暴れ黒山羊と、リスたちの本分
◇
魔法師のことはショックだったけれど、ウジウジ考えてても仕方ない。あたしたちにはもう、どうすることも出来ないのだから。
「きっと何処かで生まれ変わって、よろしくやってるわよ」
「リス……慰めるのが下手ですね」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてません」
フォルも元気になったみたい。
うん、これでよし。
トラの友達で、姉妹達の産みの親で創造主(?)だったラグロース・グロスカ。憎たらしくもあるけれど、恩を感じて無いわけでもない。
それぞれ思うところはあるだろうけれど、時間が感情を希釈してくれる。
数日も経つと、あたしたちは新しい日常を歩みはじめていた。
「さぁ、まずは草むしりと毛虫退治ね」
「私は家の中の掃除をしますから、リスたちは泥まみれの肉体労働をお願いします」
「フォル、そのいちいち癇に障る言い方、直した方がいいわよ」
姉妹として言うべき事はいう。それがあたしたちのルール。
「そうでしょうか?」
「敵を作ることだけは確かね」
「……留意しましょう」
あたしたちの朝の日課。それはさらに広くなった家庭菜園の手入れだ。
トラの家は狭くてボロいうえに、家族が増えた。というかぎゅうぎゅうだ。
あたしとフォルが旧トラの部屋を占拠。
イムとペリドが旧子供部屋を占領。
アララールとアルは奥の部屋。
トラはリビングダイニング。寝るのはソファが定位置になった。ちょっと家の「あるじ」としてはいたたまれない感じだけど、家を増築するまでの辛抱だと言っている。
ボロ家を増築するより、あたらしく建て替えてほしいんだけどね。
それはそうと、話は戻る。
食べ物もたくさん必要になった。適当なクエストをこなして、稼いだお金で買うのだけれど、育てられる野菜なんかは家で育てようということになった。
ということでトラの一声。
「食料を大増産するぞ!」
号令のもと、あたしたちは一念発起。周囲の草地の開墾と、地ならし。まるで開拓民みたいな状態で畑を切り拓いた。
あれから一ヶ月。
いまや種をまき、種芋を植え付け、広大な農園となっている。
何が大変かって、草取りと害虫の駆除。
「敵襲ッ! 害虫発見、魔法による攻撃支援を要請!」
ペリドが身構えて距離をとった。
「そんな大袈裟な……」
「ただの毛虫なのダ」
ペリドはああみえて虫が大嫌いだ。大騒ぎしている横でイムは指で弾いて駆除してくれた。
「つ、強い! 触れただけで皮膚を腐らせ、死に至らしめる魔虫を仕留めるとは……」
ペリドの記憶の中にいる虫は凶悪でトラウマらしい、
「えっへん! ちなみに食べると美味しい種類もあるのダ」
「それはやめて!」
「おーい!」
朝からどこかへ出掛けていたトラが戻ってきた。
「あ、トラだ。ん……?」
見れば黒山羊を一匹連れている。
『メゲェエ……!』
「今夜は山羊肉のシチューだぜ!」
「どうしたの? その黒山羊」
「おぉ! 美味そうだろう? 近所の農家で困ってるってんで、もらったんだぜ!」
意気揚々と首輪のついた黒山羊を連れている。
無償のクエスト。近所の害獣退治なんかは、あたしたちは無償でやっている。困ったときはお互い様。
おかげで農家のひとからは感謝され、野菜の種や、古い農機具なんかを対価としてもらった。
「えっ、食べる気?」
「あたぼうよ! お前が好きな魔獣の肉より美味いんだぜ?」
「あたし別に好きじゃないもん!」
トラのバカ。冒険の時はお腹すくから仕方なく食べてるだけじゃん。
『メゲェ!』
「こ、こら、暴れるんじゃねぇ!」
ザッザッ! と蹄で地面を蹴りつけ、トラに体当たりしながら暴れている。
かなりの暴れん坊らしい。
「おまえは何処からきたのダー?」
「随分とムキムキで、筋肉質な黒山羊ですね」
庭先で草取りをしていたイムとペリドも興味深げに近寄ってゆく。
「気を付けろよ、かなり狂暴だぜ。魔獣なみだ」
「黒山羊さんなのニ?」
「確かに武士の目をしていますね」
「どこからか逃げてきた家畜かな?」
「つい最近、どこからかフラッときたらしくてよ。羊の飼育小屋に棲み付いていたんだと。首に縄をかけるのも一苦労さ。野良の黒山羊なんて珍しいぜ」
トラはしっかりと手綱を握っている。馬用の丈夫な首輪だ。
「魔物や野獣もいるのに、よく食べられなかったわね」
あたしは黒山羊の顔を覗き込んだ。
『メゲェ!』
怯えている気配は皆無。肉食獣みたいに堂々とにらみ返してきた。なんだか強そう。
「よし、さっそく屠殺ちまうか。やれ、リス」
トラが命令してきた。
「えー!? 嫌よあたし!」
殺れなんて。女の子に言う言葉か。
「いつも魔物の脳天ブチ割ってんだろ」
「いつもじゃないし!」
たまにだよ! 失礼な。
ゴブリンやオークは悪い魔物だから仕方ないじゃん。
「……仕方ない。可哀そうだが貴重な肉だ。絞めるのは俺が……」
「トラ……!」
トラが無情にも黒山羊の首に腕を回した。
その時だった。
『メ……ゲェエエッ!』
ドウッ! と凄まじい気迫を漲らせ、頭突きを放った。
「ぐぼぁ!?」
トラが顔面を強打されのけぞる。手綱がほどけると、黒山羊は地面を蹴った。
そのまま逃げるかと思ったのに、地面を蹴ってターン。なんとトラに追い討ちをかけた。
「くそ、ぬおっ!?」
『メルルァア!』
回転気味のタックル。それも四つ足の超高速。トラは反応したけれど懐に飛び込まれ、下半身を持ち上げられた。
「すごい!」
「強いのダ!?」
「のわ!?」
ずでん、と転がるトラ。
黒山羊は信じられない俊敏な動きで踵を返し、さらに背後から頭突きを食らわせた。
「ちょっ……! まて、冗談だ、食わないから、やめ……ぐはぁ!」
鋭角的で、野生動物特有の瞬発力。尖った角で腰を激しく殴打され、トラはうずくまった。
「トラー!?」
「トラのあるじー!?」
黒山羊との格闘の末、トラは負けた。
油断していたのかもしれないけれど、野獣も仕留めるトラが背中に土をつけた。
『メゲェ!』
鼻息も荒く、勝利の雄叫びのように、前足で地面を蹴りつける。
「あらあら、トラくん、大丈夫?」
「使者相手に何をやっとるんじゃ」
アララールがやってきた。フォルに手を引かれたアルもいる。アルはいちばんちびっこだ。長女だと本人はいうけれど、末っ子扱いになっている。
「し、使者……ってなんだよ。痛てて」
トラが腰を押さえながら起き上がった。
「夕べ、魔法のさざ波を感じたわ。きっと、遠くへ旅立った魔法師の……。ささやかなお礼かしら?」
アララールの言葉に、あたしたちは顔を見合わせた。
「別に意図したわけじゃあるまいて。魂が時空を越えて空へと昇った際、何らかの因果……。そういうものを引き寄せたのじゃろうて」
アルは小さくても魔女だ。
フォルは納得したように頷いたけれど、あたしはよくわからなかった。
「うーん? 家に来たのは偶然じゃないってこと?」
「そういうことじゃろうの」
「なんだよ、食っちゃダメなやつか……」
トラも黒山羊の力を認め、食べることを諦めたらしい。
「これからお願いね」
『メェエ……!』
アララールが黒山羊の鼻先にキスをすると、おとなしく草を食べ始めた。
家庭菜園で育てている野菜を避けて、雑草だけを喰んでいる。
「賢いじゃん!」
あたしは驚いた。
「やはりトラ軍曹よりもアララール司令官」
「あるじの魔法はすごいのダ!」
ペリドもイムも、黒山羊の変化と、仕事ぶりに目をみはる。
これなら草取りをしなくても良くなるし、糞も肥料になる。おまけに番犬代わりに野生動物も追い払ってくれそうだしで一石二鳥。いや三鳥ぐらい?
「うふふ。古来より魔法は、暮らしと共にあるものよ」
「勉強になります」
フォルはすっかりアララールの弟子としてのポジション。神妙な顔つきで黒山羊を見つめている。
ウチには本物の魔女が二人もいる。
魔法師と違うのは、呪文も何も唱えない。自然に、息を吸うように魔法を使うこと。
誰の言うことも聞かなかった黒山羊は、アララールの不思議な魔法で大人しくなり、新しい住人として迎え入れられた。
「むー? お前の名前はペーターなのカ?」
『メェェ』
「イム、わかるの?」
「自分で名乗ったのダ」
イムがいうのなら本当なのだろう。ぺしぺしと黒山羊の背中を撫でている。
名前は、ペーターくん。
「ちきしょうめ、役に立ちやがって……」
「でも! これであたしたちは草取りから開放されたわけね!」
農作業は腰が痛くなるし、手が汚れるしで大変だった。これからは黒山羊さんにおまかせね。
やったね!
思わずうーんと、背伸びをする。
お空は晴れ渡り、どこまでも青い。
きょうもいい日になりそうな予感がする。
「リスよ、それでよいと思っておるのかぇ?」
アルが意地悪な笑みを浮かべていた。
「どいうこと?」
「魔女の家ではの、仕事を持たぬものは飯を食えぬのじゃ!」
どっかで聞いたような話ね。
どーんと指を向けてくるアル。あたしやイム、ペリドはぽかんとして小さな姉を眺めていた。
「別に働いてるじゃん。たまにクエストもいくし」
「そうなのだ。オラはお馬と遊んで、今度からはペーターくんのお世話もするのだ」
「わ。私は……自宅の警備兵として」
「たわけ! そうではない。おまえらにはの、本分というものがあるのじゃ」
本分? なにそれ。
「そうだった! 町の役場で……これを貰ってきたんだ」
トラが思い出したという表情で、懐から書類を取り出した。王政府の判子入りの書状だった。
「なにそれ?」
「王都の庶民学校への入学許可証だよ。おまえらも義務教育を受けねぇと、それこそロクな職にありつけねぇぞ」
俺みたいにな!
トラはすごいドヤ顔で自分を指した。
「え、えぇ学校!?」
「ギムキョーイク?」
「洗脳化施設送りでしょうか!?」
そういえば聞いたことがある。ギルドにいる荒くれ者でさえ王国民なら義務教育は受けているって。
あたしたち姉妹はデフォルトで知識がある。言葉もしゃべれるし計算も出来るし、そんなの刷り込み済みで要らないかと思ってたのに。
「ちなみに私は既に庶民学校級の卒業認定を頂いております」
「なにそれ、ずるい!」
澄まし顔のフォル。
待遇の違いがひどすぎる……!
「そういうことでしたら、私も軍事訓練の教導過程で王国標準学位を貰っていたはずです」
ペリドは胸の谷間からペンダントを取り出した。
そこには綺麗な石が飾られている。
「確かに、庶民学級卒業の証ですね」
「ペリドまで!?」
フォルも同じものを取り出して見せてくれる。
「アルは!?」
「見ての通り、学校へ通う年齢には達しておらぬ。見た目の話じゃがのぅ」
シシシ、と老婆のように笑う。
「つうわけでだ。リスとイム、おまえらはガキの本分! 勉学に励んでもらうぜ」
「うそー!?」
「おー?」
何はともあれ。
あたしたちは週三回、王都の学校へ通うことになった。




