんでいる。
――笑顔だと?
3号はドリンクを飲み自然に微笑んでいる。
リューゼリオンは向かいの席に座る4号に視線を戻す。
青いショートボブヘアーに整った小顔。可愛らしい陶器人形のように容姿端麗な少女は、色鮮やかなパッションドリンクをストローで静かに飲んでいる。
浮かべているのは無機質な表情。
時折浮かべるのは形ばかりの微笑み。
4号・ティルルの青い瞳から感情は読み取れない。
正直、ぞっとする。
人形風情が、人間の少女のふりをしているのだから。
「お願いよ、いいでしょう? あの子ひとりになったわ」
銀髪の男が席を立った。追加注文の列に並んでいる。3号は手元のドリンクに夢中だ。
「好奇心ですか」
「いけないことかしら?」
小首をかしげ上目遣いで見つめられと、流石に認識との違和感に戸惑う。
清楚な雰囲気を漂わせる美少女だが、それは刷り込まれた表面上の人格に過ぎない。
正体は戦闘用の魔導人造生命体。
肉体年齢は製造されて1年たらず。13歳相当の少女と同じ知識と疑似的な人格を植え付けられ、日常生活を営む上で欠かせない常識的な作法を調整、インプリントされている。
試作3号はその調整に失敗したはずだ。
完成に近い理想形が、目の前の4号だという。
暗殺用の特殊な運用を想定して調整され、品のいい服を身につければ良家のお嬢様にしか思えない。
相手を油断させ命を奪うことも容易いだろう。
「不良との接触は、良い影響を受けません」
「そうかしら、お友だちになれるかも」
「友達ですか」
バカバカしいと思わず鼻白む。
十年級魔法師、リューゼリオンの役目は4号の子守り。
格上の魔法師、三十年級のラグロール・グロスカ。
彼の命令によるものとはいえ気は重い。
敵対勢力の牽制が主任務のはずだが、成り行きで4号の運用実験のお目付け役を押し付けられた。
そこに破棄寸前だった試作個体、3号との接触など想定外、命令にはない。
判断に困る。
今は精神的に安定化している様だが、どんな誤作動を起こすかわからない。
面倒事を避け楽をして出世したい。
しかし、実績をあげるためには多少のリスクを冒す必要もある。
柔軟な現場の判断も時には必要なのだ。
「少しの間、心を乱さぬ程度なら」
「ありがとうリューゼリオン。目隠しの結界をお願いしていい?」
「賢明ですね」
「邪魔されずにお話できるでしょ」
他の客や3号の保護者から遠ざければ、影響は受けないだろう。
リューゼリオンは、胸に埋め込んだ魔石を起動。魔法術式により結界を展開する。
自らと4号、そして3号だけを結界――結界空間に取り込む。
他人が見ていれば不意に消えたように思うだろう。
周囲の景色や動きはそのまま色褪せ、無音の世界へと変わる。客の会話も雑踏の音も途絶えた。
本来は戦闘時の隠蔽用術式だが、異相空間で包囲することで人避けの結界としても機能する。
「……!?」
3号が異変に気がついた。
ストローを持つ手が止まり、きょろきょろとあたりを見回している。
急に店内が静かになり音だけが消えたのだから。
そこへ近づいてゆく4号。
リューゼリオンはお茶のカップを手に、しばし静観することにした。
★
「こんにちは。あなたが3号ね」
あたしは――3号と呼ばれることに慣れていない。
「あんた誰?」
不意に、音の消えた世界。
そこで唯一、声をかけてきた少女に目を向ける。
あたしには3号ではなくて、本当の、別の名前があった……はず。なのに思い出せない。
霧に包まれたような記憶の奥底に見え隠れすのは、トーキョーでの暮らし。あれは全部夢だったのだろうか?
学校……部活の帰り道、スタバを出て……そこで何かが突っ込んできて……悲鳴と……。
スタバそっくりの店のジュースを飲んだせいか、あの時の記憶がすこしだけ甦ってきたところだった。
「わたしは4号、あなたの姉妹よ」
青いおかっぱ髪の子が、勝手に向かいの席に腰かけた。
そこはトラの席なのにと、ちょっとムッとする。
「姉妹? なによそれ」
「お話しがしたくて、彼に結界を張ってもらったの。人払いの結界、プライベート空間よ」
自慢げにテラス席に座る若い魔法師に視線を向ける。身なりのちゃんとした金髪イケメンでスマートで、野獣みたいなトラとは対照的だった。
「ふぅん」
「こうして自由に歩けるのって素敵よね」
「自由なんて、あたしにはなかったけど」
あぁ、わかった。
思い出した。水槽に浮かんでいた姉妹のひとりだ。
繋がる最初の記憶。スタートは薄暗い実験室か倉庫のような場所だ。
培養槽みたいなチューブ型の水槽のなかにあたしは浮かんでいた。
生ぬるいネバネバした粘性液体に包まれ、目が覚めた。意識朦朧としたまま知らない言葉や記憶が勝手に植え付けられた。気持ちが悪い。嫌だ……。
左右の水槽には同じような姉妹が浮かんでいたのをぼんやり覚えている。
「だって、あなたは失敗作の廃棄物。本当ならゴミ箱いき。自由なんてあるはずないわ。でもわたしは完成品! 可愛いしお利口さんだってみんあに言われるわ」
頭のなかは相当ハッピーみたいで呆れる。
ばっかじゃないの、と思う。
「喧嘩を売りに来たわけ? いい気分だったんだけど」
「そうじゃないわ。興味があるの、教えてほしいの」
身を乗り出してくる。
こっちの話を聞かないタイプ。だいっきらい。
蹴飛ばしてやりたい。
トラならどうするだろう。
視線を向けるとカウンターにいた。注文で悪戦苦闘している。姿が見えるだけで安心した。
「失敗作のあなたがどうして笑えるのか、教えてくれない?」
「は?」
思わず唖然とする。睨みつけたけど、青い髪の子は薄笑いをうかべたままだった。
ガラス玉のような瞳は空っぽで、虚ろ。
「その怒った表情も素敵! どうやってつくるの?」
あたしは人形と話している気分になった。
「いい加減にして」
私が声を低めると、彼女は静かに手を私に差し向けてきた。
「少し……試してあげる」
<つづく>