世界のチュートリアル ~ふたりの町ブラ
◇
世界には『魔物』という怪物が存在する。
人間や家畜を無条件に襲い、危害を加える忌むべき存在だ。
迷惑千万な魔物に手を焼く王政府は、駆除に力をいれている。言い換えるなら王国の存在自体が魔物と戦い続ける社会基盤であり、経済圏を形成しているといっていい。
魔物にはいくつか種類がある。
魔法で合成された怪物を主に魔物と呼ぶ。既存の野獣が魔物を喰らい、魔石の影響で凶暴化してしまったのが魔獣。
だいたい遭遇するのはそのどちらかだ。
魔物を倒せば「魔石」が手に入る。
魔物の体内の中枢核に蓄積、結晶化する魔力の尿路結石みたいなものらしい。
赤く濁った結晶体は魔法力を帯びる。それをグリャム(※重さの基本単位。1グリャム=1グラム)あたり幾らと公定価格で買い取ってくれるのが買取ギルドだ。
だから世界と魔物は密接に関係している。魔物がいるから王国が成り立ち、魔物を狩り尽くせばどうなるか、そんな議論は尽きない。
魔物の起源は遥か千年もの昔に遡る。
伝承によれば強大な力を持つ魔導師たちの争い、『魔導大戦』に端を発するという。
魔物は魔導兵器として合成され、人間に敵意をもつように調整された。魔導師は魔物の軍勢を率いて戦争を繰り返していた……と。おとぎ話として語り継がれるほど有名な話だ。
今、世界をウロついている魔物はそれらの子孫。あるいは分裂して増え続けた個体らしい。
ちなみに昔は、天然物のドラゴンやユニコーンといった神話的な魔法生物も居た。しかし最近みかけるのは魔法師による合成ものばかりだ。
ついでに言えば「魔導師」と「魔法師」は似て非なるものだ。
魔法を使うという大枠においての魔女/魔法使いという意味では同じ。
しかし人間の体内に魔石を取り込んで、魔法を使えるよう後天的魔法能力獲得者が「魔法師」と呼ばれる。
天然物が「魔導師」、人工的な魔法使いが「魔法師」と覚えておけばいいだろう。
ちなみに嫁のアララールは天然物。
ガチの魔女で、いろんな意味で天然で……。
話が逸れた。
なんにせよ、人間を脅かす魔物は駆逐せねば、日々の暮らしや農作業、交易もままならない。
だからこそ魔物駆除を生業とする戦闘職――冒険者ギルドが存在する。
王都を囲む衛星都市や町、大小の農村。そこは魔物たちとの戦いの最前線にもなっている。
俺たちが暮らす閑静な田舎町、ここエストヴァリイだってそのひとつだ。
『魔物駆除、魔獣退治請け負います!』
『今なら初回無料! 魔物退治は当ギルドへ!』
『魔石、高価買取中!』
『武器販売、中古品取り扱い』
『治癒なら当店へ★癒しの店、昇天堂』
町の入り口に程近い場所には、冒険者ギルドや装備品を売る店が軒を連ねている。
メインストリートは石畳敷きで、建物は漆喰塗りの壁に赤茶色の瓦屋根。家の軒下では食べ物や小物を売る露店商が並び、元気に商売に勤しんでいる。これがごく普通のありふれた町並みだ。
道行く人々は多く、混雑しているというほどではないが活気は感じられる。
「トラの家に連れて来られたときは、クソ田舎すぎて絶望したけど、町は賑やかなんだねー」
「どつくぞおまえ、一言多いんだよ」
「あっ!?」
「こら、勝手にいくな」
リスはまるで小鹿みたいだった。足取りは軽く、表情は年相応の少女らしい好奇心に溢れている。
駆け出したかと思うと立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
「ねぇトラ! あれは何?」
本当は首輪をつけたいくらいだが、それではあの胸糞悪い魔法師と同じだ。
そもそも奴隷制度は先々代の王の時代から禁止されているし、衛兵は真面目に仕事をしている。子供に首輪なんぞをつけて歩いていたら速攻で監獄いきだろう。
リスが先に駆け出して振り返った。ポニーテールに結った緋色の髪が、それこそ馬の尻尾のように右へ左へと揺れ動く。
「ほら、あの大きな小屋。子供連れが大勢いる」
「見世物小屋だよ。珍しい魔物を見せるんだ」
「見たい!」
「後でな」
魔物なんざ少し町から離れれば、好きなだけ見て触れて戦える。あれは町から好き勝手に出られない子供向けの見世物だ。
「やった、後でね!」
リスは俺の生返事を本気にしてしまった。
こんどは屋台の串焼き肉を指す。
「あれって美味しい?」
「やめとけ、脂のかたまりだ」
「うへぇ、そうなの」
串焼きの肉を売る屋台を指差すが、あれは「皮焼き」の店。安いが美味しくはない。まぁ好きなヤツはたまらないだろうが、確実に変なニキビが出る。
「えっ、やばっ!?」
「どうした?」
「あのひと」
リスは何か気になることがあるたびに、きゅっと俺の服の裾を引く。
「あん? ハーフエルフがどうかしたか?」
「すっごいヤバイ! 見て、耳がとがってる! ファンタジーっぽい!」
「こ、こら失礼だろ! 恥ずかしいからやめろ!」
ヤバイのはおまえだリス。
向こうから来たハーフエルフのお兄さんを見て、変な声をあげるリス。思わず腕をつかんでしまった。
お兄さんは怪訝そうな顔でリスを眺め、優しく微笑みながら通りすぎていった。
頭のアレな可哀想な子と思われたみたいだ。
「すんません……」
「すっごい美形! カンリュースターみたい!」
リスは町に来てからずっとこんな調子だ。
「なぁ、カンリュスタってなんだ?」
「え? あれ……? なんだったかな。とっさに言っただけ」
それに時おり変な単語を口走る。リスは気にしていない風だが、何か妙な言葉がとっさに出る。
そもそもリスは「町を初めて見た」かのように物珍しげに歩いている。
道行く人の格好や、ハーフエルフを見て喜んでいる。
イストヴァリイの町を訪れたのは初めてかもしれない。だがもっと根本的に「町や人々を初めて見た」という感じなのだ。
施設育ちで出歩けず、貴族の家に引き取られたとしても、町ぐらい目にする機会はあるだろうに……。
「あのな、町を見学させるために来たわけじゃないんだ。リスの日用品を買えって、アララールに言われただろ。それと俺は……」
仕事を探すために、といいかけてやめた。
ギルドの立ち並ぶ通りで、はたと気づく。
こんなアホみたいにはしゃぐリスを連れてギルドに入っていては職探しにならない。
かといってお金を渡し「買い物してこい」と丸投げするわけにもいかない。
子供が金を持ち歩いていたら、それこそ速攻で犯罪に巻き込まれる。
リスに何かあったら俺の責任だ。
……ん? 責任?
なんで俺に責任があるんだ。まるで保護者みたいじゃないか。
「わかった、んじゃ買い物いこ!」
小さくて熱を帯びた指先が、腕を引っぱった。
まぁ放っても置けないか……。
「そのまえに少しだけ、用事がある」
「うん?」
俺はリスを連れ立って――くれぐれも騒ぐなよと念押しした上で――何軒かの中小ギルドに立ち寄った。
大抵の入り口には『ギルメン登録カード』があって、記入して登録する仕組みだ。
後で適した仕事がもらえるマッチングジョブの登録をする。登録料はどこも銀貨一枚。大きな丸パンひとつが銅貨3枚なので、二食分ぐらいの金額だ。
『急募! 冒険者ギルド「血祭組」登録カード』
・初心者歓迎、研修制度あり
・年齢30歳未満歓迎
やっぱ今日はやめとくか……。
「ぷっ、年令制限とかウケル」
「おま……!? 見るなよ!」
横からリスが、登録カードの記入を覗き込んでいた。申し込み用紙をくしゃくしゃにしてその場を離れる。
「いいの?」
「いいんだよ。年令制限ないところを探す」
「……そうなんだ」
ダサッ! とか嗤ってくれた方がいい場面だが、無言。なんなんだ。
「真顔でコメント無しだと凹むんだが」
「きゃはは! オッサンメンタルめんどくさっ!」
「う、うるせぇ」
意外と繊細なんだよ、俺らは。
世の中からは冷たくあしらわれ、居場所がない。
オッサンは昼間ひとりで歩いているだけで不審者扱い。衛兵に職務質問をされてしまうことも――
「おい、そこのおまえ!」
いきなり呼び止められた。
振り返ると、衛兵だった。
「……何ですか?」
「何ですかじゃないトラリオン! 銀髪のむくつけき大男が、女児を連れ歩くとは、いったいどういう事か!?」
女衛兵が毅然とした態度で、大きな胸を突き出した。リスがその胸の大きさに目を奪われる。
「別に、やましいことは何もないが」
「その子に怒鳴っていただろう! 説明してもらおうか、どういう関係だ? まさか拐かしたのか?」
「そんなわけあるか、違う」
それは顔見知りの女性衛兵隊長だった。
キリリとした厳しい顔。名前はたしかムチル・チラルだったか。苦手なんだよなこいつ……。
ゆるくウェーブしたプラチナブロンドの髪。むっちりとした巨乳ははちきれんばかり。革ジャケットの胸元が苦しいのか、いつも大胆に開けている。
短いスカートとガーターベルトに黒い鋼線アミタイツ。
「白昼堂々、少女を連れ歩くとはな」
白昼堂々セクシーな格好で公序良俗に反しているのはてめぇだろ。と言いたいのはこっちだよ。
秩序を維持する法の番人どころか、性的興奮を焚き付けているとしか思えない。口には出さないが露出狂の痴女だ。
「痴女みたい」
「うわバカ!?」
思わずリスの口を塞いだ。
「ぬっ!? 今、なんといった」
「なんでもねぇ!」
「隊長! 少女は助けを求めたのでは? ちじょ……じじょう、事情があると叫んだように聞こえました」
「確かに、聞こえた気がするな」
バカなのかこいつら。いやバカだから衛兵なんてやってんのか。
後ろの若い衛兵は耳の検査をしてもらえ!
「いや、ちがう。この子は俺の……」
あれ、リスは俺のなんだ?
弟子?
世間一般でそれが通じるのか?
知り合いから預かった子。それで納得するか?
「俺のなんだ? いってみろ!」
露出狂の女衛兵がびしっ! と鞭を両手で鳴らし俺を睨み付けた。なんで武器が鞭なのかはさておき、ピンチだ。牢獄に入れられるとあの鞭でしばかれるらしい。
「リスは……」
「トラは、あたしの師匠です」
リスが前に進み出て、落ち着いた声で答えた。
「師匠……だと?」
「ちじょう……ししょう、そうか! その少女は師匠と呼んだのですね! 隊長、この子は師匠と呼んだのです!」
嬉しそうな若い衛兵。
「なるほど、師匠か」
こいつら……バカで助かった。
「家庭の事情で知り合いを通じ、あたしの身元を引き受けてもらっています」
リスは落ち着き払った様子で説明し、衛兵たちにお辞儀をした。
「お……おう?」
あまりにもまともな返答に、俺は言葉を失った。普段からそういうふうに話してくれ、頼むから。
「ふむ、なるほど。その様子なら嘘は無さそうだ」
「……ほっ」
「何か困ったことがあったら、すぐに言いなさい。私は、町の全ての女性の味方だから!」
ムチで石畳をビシッ! と打ち付けると周囲の女性たちから拍手が沸き起こった。女性の衛兵隊長、ムチル・チラルはそれなりに支持をされているらしい。
「はい!」
素直に頷くリス。
「だがなトラリオン! これだけは言っておく」
「な、なんだよ」
「お前のような野獣じみたワイルドな男はその……有り余る性欲を満たすため、己の欲望の捌け口に、猥褻でエッチな行為に及ばんとも限らん……!」
「想像さえしとらんわ!」
頬を赤らめてクネクネ胸元を隠すな!
見てるこっちが恥ずかしいんだよ。リスの教育にも良くねぇし。
「とにかく! 未成年児童への虐待はムチ打ち三百回の刑! 努々、それを忘れるな!」
それは、リスを最初に引き取って虐待したクソ貴族に言ってやってくれ……。
とにもかくにも疑いも晴れ、衛兵たちは去っていった。
「ふぅ、やれやれだ」
「いい人もいるんだね!」
「どういう感覚してんだおまえ……」
それより。
「いや、ありがとうよリス。フォローしてくれて」
「ん? 別にー。無職のキモオジが、あたしみたいな可愛い子連れて歩いてたら、そりゃぁ疑われても仕方ないもんね!」
「……ぐぅ」
ぐぅの音も出ない。ここは我慢か。
「ねぇ、お腹空いた」
「え、あぁ……そうか」
「喉も乾いた!」
屋台の安い「皮の脂身焼き」と広場の水場で済まそうかと思っていたが、とても言えなかった。
「……そこの店で何か食うか」
「やった!」
リスはおしゃれなオープンテラス風の店に向け脇目も振らず向かっていった。店の前で振り返り手招きする。
「トラ、はやくはやく!」
「ったく……」
俺は苦笑しながら後に続き、普段は絶対にはいらないような店に足を踏み入れた。