はじまる、リスたちの学園生活
◇
王都南西地区、王立臣民第二学舎。
普通科3年Aクラスの担任教師が、転校生を連れて教室に入ってきた。
「こっちよ、お入りなさい」
「はいなのダ」
真新しい制服に身を包み、緊張した面持ちのイム。朝日にきらめく銀色の長い髪と、ふさふさの尻尾。ぴんと立った凛々しい狼のような耳――。
「わ……!」
「尻尾がある……」
ざわめくクラスメイトたち。
教室内には30人ほどの生徒たちがいた。王都や周辺の村々から通っている子供たちだ。
人族が九割を占めるが、エルフやドワーフなどの亜人種もいる。しかしイムのような半獣人は珍しいのだろう。興味と奇異の視線が向けられる。
「お静かに! 今日から一緒に勉強する、イムさんです」
「イムです、よろしくなのダ!」
はいっ! と手を元気良く上げると、尻尾が揺れ動いた。
「かっ……!」
「かわいいいっ!」
「かっこいいじゃん、耳と尻尾」
一転、教室が歓迎ムードの拍手につつまれた。イムの編入学を、クラスメイトたちは温かく迎え入れてくれたようだ。
「なんだか慣れないのダ」
イムは照れ笑いを浮かべながら席へと向かう。
王立学校は王都にいくつかある。トラリオンは莫大な入学金が必要だと思っていたようだが、間違いだった。実は王立学校は無償で入学可能だった。寄付金という名目で高額な入学金が必要となるのは、貴族用の王立学校のことだったらしい。
イムが着ている制服は高価な買い物だが、学校を通じて中古を譲り受ける仕組みまである。
学校は10歳から15歳までの子供達が通うことになっている。学年は2歳ごとのくくりでまとめられ、3学年ある。同じクラス内でも、読み書きが出来る子、出来ない子。授業の習熟度が遅い子、早い子……という具合に、学力差による班分けがなされる。
「よろしくねイムさん。私はカーシス」
「教科書は俺のを見ていいよ」
「ありがとうなのダ!」
席につくや、クラスメイトたちが取り囲み、あれやこれやと世話をやいてくれた。
――学校は最初が肝心なの!
リスのあるじは物知顔で言っていた。
けれど心配は無用だった。
みんな親切で優しい。
イムは嬉しくなって、気がつくとふさふさと尻尾が動いていた。
「わぁ……! もふりたい」
後ろ席の女子生徒が感激している。
「はいはいみなさんそろそろ着席を。さぁ、授業を始めますよ!」
◇
イムは大丈夫かな?
いじめられないか、心配だ。
クラスは別になっちゃったけど、隣だからいつでも助けにいってあげるからね。
「よし」
あたしは少し窮屈な制服の襟を整えた。
紺のジャケットに赤い縁取り、白いブラウス。プリーツの入った紺色のスカート。膝丈のスカートはスースーして落ち着かない。ニーハイソックスを履いてきてよかった……。
「えぇとリスさん。君は……今日からこのクラスだからね」
「は、はい」
普通科3年Bクラス。おじいちゃんな担任教師が、教室に案内してくれた。
真新しい制服と緊張。
遠い記憶の奥に、忘れかけていた感覚が戻ってくる。
勉強やスポーツ、学校行事。それに友達とのおしゃべり、好きだった子のこと……。万華鏡のように淡い記憶の断片がくっ付いては離れる。
けれど。今日からまた新しい生活が始まる。
週に三日だけだけど、学園生活が――。
扉を開け、先生の後に続く。
「おぃみろよ、転入生じゃん?」
「ちょいマブくね?」
黒板には『氏ね!』『ボケ!』と不穏な落書き。
壁にはキックでついたであろう靴跡。
教室を見回すまでもなく、目につくのはいかにもなガラの悪い生徒たちだ。
教壇の前の席で、頭の悪そうな男子生徒と女子生徒が、イチャつきながら机に座り談笑している。
「やべ、先公きた」
「えー、いいじゃんー」
「…………」
うわぁ。
ヤバイわ。
あたしは無表情を取り繕う。けれど、トラの予想通りじゃん。
――クラスによっちゃガラの悪いのが集められてるからな。ナメられんじゃねぇぞ! でも、クラスメイトに怪我はさせんなよ。
トラのありがたいアドバイスを思い出す。イムの心配よりまずは自分の方か。
「おーら!」
クラスを挟んで両側から、大きなボールを投げ合っている生徒もいた。
でもクラスで着席している大半は普通の子達にみえる。うつむき加減で、机の上の教科書やノートに視線を落としぎみ。それでも転入生には興味があるらしく、注目が集まっているのを肌で感じる。
「えー、まずは自己紹介を」
着席もしないヤンキーたちを注意するでもなく、ヨボヨボの担任教師は言った。
「リスです。よろしくお願いします」
教室全体に聞こえる声でハッキリと、名を告げて一礼する。
「あっ、あれ?」
「あの子……?」
クラスの生徒たち何人かが顔を見合わせ、目を瞬かせた。まるであたしを知っているみたいな。そんな反応を感じとる。
なんでだろ? 知り合いは誰もいないはずだけど。もしかしてギルドの関係かな?
「へー、転入生じゃん」
「赤毛、ウケルんだけどー」
派手で金持ちそうな女子は、みるからにやっかいそう。目をつけられないようにしなきゃ。
「ヤベ、手が滑ったぁああ」
「おいおい!」
ボール投げをしていた男子生徒が笑いながら、わざとらしくボールを投げつけてきた。
――危ない!
教室中が息を飲むのがわかった。
「っと」
ぱしっ。
あたしはボールを受け止めた。左手で鷲掴み。
パンチや魔獣の爪に比べたらどうってことない。眠っちゃいそうな速度だ。
「おい……マジかよ!?」
「なにあいつ、ヤバくね……?」
二人組が驚いているけれど、丈夫なゴム製のボールだった。こんなのを教室で投げて、ケガでもさせたらどうするつもりなのだろう。
ムカっときたので挨拶代わり。手の内側に竜闘術のパワーを循環させ、握力を数倍に高める。
パァン!
ボールが爆ぜる音に、クラスメイトたちがビクッと身を固くした。
「あ……割っちゃった」
唖然呆然とする生徒めがけ、あたしは笑顔で空気の抜けたゴムの残骸を投げかえした。
「ひゃぶ!?」
間抜けにも顔に命中。クラスのあちこちから失笑が溢れた。
「あー、その、えぇと、席はそこね」
老教師がふるふると震える手で指差す。
「はい」
あたしが歩きはじめると、ボール投げのバカどもは青ざめた顔で自分の席についた。
すると手前にいた派手な金髪の女子生徒が、さっと脚を出してきた。
ヤンキー仲間の一人か。
引っ掻けて転ばせるつもりだったらしく、絶妙なタイミング。
蹴り飛ばそうか、踏みつけようか。それともわざと転んでみるべきか、ちょっと悩む。
「やめろバカ……ッ!」
「きゃっ!?」
金髪女を後ろから引っ張ったのは、リーダ格だと思われた体格の良い男子生徒だった。すごい剣幕だったので、思わずこっちまでビックリした。
「な、なによ!? どーしたってのよアルビド? 私……何もしてないわよぉ?」
彼女はヘラヘラと薄笑いですっとぼける。でも動揺しているのは明らかった。
「ばか野郎! 脚を失くしてぇのか……!」
アルビドと呼ばれたリーダー格男子が血相を変えて、彼女を怒鳴りつけた。
その声にクラスが静まり返った。
「はぁ!?」
ぽかんとしたのはあたしのほうだ。流石にそんなことはしない。ケガをさせるなってトラには言われているし。
「そいつ……! 見たことあんだよ! ギルドの配信動画で……」
リーダー格の男子がくわっ! と叫んだ。
「ハッ!? まさか……人気急上昇中の脳天割りのリスさん?」
騒然とした空気が広がる。
「まじ……!?」
「あの娘ってギルド動画の……?」
「やっぱりそうだ! 間違いないよ」
「ゴブリンの頭を拳で割った」
「脳天割りの、リス!」
クラスメイトたちもザワついて、顔を見合わせて驚いている様子だ。
「えっ、ちょっ……!?」
まずい、なんだこれ。
正直、ヤンキーに絡まれるまでは想定内。
ナメられたら終わり。
そう思って校舎裏での戦いまで、色々と想像しながらイメトレはしてきた。
けれど、この展開は想定外だ。
「サーセンでした!」
リーダー格がビシッと直角に頭を下げた。
「アルビド!?」
「おまえもだよ! 頭かち割られてぇのか!?」
いや、だからかち割らないし。
血相を変えて叫ぶリーダーのアルベドに従い、ヤンチャな生徒数人が姿勢を正し、あたしに一礼をしてきた。
「いっ、いやいや!? 割らないし! たまたま、偶然、ゴブリンの頭をちょっと割っ」
って、あたし変なこと言ってる。
「オレ……ファンなんです。ギルドの配信動画、いつも楽しく見てます!」
「魔獣相手にマジすげーっスよ……!」
「自分、将来は冒険者になりたいっつーか。マジ、リスペクトッス!」
「あ、そ……そうなんだ」
やめて、キラキラした目であたしを見ないで!
「うんうん。みんなね、じつはいい子ばかりだよ。このクラスは」
老いぼれ教師がニッコリと微笑んでいる。的外れな結論で、良い話にしないで。
……やばい。
転入を機に「もの静かで知的な美少女」のイメージにキャラ変、青春を謳歌する計画が崩れてゆく。
どさっ、とあたしは脱力ぎみに自分の席に腰を下ろした。
もう、どうにでもなれ……。
「あの……僕のこと覚えてる?」
すると、隣の席の男子が話しかけてきた。
ぎこちなく振り向くと、どこかで見たような顔だった。
グレーの巻毛。体つきは細いけど、それなりに鍛えている感じ。
「あ、えと……」
だれだっけ?
思い出せない。
「ほら、エトルです。イストヴァリィの町ギルドで、ゴブリン退治でご一緒した。荷物もちの」
「あぁ! あのときの荷物もち!」
思い出した。
メスゴブリンの群れ退治のクエストだ。
クソみたいなパーティに雇われて、酷い目にあったんだ。そして、あたしのギルド配信動画デビューでもある。
「あのクエストの動画で、僕はみんなの笑い者になっちゃったけど……。リスさんはすごいすごい! ってクラスで話題になってたんだよ」
「そ、そうなんだ」
再会は嬉しいけれど、そこはあまり嬉しくない。
トラと連携してゴブリンズ・クイーンの脳天を蹴り割って、ド派手に倒したっけ。
思わず遠い目になるあたし。
「あれからのリスさんの活躍も、ちょくちょく見てた。だから僕も自分なりに強くなりたくって、すこし鍛えてるんだ」
「そういえば、すこし大きくなった?」
「トラリオンさんを目標にしてます」
「あはは……。それはやめたほうがいいかも」
あのときはヒョロヒョロのもやしっ子みたいだったけど、すこし背も伸びてたくましくなったかな?
「あの……リ……リスさん」
「あれ?」
こんどは反対側の席から声をかけられた。振り返ると身体の線の細いメガネ男子だった。窓側の席なので、メガネが逆光で光っている。
「まさか転入してくるなんて。思ってもみませんでした」
嬉しそうな声ですぐわかった。
「な、ナサリア!?」
黒髪メガネ男子のナサリア。
子犬みたいな人懐っこい笑顔。
魔法のカースマックス横丁の雑貨屋『魔法材のラフィリーン』の家の子だ。
「同じクラスなんて、奇遇ですね!」
「すごい! ほんとね。あれ? たしか王立魔法学校セントマジョワーズに通っている、とかいってなかった?」
「魔法学校にも通ってます。あっちは週に一回だけの特別授業なので」
「そうなんだ! すごいね」
いきなり嬉しい再会だった。
「ナサリア、君もリスさんと知り合いなの?」
反対側からエトルが割り込んできた。
「うん、まぁね。星のお導き」
そうそう。星の導きってやつ。
意気投合した感じで笑う。
「ふぅん……?」
あたしを挟んで二人も知り合いがいるなんて。
これは嬉しい。ナサリアとエトルは人畜無害な感じの、クラスの普通な子達の代表みたいだった。
「男子さー、デレデレしすぎじゃない?」
快活そうな女子が、二人をからかった。
「そ、そんなんじゃないよ」
「と、友達なだけ」
「教科書は私が見せてあげる。あたしはイリア。よろしくね」
「あ、ありがとう! よろしくねイリア」
これよこれ。
こういうのを望んでたのよ。
他の女の子たちも、ホッと安心したようだった。あたしが恐ろしい狂暴な戦闘民族だという誤解が広まらなくてよかった。
ヤンキー連中は遠巻きに眺めるだけで、もう近づいては来なかった。図らずして、クラスの勢力図に地殻変動を起こしてしまったのかもしれない。
最初はどうなることかと思ったけれど、これならきっと大丈夫そう。
「さぁ、授業をはじめます」
教室の窓から見える空は、淡くて青い。
王都の街並みを覆うように、チェリーの花吹雪が舞っている。
そうだ。きっとここから始まるんだ。
あたしの、新しい青春が!
<おしまい>
次回、エピローグとなります★




